第42話:束の間の休息と、それぞれの秘密。このドキドキ、隠しきれないかも…!そして、湯けむりの向こうに見えるのは…!?
炎の洞窟での激闘を終え、焔群さんに教えてもらった安全な隠れ家――それは、山間のひっそりとした場所に佇む、古びたけれど風情のある温泉宿だった――で、私たちは久しぶりに心からの休息を取ることになった。宿の女将さんは、焔群さんの古い知り合いらしく、私たちを温かく迎え入れてくれ、そして「旅の疲れを癒やすには、うちの湯が一番ですよ」と、秘湯と名高い露天風呂を勧めてくれた。
「わーい!温泉だー!瑠々ちゃん、一緒に入ろー!旅の汗もドロドロも全部洗い流して、お肌もツルツルピカピカになっちゃおー!それに、瑠々ちゃんのサービスショット、私が独り占めしちゃおーっと!」
緋和は、疲れも忘れたように大はしゃぎだ。その無邪気な笑顔は、この殺伐とした旅の中で、唯一変わらない私の癒やしだ。彼女の明るさが、私たちの心をどれだけ救ってくれていることか。…って、最後の言葉は聞き捨てならないけど!
「ちょ、ちょっと緋和!私はいいわよ、あんた一人で入りなさい!それに、こんな山奥の温泉なんて、何が出るか分からないじゃない!それに、サービスショットって何よ、この変態!」
私は顔を真っ赤にして抵抗する。いくら女同士とはいえ、緋和と一緒にお風呂なんて、なんだかすごく恥ずかしい。それに、この古びた温泉、本当に大丈夫なのかしら…?何か、こう、ヌルっとしたものとか出てきそうで…。
「えー、瑠々ちゃんのケチー!一人じゃ寂しいじゃん!それに、瑠々ちゃんのその…隠されたナイスバディ(緋和調べ)を、この目でしっかりと拝んでおかないと!後で先輩と冬城くんに自慢…いや、報告しないと!」
緋和の強引な(そして恐るべき)誘いと、なんだかよく分からない使命感に、結局私は押し切られ、彼女と共に露天風呂へと連行されてしまった。月明かりの下、湯けむりに包まれた岩造りの露天風呂は、思った以上に幻想的で、とても美しかったけれど、今はそんなことよりも、この状況が恥ずかしすぎて死にそうだ。しかも、緋和のやつ、本当に私の体をジロジロ見てるし!
脱衣所で、慣れない手つきで浴衣の帯を解き、そっとそれを脱ぎ捨てる。夜風が、少し火照った私の肌を撫でて、思わず身震いした。緋和は、もうさっさとタオル一枚の姿になっている。
「瑠々ちゃん、早く早くー!一番風呂、気持ちいよー!」
湯船から聞こえる緋和の楽しそうな声に促され、私も覚悟を決めてタオルを外し、そっと湯船へと足を踏み入れた。
「ひゃっ…!」
思ったよりも熱いお湯に、思わず小さな声が漏れる。温泉の硫黄の香りが、心地よく鼻をくすぐり、そしてじんわりと体の芯まで温めてくれるようだ。戦いの疲れが、少しずつ溶けていくのを感じる。
湯けむりの向こうで、緋和が「瑠々ちゃん、こっちこっちー!」と手招きしている。私は、できるだけ体を隠すようにしながら、ゆっくりと湯船の中を進んだ。
「ねぇ瑠々ちゃん、やっぱり瑠々ちゃんってスタイルいいよねー!お胸もちゃんとあるし、ウエストもキュッて締まってるし、お肌も白くてツルツルだし!羨ましいなぁ~!私なんて、まだまだお子ちゃま体型だもん…」
緋和が、私の体をじろじろと見ながら、遠慮なくそんなことを言ってくる。もう、この親友は!
「なっ…!どこ見てんのよ、このド変態!それに、あんただって可愛いじゃない!元気いっぱいで、太陽みたいで!」
私は顔を真っ赤にして反論するが、緋和はケラケラと笑っているだけだ。でも、彼女の言葉は、ほんの少しだけ…嬉しかったりもする。
湯船に浸かり、肩までお湯に浸かると、ようやく少しだけ落ち着いてきた。月明かりが水面を照らし、私たちの肌を白く浮かび上がらせる。湯けむりが立ち込め、まるで夢の中にいるような、幻想的な雰囲気だ。
緋和は、私の背中を丁寧に流してくれたり、お湯の中で私の長い黒髪を優しく梳かしてくれたりしながら、いつものようにマシンガントークを炸裂させている。
「ねぇ瑠々ちゃん、さっきの焔群さん、すっごくワイルドでかっこよかったよね!あの赤い髪とか、鍛えられた体とか、まさに理想の漢って感じ!秋月先輩とはまた違うタイプだけど、ああいうのもアリかも!瑠々ちゃんは、どっちがタイプ?やっぱり、優しい秋月先輩?」
…緋和、あんた、本当に面食いなのね…。というか、なんで私がそんなこと答えなきゃいけないのよ!私の好みなんて、どうでもいいでしょ!
