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第6話:マガツモノ退治なんて聞いてないんですけど!?私、普通のJKなの!

冬城紫苑の「拒否権はない」という一方的な宣告から一夜明け、私は鏡の前で深いため息をついた。昨夜は、彼のあの冷たい瞳と、私の日常がじわじわと侵食されていくような不気味な予感で、ほとんど眠れなかったのだ。目の下にはうっすらとクマができているかもしれない。これじゃあ、せっかくの(と自分では思っている)ぱっちり二重も台無しだわ。

(ああもう、なんで私がこんな目に…!ただでさえ陰陽師の家なんてうんざりなのに、なんで学校でまでこんな怪しげな男に絡まれなきゃいけないのよ!)

心の中で何度悪態をついても、現実は変わらない。教室に入ると、案の定、冬城は私の席の近くに陣取り、まるで待ち構えていたかのように私を一瞥した。その視線だけで、私の胃がキリキリと痛む。彼の隣の席の女子は、朝から彼に話しかけようとソワソワしているけれど、彼は全く意に介していない。その鉄壁ガードぶり、ある意味尊敬するわ。


「いいか、夏海瑠々。我々の目的は、学園内に潜む“姿なき吸精鬼”――人の生気を吸うマガツモノを特定し、無力化することだ」

放課後、人気のない旧校舎の、埃っぽい匂いが漂う空き教室に半ば強引に連れ込まれた私は、冬城から一方的に作戦概要(という名の一方的な命令)を聞かされていた。彼の口から紡がれる「マガツモノ」「生気」「無力化」といった物騒な単語の数々に、私の頭は完全にキャパオーバーだ。夕日が差し込む窓辺に立つ彼の銀髪が、風もないのにサラリと揺れて、なんだか腹立たしいほど絵になっている。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!なんで私がそんなこと手伝わなきゃいけないの!?私は普通の女子高生なの!マガツモノ退治なんて、専門外だし、そもそも興味ないんだけど!大体、あんた一人で解決すればいいじゃない、その…何とかっていう力で!」

思わず声を荒らげて反論するが、冬城は眉一つ動かさない。

「君には“特別な目”がある。少なくとも、常人には感知できない何かを捉えることができるはずだ。それに、断ったらどうなるか…昨日の緋和という少女の姿を見ても、まだそう言えるのか?彼女のあの青白い顔、細い手首…君の大切な友達なのだろう?」

彼の言葉は冷たく、そして的確に私の弱点を突いてくる。緋和の苦しそうな顔が脳裏をよぎり、私はぐっと言葉に詰まった。この男、本当に性格が悪すぎる…!でも、緋和のことを「大切な友達」と言われたことには、少しだけ、ほんの少しだけ、胸が温かくなったような気がした。


こうして、私の不本意極まりない「マガツモノ捜査」が始まった。冬城は、被害者の生徒たちから聞き取り調査を行うと言い出し、私も無理やり同行させられる羽目に。

「いい?私はあくまで付き添いだからね!専門的な質問とか、そういうのは全部あんたがやりなさいよ!あと、私の半径1メートル以内に近づかないでよね!」

そう宣言したものの、冬城の冷徹で容赦ない質問(「最後にどこへ行った?」「誰と会った?」「何か変わったものを見たり聞いたりしなかったか?」など)に怯える生徒たちを見ていると、つい「あの、大丈夫ですか?無理に思い出さなくても…深呼吸しましょうか?」とフォローを入れてしまう。そんな私を見て、冬城はふっと鼻で笑う。いちいち腹の立つ男だ。でも、その時、彼が一瞬だけ、私の顔をじっと見つめていたような気がしたのは、気のせいだろうか。まるで、何か珍しいものでも見るような目で。


次に私たちは、被害者の生徒たちが共通して立ち寄った可能性のある場所を洗い出し始めた。七不思議の一つと噂される中庭の古い桜の木の周辺、いつも薄暗くて湿っぽい生物室の準備室、そして…今は使われていない、曰く付きの美術準備室。

「…なんだか、こっちの方角から、すごく嫌な感じがする…空気が重いっていうか、息苦しいっていうか…鳥肌が止まらないんだけど…」

古い桜の木に近づいた時、私は思わずそう呟いていた。自分でも気づかないうちに、陰陽師の家系で培われた「気」を感じ取る能力が働いていたのかもしれない。風で乱れた私の黒髪ボブの隙間から見える、少し青白い首筋が、彼の目にどう映ったかは知る由もない。

