悪魔憑きの話
それは不愉快な男の不愉快な一言から始まりました。
「この女、悪魔憑きだ!」
この村には昔から「悪魔憑き」の伝承があります。
秘密の儀式を行って悪魔を召喚し、自身にその悪魔を憑りつかせた者を悪魔憑きと呼びます。
悪魔憑きは悪魔の力を借りて自らの欲望を満たし、他者に害をなす存在として忌み嫌われていました。
なんて失礼なことを言い出すのでしょう、この男は!
目の前にいるこのバカ男は、この村の村長の息子です。
親の権威を笠に着て威張り散らしているので皆に嫌われています。
噂では、実家の方でも問題になっていて、近々何らかの処罰を検討しているらしいです。
けれど、本人だけは皆に嫌われていることも親に迷惑をかけていることも理解せずに傍若無人に振舞っています。
そして今日も私に絡んで来て、「俺の女になれ!」などと無茶なことを言うのです。
それをきっぱりと断ったとたん、先の台詞です。
幼稚な男とは知っていましたが、ここまでとは思いませんでした。
それにしても、「悪魔憑き」は無いでしょう!
この村では口にすることも禁忌な言葉です。
それを人に向かってみだりに言い放つなんて……え?
「何、悪魔憑きだって!」
「なんて恐ろしい。」
え? え? 何で?
何でみんな信じちゃうの?
あんな男のたわごとなのに。
「どっか行け、この悪魔憑きめ!」
「きゃあ!」
石を投げつけられました。
一度だけでなく、何度も何度も。
騒ぎを聞きつけたのか、人が集まってきました。
後から来た人たちも止めることもせず、それどころか一緒になって石を投げ始めました。
私はその場から逃げ出すしかありませんでした。
その日から、私の地獄は始まったのです。
それから数ヶ月、村に私の居場所はなくなりました。
村の人々は私を見かけると気まぐれに石を投げ、棒を持って追い立てます。
助けてくれる人は誰もいません。両親にすら見捨てられました。
私に物を売ってくれる人もいません。
そもそもお金もありませんが、私の働き口もありません。
私を泊めてくれる人もいません。
こっそり物置小屋に忍び込んで寝泊まりしても、見つかれば文字通り叩き出されます。
最近は村の外の森に隠れていることも多いのですが、村の中でしかできないこともあります。
今日もまた石を投げられています。もう慣れました。
今日の相手は、かつて私の彼氏だった男です。
彼のためにバカ男を振った結果、悪魔憑き呼ばわりされたというのに、この仕打ちです。
ちょっと酷いのではないでしょうか?
考えてみれば、こんな男のどこが良かったのでしょう? 百年の恋も冷めるとはこのことでしょうか。
この元カレ、私が悪魔憑き呼ばわりされた後、すぐに新しい彼女を作ったそうです。
もう、涙も出ません。
「まったく、何を考えて悪魔憑きになんかなったんだか。俺まで白い目で見られたんだぞ!」
――プチッ!
元カレの一言に、私の中で何かが切れた音を聞いた気がします。
たぶん、理性の糸とか堪忍袋とか言うのもなのでしょう。
摩耗したと思っていた感情が甦ります。
怒りが全身の血管を駆け巡ります。
そーですか、そーですか。
「……知りたいのなら、教えてあげる。」
「は?」
「キャー! この男、悪魔憑きよー!」
久し振りに大きな声を出しましたが、うまく発声できたようです。
たまには大声を出すのも良いものですね。ストレスの発散になります。
「な、何を言って……」
「悪魔憑きだと! 何処だ、何処だ?」
「い、いや、今のはあの女が勝手に……って、あいつ、何処に行った!!」
「きさまが悪魔憑きだな! この村から出て行け! えい、えい!」
「止めろ、ちょっと、言うことを、うわぁ、ちょっと、うわぁぁぁぁぁぁぁ!」
元カレの悲鳴を背に、私はその場を離れるのでした。
それから数日後、私は再び元カレと会っていました。
別に、よりを戻したとか言うことは全くありません。一度幻滅すると駄目ですね。
ここ数日でずいぶんとボロボロになってやつれたようですが、全く同情する気にもなりません。
「なんてことをしてくれたんだ、お前のせいで俺はこんなに酷い目に遭っているんだぞ!」
「ええそうね。それは私がされた仕打ちだし、あなたが私にしたことでもあるわ。」
「俺は悪魔なんか呼び出していない!」
「私だってやっていないわ。だいたい悪魔召喚の秘密の儀式なんて、誰が知っているっていうの?」
「だが、皆お前がやったって言って……」
「今頃あなたのことも皆が同じように言っているでしょうね。だいたい、私がいくら違うと言っても誰も聞き入れなかったのに、どうしてあなたの言い分は聞かなくちゃいけないの?」
「うっ……」
ああ、なんて頭が悪いのでしょう。あのバカ男よりはましだと思っていたのに、男ってみんなバカなの?
