47話 自慢の仲間
「《女神の吐息》になにかあったんですか?」
私がそう聞くと、彼女は暗い表情のまま答えてくれた。
「失敗したそうだ。それどころか、今はメンバーの1人がヒュドラの毒に侵されているいるらしい」
「本当ですか⁉」
「今この客間に向かっている。だから手伝ってくれ」
「分かりました!」
そんな状況になっているだなんて……。
ラミルさんは次々に指示を飛ばしてくる。
「クルミちゃんはあたしと一緒に部屋をきれいして」
「わかりました」
「ミカヅキちゃんは西のお医者様を急いで呼んできて」
「任された」
「サフィニアちゃんは《女神の吐息》のみんなを迎えにいって」
「もちろんです!」
私達はそれぞれ別れ、急いでやるべきことをやる。
私は家の外に出ると、東の門を目指して駆ける。
市を通り抜けると、その先にはかなりの人垣があった。
その中央から声が聞こえる。
「誰かヒュドラの解毒剤は持っていない⁉ 頼む! カトレアが! カトレアが死んでしまう!」
「⁉」
人垣の中央から聞こえてくるのは以前のキリッとした声ではない。
必死に助けを求める《女神の吐息》のリーダー、アザミさんの声だった。
「退いてください!」
私は人垣を押しのけ、その中央に向かった。
そこには、ボロボロの装備で座り込む《女神の吐息》の人達と、ただ何もできずに見ている人達がいた。
アザミさん達の装備は弓は弦が切れ、胸当ても溶けかかっている。
剣士と魔法使いの人達の装備もかなり壊されていた。
だが、一番酷いのは白魔法使いのカトレアさんで、顔半分が紫色の毒々しい色に変色して、荒い息をしていた。
「大丈夫ですか⁉」
「君は⁉ ヒュドラの毒の解毒薬は持っていないか⁉」
「持っていません!」
私がそう言うと、アザミさんは絶望した様な顔になる。
その顔を見て、私は今できる事をする。
《女神の吐息》を見ている人達の中に、ネムちゃんが薬草を買っていた人を見つけた。
私はその人に詰め寄り聞く。
「ヒュドラの毒に対する解毒薬は持っていませんか?」
「も、持ってる訳ないだろう⁉ そんなものあったら最初から出している!」
「なら効果がありそうなものは⁉」
「そ、そんな物もない! ヒュドラはAランクの魔物なんだぞ⁉ その毒に効果のあるものが簡単に出回る訳ないだろう!」
「……仕方ありません」
私はならばと今できる最善を尽くす。
「アザミさん。今は休むために村長さんの家に行きましょう」
「……わかった。カトレアは……」
「私が運びます」
私はカトレアさんをそっと持ち上げ、彼女に振動を与えないように、かつできるだけ急いで村長の家に向かう。
「戻りました!」
私がカトレアさんを連れて家に戻ると、受け入れの準備は整っていた。
そして、お医者さんもきていて、一番容態の悪いカトレアさんを診てもらう。
「これは……まずいな。ヒュドラの毒が全身に回りかけておる。今日中に解毒薬を飲ませねば命はないぞ」
「そんな⁉ ヒュドラが出たということであれば、解毒薬の一つや二つ置いてないんですか⁉」
アザミさんはそう言ってお医者さんに詰め寄っているけれど、お医者さんは首を振る。
「ここはあくまで村。ヒュドラのための解毒薬等置いておらん。それに、ここは王都から近いからな。もしもという時は王都からの支援に頼っている」
「それなら王都に連れて行きます!」
「ヒュドラの側を通ってかね? 先ほどまで交戦していた君達をヒュドラが見逃すと思うと?」
「それは……」
「それに、こんな状態で王都までの道など到底不可能。その前に……」
お医者さんはそれ以上は言わなかった。
「では! どうしたらカトレアは助かると言うんですか! カトレアは……カトレアは本当に優しいいいやつなんです! オレ達の村が食料難で厳しかった時も、飢えている子供に自分の分をあげるような……とっても……優しい……人思いのいいやつで……」
「……」
「今回の毒を食らったのも、オレが倒そうと急いだからで……だから……だから助けて……」
彼女はそう言って涙を流す。
でも、お医者さんは首を振った。
「だからと言ってワシに出来ることはない。そもそもがこの村にヒュドラの薬がない。その意味が分からないのか? あるならとっくに使っている」
「そんな……それじゃあ……カトレアは……」
