第17話:体が勝手にポルターガイスト!?これって、もしかしてあの時の呪い!?…って、なんで転校生が私の家庭教師になってんのよ!
七夕の夜の悪夢から数日。一時閉鎖されていた星影高校がようやく再開され、私は恐る恐る教室のドアをくぐった。けれど、私の日常は、もう以前とは全く違うものになってしまっていた。
授業中、集中しようとすればするほど、なぜか教科書がひとりでに宙に浮いたり、ペン立てがカタカタと揺れたりする。その度に、隣の席の男子が「夏海さん、またなんかやった?」とニヤニヤしながら聞いてくるのが腹立たしい。「やってないわよ!」と睨みつけても、効果は薄い。感情が高ぶると、教室の蛍光灯がバチバチと音を立ててショート寸前になったり、窓ガラスがビリビリと震えたりする始末。その度に、クラスメイトたちは私を奇異の目で見てヒソヒソと囁き合い、私は針の筵に座っているような気分だった。鏡に映る自分の顔は、心なしかやつれて、目の下にはうっすらとクマができている。こんなんじゃ、せっかくの(と自分では思っている)サラサラの黒髪ボブも、ただの寝癖にしか見えないじゃない!お気に入りのヘアピンも、なんだか元気がないように見える。
「瑠々、それはお前が自分の力と向き合い始めた証拠じゃ。恐れるでない、受け入れるのじゃ。それが夏海家の宿命ぞ。…それにしても、最近少し痩せたのではないか?ちゃんと食べておるのか?」
家に帰っておばあ様に相談しても、返ってくるのはいつもの厳しい言葉と、ほんの少しだけ心配そうな視線。力の代償なのか、最近は時折激しい頭痛やめまいに襲われるようにもなっていた。このままじゃ、私、本当に普通の女の子じゃなくなっちゃう…!そんな恐怖が、じわじわと私を蝕んでいく。
そんなある日の放課後。一人でため息をつきながら校舎裏の桜の木(あの事件の場所でもある)の下に座り込んでいると、不意に「瑠々ちゃーん!」という明るい声がした。
「緋和…どうしたの?」
「どうしたのじゃないよー!最近瑠々ちゃん、全然元気ないし、一人で抱え込んでるみたいだから心配で来ちゃった!ほら、これ瑠々ちゃんの好きな抹茶ラテと、新作のイチゴ大福!一緒に食べよ!」
緋和は、いつもの太陽みたいな笑顔で、紙袋から甘いものを次々と取り出す。その屈託のない優しさが、今の私には少しだけ眩しくて、そして何よりも心強かった。
「…別に、元気ないわけじゃないけど…」
強がりを言ってみるものの、緋和にはお見通しのようだ。
「瑠々ちゃん、嘘つくの下手なんだから。何かあったんでしょ?私でよければ、何でも聞くよ?私たちは、親友でしょ?」
その真っ直ぐな瞳に見つめられると、私はもう何も隠せないような気がした。結局、私は自分の力のことは伏せたまま、最近起こる奇妙な出来事や、言いようのない不安な気持ちを、堰を切ったように緋和に打ち明けていた。緋和は、私の話を一度も遮ることなく、うんうんと真剣に聞いてくれた。そして、全部話し終えた私を、ぎゅっと強く抱きしめてくれた。
「そっか…瑠々ちゃん、一人で怖かったね。でも、大丈夫だよ!私がついてるから!どんな怪奇現象だって、私たち二人ならきっと解決できるって!」
その言葉は、何の根拠もないけれど、不思議と私の心を軽くしてくれた。ああ、やっぱり緋和は私の最高の親友だわ、と心の中で呟く。…別に、口に出して言ってあげるつもりはないけど。
「…あ、そうだ瑠々ちゃん!秋月先輩も、瑠々ちゃんのことすごく心配してたよ!さっき廊下で会ったら、『夏海さん、最近元気がないみたいだけど、何かあったのかな?もしよかったら、僕でよければ話を聞くよ』って、真剣な顔で言ってたんだから!あれは絶対、瑠々ちゃんのこと…!」
緋和が、またしてもニヤニヤしながら爆弾発言を投下する。
「なっ…!そ、そんなわけないじゃない!緋和の勘違いだってば!」
顔がカッと熱くなる。でも、心のどこかで、先輩のその言葉が嬉しくてたまらない自分もいる。
「もしよかったら、僕でよければ、力のコントロールの練習に付き合うよ。僕の家の神社なら、静かで誰にも邪魔されないし、何か役に立つかもしれない古文書もあるかもしれない。それに…君ともっと一緒にいたいから。君の笑顔が、また見たいんだ」
不意に、背後から聞き覚えのある優しい声がした。振り返ると、そこにはいつものように爽やかな秋月先輩が立っていた。え、今の会話、聞かれてた…!?