あれだけの目に遭って、まだ理解できないなんて。地獄が足りなかったのかしら?
「こうなったら、お前を殺して、悪魔憑き殺しの英雄になって村に帰る!」
元カレが狂気と殺気の籠った目で私を見ます。
それに対し、私はハァー、とため息をつきました。
「そんなことをしたって無駄よ。そもそも、どうして私が今まで殺されていないか分かっているの?」
「それは、悪魔の力を使って……」
「だったら、同じ境遇で死んでいないのあなたも悪魔の力を使っているのよね?」
「え、いや、それは、あれ?」
全然わかっていません。前よりもバカになっていませんか?
「私もあなたも、殺されていないのは『悪魔憑き』だからよ。忘れたの? 悪魔憑きの伝承。」
――悪魔憑きを殺せば悪魔憑きになる。
――悪魔憑きに触れれば悪魔憑きになる。
――悪魔憑きと親しい者は悪魔憑きになる。
――悪魔憑きの言葉に理解を示せば悪魔憑きになる。
これがあるから、悪魔憑きはどれだけ痛めつけられても殺されることはありません。
もしも間違って殺してしまえば、その者が次の悪魔憑きとされるのです。
石を投げたり棒で殴ったりするのも、直接触れることを避けるためです。
悪魔憑きに手を貸したり、違うという主張に耳を傾けることもありません。
そんなことをすれば、その者も悪魔憑きとして扱われます。
「私を殺しても悪魔憑きを殺した悪魔憑きになるだけよ。あ、もしかしたら私だけ悪魔憑きじゃ無かったことになるかもしれないわね。でも、生き残ったあなたは悪魔憑き確定よ。」
「うっ、……でも、それじゃ悪魔憑きはいなくならない。」
「そうよ。だからこそ悪魔憑きは禁忌なの。」
ようやく理解したか、元カレがうなだれる。
けれども、その理解は半分だけです。
「それからもう一つ。あなたでは私を殺せない!」
「うぎゃあ!」
私は元カレを殴り飛ばしました。
死なないように、ちゃんと手加減はしていますよ。
「私はこの数ヶ月、森の中で狩猟採取生活をしていました。残飯漁りしかしていないあなたとは体力、技術、覚悟が違う! 後、石を投げられた怨みは忘れていないから!」
「ヒィッ!」
殺気と狂気ならば今の私は誰にも負けません。元カレは腰を抜かしてしまいました。
脅すのはまあこのくらいでいいとして。
ここからが本題です。
「悪魔憑きで無くなることはできないけど、村に戻ることはできるわよ。」
ここが計画の第一歩です。
私達は行動を開始しました。
「よ、よせ、止まれ、来るんじゃない! 実の父親に何をするんだ!」
「そういうお父様は、実の娘に何をしたのですか?」
投げた石は避けられ、手にした棒は蹴り飛ばされたお父様は、怯えた表情で後ずさります。
でも逃がしません!
――ガシ!
「はい、捕まえました。これでお父様も悪魔憑きの仲間です。」
「そんなぁ。」
崩れ落ちるお父様。
でも、早く逃げないと痛い思いをしますよ。
私だけでなく、元カレも動いています。
「ちょっと、いや、来ないで!」
「何だよ、『元カノが悪魔憑きでも気にしない』と言ってすり寄ってきたのはお前の方だろう?」
「本人が悪魔憑きなのはいやー!」
私かが特訓したので、投石にもめげずに距離を詰めていきます。
半泣きの今カノ(いえ、もう捨てられた後かな?)ににじり寄る様はまさに変質者!
