第39話:心の音色と、風の囁き。この想い、きっと届くよね!?
風の精霊の言葉と共に、私たちの目の前に現れたのは、それぞれの心の奥底に秘めた「真実の願い」が具現化したかのような、鮮烈で、そしてあまりにも生々しい幻影だった。
秋月先輩の幻影は、私――夏海瑠々――を、壊れ物を抱きしめるかのように優しく、しかし力強く抱きしめ、「君の笑顔を、永遠に守りたい。君のその美しい瞳が、悲しみで曇ることのないように…。君のそばに、ずっと、ずっといたいんだ。それが、僕の唯一つの、そして偽りのない願いだよ、瑠々」と、熱い想いを、まるで魂そのものを差し出すかのように囁いていた。その言葉と眼差しはあまりにも真剣で、私の頬がカッと熱くなり、心臓が甘く締め付けられるような感覚に襲われる。こんなにも真っ直ぐな想いを向けられたら、私、どうにかなってしまいそうだわ…。
冬城の幻影は、今は亡き妹の小さな手を、まるで二度と離さないと誓うかのように強く握りしめ、「もう二度と、大切なものを失いたくない。この手で、必ず守り抜いてみせる。たとえ、この身がどうなろうとも…。だから、どうか、もう一度だけ笑ってくれ…」と、悲痛なまでの決意を、絞り出すような声で呟いていた。その横顔は、普段の彼からは想像もつかないほど脆く、そして深い悲しみと後悔の色を湛えていた。彼の背負っているものの重さと、その心の奥底にある温かさを、改めて感じさせられる。彼の瞳から、一筋の涙が静かに流れ落ちていた。
そして、私の幻影は…大切な仲間たち――緋和、秋月先輩、そして…なぜか、あのムカつく転校生の冬城までもが――に囲まれ、屈託なく、心の底から楽しそうに笑い合っている、ごく普通の、でも最高に幸せそうな女の子の姿だった。その笑顔は、自分でも驚くほど自然で、そして太陽のように輝いていた。これが…私の、本当の、偽りのない願い…?陰陽師の力なんて関係ない、ただ、みんなと笑って過ごしたい…。
「…これが、お前たちの心の奥底にある、真実の願いか…それぞれの想いが、痛いほどに伝わってくるわ…」
風の精霊が、静かに目を閉じ、私たちの心の風景を読み解くように、厳かに告げる。その声は、まるで風の囁きのようで、私たちの魂の奥底まで優しく染み渡っていく。
「この“星詠みの竪琴”は、持ち主の魂の音色を奏でる。偽りの心、迷いのある魂では、この神器を手にすることは叶わぬ。さあ、星影の巫女よ。そして、その守り手たちよ。お前たちの真実の想いを、その魂の音色を、この竪琴に聞かせてみよ。お前たちの絆の力が、試される時だ」
その言葉と共に、祭壇の上に静かに置かれていた「星詠みの竪琴」が、淡く、しかし力強い、まるで呼吸をするかのような温かい光を放ち始めた。それは、まるで私たちを試すかのように、そして同時に、私たちを優しく招き入れているかのようにも見えた。その光は、私の頬を撫で、不安な心を少しだけ落ち着かせてくれる。
「真実の想い…魂の音色…?そんな、大げさなこと、私なんかにできるのだろうか…。私の心の中なんて、いつもぐちゃぐちゃで、ツンケンしてばっかりなのに…」
私は、戸惑いながら呟く。自分の本当の気持ちなんて、自分でもよく分からない時があるのに。
「大丈夫だよ、夏海さん。君ならできる。君の心は、誰よりも純粋で、そして強いはずだから。君が素直になれないのは、不器用なだけで、本当は誰よりも優しいことを、僕は知っているよ。僕も、僕の想いを、この竪琴に、そして君に、伝えるよ。僕の全てを懸けて」
秋月先輩が、私の手を優しく、しかし力強く握りしめ、力強く微笑んでくれた。その笑顔と、握られた手の温もりが、私の不安を少しずつ溶かしていく。先輩の瞳は、私への絶対的な信頼と、そしてそれ以上の、熱い想いを映していた。その瞳に見つめられると、なんだか顔が熱くなって、俯いてしまう。でも、その温もりは、私に勇気を与えてくれる。
「…フン、くだらん。だが、ここで立ち止まっているわけにはいかんな。俺も、俺のやるべきことをやるまでだ。夏海瑠々、お前のその面倒くさい性格も、まあ…たまには悪くないのかもしれん。それに、お前のその力は、決して呪われたものではないはずだ。俺が、それを証明してやる」
冬城もまた、ぶっきらぼうながらも、その黒曜石のような瞳の奥に、静かな決意と、そしてほんの僅かな…私への期待のようなものを宿らせていた。その横顔は、どこか吹っ切れたような、清々しい表情をしているように見えた。そして、最後の言葉は、なんだかものすごく…ドキッとしたんですけど!この男、たまにものすごく破壊力のあることをサラッと言うんだから!
