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第28話:偽りの囁きと、引き裂かれる絆。信じたいのに、信じられない…!

星影祭の激闘から数日。学園には、嵐の前の静けさのような、どこか張り詰めた、そして妙に歪んだ空気が漂っていた。あの夜、月影先生は不吉な言葉を残して消え、私たちは「黒き月影」という巨大な組織の存在と、その恐ろしい目的を知った。そして、私の右手首には、あの戦いの後から、より鮮明に「星影の印」が浮かび上がるようになっていた。それは、まるで私の運命を嘲笑うかのように、時折ズキリと熱を帯びて痛む。


「瑠々ちゃん、最近また顔色悪いよ?ちゃんと寝てる?それに、なんか…雰囲気もピリピリしてるっていうか…大丈夫?無理してない?」

昼休み、いつものように私の席にやってきた緋和が、心配そうに私の顔を覗き込む。今日の彼女は、サイドの髪を可愛らしい星形のヘアピンで留めていて、その大きな瞳は子犬のように潤んでいる。こんな状況でも、緋和の屈託のない笑顔は、私のささくれだった心を少しだけ癒やしてくれる。でも、その笑顔の裏に、ほんの僅かな不安の色が浮かんでいるのを見逃せなかった。

「…別に、何でもないわよ。ちょっと、寝不足なだけ。あんたこそ、最近何か変わったことないの?」

私は、ぶっきらぼうにそう答えながらも、緋和が差し出してくれた手作りのクッキー(最近彼女はお菓子作りにハマっているのだ。味は…まあ、愛情は感じる)を、無言で受け取った。そのクッキーは、少しだけ形がいびつだったけれど、優しい甘さが口の中に広がった。

「瑠々ちゃん、何かあったら絶対に私に言うんだよ!私たちは親友なんだから!それに、秋月先輩も、瑠々ちゃんのこと、すごく心配してたよ。さっきも、『夏海さん、最近元気がないみたいだけど、何かあったのかな?僕にできることがあればいいんだけど…彼女のあの、透き通るような白い肌が、心配になるくらい青白いんだ』って、真剣な顔で相談されちゃったんだから!」

緋和の言葉に、私の心臓がドクンと大きく跳ねる。先輩が、私のことを…?そんな風に見てくれていたなんて…。その事実は嬉しいけれど、同時に、胸の奥がチクリと痛んだ。今の私は、先輩のあの優しい笑顔を、素直に受け止めることができないかもしれない…。


その不安は、数日後、まるで悪夢が現実になったかのように、私の日常を侵食し始めた。

学園内で、秋月先輩に関する不穏な噂が、まるで悪意を持った囁きのように、しかし巧妙に広まり始めたのだ。

「ねぇ、聞いた?秋月先輩が、夜中に旧校舎の美術準備室で、誰かとこっそり会ってたらしいよ。なんか、黒いフードを被った怪しい女の人だったって…」

「先輩がいつも大切そうに持ってるあの古い木箱って、実はマガツモノを呼び出すための呪いの道具なんだって!だから、最近学園でおかしなことが多いんじゃないかって…」

「それに、あの新しい養護教諭の月影先生が失踪したのも、もしかしたら秋月先輩が何か関係してるんじゃないかって噂もあるのよ…二人、何か秘密を共有してたみたいだし…」

そんな、巧妙に真実と嘘が織り交ぜられた情報が、まるでウイルスのように生徒たちの間で囁かれ、あっという間に学園中に広がっていく。私は、そんな馬鹿げた噂を最初は一蹴した。先輩がそんなことをするはずがない。だって、彼はあんなにも優しくて、誠実で、そして…私のことを大切に思ってくれている(はずだ)から。

でも、緋和が「でも瑠々ちゃん、あの木箱、先輩すごく大切そうにしてたよね…?それに、月影先生がいなくなった日、先輩、何かすごく思い詰めたような顔してたの、私も見たんだ…。まさかとは思うけど…」と、不安そうな顔で、そしてどこか確信めいた口調で言った言葉が、私の心に小さな、でも確実に消えない疑念の種を蒔いた。


そんな時だった。冬城紫苑が、苦々しい表情で、そして何かを確信したかのような鋭い眼差しで、私に接触してきたのは。

放課後の誰もいない図書室。窓から差し込む西日が、埃っぽい室内に斜めの光の筋を作り出し、まるで舞台のスポットライトのように私たち二人を照らしている。

「…夏海瑠々、お前は甘すぎる。あの秋月という男を、心の底から信じているのか?それとも、信じたいだけか?」

彼の声は、いつもよりずっと低く、そして重かった。その黒曜石のような瞳は、私を射抜くように鋭く光り、その奥には何かを見据えているような、底知れない深淵が広がっていた。