「覚悟を決めて……」
「できたのです!」
アザミさんとお医者さんの話を遮ったのは、ちょっと疲れながらも、目はギンギンになっているネムちゃんだった。
彼女の手には小さめの白いポーションか何かが入った瓶が握られている。
「君は……」
「あれ……《女神の吐息》のみなさんに……お医者さんなのです? どうして……ってその様子は⁉」
ネムちゃんがカトレアさんの様子を見て驚いていた。
アザミさんは絞り出すように答える。
「カトレアがヒュドラの毒を食らったんだ。治療できる薬……いや、何かを知らないだろうか。昨日あんな事を言っておいて都合がいいとは思うが……」
「どうぞなのです」
ネムちゃんはためらいもなく、手に持っていた物を差し出す。
その顔に暗い感情は一切見えない。
むしろ晴れやかな顔をしている。
「これは……」
アザミさんは瓶とネムちゃんの顔を交互に見る。
「ヒュドラの毒の解毒薬なのです」
「!」
「もしなにかあった時に……と思って作っておいたのです」
「そんな……でも、この村には解毒薬はないって……」
「ないから作ったのです」
「ない……作った……? 君が……か?」
アザミさんは信じられないという顔を浮かべているけれど、ネムちゃんは不思議そうに見返している。
「はいなのです。わたしはポーションも一応作れるのです。というか、早く飲ませてあげなくてもいいのです?」
「! 感謝する!」
アザミさんはそう言ってネムちゃんから解毒薬を受け取り、カトレアさんにそっと飲ませていく。
全てを飲ませるのに10分ほどかかってしまったけれど、飲ませれば飲ませる程カトレアさんの顔色は良くなっていった。
「すぅ……すぅ……」
カトレアさんの容態をお医者さんが再び診ると彼は奇跡でも起きたかのように話す。
「信じられんが完治している。もう大丈夫だろう」
「本当ですか⁉」
「ああ」
「ありがとうございます!」
「それを言う相手は違うのではないかね?」
お医者さんがそう言うと、アザミさんはネムちゃんの方に振り返る。
「ネム……いや、ネムさん。本当に……本当にありがとう。あなたのお陰で、大切な仲間を失わずにすんだ」
「いいのですよ。わたしだって大切な仲間を失いたくはないのです」
ネムちゃんは優しく言葉を返すと、アザミさんは深く頭をあげる。
「昨日は失礼な事を言って本当に申し訳なかった。取り消させていただく」
「昨日の……?」
私がなんの事だろうと思っていると、ミカヅキさんがそっと耳元で教えてくれる。
「(昨日別れ際に』お守りをしている』って言ってたでしょ? あれ、ネムちゃんを子ども扱いしてたんだよ)」
「(そうだったんですか⁉)」
「(うん。だから昨日はアタシがちょっと切れそうだったんだよ? ネムちゃんが抑えてたから言わなかったけど)」
そうだったんだ……。
そういう意味合いで言っていたなんて。
「(ま、それはそれとして、ネムちゃんを子供って見ない君の視点の方がアタシ達としては良かったのかもしれないけどね)」
ミカヅキさんはそう言って肩をすくめている。
ネムちゃんはアザミさんの謝罪に少しはにかんで答えた。
「でも……確かにわたしは皆さんよりもできないかもしれない。そう思っていたのです。ザラの村に来て、クルミさんもミカヅキさんも、そしてサフィニアさんも……。皆さん、わたしにはできない事を平然となんでもないことのようにやっていて、とってもすごいのです」
「……」
「だけど、同じ仲間なら、なにかできないかと思って色々と頑張ってみたのですけど、どれもダメで……だけど、諦めきれなくて……。そんな時に子供扱いをされてとっても腹が立ったのです。でも、わたしも心のどこかでそう思っていて、言い返せなかったのです」
「……」
「ただ、今なら言えるのです。わたしはポーションを作ったり、人を回復させてあげられる。他の3人にはできない事がわたしにだってあるのです! だから、もう……わたしは気にしないのです!」
ネムちゃんはそう言って胸を張っていて、とても誇らしげだった。
「そう……か。自慢の仲間なんだな」
「はいなのです! わたし達は《女神の吐息》にも負けないすごいパーティなのです!」
そう言い切ってくれるネムちゃんを、私達3人はとてもうれしい気持ちで見ていた。
 