がっちり捕まった彼女は泣いています。
けれども、泣こうがわめこうがもう悪魔憑きです。村人は誰も助けてくれません。
別に、嫌がらせのためにこんなことをしているのではありません。
目的は仲間を増やすことです。
悪魔憑き生活で最も厳しいのは、石を投げられることでも棒で叩かれることでもありません。
孤立すること、誰にも助けてもらえないことです。
小さな村ですから、互いに助け合わなければ生きていけません。
何かあった時に誰にも助けてもらえなければ、命に関わります。
悪魔憑きとなった者を助けることができるのは、同じ悪魔憑きだけです。
仲間は多いほど生存率が高まります。
もちろん、強制的に仲間に引き摺り込んだことで恨まれていますが、そこはちゃんと説得します。
「実の父親になんてことをしてくれたんだ。俺がどんな目に遭ったか分かっているのか!」
「ええ、よーく知っていますよ。お父様こそ、家を追い出された実の娘がどんな目に遭って来たか、ちゃんと理解できたんですか?」
「うっ……」
私は冷ややかな目でお父様を見返します。
怨み言で私に勝とうなんて十年早い。
お父様の味わった痛み苦しみ屈辱を、私は何ヶ月も味わい続けてきたのです。たった一人きりで。
「それに、生き延びるためには必要なことです。」
「自分が助かるために罪のない者を犠牲にするなんて、許されることではない!」
「でも、お父様は既にやっているではないですか、その許されないことを。」
「え?」
全く分かっていないお父様を、鼻で笑います。
それにしても、ずいぶんと余裕がありますね、お父様?
「自分が助かるために私を追い出したこと、もう忘れましたか? お父様に棒で殴られたこと、石を投げつけられたこと、私は絶対に忘れませんよ。」
「ヒッ!」
おっと、ちょっと殺気が漏れてしまいましたか。お父様が怯えています。
お父様は自分が罪なき者と言いたいようですが、この村に罪のない者など、もういません。
本当はみんな知っているはずなのです。バカ男の言葉に何の根拠もないことを。
お父様だって知っているはずなのです。私が悪魔召喚の儀式なんてしていないことを。
ちゃんと分ったうえで、それでも私に石を投げるのです。自分が助かるために。
罪なき者を犠牲にすることが罪ならば、村人全員が罪人です。
物心つかない赤子でもいれば別でしょうが、今この村の最年少は、面白がって私に石を投げ続けた十歳の悪ガキです。
あえて言えば最初の犠牲者である私くらいですが、無垢なまま死ぬ気などさらさらありません。
けれども、私はお父様の意思を尊重しますよ。
「どうしても気が進まないなら無理強いはしません。どうぞ、独り寂しく野垂れ死んで下さい。」
生き延びたいのならば、他に道は無いのです。
無事、説得に応じたお父様を加えて、私達の活動は継続します。
「嫌ぁ! 止めて、あなた、来ないでー!」
「まあまあ、また家族仲良く一緒に暮らそうじゃないか。」
最初の狙い目は、家族です。
半狂乱になったお母様をお父様がしっかりと抱きかかえました。
家族全員を仲間にすれば、家が手に入ります。
今はまだ大丈夫ですが、冬に入る前に寝場所を確保しなければ凍死してしまいます。
それに、早いか遅いかの差でしかありません。
私が野垂れ死ねば、次に悪魔憑きに指名されるのは、親しかった家族か元カレでしょう。
とにかく、私達は自宅を確保しました。我が家は悪魔憑きの住む家になりました。
もちろん、家を確保しただけで安心はできませんが、夜中に火を付けに来た男を捕まえて晒しておいたら、変なちょっかいをかけてくる者はいなくなりました。
その放火魔君も今では悪魔憑きのお仲間です。
一方で、元カレの方は、何故か村の若い娘を中心に襲い、悪魔憑きの仲間にして行きました。
以前から村の中ではモテる色男と評判だったのですが、実はただの女好きだったのでしょうか?
