俺が忘れると消える世界
意味が分かると怖い話。
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を頂きました。ありがとうございます。
※この作品はハーメルン、カクヨムでも投稿されています。
俺は子供の頃から、嫌な出来事は綺麗に忘れてしまう体質だったらしい。
体質。そう、体質だ。俺は病的なまでに嫌な記憶が残らない人間である。
しかし、これまでの人生において、この忘却癖で苦労した覚えは特にない。周囲との認識の齟齬を感じた事もなかった。
あ、よく考えてみたら、苦労した記憶を忘れている可能性もあるな。……まあ、深く考えても仕方がないか。
そもそも、俺自身がこの体質に気付いた原因は、酒の席で父が発した何気ない言葉だった。
──そう言えば、中学時代のお前は学校で苛められていたな。
いや、あの時は驚いたね。全く記憶になかったし。最初は父が別人と勘違いしているのかと思った。例えば、2歳上の兄とか。
でも、なんとなく気になって、俺は当時の様子を詳しく訊ねてみた。
父は初めこそ気を遣っていたが、俺の反応が明るかった事もあり、「まだまだボケとらんぞ」なんて言いながら詳細を語った。
それに対する俺の感想は……特にない。だって、面白味ゼロなテンプレの苛め描写だったし。鞄を隠したり、水を掛けたり。
言葉には出さなかったが、興味のないCMを見た後のような感覚だった気がする。苛めは止めましょうねー、みたいな。
だが、その時の俺はふと思った。父の話と俺の記憶。どちらが正しいのか、はっきりさせたいと。
実家に帰るのも久々だったので、俺はテンションがおかしくなっていた。探偵のような気分で、徹底的に調査を敢行していく。
まずは、ストレートに中学時代の私物を漁る。父の話が真実ならば、俺の鞄にはカッターで傷が付けられていたらしい。
物置きの中を引っくり返して調べてみるが……残念ながら、これはハズレだった。
それっぽいボロボロの鞄は出てきたが、刃物で切ったような傷は見当たらない。この時点で、父の記憶力が怪しくなってきた。
次に、俺の通っていた中学校の卒業アルバムを開く。
どうやら主犯格の男子グループは、髪を派手に染めていたようだ。染髪禁止の学校で、これは目立つ。
が、これもハズレ。というか、同学年に髪を染めている人間はいなかった。父の話の信憑性がますます落ちていく。
欠席かとも思ったが、写真の横に記載された「〇〇期・〇人」の文字は、写真撮影時の人数と一致する。
不登校になっていた(らしい)俺を差し引くと、ちょうどピッタリの数。……数え作業は1人でやったので、少し疲れた。
やはり、父の記憶は誤りだったのか。懐かしさを感じる実家の風呂から上がって、俺は最後の確認をする。
──お前の背中には大きな火傷の跡がある。
父はそう言っていた。苛めがエスカレートした末の事故であり、俺を苛めていた連中にとっても想定外だったとか。
その事件がきっかけで、俺に対する苛めが表面化し、全校生徒が知るところとなった。
俺は無理のある体勢をとり、自分の背中を鏡に映す。背中には火傷の跡が──あった。
え、見たい?いやいや、止めとけって。グロいから、マジで。
はあ……どうしても?
仕方ないな……ほら、皮膚が爛れてるのが分かるだろ?そうそう、背中全体にさ。おい、自分で言い出しといて引くなよ!
あーもう、お前が口を挟むから雰囲気崩れちゃったよ。怖い話、終わり!
結局、俺が嫌な記憶を忘れていただけでしたとさ!めでたし、めでたし!まあ、親父の話も本当か分からんけどな!
だって、俺の体以外には、苛めっ子が実在した証拠がないんだもん。消失マジックかっての。
あ、面接の時間だ。
え、そうそう。俺、いつの間にか無職になってたんだよね。働いて生活してたはずなのに過去の履歴書には何も……。
と、この話の続きはまた今度な!
じゃね、バイバイ。
あれ、そういえば。
──俺って誰と話してたっけ?