第26話:もう騙されないんだから!先輩も冬城も、そして私も、みんな信じてる!
後夜祭のキャンプファイヤーが、夜空を焦がすように勢いよく燃え盛っている。パチパチと爆ぜる火の粉が、まるで星屑のように舞い上がり、生徒たちの楽しそうな笑顔をオレンジ色に照らし出していた。フォークダンスの陽気な音楽と、手拍子のリズムが、私の不安な心を無理やりにかき消そうとする。
けれど、私の胸の中は、月影先生のあの不吉な言葉と、秋月先輩への募る想い、そして冬城への言いようのない複雑な感情で、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられていた。誰を信じればいいの?私は、どうすればいいの…?
私は、その喧騒から少し離れた、体育館の裏手の薄暗い場所に一人佇み、燃え盛る炎をぼんやりと見つめていた。その赤い炎が、まるで私の心の迷いを映し出しているかのようだ。私の着ている、淡い紫陽花柄の浴衣も、今の私にはなんだか場違いな気がして、落ち着かない。
「夏海さん…こんなところにいたのかい?みんな心配していたよ」
不意に、背後から優しい声がかかった。振り返ると、そこには心配そうな表情を浮かべた秋月先輩が立っていた。その手には、なぜか私の好きな抹茶ラテが二つ。
「…先輩…どうしてここが…?」
「君のことだから、きっと一人で何か考え込んでいるんじゃないかと思ってね。ほら、これ。少しは落ち着くかもしれないよ」
先輩は、そう言って抹茶ラテの一つを私に手渡し、私の隣にそっと腰を下ろした。そのさりげない優しさが、今の私にはあまりにも温かくて、泣きそうだ。
「先輩…私、どうしたらいいのか、分からないんです…。月影先生は、先輩も冬城も、私を裏切るって…私、誰を信じればいいのか…」
震える声で、私は心の奥底にしまい込んでいた不安を、ぽつりぽつりと先輩に打ち明けた。もう、一人で抱えきれなかったのだ。
先輩は、私の話を黙って聞いていたが、やがて私の手をそっと握りしめた。その大きな手は、驚くほど温かかった。
「夏海さん、僕は、君のことが…本当に大切なんだ。君がどんな秘密を抱えていても、どんな困難に立ち向かうことになっても、僕は絶対に君のそばにいる。君を裏切るなんて、天地がひっくり返ってもありえない。僕のこの気持ちだけは、信じてほしい」
先輩の、これ以上ないほど真っ直ぐな言葉と、私だけを見つめる真摯な眼差し。その瞳には、嘘も偽りも一切感じられない。私の心臓が、甘く、そして切なく高鳴る。ああ、私、やっぱり先輩のことが…好きだ。
「…先輩…ありがとうございます…私…先輩の言葉、信じます…!」
涙で潤んだ瞳で、私は力強く頷いた。先輩の温かい手が、私の冷たい手を優しく包み込んでくれる。その温もりが、私の迷いを少しずつ溶かしていくようだった。
「…フン、随分と熱烈な告白シーンだな。だが、今はそんな感傷に浸っている場合ではないぞ」
その時、まるで私たちの甘酸っぱい雰囲気をぶち壊すかのように、冬城紫苑が音もなく現れた。相変わらずの嫌味な口調だが、その表情はいつになく真剣だ。彼の黒地に銀糸の浴衣姿は、夜の闇に溶け込むようで、どこか人間離れした美しさを放っている。
「冬城くん…!?」
「月影小夜子の言葉に惑わされるな、夏海瑠々。奴は、お前の心を揺さぶり、孤立させようとしているだけだ。それに、秋月…お前の家系もまた、この戦いに深く関わっている。お前には、お前の果たすべき役割があるはずだ」
冬城は、私たち二人を交互に見据え、そして重い口を開いた。
彼は、自分の過去――かつて「黒き月影」に才能を見出され、利用され、そして大切な妹を失ったこと。組織の非情なやり方に絶望し、今は妹の復讐と、そして「古き災い」の完全な復活を阻止するために、たった一人で戦っていること――を、淡々と、しかしその声の奥には深い悲しみを滲ませながら語り始めた。
そして、「黒き月影」の真の目的が、「古き災い」を復活させ、その力で世界を破壊し、彼らにとっての新たな理想郷を築こうとしているという、恐るべき計画であることも。
「月影小夜子は、そのために夏海瑠々の“星影の印”の力を利用しようとしている。彼女は、お前の純粋な魂と強大な力を、災厄を呼び覚ますための“鍵”にしようとしているのだ」
冬城の言葉は、衝撃的なものだった。私のこの力が、世界を破滅させるための鍵…?そんなこと、絶対にさせない!
「…ありがとう、冬城くん。話してくれて。君も、辛い過去を背負っていたんだね…」
秋月先輩が、冬城の肩にそっと手を置いた。冬城は、一瞬驚いたような顔をしたが、それを振り払うことはしなかった。
全ての真実を知った私は、心の奥底から湧き上がる怒りと、そしてそれを遥かに凌駕する強い決意を感じていた。もう迷わない。私は、私の大切な人たちを、この学園を、そして私の日常を、絶対に守り抜いてみせる!
「私は、私の力で、この学園と、大切な人たちを守る!先輩も、冬城も…一緒に戦ってくれますか?私一人じゃ、きっと無理だから…!」
私は、涙を拭い、二人に向かって真っ直ぐに頭を下げた。その瞬間、私の瞳には、キャンプファイヤーの炎にも負けないくらい、強く、そして美しい光が宿っていたはずだ。私の白い浴衣の袖が、決意と共にふわりと揺れる。
「もちろんだよ、夏海さん!君のその勇気、本当に素晴らしい!僕も、僕の全てを懸けて君と共に戦う!」
秋月先輩が、力強く私の手を握り返してくれた。その瞳には、私への絶対的な信頼と、そして燃えるような決意が宿っている。
「…フン、仕方ないな。お前たちが足を引っ張らないように、俺が見張っていてやる。それに…お前のその“泣きそうな笑顔”、見ていてどうにも落ち着かんからな」
冬城は、そっぽを向きながら、ぶっきらぼうにそう言った。でも、その声は、いつもよりずっと優しく、そして彼の口元には、ほんの僅かだけ、柔らかい笑みが浮かんでいるように見えた。そして、最後の言葉は、なんだかものすごく…ドキッとしたんですけど!
三人の心が、初めて、本当に一つになった瞬間だった。私たちは、互いの顔を見合わせ、力強く頷き合った。
その時、キャンプファイヤーの炎が、突如として不気味な紫色に変わり、ゴウゴウと音を立てて激しく燃え盛った。生徒たちの楽しそうな歓声が、一瞬にして悲鳴へと変わる。
そして、その紫色の炎の中から、黒い翼を広げた月影先生が、嘲笑を浮かべながらゆっくりと姿を現した。その美しかった顔は、今は禍々しいオーラに包まれ、瞳は狂信的な光で爛々と輝いている。
「ククク…ようやくお集まりのようね、星影の巫女と、その哀れな騎士たち。そして、裏切り者の小僧も。さあ、最後のショーを始めましょうか?この学園を、そしてあなたたちの魂を、我が組織に捧げる、美しき終焉の宴をね!」
月影先生の背後には、無数のマガツモノの影が蠢き、まるで地獄の軍団のように私たちを威圧してくる。学園祭の楽しい雰囲気は一変し、絶望的な戦いの火蓋が、今まさに切って落とされようとしていた。
私の心臓は、恐怖ではなく、これから始まる戦いへの高揚感で、激しく高鳴っていた。