私たちは、緋和に見守られながら、三人で祭壇へと進み出た。その一歩一歩が、まるで自分の運命へと踏み出すかのように、重く、そして尊いものに感じられた。そして、それぞれが「星詠みの竪琴」にそっと手を触れる。その竪琴の弦は、まるで生きているかのように、私たちの指先に微かに振動を伝えてきた。
その瞬間、竪琴から、まるで風が歌うような、天上の音楽のような、美しくも不思議な音色が流れ出した。それは、私たちの心の奥底にある想いを、そのまま音にしたかのような、切なくて、温かくて、そして力強いメロディーだった。
秋月先輩の音色は、どこまでも優しく、温かく、そして全てを包み込むような、陽だまりのような調べ。それは、大切な人を守りたいという、彼の真っ直ぐで純粋な愛情と、揺るぎない献身を物語っていた。その音色を聴いていると、私の心まで温かくなり、守られているような安心感に包まれる。
冬城の音色は、最初は冷たく、鋭く、そしてどこか悲しげな、孤独な風のような調べ。それは、彼の過去の傷跡と、誰にも明かせない苦悩を映し出しているかのようだ。しかし、その奥には、決して消えることのない強い意志と、そしてほんの僅かな…温もりを求めるような、切ない響きが隠されているように感じられた。その音色は、彼の抱える闇と、それでも失われない希望、そして不器用な優しさを物語っているのかもしれない。なんだか、彼の意外な一面に触れたような気がして、胸がチクリと痛んだ。そして、その音色が、ほんの少しだけ、私の音色に寄り添おうとしているような気がした。
そして、私の音色は…最初は小さく、頼りなく、そしてどこか迷っているような、震える風のような調べ。それは、自分の力への不安や、素直になれない自分へのもどかしさ、そして大切な人たちを失うことへの恐怖を映し出していた。でも、先輩の温かい音色と、冬城の力強い(そして少しだけ不器用な)音色が、私の音色に寄り添い、それを優しく支えてくれるように重なり合っていく。すると、私の音色は次第に力を増し、仲間たちへの感謝と、みんなを守りたいという強い想い、そして…未来への揺るぎない希望を奏でる、清らかで、力強い、輝くようなメロディーへと変わっていった。その音色は、まるで私の魂そのものが歌っているかのようだ。私の黒髪がふわりと舞い、瞳には涙が滲んでいたけれど、その表情は晴れやかで、自分でも驚くほど穏やかな笑みを浮かべていた。この音色が、私の本当の気持ちなんだ。
三人の魂の音色が、美しく、そして力強く共鳴し合い、洞窟全体を温かい、そして神々しいほどの光で満たしていく。それは、まるで奇跡のような光景だった。
その光景を、風の精霊は、満足そうに、そしてどこか慈しむような、そしてほんの少しだけ羨むような眼差しで見守っていた。
「…見事だ。お前たちの魂の音色は、確かにこの“星詠みの竪琴”に届いた。そして、竪琴もまた、お前たちを選んだようだ。これほどまでに美しく、そして力強い魂の共鳴を、我は久しく見ていなかった…」
彼の言葉と共に、「星詠みの竪琴」は、ひときわ眩い、七色の虹のような光を放ち、そしてゆっくりと私の手の中へと収まった。それは、まるで生きているかのように温かく、そして私の手にしっくりと馴染んだ。その弦に軽く触れると、まるで風が囁くような、優しい音色が響き渡る。それは、私に勇気と希望を与えてくれる、魔法の音色だった。
「これが…風の神器…“星詠みの竪琴”…私、本当に…」
私は、その美しい竪琴を胸に抱きしめた。その温もりと、優しい音色が、私の心を満たしていく。
「やったね、瑠々ちゃん!先輩!冬城くん!すごーい!なんか、鳥肌立っちゃったよ!」
緋和が、満面の笑顔で私たちに駆け寄ってくる。その瞳は、感動でキラキラと輝いていた。
「私たち、やったのね…!本当に、この竪琴が、私たちの手に…!」
私は、まだ信じられないという気持ちで、手の中の竪琴を見つめた。
「ああ、夏海さんのおかげだよ。君のその真っ直ぐな想いと、美しい魂の音色が、奇跡を起こしたんだ。君は、本当に…素晴らしい巫女だ」
秋月先輩が、私の頭を優しく撫でてくれる。その手の感触が、今はもう、ただただ嬉しくて、私は素直にその温もりを受け止めることができた。彼の瞳には、私への深い愛情と、そして誇らしげな光が宿っている。その視線に、私の頬がまた熱くなる。
「…フン、まあ、たまには役に立つこともあるようだな、夏海瑠々。だが、調子に乗るなよ。これからが本番だ。その竪琴の力、無駄にするなよ」
冬城は、そっぽを向きながらも、その口元にはほんの僅かだけ、柔らかい笑みが浮かんでいるように見えた。そして、彼が私の頭をポン、と軽く叩いたのは、きっと気のせいではないはずだ。その不器用な仕草に、私の心臓はまたしても、キュンと小さく跳ねた。この男の、こういうところが、なんだか放っておけないのよね…。
風の精霊は、私たちに「星詠みの竪琴」の真の力――それは、風を操り、天候を変化させ、そして何よりも、人々の心を繋ぎ、希望の光を灯す力、そしてマガツモノの邪気を祓い、封印を強化する力――について語ってくれた。そして、この竪琴こそが、次なる封印の場所、「火の記憶が燃える地の底の洞窟」への道しるべとなることも。
「星影の巫女よ、そしてその守り手たちよ。お前たちの旅は、まだ始まったばかりだ。だが、忘れるな。お前たちのその強い絆と、清浄なる魂の輝きこそが、この世界を闇から救う唯一の希望だということを。そして、その竪琴は、お前たちの想いに応えて、さらなる力を与えてくれるだろう。だが、気をつけよ…その力は、時に持ち主の魂を試すこともある…」
風の精霊は、最後にそう言い残すと、穏やかな風と共に、その姿を消した。後に残されたのは、清らかな風の音と、私たちの胸に灯った、新たな決意の光、そして彼の最後の言葉が残した、ほんの少しの不安だけだった。




