第14話:地下通路とか聞いてないし!ていうか先輩、その紋様、まさか…!?
最初の襲撃を何とか退けたものの、会議室にいつまでも籠っているわけにはいかない。あのマガツモノが斥候だとしたら、本体はもっと厄介な存在である可能性が高い。私たちは、ひとまず安全を確保し、そしてこの異変の真相と脱出の手がかりを探るため、暗く不気味な校内を探索し始めることを決意した。懐中電灯の頼りない光だけが、私たちの進むべき道を照らし出す。
「…やっぱり、他の教室も誰もいないみたい…みんな、本当に眠らされちゃったのかな…」
緋和が、不安そうに声を震わせる。いくつかの教室を覗いてみたけれど、そこには机に突っ伏したまま動かない生徒たちの姿があるだけだった。その光景は、まるで時間が止まってしまったゴーストタウンのようで、私たちの心を重くする。
「この異様な静けさ…マガツモノの気配も、さっきよりずっと濃くなっている気がするわ…」
私は、肌に纏わりつくような冷たい空気を感じながら呟いた。美術準備室や音楽室といった、以前にも異変が起きた場所は、今では禍々しいオーラが渦巻いていて、とても近づける状態ではない。
「…待て。この資料室だけ、妙に“気”が澄んでいる」
冬城が、ふと足を止めたのは、あの「開かずの資料室」の前だった。確かに、彼の言う通り、他の場所とは明らかに空気の流れが違う。まるで、ここだけが聖域のように、マガツモノの侵食を拒んでいるかのようだ。
「もしかしたら、ここに何か手がかりがあるのかもしれない…」
秋月先輩の言葉に、私たちは頷き合う。以前、私が力で開けてしまった扉は、今は固く閉ざされていたが、再び私が紋様に手を触れ、心の中で念じると、カチャリ、と小さな音を立てて開いた。その瞬間、私の黒髪がふわりと舞い、どこか神秘的な雰囲気を纏ったように見えたかもしれない、と後で緋和が興奮気味に教えてくれた。
薄暗く埃っぽい資料室の中を、私たちは慎重に調べていく。以前見つけた古文書の入っていた桐の箱は、もう空っぽだった。
「何か、変わったものはないか…この部屋だけが安全だとしたら、それには理由があるはずだ」
冬城が、鋭い視線で室内を見回す。
その時、私が持っていた夏海家の古文書の断片と、秋月先輩がリュックから取り出した「古い木箱」の中の古びたお守りが、まるで呼び合うかのように、同時に淡い光を放ち始めたのだ。
「こ、これって…!」
驚く私たち。二つの光は、まるで生きているかのように揺らめき、そして資料室の床の一点を、強く照らし出した。そこは、何の変哲もない、ただの床板のように見えたけれど…。
「…何かあるかもしれない」
秋月先輩が、懐中電灯でその場所を照らしながら、慎重に床板に手をかけると、ギギギ…という音と共に、床板の一部がずれ、その下から地下へと続く、暗く狭い階段が現れたのだ!