このままだと変質者一直線です。
それに、早目に自宅を確保するように忠告してあるのに、そちらは全く進んでいません。
寒くなったから泊めてくれと私に泣きついて来ても、追い返しますよ。
私の中の元カレの評価が、バカ男二号に変わりました。
しかし、このバカ男二号の行為が思わぬ成果を生みます。
張り倒されたバカ男二号の代わりに、彼に引き込まれた女性たちを私が説得し、家族と家を取り戻す方法を伝授したところ、実にノリノリで動いてくれました。
悪魔憑きの住む家が、一気に数を増やしたのです。
村の一角が悪魔憑きで占拠されました。
これは大いなる前進です。
悪魔憑きが多く集まるこの一帯は、悪魔憑きにとっての聖域、安全地帯となりました。
村人が迂闊に近付けば、そのまま悪魔憑きの仲間入りです。
この状況に、村人側も危機感を高めました。
「この悪魔憑きどもめ! ぶっ殺してやる!!」
中には過激な考えを持つ者も出てきます。
けれども、考えなしに突っかかって行くには、相手が悪すぎるということを知るべきでしょう。
「つまり、悪魔憑きを殺してあなたが悪魔憑きになりたい、ということなのですね。」
「え? あ? あれ?」
やはり頭に血が上って考えなしに突っ込んできただけでしたか。
この「悪魔憑き」という仕組みは、一度悪魔憑きが誕生するとなかなか消滅しないのです。
悪魔憑きを殺せば殺した者が悪魔憑きになる。自殺や事故死病死でも誰かが悪魔憑きを死に追い込んだと考えるでしょう。
村人が完全に死に絶えるか、悪魔憑きのルールを無視して「悪魔憑きはいなくなった」と宣言する以外、悪魔憑きがいなくなることはありません。
特に、悪魔憑きであると疑われただけで悪魔憑きであることが確定してしまうことが大問題です。誰も信用していないバカ男の一言でさえ私という悪魔憑きを生み出しました。
本来、悪魔憑きに関わる者は常に自分も悪魔憑きになることを覚悟しなければなりません。
悪魔憑き側が攻勢に出れば、実は圧倒的に悪魔憑き側が有利なのです。
殺すことも触れることもできない相手と、どうやって戦えばよいというのでしょう?
「はい、悪魔憑きの言葉に理解を示したから、貴方も悪魔憑きね。」
「い、いや、違う! 理解なんか示していない!」
「まあ、どちらでもいいけど。捕まえちゃったから、誰が見てもあなたも悪魔憑きよ。」
「あ、ああー!」
こうして、加速度的に悪魔憑きは数を増やして行きました。
こうなると攻守が逆転します。
これまで、悪魔憑きを見ると面白半分に石を投げ、棒を持って追い回していた者達が、今度は悪魔憑きから逃げ隠れするようになりました。
一方、悪魔憑きの方は、特に何もしません。
得られた平穏を享受し、必要に応じて仲間を増やしていくだけです。
自分を迫害した連中への復讐、などを始める者はいません。
それを始めたら、復讐されない者などいません。私以外は。
村は、静かに悪魔憑きに支配されて行きました。
「はい、捕まえた。」
そして、ついに村長が悪魔憑きになりました。
村長は、むしろほっとした様子で悪魔憑きの仲間入りをしました。
これでこの村は、悪魔憑きの村となりました。
ほぼ全ての村人が悪魔憑きになりました。
後、残っているのはただ一人。
「親父! 何あっさりと捕まってるんだよ!」
この、バカ男です。
全ての元凶であるバカ男だけは、私はあえて悪魔憑きにしませんでした。
私だけではありません。
示し合わせたわけではないのに、誰一人としてバカ男を悪魔憑きにしませんでした。
誰もこの男を仲間に入れたくなかったのです。
誰もこの男を必要としていなかったのです。
「親父まで悪魔憑きになっちまったら、この村はどうなっちまうんだよ!」
「そうだな、この村はもうお終いだ。お前だけでも村を捨てて逃げるがいい。」
「ああ、こんな村、捨ててやるよ。クッソー!」
