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第七章

数日後、道場の練習が終わり、優里は再び僕の元にやって来た。彼女の顔には、前回の話が心に深く残っている様子がうかがえた。


「志郎さん、この前、お父さんの話聞けてよかったわ。今度は、お父さんと大山さんの話を聞いてみたい。戦前、二人がどんな状況に置かれていたのか、知りたいわ」と彼女は言った。


僕は静かに頷いて椅子に腰を下ろした。優里も隣に腰を下ろし、真剣な眼差しで僕を見つめた。


---


「西側諸国が東側諸国に侵攻を始めたときのことだ」と僕は話し始めた。「彼らの目的は領土の拡大だった。文明の発達した西側諸国同士で戦争するのはリスクが高いから、文明水準の低い東側諸国を狙ったんだ」


「酷い話ね。自分たちの都合で他国を侵略するなんて」と優里は憤りを感じたように言った。


「そうだね。中東諸国のサウジアは、西側諸国のウエスタニアに植民地にされて、サウジアの人々は強制労働をさせられていた。次に狙われたのは、東側諸国であり、西側諸国と隣接しているミドレイだった。西側諸国のノーシアが今まさにミドレイに攻め込もうとしているときの話だ」


「ミドレイって、イーステンドのすぐ隣の国ね」優里は目を見開き、静かに頷いた。


「僕たちの国、イーステンドはこのままではサウジアように植民地にされてしまうと考えて、東側諸国が連携する必要があると考えたんだ。でも、ミドレイとは過去のいざこざや因縁があって、連携はうまくいかなかった。」


「連携しなかったら、どうなるの?」と優里は不安そうに尋ねた。


「ミドレイがノーシアに占領されてしまえば、イーステンドが攻め込まれるのは時間の問題だったんだ。だから、ノーシアがミドレイに侵攻する前に、イーステンドはミドレイに侵攻することを決めたんだ」


優里は息を飲み込み、僕の言葉を待った。


「父の三郎と積風会をつくった大山さんは幼なじみで、二人とも積洋社という団体に所属していた。積洋社はイーステンドとミドレイが連携できるように尽力したけど、ミドレイはイーステンドを相手にしなかった。なぜなら、イーステンドは東端の小さな島国であり、ミドレイにとって、取るに足らない国だったんだ」


さらに僕は続けた。「だから、イーステンド政府はミドレイへの説得を諦め、侵攻を決めた。このまま何もしなければ、ミドレイもイーステンドも西側諸国の餌食になってしまうからね。そして、父と大山さんはミドレイとの戦争に参加することになったんだ。」


「積洋社は東側諸国を連携させようとしてたのね」と優里は感心したように言った。


「イーステンドはミドレイに侵攻していった。父と大山さんの加わった部隊は、ミドレイの部隊と激しい戦いを繰り広げたそうだ。それが何日も続いて、イーステンドとミドレイの部隊は川を挟んで睨み合う状態になった。」


僕は少し間を置いてから続けた。


「一日の戦いが終わり、夜営の準備を終えた二人は、草っ原に寝っ転がって空に浮かぶ星を眺めていた。」


---


「今日初めて人を殺したよ。イーステンドのためだとわかってるのに、嫌な気分が頭から離れない」と大山さんは沈んだ声で父に言った。


「本当のお前は人殺しは間違ったことだってわかってるんだよ。心は無理して正しいことをしたと思い込もうとしてるけど」と父は言った。


「本当のおれ?それは心じゃないのか」と大山さんは疑問を投げかけた。


「本当のお前は心じゃなくて魂だよ」と父は大山さんの目を真っ直ぐに見て言った。「心は魂の道具だ。肉体も魂の道具だ。心は制御できずに勝手に怒ったり、落ち込んだりするけど、魂はどんな時も変わらない。常に前を向いているんだ」


「魂は前を向いている」大山さんは父の言葉を繰り返した。


「そうだ。魂はいつだって積極の風を放ってる。だから、俺たちは心をその風に乗せないといけない」


「積極の風に乗れ。お前の口癖だな」大山さんはニヤリと笑って言った。


「そうだ」父は静かに頷いた。


二人はそれから何も言わず、しばらく黙っていた。川の向こうのミドレイの兵士達は火の灯りを消して眠りについたようだった。虫の声と川の流れる音だけが響いていた。


---


僕が話を終えると、優里は深く息を吸い込み、静かにうなずいた。「志郎さんのお父さんと大山さんは、そんな環境の中にいたのね。私はもっと強くなりたい」


僕は優里の決意を感じて、励ますように笑った。「優里。君はまだまだこれから強くなれる」


優里は僕の言葉を聞くと、笑顔を見せた。その笑顔には、明るい希望が感じられた。僕たちはしばらく、互いの存在を確認するように静かに時間を過ごした。

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