45話 女神の吐息
「《女神の吐息》……」
私がそうぼそりと呟くと、ミカヅキさんが反応してくれた。
「なんだい? 興味があるのかい?」
「いえ、王都から来たということらしいので、どんな料理とか店があるのか教えてほしいな……と」
「あはは、やっぱりサフィニアちゃんはそうでないと」
ミカヅキさんは楽しそうに笑っている。
何かおかしいことを言っただろうか?
「どうかしました?」
「いや、あの《女神の吐息》だよ? 普通は気にする物かと思ってさ」
「そういうものですか? 別に有名になりたいとか思っている訳ではないので」
「それもそうだね。なら、別に見に行かなくてもいいか」
「はい」
ネムちゃんも特に興味は無かったようで、3人で村長さんの家に帰ると、クルミさんと帰ってくるタイミングが重なった。
「あ、クルミさん」
「おかえり。今《女神の吐息》が来ているみたいだね」
クルミさんとも同じような話をしたけれど、特に興味はないという事で食事の方が大事ということになった。
村長さんの家に入りキッチンに行くと、ラミルさんが忙しそうに料理をしていた。
彼女は私達の存在に気付くと、パッと笑顔になって声をかけてくる。
「丁度いい所に来た! サフィニアちゃん! ネムちゃん! 手伝って!」
「手伝うですか?」
「そうなの! 《女神の吐息》が来てくれたのはいいんだけど。ご飯の手配が出来ていなかったらしくてそれで今から作ってるの!」
「なるほど、なら手伝いますね」
「よろしく!」
「わたしもやるのです!」
私とネムちゃんは荷物をミカヅキさんとクルミさんに任せて、調理を手伝い始めた。
キッチンの上には昨日の倍くらいの食材が置かれている。
「こんなに……食べるんですか?」
「そう。《女神の吐息》の人達も結構食べるらしくって、味とかはそこまで気にしないらしいんだけど……。なんでもいいからいっぱい作ってくれない?」
「わかりました」
「分かったのです」
私達はそれからできるだけ量が多くなるように調理を始める。
私は量が多くなるように肉をこれでもかと焼く。
ネムちゃんはスープを作るのだけれど、満足感があるように具材をたくさんかつ、シチューのようなものを作っていた。
それから30分ほどして、山のようにあった食材をなんとか使い切った。
「ふぅ……これだけ作れば大丈夫かしらね……。2人とも、ありがとう」
ラミルさんはそう言ってひたいの汗を拭っている。
テーブルには当然のように料理が置かれ、それどころか乗り切らない分はキッチンの上に置かれたままだ。
途中からはクルミさんとミカヅキさんも食器を並べたり、ということに手伝ってくれていた。
「それで、そろそろ来るんだっけ?」
「そのはずよ」
クルミさんの問いに、ラミルさんが答えたタイミングで、外が騒がしくなる。
耳を澄まして聞くと、村長の声と女性の声が混じっていた。
「来たみたいですね」
「え? 何か分かるの?」
「村長さんの声が聞こえたので」
「え……耳いいんだね」
ラミルさんの言葉の後に、村長さんの大声が聞こえる。
「ラミル! 戻ったぞ!」
「こっちに準備してあるから来て!」
それから、村長が入ってきて、その後ろからはベテラン冒険者と言ってもいい大人びた雰囲気をまとった女性達が入ってきた。
ただ、年齢的には私達とそこまで違いはないように感じる。
先頭にいた女性が私達の姿をみてまゆをひそめて口を開く。
「この子達は?」
「ああ、今一緒に泊っている冒険者の子達です。食事も作ってくれたので、一緒に食べようかと」
ラミルさんがそう言って答えてくれた。
「そう。ならサッサと食べましょう。早く食べてヒュドラ討伐の準備をしないといけないから」
そう言う彼女は狩人の様な軽装をして、スラリとした体格をしていた。
背中には弓を背負い、胸当ても当然のようにつけている。
腰にはナイフと矢筒を下げていて、紫髪は片目が隠れるようになっていた。
「そうですね。緊急の依頼ということであまり準備ができませんでしたから。それに、困っている方々もたくさんおられますからね」
そう言ってくるのはネムちゃんと同じような白魔法使いの服装だけれど、服の上からでも分かるほどスタイルが良かった。
オレンジの髪は背中でまとめて垂らしていて、とてもさらさらとしていて美しい。
表情はのほほんとしていて、常に笑顔を浮かべている。
他の2人は剣士と魔法使いで、私達と同じような構成だ。
ラミルさんはそんな彼女達と私達に向かって話す。
「それじゃあ《女神の吐息》の皆さんは右側、サフィニアちゃん達は左側に座って」
「はい」
「……あなたがサフィニア?」
「え? はい。そうですけど」
座ろうと思っていたら、狩人の人が私をじっと見つめてくる。
「なんでしょうか?」
「……別に。負けないから」
「は、はぁ」
ちょっとよくわからないけど、負けたくはないらしい。
まぁ……別に勝負をしているつもりはないからいいんだけど。
それから10人で食事を食べ始める。
