第一話
新宿南口、午後三時。
女は手袋をはめ、GoProを額に装着し、こう呟いた。
「私が、今からこの国の膿を摘出する」
チャンネル登録者数21万人、「闇討ちジャスティス」こと祁答院楓、20歳独身無職(自称社会浄化請負人)。
今日のターゲットは、駅前でチラシを配っていた大学生だ。
「おい、今そのビラ……詐欺だろ?反社会的勢力の資金源って知ってるか?警察呼ぶか、私に晒されるか選べ」
大学生はうろたえ、ビラをしまい逃げる。
祁答院楓は追う。叫ぶ。回す。動画を。
「市民の力で、この国の腐敗を止める!」
「顔出し逃がすな!」
「SNS特定班、頼む!」
その夜、「新宿駅前で逃走する詐欺の下っ端捕獲!」というタイトルと共に、10分に編集された動画がアップされた。
再生数は爆増、コメント欄は地獄絵図。
「よくやった!」 「社会のゴミは晒せ」 「この人こそ真の警察!」
だが、二日後。
警視庁からのお知らせは冷たかった。
「名誉毀損および威力業務妨害の容疑で、祁答院楓容疑者(20)を逮捕」
「私は正義をッ‥!」
留置場のコンクリートは、祁答院楓の正義より冷たかった。
「……動画、まだ再生されてるかな」
面会室で向かいに座ったのは、唯一の協力者にして元後輩チューバー、「モザイク田中」だった。
現在の登録者数、87人。
「先輩、アンチすごいっすよ。炎上、やばいっす。ヤフコメも地獄。逆にバズってます!」
祁答院楓の目が光る。
「それだ。私は、檻の中でも戦える……」
「は?」
「司法の腐敗と戦う系チューバー。面会室で正義語って、外の世界に届けてくれ。
タイトルは『【収監中】私はなぜ市民逮捕を続けたのか。真実はここに』」
「サムネどうします?」
「鉄格子越しの涙目ショット。背景に無念って赤字で。あと、テロップで政府が隠したい動画って入れといて」
田中は震えた。恐怖でも怒りでもない。これは、何かの伝説を生む瞬間だった。
そして数日後。動画は公開された。
コメント欄は再び騒然となる。
「これは国家による言論弾圧だ!」 「祁答院楓の魂は消えない」 「次の動画、懲役中の筋トレルーティン希望」
だが同時に、冷静なツッコミも‥。
「ただの名誉毀損だろ」
「自分で正義名乗るやつ大体正義はない」
そして、判決の日。
裁判官は、淡々と告げた。
「被告人の行為は、法に基づく正当なものとは言えません。公共の利益を著しく損ないました」
「だが、反省の色が微かに見えたこと、社会的制裁を受けていることを考慮し‥」
判決:懲役1年6ヶ月、執行猶予3年。
出所後、祁答院楓はカメラを捨てた。
代わりに始めたのは、町の清掃ボランティア。
だが、その様子を撮っていたのは、かつての後輩、モザイク田中だった。
「復活の第一歩です。タイトルどうしましょ?」
「……『【元私刑チューバー】私が初めてゴミを拾った日』」
再生数:14。
それが、ほんとうの正義の数字だった。