「せ、先輩!い、いつからそこに…!?」
「さっき、緋和ちゃんが僕の名前を呼んだ時からかな?夏海さん、もし本当に困っているなら、遠慮しないで僕を頼ってほしい」
先輩は、私の頭を、まるで壊れ物を扱うかのように優しく撫でてくれた。その大きな手のひらの感触と、すぐそばで感じる先輩の体温に、私の心臓はまたしても甘く締め付けられ、顔はきっと茹でダコみたいに真っ赤になっているだろう。
「せ、先輩…!あ、ありがとうございます…!でも、私なんかのために、そんな…迷惑じゃ…」
「迷惑なわけないじゃないか。君のためなら、何でもしたいんだ。…なんてね、ちょっとかっこつけすぎたかな?」
先輩は、悪戯っぽく微笑んでみせた。その笑顔は、いつもの爽やかな笑顔とは違う、少しだけ大人びた、そして私をドキドキさせる何かを含んでいた。その瞳が、私だけを真っ直ぐに見つめているような気がして、私はもうどうしていいか分からなかった。
二人きりで訪れた、夕暮れ時の秋月先輩の家の神社。ひんやりとした空気と、厳かな雰囲気が漂う境内は、確かに誰にも邪魔されない、秘密の特訓場所には最適かもしれない。でも、先輩と二人きりっていうのが、なんだかすごく…緊張する。
「まずは、呼吸を整えることから始めようか。ゆっくりと息を吸って…そして、吐き出す。心の中のモヤモヤも、全部一緒に吐き出すようにね。僕の手を握ってごらん。リズムを合わせよう」
先輩は、神社の作法に基づいた呼吸法や、精神集中の方法を、一つ一つ丁寧に教えてくれた。その声は穏やかで、私の強張っていた心を少しずつ解きほぐしてくれる。先輩の大きな手にそっと自分の手を重ねると、その温かさがじんわりと伝わってきて、不思議と心が落ち着いていくのを感じた。
「そうそう、上手だよ、夏海さん。…あ、ちょっと待って、姿勢が少し崩れているかな。力が入りすぎているよ」
先輩が、私の背後に回り込み、そっと私の肩に手を添えて姿勢を正してくれた。その瞬間、先輩の体が私の背中に密着し、彼の吐息がすぐ耳元で感じられる。思わぬ近さに、私の体はカチンと固まってしまい、顔はきっとトマトみたいに真っ赤になっているだろう。
「ご、ごめんなさい!私、不器用で…!こんなんじゃ、先輩に迷惑かけちゃいますよね…!」
「ううん、大丈夫だよ。初めてなんだから、焦らなくていいんだ。ゆっくり、君のペースでね。それに、君のこういう一生懸命なところ、僕は…好きだよ」
最後の「好きだよ」は、囁くような小さな声だったけれど、私の耳には雷鳴のように大きく響いた。え、今、なんて…?好きって…!?先輩、私のこと…!?
先輩の優しい声と、背中から伝わる温もりに、私の心臓はもう限界かもしれない。これって、本当に特訓なのかしら…?なんだか、ものすごくドキドキするんですけど!このまま時間が止まればいいのに、なんて、柄にもないことを考えてしまった。
そんな甘酸っぱい(?)特訓の日々が続く一方で、あの男――冬城紫苑は、相変わらず学園周辺や街中で、何かを熱心に調査しているようだった。彼は、七夕の夜に感じた「古き災い」の残滓や、私の力のことを独自に追っているらしい。その調査の過程で、彼が黒ずくめの怪しい男たち――おそらく、月影先生が言っていた「黒き月影」のメンバーだろう――と接触し、路地裏で短いながらも激しい戦闘を繰り広げているのを、私は一度だけ偶然目撃してしまった。彼の銀色の短剣が、まるで月光のように煌めき、相手を容赦なく切り伏せていく。その姿は、美しくも恐ろしかった。彼は一体、何と戦っているのだろうか。そして、彼の目的は何なのか…。
そして、ある日の放課後。私が家に帰ると、玄関に見慣れない高級そうな黒塗りの車が停まっていた。嫌な予感が胸をよぎる。
リビングのドアを恐る恐る開けると、そこには…なぜか、冬城紫苑が、おばあ様と向かい合って、神妙な顔つきでお茶を飲んでいた!しかも、その手には、私が一番好きなお店の高級抹茶ロールケーキの箱が!
「な、なんであんたがここにいるのよ!?不法侵入よ、不法侵入!ていうか、そのロールケーキ、まさか私の分じゃないでしょうね!?」
私が驚きのあまり叫ぶと、おばあ様は静かに私を諌めた。
「瑠々、無礼なことを言うでない。冬城くんは、今日からお前の家庭教師になってもらうことになったお方じゃ。これは、その手土産じゃろう」
「か、か、家庭教師ぃぃぃ!?そ、そんなの聞いてませんけど!?」
私の絶叫が、夏海家の静かな午後に木霊した。おばあ様曰く、冬城くんは、おばあ様が古くから懇意にしている、別の高名な陰陽師の一族のご子息(!)であり、私の力の制御と、夏海家の古文書の本格的な解読を手伝うために、わざわざ派遣されてきたのだという。嘘でしょ!?こんなスカした男に、私が教わるなんて、絶対に嫌!天地がひっくり返ってもお断りだわ!しかも、私の大好きなロールケーキで手懐けようだなんて、魂胆が見え見えよ!
「…よろしく頼む、夏海瑠々。お前のその“暴走しかけの力”、俺が徹底的に扱いてやるから、覚悟しておけ。まあ、まずはそのロールケーキでも食べながら、今後の指導方針について話し合おうじゃないか。お前の好みも、少しは把握しておきたいからな」
冬城は、私の絶望をまるで楽しむかのように、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。その瞳の奥には、何か底知れない光が宿っている。そして、最後の言葉は、なんだかものすごく意味深に聞こえたんですけど!?
私の平穏な(はずだった)日常は、どうやら本格的に、この銀髪の悪魔(いや、家庭教師)によって、めちゃくちゃにされようとしていた。そして、私の心臓も、別の意味で、もう持たないかもしれない。