「それに、冬城くんのあの赤い瞳も、なんだかミステリアスでドキドキしちゃった!普段はあんなにクールなのに、戦う時はあんなに情熱的になるなんて、ギャップ萌えってやつ!?瑠々ちゃんも、ちょっとキュンとしちゃったんじゃないの~?あの時、冬城くん、瑠々ちゃんのこと、すっごく心配そうな目で見てたよ!」
緋和の鋭い指摘に、私の心臓がドクンと大きく跳ねる。そ、そんなわけないじゃない!あんなスカした男に、私がキュンとするなんて、絶対にありえないんだから!…でも、あの時の彼の真剣な眼差しと、私を庇うように戦う姿は、確かに…ほんの少しだけ、かっこいいと思ったかもしれないけれど…。そして、彼が私の頭を撫でた時の、あの不器用な優しさは…思い出すだけで、顔が熱くなる。
そんな私たちのガールズトーク(という名の瑠々ちゃんイジり)が盛り上がっていた、その時だった。
露天風呂のすぐ隣にある、男湯の方から、聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。
「…それにしても、夏海さんのあの力、本当にすごかったな。まるで女神様みたいだった…」
秋月先輩の声だ!
「フン、まだ未熟だがな。だが、あの状況でよくやった方だろう。…それにしても、お前はいつまで夏海瑠々のことばかり話しているんだ?そんなに気になるのか?」
今度は、冬城の冷たい声。
「なっ…!べ、別に、そういうわけじゃ…!ただ、仲間として心配なだけだよ!」
慌てて否定する先輩の声。でも、その声は明らかに動揺している。
「仲間、ねぇ…」
冬城の、意味ありげな呟き。
え、えええええええええええ!?
私と緋和は、顔を見合わせ、そして同時に息をのんだ。まさか、こんなところで、先輩と冬城くんの会話を聞いてしまうなんて!しかも、私の話題で盛り上がってる(?)なんて!
湯けむりの向こう側、男湯との仕切りになっている岩の隙間から、ぼんやりと二人のシルエットが見える。先輩の、少し照れたような横顔。そして、冬城の、相変わらずのポーカーフェイス(でも、どこか面白がっているような雰囲気も?)。
私の心臓は、今度こそ本当に破裂しそうなくらいドキドキしている。顔が熱くて、湯あたりしそうだ。
「瑠々ちゃん、これって、もしかして、超絶ラッキーな盗み聞きチャンスじゃない!?」
緋和が、目をキラキラと輝かせながら、私の耳元で囁く。もう、この親友は、本当に好奇心の塊なんだから!でも、私も…聞きたいような、聞きたくないような…複雑な気持ちでいっぱいだった。
「…それにしても、夏海さんのあの浴衣姿、本当に可愛かったな。普段はツンケンしてるけど、ああいう女の子らしい格好も、すごく似合うと思うんだ」
先輩の、デレデレとも取れる発言が聞こえてきて、私の顔はさらに赤くなる。せ、先輩、そんなことまで考えてたんですか!?
「…フン、お前は本当に、夏海瑠々のことになると甘いな。だが、油断するなよ。奴は、お前が思っている以上に、厄介なものを抱えている。そして、その力は、いずれ大きな代償を求めることになるだろう」
冬城の、いつになく真剣な声。その言葉は、私の胸に重くのしかかる。
「分かっているさ。だからこそ、僕が彼女を守らなくてはならないんだ。彼女のその美しい笑顔を、僕が…」
先輩の、決意に満ちた声。
その時、不意に強い風が吹き、湯けむりが一瞬だけ晴れた。そして、私の目に飛び込んできたのは…岩の隙間から、こちらをじっと見つめている、冬城の鋭い、そしてどこか熱を帯びた黒曜石のような瞳だった。彼と、目が合ってしまった…!
「きゃっ!」
思わず小さな悲鳴を上げ、私は慌てて湯船の中にザブンと潜り込んだ。もう、恥ずかしすぎて死にそう!
温泉から上がり、宿から借りた清潔な浴衣(それは、白地に淡い撫子の柄が入った、少し大人っぽいものだった。濡れた髪をアップにして、うなじのあたりが少しだけ見えるのが、自分でもちょっとだけ色っぽいかもしれない、なんて思ったりして)に着替えて部屋に戻ると、そこには秋月先輩と冬城くんが、神妙な顔つきで何かを話し合っていた。その手には、例の夏海家の古文書と、焔群さんから託された「炎の勾玉」が握られている。私たちが戻ってきたのに気づくと、二人は慌てたように話を中断し、そして…なぜか二人とも、ほんのり顔を赤らめて、視線を逸らした。さっきの会話、絶対に聞かれてたわよね…!?
「あ、夏海さん、緋和ちゃん。お風呂、気持ちよかったかい?その浴衣…すごく似合っているよ、夏海さん。なんていうか…湯上りの君は、いつも以上に…その、肌が透き通るように白くて、髪も艶やかで…本当に、綺麗だね…」
秋月先輩が、少しぎこちない笑顔で、しかしストレートな褒め言葉を口にする。その瞳には、隠しきれないほどの熱い想いが揺らめいているように見えた。先輩、そんなこと言われたら、私、どう反応すればいいんですか!?恥ずかしすぎて、顔から火が出そうです!
