1.追放は突然に
新連載です、よろしくお願いします!
本日から3日間は2~3話ずつ、以降は1話ずつ更新の予定です
あるうららかな午後のこと。
ネネユノ・ネネカバナは宿の酒場でひとり、ボロボロの魔導書を広げた。右手には壊れた懐中時計を持って、パチンパチンと蓋を開けたり閉めたりするのが、魔導書を読むときの癖だ。
大衆向けの酒場は太陽がてっぺんを大きく回っても、遅い昼飯を頬張る者、早速酔っぱらっている者、喧嘩を始める者などで賑わっている。
コーヒーの載ったトレイを片手に店員がネネユノのほうへとやって来た。しかし運悪く、喧嘩中の男の振りかぶった手が店員の肩に当たってしまったのである。トレイが傾き、あわや大惨事と思われたが――。
「“止まれ”」
誰にも聞こえないほどの小声でネネユノが囁くと、ほんの一瞬だけカップが宙でとどまった。
右手でカップを支えトレイの傾きを立て直した店員が混乱しながら、自分の右手をまじまじと見つめている。
それをネネユノは手を打ち鳴らして賞讃した。
「すごい! お姉さんよく無事でしたね。反射神経いいんだなぁー」
「え、お客さんもそう思います? どうしよう、あたし何か不思議な力が使えるようになっちゃったかも!」
店員はそばかすの浮いた鼻に皺を寄せながら、お日様みたいにニカっと笑ってコーヒーを置き、スキップするように厨房へと戻って行った。
なんとも気持ちのいい休日だ。こんな日はちょっと贅沢にケーキも注文してしまおう。
右手に握っていた懐中時計をカバンに放り込んでメニューに手を伸ばした、そのとき。大きな足音がネネユノ目掛けて近づいて来るのに気が付いた。苛立ちが滲むその気配に嫌な気分になった瞬間、ドンと鈍い音がして目の前のコーヒーが大きく波打つ。
彼女の所属する冒険者パーティーのリーダー、アカロンがテーブルに拳を強く叩きつけたのだ。彼の後ろでは同じくパーティーメンバーの盗賊が周囲を睨みつけている。
「ユノ、今日という今日は許さねえ」
「えぇ……」
せっかくいい気分だったし、至福の時間が始まろうとしていたのに。今日のアカロンは一体何に怒っているのだろうか。
そもそも、「待っててねローズちゃん」と言いながら意気揚々と出て行った男がなぜここにいる。
ネネユノは本を閉じて鼻をスンと鳴らした。アカロンのきつい香水がコーヒーの芳醇な香りを掻き消している。もとは甘い香りなのだろうが、鼻の奥が痛むほど匂いが強い。
「お前はクビだ」
赤く腫れ始めた右手の拳を肩の高さへ持ち上げ、立てた親指を下にして左から右へと水平移動させた。靴磨きの孤児でさえ知っている「クビ」の合図だ。
「えっ、なんで」
突然の解雇宣言に驚いて席を立つ。小柄なせいで見下ろされることには変わりないのだが。
シーフがやすりで自分の爪を磨きながら肩をすくめて見せた。
「ユノちゃんがヒーラーのくせに治すのとろくさいからだってさ」
「う、嘘だ。だって昨日の依頼のときだってちゃんと――」
「昨日の話なんか誰もしてねぇ。今日だ今日」
「今日……?」
確かに今朝はアカロンの依頼で治癒をしたなと、ネネユノの視線が彼の下腹部に向かって落ちる。
アカロンは彼女の視線から守るように自分の股間を両手で覆った。
「おま、お前がとっとと治さねぇから、ち、ちん、ち、遅刻しただろが、遅刻!」
「まさか振られた……? その腹いせにクビってこと……?」
女の子に会いにいそいそ出て行った男がここにいるとなると、そうとしか考えられない。
だが一度の遅刻だけで振られるなどあり得ない。きっと本当の理由は別にあるはずだ。日頃の行いか、このきつい臭いか。あるいは他にもあるかもしれないが。
しかしアカロンはそう考えてはいないらしかった。彼の足先がタンタンタンと床を叩く音に合わせて、コーヒーの水面が細かく揺れる。
「お前がとろいからだって言ってんだろ」
「実際、ユノちゃんはアカロンを怒らせすぎだからね。オレとしても出てってもらったほうが平和でいいや」
仕事はちゃんとしてるのに、まったく理不尽この上ない。理不尽すぎて逆に反論の余地がない。
ネネユノが言葉に詰まっていると、アカロンは勝ち誇った顔でニマっと口の端を持ち上げた。
「もう新メンバーは見つけてあんだよ。だから荷物ぜんぶ置いて今すぐ出て行け」
「荷物ぜんぶっ?」
「ったりめーだろ。パーティーの資産であってお前のじゃねぇんだから」
ハッと気づいたときにはもう遅く、シーフがネネユノのカバンを奪い取って中を検めていた。さすが、盗むことにかけては本職だ。
「しわしわのハンカチ。枯れた葉っぱ。干からびたトカゲ。ろくなもん入ってないよ」
「気持ち悪ぃな。財布は?」
「えっ、やめてよ! それはメンバーでちゃんと分配した――」
「おー、財布はボチボチだ。貯め込んでるな。あとは壊れた懐中時計くらいか」
「なら財布だけでいい。宿に置いてある装備はもう回収したしな」
アカロンはネネユノの革の財布から銀貨を1枚テーブルに放り投げて残りを懐に入れると、ネネユノに背を向けて立ち去ってしまった。
シーフもカバンをテーブルの上に置き、彼の後を追う。
「えぇ……?」
ただひとり残されたネネユノは、ぽてんと椅子に腰を下ろした。
孤児院を出て、冒険者となってすぐに拾われたのがアカロンのパーティーである。それから2年近く一緒にやってきたのに、幕引きとはあっけないものだ。
ぬるくなったコーヒーをすすり、カバンを確認する。乾燥させたトゲリンゴの葉とハヤオキトカゲ。これは疲労回復の薬の素材だ。彼らもよく使っていたくせに気持ち悪いとは心外である。
あとは懐中時計とボロボロの本、それに冒険者の身分証がある。テーブルに転がっている銀貨は恐らく、餞別ということであろう。雀の涙より少ないが。
「お金なくなっちゃったなぁ……。また貯め直しだぁ」
アカロンを怒らせてばかり、というシーフの言葉は正しい。
同衾を断って以来、ネネユノに対する当たりがきつくなったのだ。まったく意味がわからない。いい大人なんだから夜くらいひとりで寝ればいいのに。
だから理不尽な解雇ではあるが、戻りたいとは思わない。財布だって目から血の涙が出そうなくらいに惜しいが、取り返すのはまた今度だ。ネネユノひとりではどうしようもないし、今はこのまま離れたほうがいいだろう。
「急いで仕事探さなくちゃ……」
ネネユノは酒場を出ると、救いを求めて冒険者ギルドへ向かった。
もう明日の食事もままならない。次のパーティーがすぐに見つかれば言うことなしだが、まずは数日生きられるだけの稼ぎが必要だ。
できる依頼は片っ端からこなしていかなければ!
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