「何よ、いきなり!先輩が、私を裏切るなんてこと、絶対にありえないわ!あんたこそ、何を企んでるのよ!」

私は、反射的に声を荒らげて反論した。でも、その声は、自分でも分かるくらいに震えていた。彼の言葉が、私の心の最も脆い部分を的確に突いてくる。

冬城は、そんな私を嘲笑うかのように、ふっと息を吐いた。そして、懐から数枚の写真と、黒檀こくたんのような不気味な光沢を放つ小さな呪具――それは、刺客「静寂の爪」が残した「魂の欠片」に酷似していた――を取り出し、私の目の前に突きつけた。

「…これが、お前の信じる先輩の“裏の顔”だ。よく見て、そして自分の頭で考えろ」

写真には、薄暗い旧校舎の廊下で、秋月先輩が黒いフードを被った謎の人物(その背格好は、どこか月影先生に似ているようにも見えるが、顔ははっきりとしない)と、何かを深刻そうに話し込み、そして小さな包みのようなものを受け取っている姿が写っていた。そして、その呪具からは、間違いなく禍々しい、マガツモノに近い邪悪な気が、じわりと発せられている。それは、私が以前感じた、あの「黒き月影」の気配と酷似していた。

「この写真は、昨夜、俺が偶然撮影したものだ。そして、この呪具は、秋月先輩の家の神社から、今朝方“何者か”によって盗み出されたものらしい。もっとも、本当に盗まれたのか、あるいは彼自身が持ち出し、このフードの人物に渡そうとしていたのか…それは定かではないがな。だが、この呪具が“黒き月影”の手に渡れば、どうなるか分かるだろう?」

冬城の言葉は冷たく、そして容赦なく私の心を抉っていく。そんな…嘘だ…先輩が、そんなことをするはずがない…!でも、この写真は…この呪具の気配は…一体、何を信じればいいの…?私の頭の中は、真っ白になった。

「奴は、お前のその“星影の印”の力を利用するために、お前に近づいてきたのかもしれんぞ。その優しい笑顔も、親切な言葉も、全てはお前を油断させるための芝居だったとしたら…どうする?お前は、まんまとその手に乗せられた、哀れな小娘ということになるな」

彼の言葉が、まるで毒のように私の心に染み込んでいく。信じたくない。でも、否定できるだけの材料が、私には何もなかった。


私は、震える足で図書室を飛び出し、秋月先輩を探した。彼に直接会って、真実を確かめなければ。こんなの、絶対に何かの間違いだ。そう信じたい。

部室棟の近くで、ようやく先輩の姿を見つけた。彼は、何か思い詰めたような表情で、一人で中庭の桜の木を見上げていた。

「先輩っ!あの、ちょっとお話が…!さっきの写真のこと、そしてあの呪具のこと、説明してください!」

しかし、先輩は私の姿を認めるなり、なぜか慌てたように顔を背け、「ご、ごめん夏海さん!今、ちょっと急いでるんだ!大事な用事があって…!また後で、必ず話すから!」と、何かを隠すような素振りを見せながら、足早にその場を立ち去ってしまったのだ。その手には、確かに何か黒い手帳のようなものが握られていた。そして、彼のポケットから、ほんの一瞬だけ、あの呪具と同じような黒い何かが覗いたような気がした…。

先輩の、あんなに慌てたような、そして何かを隠しているような態度は、今まで見たことがなかった。私の心臓が、嫌な音を立てて軋む。

…やっぱり、噂は…冬城の言ったことは、本当だったの…?先輩は、私を騙していたの…?

信じていたもの全てが、ガラガラと音を立てて崩れていくような、圧倒的な絶望感が私を襲った。足元がおぼつかなくなり、私はその場にへたり込みそうになる。


追い打ちをかけるように、私の元に、緋和が泣きそうな顔で駆け寄ってきた。その手には、なぜか一枚の写真が握られている。

「瑠々ちゃん…ごめん…私、これ、偶然拾っちゃったんだけど…これって…」

緋和が差し出した写真には、信じられない光景が写っていた。それは、秋月先輩が、あの「黒き月影」の月影先生と、二人きりでカフェで親密そうに微笑み合っている姿だったのだ。しかも、そのカフェは、先日先輩が私を誘ってくれた、あのオシャレなカフェじゃない…!

親友である緋和が見せてくれた、決定的な証拠(?)。もう、何も信じられない。先輩のあの優しい笑顔も、温かい言葉も、全てが嘘だったというの…?

信じていた人たちに裏切られた(と思い込んだ)ショックと、自分の力のコントロールへの不安、そして「黒き月影」という得体の知れない敵への恐怖…。私の心は、完全に折れてしまった。その美しい瞳からは、大粒の涙が止めどなく溢れ落ちる。

もう、誰とも会いたくない。何も考えたくない。

私は、緋和の制止を振り切り、雨が降り始めた空の下を、ただ当てもなく走り出した。頬を伝うのは、雨なのか、それとも涙なのか、もう自分でも分からなかった。私の大切な世界が、音を立てて崩れていく。

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