第32話:いきなり秘境探検!?ていうか、この水着、ちょっと恥ずかしすぎない!?先輩とあいつの前で、こんな…!
七夕の夜の激闘と、おばあ様から託された重すぎる使命。私の日常は、もうどこにもないと覚悟を決めたはずなのに、いざ「七つの星の封印」を守る旅に出るとなると、やっぱり胸の奥が不安でいっぱいだった。
夜明け前、まだ薄暗い星影高校の校門前。そこには、私と同じように、それぞれの決意を胸に秘めた仲間たちの姿があった。
「おはよう、夏海さん。早いね」
一番乗りは、やっぱり秋月先輩だった。その顔には少しだけ寝不足の色が浮かんでいるけれど、私に向ける笑顔はいつものように爽やかで、私の不安を少しだけ和らげてくれる。
「先輩こそ…眠れましたか?」
「ああ、君のことを考えていたら、あっという間に朝になっていたよ」
先輩のその言葉に、私の頬がカッと熱くなる。もう、朝からそんな殺し文句、やめてください!
そこへ、「…随分と朝から熱烈だな」という、聞き覚えのある冷たい声。冬城紫苑だ。彼は、黒い旅装束のようなものを身に纏い、その銀髪は朝露に濡れてキラキラと輝いている。その姿は、腹立たしいほどに様になっていた。
「冬城!あんた、なんでそんなに普通なのよ!これから大変な旅に出るっていうのに!」
「フン、お前のように、いちいち感情を表に出している方が疲れるだろう。それより、準備はできているのか?夏海瑠々」
彼のその落ち着き払った態度が、逆に私の緊張を煽る。
やがて、緋和も「お待たせー!瑠々ちゃん、先輩、冬城くーん!」と、いつもの太陽みたいな笑顔で現れた。彼女のリュックは、お菓子でパンパンに膨らんでいる。…本当に、大丈夫なのかしら、私たち。
おばあ様から託された、より詳細な古文書の一部と、あの謎の少女から預かった「星詠鳥の鈴」。私たちがそれらを手に取ると、鈴が微かに震え、古文書の特定の文字が淡い青白い光を放ち始めた。その光は、まるで生きているかのように揺らめき、一枚の地図の上に、最初の封印の場所「霧幻の泉」の位置を指し示した。それは、人里離れた険しい山奥、古くから「神隠しの泉」として地元の人々に恐れられ、近づく者は誰もいないという秘境だった。
いきなりハードモードすぎやしないかしら、この旅…。
険しい山道は、私たちの想像を遥かに超える過酷さだった。慣れない山歩きに、私の足はすぐに悲鳴を上げ、額からは玉のような汗が流れ落ちる。制服(さすがに旅に出るのに浴衣というわけにはいかなかった)も汗で肌に張り付き、息も絶え絶えだ。こんなんじゃ、マガツモノと戦う前に私が倒れちゃうわよ!
「夏海さん、大丈夫かい?少し休もうか。顔が真っ赤だよ」
秋月先輩が、心配そうに私の顔を覗き込み、そっと私の背中に手を添えて支えてくれる。その優しさが、今の私には何よりも嬉しくて、そして少しだけ…情けない。
「…大丈夫です…これくらい…平気ですから…」
強がってはみたものの、足はもうガクガクだ。
「…フン、体力のない女だな。そんなことでは、この先が思いやられるぞ」
冬城が、いつものようにぶっきらぼうに言い放つ。でも、次の瞬間、彼は無言で私のリュックサックをひょいと取り上げ、自分の肩に担いだのだ。
「な、何すんのよ!別に、重くなんかないんだから!」
「黙ってついてこい。お前が倒れでもしたら、俺の計画が狂う」
そのぶっきらぼうな優しさに、私は何も言えなくなってしまった。彼の広い背中を見つめながら、私の心臓は、またしても不規則にドキドキと音を立てていた。
そして、数時間に及ぶ苦難の末、私たちはついに「霧幻の泉」へとたどり着いた。
そこは、まるで時間が止まったかのような、神秘的な空間だった。鬱蒼とした木々に囲まれ、陽の光さえも届かないかのような薄暗い森の奥。その中央に、泉は静かに水を湛えていた。泉の水は、底が見えないほど深く、そして不気味なほどに青白い光を放っている。水面には霧が立ち込め、まるで私たちを拒絶しているかのようだ。
古文書には、こう記されていた。「泉の底に社あり。清浄なる乙女のみ、その身を水に委ねて社へ至るべし」と。
「えええ!?私が潜るの!?しかも、こんな格好で!?」
私は、思わず大声を上げてしまった。こんな深い泉に、しかも一人で潜るなんて、冗談じゃない!