そして、村長もバカ男を悪魔憑きの、村の仲間として迎え入れることはしませんでした。
これだけの事件を引き起こしてなお自覚のないバカ男は、既にこの村に居場所はありません。
村長としても、もはや実の息子を庇いきれないと判断したのでしょう。
実質的に、村からの追放です。
それを知ってか知らずか、バカ男は悪態をつきながら村を去って行きます。
たぶん分かっていないのでしょうね。
自分が村を追い出されたということも。
悪魔憑きと呼ばれて酷い目に遭った私達が、それでも他所の村に行かなかった理由も。
こうして小さな村を揺るがした大事件は終わりを告げました。
大事件に発展した一因は私にもありますが、後悔も反省もありません。
私は泣き寝入りするつもりはありませんし、あのままでは私の命が危なかったのです。
何より、これ以外にきちんと終わらせる方法はありませんでした。私が死んでも間違いなく別の誰かが悪魔憑きになったでしょう。
最善を尽くしたと自負しています。
幸い、死者は一人も出ませんでした。
村を追放された愚か者が一人だけです。
村人全員が悪魔憑きになったところで、何も変わりはありません。
最初から悪魔なんていないのですから。
ただ、事件の爪痕として、人間関係が多少ぎくしゃくした人もいるようです。
非常事態に、その人の本性が曝け出されたりしましたからね。
バカ男二号も女子からの株が大暴落したそうですが、私にはもう関係のない話です。
最近私は思うのです。
実は悪魔はいたのではないかと。
もちろん私は悪魔を召喚する秘密の儀式なんて行っていませんし、悪魔憑きの誰かに本当に悪魔が憑いているとも思っていません。
それよりも、悪魔憑きになる前の、悪魔憑きを攻撃していた村人の事です。
最初の頃は、悪魔憑きに引き込むと文句や恨み言を言われたりしました。
棒で殴られ、石を投げられ、家を追い出されと一通り酷い目に遭うのだから当然でしょう。
それが、ある時からほとんど文句も恨み言も言われなくなりました。
悪魔憑きの居場所を確保できた頃からです。
その時は「悪魔憑きとして酷い目に遭わなくなったのだから当然」と思っていましたが、今になって考えると少々不自然なところがありました。
直前まで悪魔憑きに対する強い憎悪を見せ、死んでも悪魔憑きになるものかとばかりに暴れていた者が、自分も悪魔憑きになったと理解したとたんに急におとなしくなります。
そして、妙にすっきりとした顔になって悪魔憑きになった事実を受け入れます。
まるで憑き物が落ちたかのように。
もしかすると、悪魔は悪魔憑きを排除しようとしていた村人の方に憑いていたのではないでしょうか?
考えてみると最初からおかしかったのです。
ほとんどの村人から嫌われ、信用されていなかったバカ男の言葉を信じる理由は何一つなかったのです。
あの時、私を悪魔憑き呼ばわりした時に、村の人々に悪魔が憑りつき、悪魔憑きに対する憎悪を植え付けたのではないでしょうか。
そして自分が悪魔憑きになると悪魔と一緒に憎悪の感情も抜けて行ったのではないかと思うのです。
そうだとすると、今バカ男には村人全員分の悪魔と憎悪が憑いていることになります。
まあ、バカ男がどうなろうと知ったことではありませんが。
どこか別の村で、悪魔憑きが誕生しないことを祈るばかりです。
この物語の舞台背景としては、今よりもちょっと迷信が信じられていて、生活が大変だった時代を想定しています。
また、「悪魔」が恐ろしい存在として存在感を持っているヨーロッパの田舎の小さな村のようなイメージになっています。
ただし、「悪魔憑き」はエクソシストが悪魔祓いを行うような存在ではなく、魔女狩りの魔女のような存在です。
裁判すらなく疑われた時点で有罪確定の恐ろしいものですが。
この物語の主題は、人を操る超常的な存在としての悪魔との戦いではありません。
「悪魔は全ての人の心に棲んでいる。」
そういう話です。