《女神の吐息》の人達は聞いていた通り結構な量を食べるようで、みんな一生懸命に食べていた。
だけど、白魔法使いの人、話を聞くと、カトレアさんというらしい、彼女は気さくに話しかけてくれる。
「あなた達も王都に行こうとしていたんでしょう? 聞きたいこととかある?」
「あ! 私が聞いてもいいですか⁉」
私はその言葉を待ってましたとばかりに手をあげる。
カトレアさんは笑顔で答えてくれた。
「もちろんよ」
「王都の料理はどこのが美味しいですか⁉ それか、なにか珍しい料理とか、調理法とか、あったら教えてほしいです!」
「あらあら。そういう話を知りたいのね」
「はい!」
「そうねぇ……私達もそんなに知っている訳ではないのだけれど……」
それから、カトレアさんには珍しい料理を出す店や、珍しい食材を専門に取り扱っている店も教えてもらう。
だけど、一番心に響いたのは、
「だけど、一番オススメしたいのは、そろそろ王都で祭りが始まるじゃない?」
「はい」
「その時限定で販売されるお菓子がとっても……とっっっっっっても美味しいわよ。シュークリームというお菓子なんだけれど、それを食べるためだけに王都の祭りにくる貴族もいるくらいなんだから」
「お菓子……シュークリーム……」
私は食事中なのに、のどがゴクリと鳴ったのが分かる。
「外はサクサク中には甘くてしっとりとしてクリームがこれでもかと詰まっていて、食べている間は天国にいるのかと思うほどよ。祭りの時しか作ってくれないのが難点だけど」
「ものすごく食べたいです……」
「期待しておいて損はないわよ。だから、私達がヒュドラを追い払うのを祈っておいてね」
「はい! 全力で祈っておきます!」
「そうしてもらえると助かるわ」
カトレアさんがそう言うけれど、隣で一心不乱に食事をしていた狩人、アザミさんが食べるのを止めて話を訂正する。
「カトレア。ヒュドラは撃退じゃない。討伐だ」
「あら、ギルドでの依頼は撃退だったはずよ?」
「討伐だ。オレ達の目的のためには討伐だ。その方がギルドへの評価が高いからな」
「そうだけど、相手はあのヒュドラよ? 毒を自在に操る危険なドラゴン。そこまでは求められてないわよ」
「それでもだ。オレ達ならやれる」
彼女はそう言って肉にかぶりつく。
カトレアさんは全くと言って首を振っていた。
そんな2人に、クルミさんが聞く。
「《女神の吐息》の目的ってなんなの?」
「お前達に言う必要はない。オレ達の目的はオレ達が知っていればいいからな」
「そう……」
ちょっとつき飛ばす様な言い方に、クルミさんが少ししょんぼりとする。
それを見たカトレアさんがフォローに入った。
「ごめんなさい。私達の目的はその……あんまり大きな声では言えることじゃないの。別に悪いことをしようって訳じゃないんだけど、言うと邪魔が入るかもしれないから、誰にも言わないようにしようって決めているの。本当にごめんなさい」
カトレアさんはそう言って軽く頭を下げてくる。
クルミさんはそれを見て慌てて首を振った。
「そ、そんな頭を下げないで」
そんな事を話したりして、アザミさん以外とは楽しく話す。
ただ、彼らは食べ終わると、急いで自分達の部屋に帰っていく。
その時アザミさんが私を見て天気の話をするように聞いてきた。
「どうしてお前はお守りをしているんだ?」
「お守り……ですか?」
私は意味が分からず聞き返すと、彼女はじっと私の目を見た後、なんでもないというように首を振った。
「忘れろ。王都までの道はちゃんと開けてやる」
「?」
アザミさんはそう言って去っていく。
それに続くように他の2人も続き、最後にカトレアさんが続く。
その時に、彼女に言われた。
「ごめんなさい」
「なにがでしょうか?」
「……なんでもないわ。それと、料理はあなた達が作ってくれたのよね?」
「はい。そうです」
「とっても美味しかったわ。あんなに美味しそうに食べるアザミは久しぶりに見たからね。それじゃ、いい夜を」
カトレアさんはそう言うと優雅に去っていった。
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それから翌日、私達が起きる頃には《女神の吐息》の人達はすでにヒュドラ討伐のために旅立っていた。
「早いですねー」
「だねぇ……ふぁぁぁ。あたしはまだ寝たいよー」
「寝ててもいいんじゃないですか?」
「うーん。そうしたいのは山々なんだけどねー。今日も水やりがね……あるのだよ」
「そうですか……」
クルミさんはそう言って起き上がる。
ネムちゃんも昨日はミカヅキさんの目があって無理はしていなかったのか、今日は特に行けるようだった。
4人揃って外に出ると、近くを通りがかる人達が楽しそうに話しているのが聞こえてきた。
「おいおい! ここは王都かよ!」
「全くだぜ! なんでこんなことになってんだか!」
村の中からはそう言った楽しそうな声が聞こえてきた。




