第9話:資料室の謎解きなんて聞いてないし!ていうか先輩、そのお誘い本気ですか!?
第9話:資料室の謎解きなんて聞いてないし!ていうか先輩、そのお誘い本気ですか!?
秋月先輩からの思いがけないお誘いに、私の頭の中は完全にキャパオーバー。日曜日のカフェデート(…って言ってもいいのかしら!?だって、二人きりよ!?)の約束を取り付けたものの、その夜は興奮と緊張でなかなか寝付けなかった。先輩の優しい笑顔と、「君のこと、もっと知りたいから」という言葉が、頭の中で何度もリフレインする。その度に、心臓が甘く締め付けられるような感覚に襲われる。ああもう、どうしよう!何を着ていこう?どんな話をすればいいの?私、ちゃんと普通の女の子みたいに振る舞えるかしら…?というか、先輩、私のこと、もしかして…?いやいやいや、自意識過剰よ、夏海瑠々!
そして迎えた日曜日。私は、鏡の前で三時間は格闘した末(というのは少し大げさだけど、それくらい悩んだのは事実)、緋和にLINEで泣きついて選んでもらった、淡いブルーの小花柄のワンピースに袖を通した。普段の私からすると、ちょっとだけ…いや、かなりガーリーなチョイスだ。髪も、いつもより丁寧にブローして、ほんの少しだけ毛先を内巻きにしてみる。リップクリームも、ほんのり桜色のものを選んでみた。うん、これなら、少しは「普通の女の子」に見える…かしら?緊張で心臓が口から飛び出しそうだ。
「夏海さん、こっちだよ」
待ち合わせ場所の駅前で、私服姿の秋月先輩が、いつものように太陽みたいに爽やかな笑顔で手を振っていた。白いリネンシャツに、ロールアップしたベージュのチノパンというシンプルな服装なのに、なんでこんなに輝いて見えるのかしら。まるで、彼だけスポットライトが当たっているみたい。先輩の隣に並んで歩くと、なんだか自分がすごく小さな存在に思えてきて、同時に、彼の纏う優しい空気に包まれているような、不思議な安心感を覚えた。
「そのワンピース、すごく似合ってるね。なんていうか…いつもと雰囲気が違って、ドキッとしたよ」
先輩からの不意打ちの褒め言葉に、私の顔は一瞬で茹でダコ状態だ。しかも、「ドキッとした」ですって!?そ、そんなこと言われたら、こっちがドキドキしすぎて倒れそうなんですけど!
「あ、ありがとうございます…!せ、先輩こそ、今日の服、す、素敵です…!爽やかで…その…太陽みたいで…!」
しどろもどろにお礼を言うのが精一杯。ああもう、私の語彙力、どこ行っちゃったのよ!「太陽みたい」って、小学生の感想文じゃないんだから!
カフェは、評判通りオシャレで落ち着いた雰囲気だった。アンティーク調の家具と、窓から差し込む柔らかな木漏れ日が、心地よい空間を作り出している。窓際の席に案内され、私たちは向かい合って座る。先輩が、私の好きな抹茶のケーキと、彼自身は深煎りのコーヒーを注文してくれた。そのさりげない気遣いとスマートなエスコートぶりに、またしても胸がキュンとなる。この人、本当に欠点とかないのかしら。
「夏海さん、最近何か変わったことはあったかい?緋和ちゃんから聞いたんだけど、少し大変なことがあったみたいだね。顔色も、まだ少し優れないように見えるけど…大丈夫?」
ケーキを一口頬張ったところで、先輩が心配そうに私の顔を覗き込んできた。その距離の近さに、思わず息をのむ。彼の瞳には、私の姿がはっきりと映っていた。
「い、いえ!全然大したことないですから!ちょっと、学校のことでバタバタしてただけで…もう、すっかり元気ですから!」
慌てて誤魔化そうとする私に、先輩は優しい眼差しを向けたまま、静かに話を続ける。
「実は、うちの神社に、星影高校の古い七不思議に関する言い伝えが残っていてね…。特に、“開かずの資料室”と“呪われた桜の木”には、何か特別な意味があるようなんだ。昔、その二つの場所には、学園を守るための強力な結界が張られていたらしいんだけど…最近、その力が弱まっているような気がしてね。もしかしたら、君が巻き込まれている“大変なこと”と、何か関係があるのかもしれないと思って…」
先輩の口から飛び出した意外な言葉に、私は思わず息をのんだ。陰陽師の家系であることは隠しているけれど、先輩もまた、何か特別な世界に触れているのかもしれない。その真剣な表情は、いつもの穏やかな先輩とは違う、どこか張り詰めたものを感じさせた。
「…もし、夏海さんが何か知っているなら、あるいは何か困っていることがあるなら、僕でよければ力になりたい。君が一人で抱え込む必要はないんだよ。僕を…頼ってほしい」
先輩は、そう言って、テーブルの上に置かれた私の手に、そっと自分の手を重ねた。その手のひらは大きくて、そして驚くほど温かかった。その温もりが、私の心の奥底までじんわりと染み渡っていくような気がした。でも、ダメだ。先輩を、こんな危険なことに巻き込むわけにはいかない。
「ご、ごめんなさい!私、ちょっと…お手洗いに…!」
私は、恥ずかしさと罪悪感でいっぱいになり、咄嗟にそう言って席を立ってしまった。先輩の、少しだけ寂しそうな顔を見ないようにして。私のバカ!なんで素直に「ありがとう」って言えないのよ!
