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第3話:イケメン転校生は超絶感じ悪いし、緋和はダウンするし…私の日常返して!

翌日、教室に入るなり緋和が「瑠々ちゃん!昨日の音楽室のピアノ、もう鳴らなくなったんだって!やっぱり気のせいだったのかなぁ?」と、いつもの調子で駆け寄ってきた。私は「そ、そうみたいね」と曖昧に返しつつ、ポケットの中の小さな桜貝の髪飾りの感触を確かめる。音羽さんのことは、緋和には言わないでおこう。きっと、彼女なりに安らかに旅立ったのだから。


週末、祖母が珍しく険しい顔で私を呼び止めた。

「瑠々、近頃、学園の“気”が妙に淀んでおる。何か変わったことはなかったか?」

ドキリとした。音楽室の一件は、もちろん黙っている。

「別に何も?相変わらず平和ですけど」

しらを切ると、祖母は深いため息をつき、「お前はまだ自分の力を自覚しておらんようだが…夏海家の血を引く者として、いずれ向き合わねばならぬ時が来るやもしれぬ。その時、お前は…」と、いつになく真剣な眼差しで、意味深な言葉を続ける。

「だから、私は普通がいいって言ってるでしょ!」

思わず声を荒らげて反発し、私は部屋に閉じこもった。おばあちゃんの言葉が、妙に胸に引っかかる。手首に一瞬浮かんだ痣のようなものの記憶も、まだ鮮明だ。でも、考えないようにしよう。私は、普通の女子高生なんだから。


月曜日。朝のホームルームで、担任の先生が少し緊張した面持ちで口を開いた。

「えー、今日から新しい仲間が増える。仲良くしてやってくれ」

その言葉と共に教室に入ってきたのは、息をのむほど整った顔立ちの男子生徒だった。黒曜石のような瞳に、通った鼻筋。色素の薄い、まるで月光を閉じ込めたかのような銀髪はサラサラと揺れ、どこか人間離れしたような、影のあるミステリアスな雰囲気を纏っている。まるで、物語の中から抜け出してきた王子様か、あるいは…堕天使か。クラスの女子生徒たちが、一斉に息をのみ、そして次の瞬間には熱っぽい囁きが教室を満たしたのが分かった。

冬城紫苑とうじょう しおんだ。よろしく」

短く、そしてどこか冷たい、けれど妙に耳に残る声だった。彼は教室内をゆっくりと見渡し、その視線はまるで獲物を探す猛禽のように鋭く、そして――私のところで、ピタリと止まった。その黒曜石の瞳が、何の感情も映さずに、ただじっと私を見据える。まるで私の心の奥底、隠しておきたい秘密の全てを暴き出すかのように。思わず鳥肌が立ち、心臓が嫌な音を立てて跳ねる。なんだか、すごく感じが悪い…というより、少し怖い。私は咄嗟に目を逸らし、俯いた。


その日から、クラスの中で奇妙な出来事が起こり始めた。数人の生徒が「なんだか体がだるい」「頭が重くて、集中できない」と原因不明の体調不良を訴え始めたのだ。中には、悪夢にうなされると言って、顔面蒼白で早退していく子もいた。

そして、それは親友である緋和にも及んだ。

「瑠々ちゃん、なんか今日、いつもより眠いかも…。それに、昨日の夜、変な夢見ちゃった。なんかね、黒い影に追いかけられる夢…」

いつも元気な緋和が、明らかに顔色が悪く、ぐったりとしている。思わずその額に手を伸ばしかけたが、緋和が「ん…瑠々ちゃんの手、冷たくて気持ちい…」と無防備に擦り寄ってきたため、心臓がまたしても跳ね上がり、慌てて手を引っ込めた。

「ちょ、ちょっと!何すんのよ、バカ!」

顔がカッと熱くなるのを感じながら怒鳴ってしまったが、内心では緋和のことが心配でたまらない。こんな時、素直に「大丈夫?」の一言も言えない自分がもどかしい。私は、誰にも気づかれないように、緋和の机の引き出しに、こっそりと家から持ってきた小さな御守りの塩を忍ばせた。…気休めかもしれないけど。


