第51話:最後の戦いが始まるのね…!みんな、絶対、星影高校を守り抜くんだから!
嵐の孤島から本土へと戻り、浩希さんと想いを確かめ合った、あの夢のような一夜が明けた。私の心は、まだふわふわと宙に浮いているみたいで、頬は自然と緩みっぱなし。朝、鏡の前で新しい旅装束――白と茜色を基調とし、金糸で星と月の刺繍が施された、巫女装束と戦闘服を融合させたような、機能的で息をのむほど美しいデザインのもの――に身を包んだ時も、浩希さんが「すごく…綺麗だ、瑠々」なんて、顔を赤らめながら言ってくれたものだから、私の心臓は朝から大変なことになっていた。彼のその言葉だけで、どんな困難だって乗り越えられそうな気がするんだから、恋の力って本当に偉大よね!
でも、そんな甘い余韻に浸っている暇はない。私たちの戦いは、まだ終わっていないのだから。
早朝、私たちは星影高校の校門の前に立っていた。久しぶりに見る母校は、以前の活気ある姿とは程遠く、どこか不気味な静けさと、重苦しい空気に包まれていた。校舎の窓ガラスは所々割れ、壁には不気味な蔦のようなものが絡みついている。まるで、悪夢の中に迷い込んでしまったみたいだ。
おばあ様の話によると、私たちが第四の封印「雷鳴の護符」を守り抜いたことで、学園を覆っていた「黒き月影」の呪いの力はいくらか弱まったものの、依然としてその影響は色濃く残っているらしい。特に、古くから霊的な力が強いとされる旧校舎や、体育館裏の鬱蒼とした森は、空間そのものが歪み、危険なマガツモノが徘徊する魔境と化しているため、厳重に立ち入りが禁止されているという。そして、夜空には、あの忌まわしい「赤黒く輝く不吉な星」が、まるで私たちを嘲笑うかのように、その不吉な光を放ち続けていた。
「これが…私たちの星影高校…? まるで、ゴーストタウンみたいじゃない…」
緋和が、唇を噛みしめながら呟く。彼女の大きな瞳には、悲しみと怒りの色が浮かんでいた。いつも元気いっぱいの彼女が、こんなに沈んだ顔をしているのを見るのは辛い。
「大丈夫だよ、緋和ちゃん。僕たちが必ず、元の美しい学園を取り戻す。そのためにも、最後の封印を…」
浩希さんが、緋和の肩を優しく抱き、力強い眼差しで私を見る。その瞳には、私への信頼と、そして揺るぎない決意が宿っていた。彼のその視線を受けるだけで、私の心にも勇気が湧いてくる。
「…フン、感傷に浸っている暇があるなら、さっさと事を進めるべきだな。この禍々しい気配…奴らは、確実にこの学園のどこかに潜んでいる」
冬城は、鋭い黒曜石のような瞳で校舎を睨みつけながら、冷ややかに言い放った。その手は、腰に差した銀の短剣の柄を、固く握りしめている。彼の全身から放たれるピリピリとした緊張感が、私たちにも伝わってくる。
おばあ様から受け取った古文書の解読によると、第五の封印の場所は、この星影高校の敷地内にある、最も古い記憶が眠る場所…「星影の丘」と呼ばれる、学園の最も高い場所に建つ、古の祭壇らしい。そこは、学園が創立されるずっと以前から、星を詠み、祈りを捧げる聖地だったという。そして、学園の七不思議のいくつかは、この祭壇と深く関わっている可能性が高いとのことだった。
「古文書には、『星影の丘、七不思議の集う場所に、古の巫女の祈りあり。されど、月の影満ちる時、祈りは呪詛に変わりて、災いの門を開かん』と記されているわ。おそらく、第五の封印は、その祭壇にあるはず。でも、最後の不吉な一文が気になるわね…」
私がそう言うと、浩希さんが険しい表情で頷いた。
「月の影…やはり、『黒き月影』のことだろうか。彼らが、その祭壇の力を悪用しようとしているのかもしれない」
「だとしたら、悠長なことはしていられないわね!」
私たちが星影の丘へと向かおうとした、その時だった。
「瑠々様!皆様、お待ちしておりました!」
凛とした、それでいてどこか懐かしい声に振り返ると、そこには、白い簡素な着物のようなものを身に纏い、翡翠色の瞳を輝かせた水無月氷華ちゃんの姿があった。彼女の腰まで届く長い黒髪が、朝の光を受けて絹のように艶めいている。そして、彼女の隣には、赤い髪と力強い瞳を持つ、ワイルドなイケメン…焔群さんの姿も!