先輩との甘酸っぱい(そして少しほろ苦い)カフェデートの後、私は彼の言葉を胸に、緋和を巻き込んで「開かずの資料室」の調査に乗り出すことにした。緋和は「えー!瑠々ちゃん、ついにオカルトに目覚めたの!?しかも、秋月先輩とデートなんて、やるぅ~!」と、いつもの調子で大興奮だ。デートじゃないって言ってるのに!
資料室の重厚な木の扉には、夏海家の古文書で見たことのある、奇妙な鳥の羽根を模したような紋様が、うっすらと浮かび上がっていた。
「…これって…」
私は、無意識のうちにその紋様に手を触れ、心の中で「開いて」と念じてみた。すると、どうだろう。紋様が淡い光を放ち、カチャリ、と小さな音を立てて、扉の鍵がひとりでに開いたのだ!その瞬間、私の黒髪がふわりと舞い、どこか神秘的な雰囲気を纏ったように見えたかもしれない。
「瑠々ちゃん、すごーい!まるで魔法使いみたい!今のどうやったの!?超クール!」
緋和が目を丸くして私を見つめる。その純粋な驚きの表情に、私は少しだけ誇らしいような、でもやっぱり恥ずかしいような、複雑な気持ちになった。
「た、たまたまよ!きっと、鍵が壊れてたのよ!ほら、早く入るわよ!」
必死で誤魔化しながら、私たちは薄暗く埃っぽい資料室の中へと足を踏み入れた。古い書物の匂いと、カビ臭さが鼻をつく。棚には、びっしりと古いファイルや分厚い本が並んでいる。どこから手をつければいいのか…。
「…やはり、君たちもここに来たか。物好きな女子高生たちだな」
不意に、部屋の奥の暗がりから、低い、そしてどこか嘲るような声が響いた。ビクッとしてそちらを見ると、そこには腕を組み、書架に寄りかかっている冬城紫苑の姿があった。いつの間に…!この男、本当に神出鬼鬼没なんだから!夕日が差し込む窓からの光が、彼の銀髪を縁取り、その整った顔立ちをより一層際立たせている。くそっ、無駄にかっこいいのが腹立たしい!
「な、なんであんたがここにいるのよ!また私の後つけてきたの!?」
「それはこちらのセリフだ。こんな埃っぽい場所に、乙女二人が何の用だ?それとも、俺に会いに来たのか?」
相変わらずの嫌味な口調。でも、その瞳は、何かを探るように鋭く光っている。そして、最後の言葉は明らかにからかっている!
結局、私たちは(主に私が冬城に一方的に言い負かされて)協力して資料を探す羽目になった。私は持ち前の直感で怪しそうな場所を指し示し、冬城はその冷静な分析力で効率的に資料を調べていく。時折、彼の手が私の手に触れそうになったり、狭い通路で体が密着しそうになったりして、その度に私の心臓はドキドキと音を立てた。緋和は…なぜか冬城の隣で「冬城くんって、ミステリアスでかっこいいよね~お兄ちゃんになってほしいな~」なんて目をハートにしている。おい、緋和、あんたはどっちの味方なのよ!それに、お兄ちゃんって!
そんなチグハグな連携作業(?)の末、私たちはついに、隠されたように置かれていた一つの古い桐の箱を見つけ出した。中には、夏海家のものと思われるさらに古い古文書の束と、そして…あの時、秋月先輩が持っていたのとよく似た、奇妙な形をした小さな木箱が入っていたのだ!
その古文書を手に取った瞬間、私の脳裏に、再びあの夢の映像が鮮明にフラッシュバックした。「割れた鏡」「血に濡れた符」…そして、何かを必死に守ろうとする、誰かの姿…。
「…っ…!」
思わず呻き声を上げて、私はその場に膝をつきそうになる。目の前がチカチカする。
「どうした、夏海瑠々!顔色が悪いぞ!」
冬城が、珍しく少しだけ焦ったような声で私の肩を支える。彼の手に触れた瞬間、なぜか少しだけ、脳裏の映像が和らいだような気がした。彼の体温が、じんわりと伝わってくる。
「…大丈夫…ちょっと、目眩がしただけ…」
強がる私を、冬城は疑わしげな目で見つめていた。
資料室から出ると、空はもうすっかり夕焼けに染まっていた。なんだか、どっと疲れが押し寄せてくる。
ふと、中庭の方に目をやると、あの「呪われた桜の木」の様子がおかしいことに気づいた。風もないのに、桜の木の枝が不自然にざわざわと揺れ、その周囲から、禍々しい、黒紫色の気が立ち上っている。それは、美術準備室で感じたものよりも、さらに濃密で、邪悪な気配だった。
「…まずいな。資料室の封印が解かれたことで、他の場所の“歪み”も活性化し始めているのかもしれない。あの桜の木…何か良くないものが目覚めようとしている」
冬城が、険しい表情で呟く。彼の言葉通り、桜の木の根元に、まるで地面から這い出てくるかのように、黒い人影のようなものが、ゆっくりと蠢いているのが見えた。その姿は、見るからに不吉で、私の背筋を冷たいものが駆け上った。
私の平穏な日常は、どうやら本気で終わりを告げようとしているらしい。そして、私の心臓も、別の意味で悲鳴を上げそうだ。




