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第一章

「積極の風に乗れ」——父のことを思い出すと、声が聞こえてくる気がする。


25年前、父は戦争で命を落とし、僕たちの国イーステンドはウエスタニアに敗れた。あの頃、僕はまだ5歳だった。父は家にいることが少なかったので、思い出はほとんどない。ただ、彼の「積極の風に乗れ」という言葉だけは鮮明に覚えている。父はことあるごとにこの言葉を口にしていた。今でもその声が心の中で響く。


父の人となりを知ったのは、大山さんの昔話からだった。父と大山さんは積洋社という団体で共に働き、イーステンドのために尽力していた。戦後、積洋社は解散し、大山さんは空手の道場を開いた。僕は時折その道場に足を運び、空手を習った。




小学校時代、僕はなかなか周りに馴染めない、いわゆる問題児だった。そんな僕を気にかけてくれたのが大山さんだった。ある日、クラスメートと喧嘩になり、カッとなって手が出てしまった。担任に厳しく叱られた僕は、ひどく落ち込んでいた。放課後、大山さんの道場に駆け込んだ僕に、彼は温かく接してくれた。


「消極の風に乗るな、親父さんもいつも、積極の風に乗れって言ってただろう」


大山さんは長い髪を束ね、眼鏡をかけていた。


「戦争に負けた途端、みんなで手のひらを返してウエスタニアのことを褒め出したんだ。しかも、積洋社のことを悪く言うんだ。頭にきて、手が出ちゃったよ」


僕は感情をぶつけた。大山さんは、冷静に答えた。


「それでも、消極の風に乗ってはいけない。志郎の気持ちはわかる。でも、消極の風に乗れば、心が汚れていくし、周りの人の心も傷つける」


涙を流しながら、僕は何度も反論した。大山さんはそれを受け止め、諭してくれた。


「生きるというのは、消極の風に乗らず、積極の風に乗るよう努力することだ。君の親父さんはいつもそう言っていたよ」


その言葉の意味を当時の僕は理解できなかったが、「積極の風に乗れ」という父の言葉は、僕を前向きにさせてくれた。




中学生になった僕は、社会の変化とともに自分自身も揺れ動いていた。戦後の復興が進む中で、イーステンドの国民は新しい秩序に適応しようと必死だった。学校では新しい教科書が配られ、ウエスタニアの文化や歴史が強調されるようになった。


ある日、歴史の授業で先生がウエスタニアの偉人について話していた。僕は思わず手を挙げて反論した。


「どうして僕らの国の英雄の話はしないんですか? 父や大山さんのような人たちがいたから、今のイーステンドがあるんじゃないですか?」


教室は静まり返り、先生は一瞬戸惑った様子だった。


「志郎、君の気持ちはわかる。でも、今は新しい時代なんだ。過去を乗り越えて、前を向かなければならない」


その時は、なんとか自分の気持ちを抑えたが、その言葉に納得がいかなかった僕は、大山さんのもとへ向かった。


「消極の風に乗るな、志郎。君の親父さんも、過去に囚われることなく、未来を見据えて生きていたんだ。彼の言葉を忘れるな」


大山さんは厳しくも優しい眼差しで、僕を励ましてくれた。




高校生になると、進路に悩むようになった。周りの友人たちは将来の夢や目標を語り合っていたが、僕にはまだ具体的な目標が見つからなかった。そんな時、大山さんから一冊の本を手渡された。


「これは君のお父さんが愛読していた本だ。彼も多くの困難に立ち向かいながら、この本を読んで心を強くしていたんだ」


それは『照心洗心録』という本だった。ページをめくるたびに、父の思いが伝わってくるような気がした。




大学に進学してからも、父の言葉と大山さんの教えは僕の心の支えだった。ある日、大学で父のことをテーマにした論文を作ることになった。父の生き様を通じて、その精神を世の中に伝えたかった。


僕は父の声を心に感じながら、机に向かった。


出来上がった論文を大山さんに見せると、彼は涙を浮かべて喜んでくれた。


「君は立派に成長したね、志郎。君の親父さんも、きっと誇りに思っているよ」


その時、父の言葉と大山さんの存在が、僕の心を照らしてくれていると改めて感じた。




大学卒業後、僕は地域の行政の仕事を手伝うことになった。慣れるまでに時間がかかったが、一生懸命に働いた。少しでもこの国に貢献したかったのだ。仕事での困難に直面するたびに、父の言葉を思い出し、自分を奮い立たせた。


あるプロジェクトで、上司から無理難題を押し付けられた時があった。心が折れそうになった僕は、大山さんの道場を訪れた。


「志郎、君の親父さんも何度も困難を乗り越えてきたんだ。逆境に負けず、前に進むんだ」


大山さんの言葉に勇気をもらい、その後、僕はプロジェクトを成功させることができた。成果を認められ、上司からも信頼を得ることができた。

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