「ほう…」

冬城が、私の言葉に興味深そうに目を細める。その視線が、なんだか私の内側まで見透かされているようで、居心地が悪い。

「君のその“感覚”、もう少し詳しく聞かせてもらおうか。例えば…どんな風に嫌な感じがするんだ?色で見えるとか、音で聞こえるとか、そういうのはないのか?」

彼の整った顔が、不意にすぐ間近に迫ってきた。その距離の近さに、心臓がドクンと大きく跳ねる。彼の瞳の奥の黒曜石のような輝きに、吸い込まれそうだ。長いまつ毛が、夕日にきらめいている。

「な、なによ!近いわよ、離れなさいよ!セクハラよ、セクハラ!」

慌てて後ずさる私を見て、冬城はまたしても面白そうに口の端を上げた。本当に、人の反応を見て楽しんでいるとしか思えない。でも、その時の彼の目は、ただ冷たいだけじゃなくて、何かを探るような、もっと深い色をしていたような気もした。


そんなチグハグな調査の途中、私たちは図書室で資料を探している秋月先輩とバッタリ遭遇した。古い書物の埃っぽい匂いが漂う、静かな空間。

「やあ、夏海さんに冬城くん。二人で何か調べ物かい?珍しい組み合わせだね」

先輩は、いつもと変わらない優しい笑顔で私たちに声をかけてきた。その笑顔は、今の私にとって、まるで砂漠で見つけたオアシスのように眩しい。そして、その声を聞いた瞬間、私の心臓はさっきとは違う意味で、キュンと高鳴った。

「せ、先輩!えっと、これはその…クラスの課題で、ちょっと…歴史のレポートが難しくて…」

しどろもどろに言い訳をする私の頬は、きっとリンゴみたいに赤くなっているに違いない。ああもう、なんでこんな時に限って!

先輩は、緋和や他の体調不良の生徒たちのことを本当に心配しているようで、「何か僕にできることはないかな?夏海さん、何か知っていたら教えてほしい。緋和ちゃん、すごく辛そうだったから…。もしよかったら、これ、差し入れ。みんなで分けてくれ」と、小さな紙袋に入った手作りのクッキーを差し出してくれた。そのクッキーからは、ほんのり甘くて優しい香りがする。

「あ、ありがとうございます…!先輩、お菓子作りもできるんですね…すごい…」

本当のことを言えないもどかしさと、先輩の優しさに応えられない悔しさ、そして不意打ちの差し入れの嬉しさで、私の感情はぐちゃぐちゃだ。俯いてクッキーを受け取る私の頭の上で、先輩が「たいしたことないよ。ただ、みんなが少しでも元気になればと思ってね」と、ふわりと笑った気配がした。その声だけで、なんだか泣きそうになる。

そんな私と先輩のやり取りを、冬城は腕を組み、書架に寄りかかりながら、どこか冷めたような、それでいて何かを値踏みするような目で見つめていた。その視線が、私の背中に突き刺さるようで、居心地の悪さは最高潮に達していた。まるで、「お前たちの青春ごっこは終わったか?」とでも言いたげな雰囲気だ。


結局、その日は決定的な手がかりは見つからなかった。けれど、被害者の行動パターンや、私が感じた「嫌な感じ」のする場所を総合的に判断した結果、冬城はある結論に達したようだった。

「…間違いない。奴の根城は、あそこだ」

彼が指差したのは、夕日に赤く染まる旧校舎の、一番奥にある美術準備室だった。その部屋の窓だけが、まるで黒い口を開けているかのように、不気味な影を落としている。

扉の前まで行くと、そこからは明らかに他の場所とは異なる、じっとりと肌に纏わりつくような冷たい邪気が、濃密に漏れ出していた。それは、まるで生きた沼に足を踏み入れたかのような、息苦しい感覚。私は思わず鳥肌を立て、後ずさりしそうになる。夕日に照らされた私の顔は、きっと血の気が引いて真っ青だろう。

冬城は、そんな私を一瞥すると、静かに言った。その声は、いつもより少しだけ、真剣みを帯びていた。

「…怖いのなら、無理強いはしない。だが、緋和という少女も、このマガツモノの犠牲者の一人だということを忘れるな。君の大切な友達が、今も苦しんでいるかもしれないんだぞ」

その言葉は、私の心に重くのしかかった。緋和の苦しそうな顔が、脳裏をよぎる。そして、秋月先輩の心配そうな顔も。

私は、ギュッと拳を握りしめた。俯いていた顔を上げ、冬城を真っ直ぐに見据える。

「…行くわよ。私だって、友達が苦しんでるのを、黙って見てるわけにはいかないんだから!それに…私の平穏な日常を返してもらうまでは、絶対に諦めないんだからね!」

強がるように言い放った私の声は、少しだけ震えていたかもしれない。でも、瞳の奥には、確かな決意の光が灯っていた。その瞬間、夕日の最後の光が私の横顔を照らし、ほんの一瞬だけ、冬城の黒曜石のような瞳が、微かに揺らいだように見えたのは、きっと気のせいだ。

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