「氷華ちゃん!焔群さんも!どうしてここに!?」
驚く私に、氷華ちゃんは優雅に一礼した。
「おばあ様より、瑠々様たちが最後の封印を守るため、この星影高校に戻られると伺い、微力ながらお手伝いに参じました。この学園にかけられた呪いは、想像以上に強力です。瑠々様たちだけでは、あまりにも危険かと…」
「ま、そういうこった。星詠鳥の巫女サマの頼みとあっちゃあ、断れねえからな。それに、ここの空気は、俺にとっちゃあ、ちと肌に合わねえ。さっさと片付けて、美味い酒でも飲みてえもんだ」
焔群さんが、豪快に笑いながら言う。その言葉は乱暴だけど、彼の瞳には、私たちへの確かな信頼と、共に戦う覚悟が宿っているように見えた。
「二人とも…!ありがとう!心強いわ!」
思わぬ助っ人の登場に、私たちの士気は一気に高まる。氷華ちゃんの氷の力と、焔群さんの炎の力があれば、どんな困難だって乗り越えられるはずだ。私の白い肌は、仲間たちの集結に安堵したのか、ほんのりと血色が良くなったように見える。
しかし、私たちの前に立ちはだかったのは、マガツモノだけではなかった。
星影の丘へと続く道は、まるで意思を持っているかのように、不気味な茨や、禍々しいオーラを放つ黒い霧によって閉ざされていたのだ。そして、その霧の中から、低い唸り声と共に、これまでに遭遇したことのないような、異形の影がいくつも現れた。その影は、まるで生徒たちの恐怖心や絶望感が具現化したかのように、ゆらゆらと揺らめきながら、私たちに襲いかかってくる。
「なっ…!これは、ただのマガツモノじゃないわ!学園にかけられた呪いが、実体化したというの!?」
私は息をのむ。その影は、物理的な攻撃が効きにくいだけでなく、私たちの精神にも直接攻撃を仕掛けてくるようだ。頭の中に、過去の嫌な記憶や、未来への不安が無理やり流れ込んできて、立っているのも辛い。キリッとした私の瞳も、思わず苦痛に歪む。
「くっ…!なんて鬱陶しい力なんだ…!」
浩希さんが、苦悶の表情を浮かべながら、神社の秘伝の祝詞を唱えて光の結界を張ろうとするが、影の力はあまりにも強く、結界はすぐにヒビ割れてしまう。彼の額には、玉のような汗が浮かんでいた。
「冬城、あんた、何か分かるの!?」
私が叫ぶと、冬城は鋭い目で影を睨みつけながら答えた。
「…ああ。これは、おそらく「黒き月影」の幹部クラスの仕業だろう。奴らは、人の心の闇を操るのを得意としている。この霧自体が、奴らの力の源になっているのかもしれん」
「じゃあ、どうすればいいのよ!?」
緋和が悲鳴に近い声を上げる。彼女もまた、影の精神攻撃に苦しんでいるようだ。その顔は青白く、大きな瞳も恐怖に見開かれている。
「…私が行くわ」
私は、意を決して一歩前に踏み出した。この状況を打開できるのは、おそらく「星影の印」の浄化の力だけだ。右手首の印が、ズキリと痛む。また、あの「代償」が…。でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。
「瑠々、無茶だ!君一人では…!」
浩希さんが、私の腕を掴んで止めようとする。その瞳には、私への深い心配の色が浮かんでいた。
「大丈夫よ、浩希さん。私には、みんながついているもの。それに、この力は、こういう時のためにあるんだから!」
私は、彼の手に自分の手を重ね、力強く微笑んでみせた。その笑顔は、少しだけ無理をしていたかもしれないけれど、彼を安心させたい一心だった。私の白い肌は、決意の光を浴びて、まるで内側から輝きを放っているかのようだ。
「氷華ちゃん、焔群さん、援護をお願い!緋和は、みんなの精神状態を安定させるお守りを!冬城は、奴らの弱点を探って!そして浩希さんは…私を信じて、待っていて!」
私は、仲間たちに指示を出すと、「星詠みの竪琴」を構え、清らかな音色と共に、浄化の祝詞を唱え始めた。私の黄金色のオーラが、黒い霧を切り裂き、異形の影たちを包み込んでいく。その光は、まるで夜明けの太陽のように力強く、そして温かい。
「星影の光よ、闇を照らし、邪を祓い、清浄なる道を示したまえ!」
私の歌声と竪琴の音色、そして仲間たちの力が一つになった時、黒い霧は徐々に晴れ、異形の影たちも苦しげな呻き声を上げて消滅していく。
「やった…!やったわ、みんな!」
霧が完全に晴れ、星影の丘へと続く道が現れた時、私たちは思わず歓声を上げた。私の黒髪が、汗で少し額に張り付いているけれど、その表情は達成感に輝いていた。
しかし、安心したのも束の間だった。
丘の上に、一人の人影が現れたのだ。
それは、長い黒髪を風に靡かせ、妖艶な笑みを浮かべた、美しい女性だった。彼女の服装は、どこか星影高校の制服に似ているけれど、もっと大胆で、そして禍々しいオーラを放っている。そして、その顔には…見覚えがあった。
「あらあら、お久しぶりね、夏海瑠々さん。そして、愉快な仲間たち。まさか、あなたたちがここまでたどり着くなんて、少し驚いたわ」
その甘く、しかし背筋が凍るような声。
「あなたは…!月影先生…!?」
そう、そこに立っていたのは、以前、私たちの学園の養護教諭だった、月影小夜子だったのだ。彼女は、優しくて美しい先生として生徒たちからも慕われていたけれど、七夕の夜の事件の後、忽然と姿を消していた。
「ふふふ、そうよ。でも、もう『先生』と呼ぶのはやめてちょうだい。今の私は、『黒き月影』の使徒、月影小夜子。そして…あなたたちの前に立ちはだかる、最初の試練よ」
彼女がそう言った瞬間、その背後から、強力な、そして絶望的なほどの闇のオーラが立ち昇った。そして、空に輝く「赤黒く輝く不吉な星」が、まるで彼女に呼応するかのように、一層強く、禍々しい光を放ち始めたのだ。
最後の戦いが、今、本当に始まろうとしていた。そして、その先に待つものが、希望なのか、それとも絶望なのか…それは、まだ誰にも分からなかった。私の胸のドキドキは、もう恐怖だけではない。この絶望的な状況を、仲間たちと共に必ず乗り越えてみせるという、燃えるような決意の表れなんだから!