「隠し通路…!?こんなところに…!」
緋和が息をのむ。階段の奥からは、ひんやりとした、そしてどこか古びた空気が流れてくる。その空気には、マガツモノの気配は感じられない。
「…どうやら、この学園には、我々の知らない秘密がたくさん隠されているようだな」
冬城が、面白そうに口の端を上げた。
「私と冬城くんで、先に行ってみるよ。夏海さんと緋和ちゃんは、ここで待っていてくれ。危険かもしれないから」
秋月先輩が、私たちを気遣ってそう言ってくれたが、私は首を横に振った。
「いえ、私も行きます。この通路…なんだか、呼ばれているような気がするんです」
それに、緋和をこんなところに一人で残していくわけにはいかない。
結局、緋和には入口で見張り役(という名のお留守番)をお願いし、私と秋月先輩、そして冬城の三人で、その謎の地下通路を調査することになった。
階段は狭く、一人ずつしか進めない。私が先頭を行き、その後ろを秋月先輩、そして最後尾を冬城が固める形になった。懐中電灯の光だけが頼りの暗闇の中、カビ臭い匂いと、ひんやりとした空気が肌を刺す。時折、私の肩が先輩の腕に触れたり、暗闇で足元がおぼつかなくなった私を、後ろから冬城がとっさに支えてくれたりする。その度に、私の心臓は恐怖とは別の意味で、ドキドキと音を立てた。こんな状況なのに、不謹慎かもしれないけれど…。先輩の温かさと、冬城の意外な優しさに、ほんの少しだけ、心が安らぐのを感じていた。
しばらく進むと、通路の壁に、何か絵のようなものが描かれているのに気づいた。懐中電灯で照らし出すと、それは古い時代のものと思われる、素朴だが力強いタッチの壁画だった。星々や動物、そして何か厳かな儀式を行っているような人々の姿が描かれている。その中央には、ひときわ大きく、鳥の羽根を広げたような紋様が描かれていた。
「これって…夏海家の古文書にあった紋様に似てる…?」
私が呟くと、秋月先輩も「僕の家の神社にも、似たような絵柄の古い掛け軸があるんだ…」と驚いたように言った。
その壁画を見た瞬間、私の脳裏に、またしても鮮明なフラッシュバックが起こった。それは、夢で見た「血に濡れた符」や「割れた鏡」の光景と共に、巫女のような白い衣を纏った女性(それは紛れもなく、夏海家の先祖だ)と、狩衣に似た装束を身に着けた凛々しい男性(まさか、秋月先輩の先祖…?)が、何か巨大な、黒い渦のような災厄と必死に戦っているビジョンだった。二人は、互いに背中を預け、決して諦めないという強い意志を目に宿していた。
「…うっ…!」
強烈な情報量に、頭が割れるように痛む。思わず壁に手をついて、私はその場にうずくまった。
「夏海さん、大丈夫か!?」
「どうした、夏海瑠々!」
先輩と冬城が、同時に私に駆け寄ってくる。二人の心配そうな顔が、ぼやけた視界に映った。
なんとか立ち上がり、私たちは通路の突き当たりへとたどり着いた。そこには、予想もしなかった光景が広がっていた。
広大な、ドーム状の地下空間。その中央には、まるで古代遺跡の一部のような、古びた石の祭壇が鎮座していた。祭壇の上には、何かを厳重に封印するかのように、複雑な幾何学模様がびっしりと刻まれた、巨大な円形の石板が置かれている。
そして、その祭壇からは、これまでのマガツモノとは比較にならないほど強大で、そしてどこか神聖さすら感じさせるような、圧倒的な「何か」の気配が放たれていた。それは、善なのか悪なのか、今の私には判断がつかない。ただ、肌がピリピリとするような、強烈なプレッシャーを感じる。
「…なんだ…ここは…」
秋月先輩も、息をのんでその光景を見つめている。
冬城は、祭壇から目を離さず、厳しい表情で呟いた。
「…古の封印…まさか、これほど大規模なものが、この学園の地下に眠っていたとはな…」
私が、何かに引き寄せられるように、ふらふらと祭壇に近づいた、その瞬間だった。
私の右手首、あの「星影の印」の兆候が現れた場所が、まるで呼応するかのように、カッと熱くなり、激しい光を放ち始めたのだ!
「きゃっ!」
あまりの熱さと眩しさに、私は思わず手首を押さえる。
そして、それに呼応するかのように、祭壇の上の石板もまた、禍々しい赤黒い光を放ち始めた。ゴゴゴゴゴ…という地鳴りのような音と共に、地下空間全体が激しく揺れ動き、天井からはパラパラと土砂や瓦礫が落ちてくる。
「まずい…!封印が、完全に解かれようとしている…!」
冬城が、これまでにないほど焦燥感に満ちた声で叫んだ。
祭壇の石板が、メリメリと音を立ててゆっくりと割れ始める。その裂け目から、形容しがたいほどの絶望的な気配と共に、巨大な、そして底知れない闇を湛えた黒い影が、ゆっくりと姿を現そうとしていた。
私たちの運命は、そしてこの学園の未来は、一体どうなってしまうのだろうか…!?