ふと、例の音楽室のピアノの噂について、緋和に尋ねてみた。

「ねぇ、緋和。あのピアノの噂って、いつから聞いたの?誰からとか、覚えてる?」

「えー?誰だっけなぁ?なんか、クラスの男子とかが話してたような…でも、みんな言ってるから、誰が最初とかは分かんないよ」

緋和は首を傾げる。どうにも情報源が曖昧だ。まるで、霧のように、いつの間にか広まっていたかのような、奇妙な噂。


放課後。私は一人、体調不良の生徒たちに何か共通点はないかと、校内を歩き回っていた。そして、人気のない渡り廊下の角を曲がった瞬間、誰かとぶつかりそうになる。

「きゃっ!」

「…悪い」

低い、どこかで聞いた声。そこにいたのは、冬城紫苑だった。彼はまるで音もなく現れたかのように、私の目の前に立っていた。彼もまた、何かを探るように、その鋭い視線で周囲を、そして私を値踏みするように観察していた。彼の周りだけ、空気が数度低いような錯覚を覚える。

「君も…“あれ”に気づいているのか?」

静かだが、有無を言わせぬような圧を感じる声だった。その声は、私の心のガードをこじ開けようとするかのように、直接響いてくる。

「は?“あれ”って何よ。私には何のことかさっぱりだけど?」

強気に返してみるが、彼の黒曜石のような瞳は、私の虚勢を簡単に見破っているかのようだ。その唇の端が、ほんの僅かに、嘲るように持ち上がった気がした。

「…その右足首。微弱だが、“瘴気しょうき”に触れた痕があるな。素人目には見えんだろうが」

冬城が、私の足元を一瞥してこともなげに言い放つ。その言葉は、まるで冷たい刃のように私の心に突き刺さった。ドキリとした。昨日、音楽室で感じた黒いモヤ…まさか、あれに触れていたというのだろうか。自分では全く気づかなかった。彼には、私に見えないものが見えているというのか。

「夏海瑠々…君は、何者だ?」

彼の鋭い視線が、私を射抜く。その瞳の奥には、ただの好奇心ではない、もっと深く、そして冷たい光が宿っているように見えた。それは、獲物を見つけた狩人のような、あるいは、同類を見つけた異形の者のような、そんな種類の光だった。私の背筋を、ぞくりとした悪寒が駆け上る。


その時だった。

近くの教室から、「きゃあああっ!」という、耳をつんざくような短い悲鳴が聞こえてきたのは。

私と冬城は、言葉を交わすよりも早く、同時に悲鳴のした方へと駆け出した。まるで、見えない糸で操られているかのように。

教室に飛び込むと、そこには一人の女子生徒が机に突っ伏してぐったりとしており、その震える手首には、まるで墨を垂らしたかのような、禍々しい黒いアザが、じわりと浮かび上がっていた。そのアザからは、音楽室で感じた黒いモヤと同じ、不吉で冷たい気配が、濃厚に漂ってくる。

「まさか…あの時の…!?」

背筋が凍るような感覚に襲われる。

「どうやら、ただの体調不良ではないらしいな」

冬城が、私の隣で冷静に呟く。そして、私の方をちらりと見て、低い声で付け加えた。

「…夏海瑠々。君は、あの音楽室の件といい、この状況といい、何か“普通ではないもの”に縁があるようだ。偶然にしては、出来すぎていると思わないか?」

その言葉は、私の隠された部分を抉り出すような、鋭い響きを持っていた。


脳裏に、祖母の言葉が蘇る。「いずれ向き合わねばならぬ時が来る…」。そして、なぜか、秋月先輩の優しい笑顔も。

…こんなこと、先輩には絶対知られたくないのに…!

鳴り響く放課後のチャイムの音が、まるでこれから始まる不穏な物語の開幕を告げるファンファーレのように、私の耳には聞こえていた。

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