「瑠々ちゃん、大丈夫だよ!私、瑠々ちゃんのために、とっておきの秘密兵器を用意してきたんだから!」
そう言って緋和がリュックから取り出したのは…白地に淡い水色のフリルとリボンがあしらわれた、とびきりキュートなワンピースタイプの水着だった!そのデザインは、私が普段絶対に選ばないような、甘々で可愛らしいもの。
「なっ…!こんなの、いつの間に用意したのよ!っていうか、こんな可愛い水着、私には似合わないわよ!それに、先輩と…あいつの前で、こんな格好…無理!絶対に無理!寒中水泳じゃないんだから!」
私は顔を真っ赤にして激しく抵抗する。こんな恥ずかしい格好、死んでもしたくない!
「瑠々ちゃんには、絶対これが似合うと思って!それに、これは大切な儀式なんでしょ?大丈夫、瑠々ちゃんならきっとできるよ!」
緋和の「瑠々ちゃんの可愛い水着姿、見たいもーん!」という無邪気な(そして恐るべき)押しと、
「夏海さんなら、きっとどんな格好でも素敵だと思うよ。それに、これは大切な儀式なんだろう?僕たちは、君を信じているから。君のその…透き通るような白い肌なら、きっと泉の精霊も歓迎してくれるはずだ」
という、秋月先輩のある意味追い打ちのような、そしてどこかズレた優しい言葉に、私は結局押し切られてしまった。先輩、私の肌のことまで見てるんですか!?
岩陰で渋々水着に着替えた私。普段は制服で隠されている、自分の体が、今はほとんど剥き出しだ。華奢な肩、細い腰、そして自分ではコンプレックスだったけれど、意外と…その…あるところにはある胸。太陽の光を浴びてキラキラと輝く白い肌が、なんだかすごく無防備で、恥ずかしくてたまらない。濡れた黒髪が頬に張り付き、ほんのり上気した白い肌とのコントラストが、言いようのない色香を漂わせている、なんて、自分でも少しだけ思ってしまった。
その姿は、まさに泉の精霊のようで、秋月先輩は思わず息をのみ、顔を真っ赤にして視線を逸らした。冬城は、そっぽを向きながらも、その耳がほんのり赤く染まっているのを、緋和だけは見逃さなかった。「瑠々ちゃん、超可愛いー!先輩も冬城くんも、見惚れちゃってるよー!」と無邪気にはしゃぐ緋和の声が、私の羞恥心をさらに煽る。もう、本当に最悪!
私は、恥ずかしさと緊張で心臓が張り裂けそうになりながらも、意を決して神秘的な青白い光を放つ泉へと足を踏み入れた。水は驚くほど冷たく、そして清らかで、私の火照った肌を心地よく冷やしていく。
「…行ってくるわ。みんな、待ってて」
そう言い残し、私は大きく息を吸い込むと、泉の中へと身を投じた。
水中に潜ると、そこはまるで別世界。太陽の光が水面で屈折し、キラキラと輝く光のカーテンを作り出している。私の黒髪が水中でゆらゆらと揺れ、まるで人魚姫のようだ、なんて、少しだけロマンチックなことを考えてしまう。
すると、泉の底から、あの謎の少女の声のような、甘く、そしてどこか物悲しい囁き声が聞こえてくる。
「…おいで…星影の巫女よ…水底の社へ…あなたの力が、必要です…古き記憶が、あなたを待っている…」
その声に導かれるように、私はさらに深く、泉の底へと潜っていく。その先には、一体何が待ち受けているのだろうか…?
瑠々が泉の底にたどり着くと、そこには古びた石造りの社が、まるで悠久の時を刻むかのように静かに佇んでいた。しかし、社の周囲には禍々しい気が漂い、社を守るはずの結界が、まるで風前の灯火のように弱々しく揺らめいているのが分かる。
そして、瑠々が社に近づこうとした瞬間、水中に見えない何かが蠢き、瑠々の白い足首を、冷たく粘つくような感触で掴もうとした!それは、マガツモノとは違う、もっと狡猾で、そして底知れない悪意に満ちた気配だった。
「きゃっ!」
思わず短い悲鳴を上げるが、水中では声にならない。私の平穏な(はずだった)冒険は、どうやら一筋縄ではいかないようだ。




