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第2話:幽霊相手にお悩み相談なんて、私のキャラじゃないんですけど!?

音楽室の霊――彼女が俯いたままぽつりぽつりと語り始めた身の上話は、あまりにもありふれていて、そしてあまりにも悲しいものだった。

音羽おとわさん、と彼女は名乗った。生前は星影高校の音楽部員で、ピアノが何よりも好きだったこと。けれど、その「好き」は、いつしか重圧に変わっていた。

「先生は…いつも完璧を求めたの。『お前には才能があるのだから、もっとやれるはずだ』って…。家でも、ピアノ以外のことはほとんど許されなかった。友達と遊んだり、好きな本を読んだりする時間なんて、なかったわ」

消え入りそうな声で紡がれる言葉の端々から、彼女が抱えていた孤独と息苦しさが滲み出てくる。私が昨日、脳裏に垣間見た「暗い部屋、誰かの怒鳴り声、そして、鍵盤に叩きつけられる細い指…」という断片的な映像は、彼女の日常そのものだったのかもしれない。

「コンクールで失敗したら…って、いつも怖かった。でも、ピアノを弾いている時だけは、少しだけ自由になれる気がしたの。だから…もっと弾きたかった…コンクールに、出たかった…」

その言葉は、瑠々の胸の奥底に眠っていた、自分自身の「普通」への渇望や、家に対する息苦しさに、奇妙なほど共鳴した。


「…私には関係ないわよ、そんなの」

反射的に口から出たのは、相変わらずのそっけない言葉だった。関わりたくない。面倒なことに巻き込まれるのはごめんだ。陰陽師の家なんてうんざりなのに、なんで私がこんなところで幽霊相手にお悩み相談しなくちゃならないのよ、と内心で毒づく。

けれど、目の前で震える小さな肩や、ピアノの鍵盤にぽつりと落ちた透明な雫――それは彼女の涙なのだろう――を見ていると、どうしても突き放すことができない自分がいた。この子も、私と同じように、何かに縛られて苦しんでいたのかもしれない。そう思うと、他人事とは思えなかった。


「…下手くそなピアノね」

瑠々は、わざとぶっきらぼうに言った。

音羽さんの肩が、びくりと震える。

「…でも」と瑠々は続ける。「…なんていうか、アンタのピアノ、聴いてると胸が苦しくなるわ。…嫌いじゃないけど、ずっと聞かされるのは、ちょっと…しんどいかも」

それは、瑠々なりの不器用な共感の言葉だったのかもしれない。

音羽さんは、驚いたように顔を上げた。その潤んだ瞳が、瑠々をじっと見つめている。

「あなたも…何か、辛いことがあるの?」

問いかけは、静かな音楽室に小さく響いた。瑠々は一瞬言葉に詰まる。まさか、幽霊に自分のことを見透かされそうになるなんて。

「…別に。アンタには関係ないでしょ」

慌ててそっぽを向く。でも、その言葉は、いつもより少しだけ力がなかった。


瑠々は深いため息を一つついて、少しだけ優しい声色を意識しながら口を開いた。

「…別に、あんたのためじゃないけど。その、胸が苦しくなるピアノ、いつまでも聞かされるのは迷惑なのよね。だから、一曲だけ、あんたが本当に弾きたかった曲を、私が聞いてあげる。そしたら、満足してあっちに行きなさいよ。いい?」

自分でも驚くほど、それは真っ直ぐな提案だった。


音羽さんは、ゆっくりと顔を上げた。その潤んだ瞳が、信じられないというように大きく見開かれ、そして、微かな希望の色を映して、瑠々をまっすぐに見つめている。

「…ほんとう…に?」

「二言はないわよ。ただし、一曲だけ。アンコールはなしだからね」

瑠々が少し意地悪く付け加えると、音羽さんの顔に、ふわりと儚い微笑みが浮かんだ。それは、まるで陽だまりのような、温かくて優しい笑顔だった。


音羽さんは、こくりと頷くと、再びピアノに向き直った。

そして、静かに鍵盤に指を置く。

流れ出したのは、どこか懐かしくて、切なくて、そして力強いメロディーだった。それは、昨日瑠々が聞いた拙い演奏とは比べ物にならないほど、感情豊かで、魂が込められているように感じられた。彼女がコンクールで弾くはずだった、思い出の曲なのだろう。その音色は、時に悲しく、時に喜びにあふれ、まるで音羽さんの短い人生そのものを物語っているかのようだった。

瑠々は、ただ黙ってその演奏に耳を傾けていた。音の一つ一つが、まるで音羽さんの心の叫びのように、音楽室の空気を震わせる。その音色を聴いていると、不思議と、自分の家のことや、「普通」への憧れ、そして秋月先輩への淡い想いなどが、次々と胸に浮かんでは消えていく。そして、気づけば、瑠々の頬にも一筋の涙が伝っていた。

…この子も、きっと、たくさん我慢してきたんだろうな…。そして、最後の最後に、本当に自分の弾きたい音を、見つけられたのかもしれない…。


やがて、最後の音が静かに消え入ると、音羽さんの体は、まるで陽炎のように、徐々に透き通り始めた。その表情は、苦しみから解放されたような、安らかなものに変わっていた。

「ありがとう…あなたのおかげで、私、やっと自由になれた気がする…」

小さな、でも確かな声が、瑠々の耳に届く。音羽さんは、満足したように、そしてどこか晴れやかな表情で、光の中に溶けるように消えていった。


後に残されたのは、しんとした静寂と、ピアノの鍵盤の上にそっと置かれた、一枚の古い楽譜だけだった。表紙には、彼女の名前であろう「音羽」という文字が、少し震えるような字で記されている。その楽譜の余白には、「もっと自由に」「心を込めて」といった、彼女自身へのメッセージのような書き込みがいくつも見られた。

瑠々は、ふう、と息をついた。

「…ふん、これで緋和も怖がらないでしょ」

強がるように呟いたけれど、胸の奥には、どこか温かいような、そして少しだけ寂しいような、でも、それだけではない、何か清々しいような、不思議な感覚が残っていた。


その時、瑠々は音楽室の隅、ピアノの影になった部分に、一瞬だけ黒いモヤのようなものが揺らめいたのを見た気がした。それは、音羽さんの純粋な光とは明らかに異質な、禍々しい気配を放っていた。だが、瞬きする間にそれは消え失せ、気のせいだったか、と首を傾げる。


そして、ピアノの上に残された楽譜の隣に、小さな桜貝で作られた可愛らしい髪飾りが一つ、ぽつんと置かれているのに気づいた。それは、音羽さんが生前、唯一こっそりと大切にしていた、ささやかな「自由」の象徴だったのかもしれない。瑠々はそっとそれを手に取った。その小さな髪飾りからは、まだ微かに、音羽さんの温もりが伝わってくるような気がした。

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