「…別に、普通だったわよ。それより、何を話してたの?なんだか、深刻そうな顔してたけど。それに、先輩、顔赤いですよ?のぼせたんじゃないですか?大丈夫ですか?」
私は、自分の顔の熱さを誤魔化すように、わざとそっけない態度で尋ねる。でも、先輩の言葉は、私の心臓を甘く締め付けていた。
「…フン、お前たちが長風呂している間に、俺たちは次の封印の場所について話し合っていただけだ。お前たちの色恋沙汰に付き合っている暇はないんでな。それに、夏海瑠々、お前のその浴衣姿…まあ、悪くはないんじゃないか。いつもよりは、多少マシに見える」
冬城は、そっぽを向きながらも、その声にはどこか焦りのようなものが滲んでいる。そして、彼の白い首筋が、ほんのりと赤く染まっているのを、私は見逃さなかった。この男も、もしかして…いやいや、まさかね!それに、「多少マシに見える」って、どういう意味よ!失礼しちゃうわね!
「なっ…!色恋沙汰って何よ!失礼しちゃうわね!あんただって、さっきから私のことジロジロ見てるじゃない!何か言いたいことでもあるわけ!?それに、その言い方、すごくムカつくんだけど!」
私がカッとなって言い返すと、冬城は一瞬だけ驚いたような顔をして、そしてすぐにいつもの冷たい表情に戻り、「…別に。ただ、お前のその浴衣姿が、あまりにも似合っていなくて滑稽だっただけだ」と、心にもないことを言い放った。その言葉に、私の怒りは頂点に達しそうになる。この男、本当に一言多いんだから!でも、その時の彼の瞳の奥に、ほんの僅かだけ、戸惑いと…そして、ほんの少しの寂しさのようなものが揺らめいたような気がしたのは、気のせいだろうか。
その夜、私はなかなか寝付けなかった。隣で緋和はすやすやと寝息を立てている。彼女の寝顔は、まるで天使のように無邪気で可愛らしい。
窓の外には、満月が煌々と輝き、温泉街の湯けむりが幻想的な光景を作り出していた。私はそっと部屋を抜け出し、宿の縁側に出た。ひんやりとした夜風が、火照った頬に心地よい。昼間の戦いの興奮と、そして…先輩と冬城のことで、頭がいっぱいで、どうにも落ち着かないのだ。
「…眠れないのか、夏海瑠々。それとも、あの二人のことで悩んでいるのか?お前のその潤んだ瞳は、何かを物語っているようだが」
不意に、背後から声がかかった。振り返ると、そこには月明かりを浴びて佇む冬城の姿があった。彼もまた、眠れずにいたのだろうか。その銀髪が、月の光を反射して妖しく輝いている。
「…あんたこそ。何か考え事?それとも、私のことでも監視してるわけ?私の寝顔でも盗撮するつもり?」
「…別に。ただ、月が綺麗だっただけだ。それに、お前のような騒がしい女が、こんな夜中に一人でうろついていると、また厄介事を呼び込みかねんからな。お前のその無防備な寝顔など、見る価値もない」
私たちは、しばらくの間、無言で月を見上げていた。その沈黙は、不思議と苦ではなかった。彼の隣にいると、なぜか心が落ち着くような、それでいて少しだけ緊張するような、複雑な感覚に包まれる。
「…なあ、夏海瑠々。お前のその力…本当に、制御できるのか?そして、あの焔群という男…彼が見せた赤い瞳、お前も気になっただろう?あれは、ただの炎の力ではない。もっと根源的な、そして…俺のこの赤い瞳と、何か関係があるのかもしれん。お前は、俺のことをどう思っているんだ?」
冬城が、ぽつりと呟いた。その声には、どこか切実な響きと、そして彼自身の抱える闇の深さを感じさせた。そして、最後の言葉は、あまりにもストレートで、私の心臓を鷲掴みにした。
「…分からないわ。でも、やるしかないでしょ。私には、守りたいものがあるんだから。それに、あんたのその赤い瞳のことも、私は…知りたいと思ってる。あんたが、何をそんなに苦しそうにしているのか…。そして、あんたのこと…別に、嫌いじゃない…かも…しれないわよ…」
私がそう答えると、冬城はふっと息を吐き、「…お前は、本当に物好きな女だな。だが、悪くない」とだけ言った。そして、彼は私の隣に腰を下ろし、私の肩に、そっと自分の着ていた上着をかけてくれた。その上着からは、彼と同じ、石鹸のような、どこか冷たくて清潔な香りがした。
「…風邪をひくぞ。お前が倒れたら、色々と面倒だ。それに…お前のその潤んだ瞳で、これ以上他の男に見つめられるのは、なんだか気に食わんからな」
その不器用な優しさと、最後の独占欲にも似た言葉に、私の心臓はまたしても、キュンと小さく、しかし強く跳ねた。この男の、こういうところが、本当に…ずるい。そして、なんだかすごく…ドキドキする。この気持ちは、一体何なのかしら…。




