3話 初めての旅路
「あたしと一緒に旅しない?」
「え?」
クルミさんはにっこりとした笑顔で私に提案をしてきた。
旅……でも、私は……師匠を待たないといけない。
師匠はきっと私の所に帰って来てくれるはず。
だから、私はここにいなければならないんだ。
私は絞り出すように言う。
「旅……でも私は師匠を待たないと」
「その師匠さ。なにか困っているかもしれないよ? サフィニアに来てほしいとか、誰かに捕まってるとか……1年も帰ってこれてないんだし、なにか事情があるんじゃない?」
「そう……なんでしょうか。師匠なら道に迷ったとか酒が美味すぎてとかそういうのがあると思うんですが」
「どんな師匠なの……。まぁでも、そんな師匠だったらこっちから会いにいった方がいいんじゃない?」
「……」
私は少しクルミさんの言うことを考える。
確かに師匠が居なくなってから1年、もう……1人で待ち続けるのは飽きた。
ずっと……ずっとこの家にいて……このままなんじゃないのか。
師匠はもう帰ってこず、私はこのまま一生1人でいることになる。
そうかもしれないと考えたら、答えは1つだった。
「分かりました。でも、私……旅は初めてなので、足手まといですよ?」
私がおそるおそる聞くと、彼女は満面の笑みになって答えてくれた。
「もちろんだよ! 旅の事ならお姉さんに任せて! 何でも教えてあげるから!」
「でも……どうして一緒に行こうって言ってくださるんですか?」
私が不安から聞くと、彼女は変わらぬ顔のまま言ってくれる。
「サフィニアとの旅はとっても楽しそうなんだ! だから一緒に行こう」
「……はい。分かりました。では、これからよろしくお願いします」
「うん! それじゃあやるならすぐにやらないと! 1分後に出るよ!」
「早過ぎじゃないですか⁉ 荷物もまとめられません!」
「旅にそんな荷物は要らないんだよ。それに、あたしはほら、これがあるし」
クルミはそう言って薄紫色の光る袋を取り出した。
「それは……」
「マジックバッグだよ。これでもあたしは魔法使いだからね。結構いいのが作れたんだ。必要な物はこれに入れていいよ」
「あ、私も自分のがあるので大丈夫です」
「え、そうなんだ……」
「はい! 私の師匠も魔法使いなので、作ってくれたんです。少しだけ荷物を入れてくるので、ちょっと待っててください」
「そっか。それならあたしは外でのんびりとしてるね」
「はい」
私はそれから必要そうな荷物を色々と入れていく。
「これとこれに……これっと。よし、後は師匠が帰ってきた時用に手紙を書いて……よし!」
私は5分くらいで準備を整えて、外に出る。
「終わりました!」
「お、結構早かったね」
「はい。私の物もそこまでなかったので」
「なるほど」
「それと……」
私は今まで物心ついた時からいた家に頭を下げる。
「行ってきます」
「うん。また帰って来た時に迎え入れてもらえるようにしておかないとね」
「はい!」
こうして、私とクルミさんは一緒に旅に出ることになった。
******
それから1週間、私はクルミさんと森の中をひたすら歩き続けていた。
「あの……まだこんな森ばっかりなんでしょうか?」
「そうだよー。あ、あとあんまり森の中ではしゃべっちゃダメだよ。魔物には耳がいいやつもいるからね」
「……はい」
「本当に気を付けてね? この辺りはゴブリンロードがいたりして危険なの。本当はあたしもおしゃべりしたいんだけど……」
「いえ、分かっています」
「あ、でも、あたしを抱っこしてくれたら早く行けるかもね。なんて」
クルミはそうやって時々言ってくれるけれど、私とクルミの生活は単純なことの繰り返しだった。
黙って歩く、そして夜になったらお互いが見張りになってじっと夜を明かす。
食事もあまりいいものではなく、ロングホーンバイソンの肉も旅に出た日になくなったし、私の持ってきた食料は全部食べてしまった。
だから、クルミさんに分けてもらいながら進んだ。
でも、それはついに限界に向かっていた。
グゥ~ギュルルルル……
「……すいません」
私の腹が食事を欲しがっているのだ。
どれだけ干し肉を食べても、ちゃんとした焼いた肉がほしいと絶叫していた。
私の腹の絶叫を聞いたクルミは、ちょっと苦笑して答えてくれる。
「本当は先を急ごうかと思ったけど、近くに洞窟があったから、そこで一休みしよう。そこでなら話ができるし、近くに魔物とかいたら倒して食べよう」
「! 急いで行きましょう!」
「そんなに焦らなくても洞窟は逃げないよ。こっち」
クルミはそう言って進む道を切り替えて、数分歩く。
すると、彼女の言っていた通り、崖を貫くようにして洞窟が存在していた。
「本当にあった……」
「さ、行くよ」
私達は中に入り、これからの事を相談する。
「さて、まずは……」
グゥ~ギュルギュルギュル。
「ご飯だね。っていっても……あたしももう残りのご飯が少なくってさ」
「なら外で捕まえてきましょう。ロングホーンバイソンとかいないですかね」
今までここら辺まで来たことはあんまりないので、どんな魔物がいるか知らないのだ。
だけど、他のゴブリンやコボルトといった魔物は美味しくないので食べたくない。
「ここら辺にはいないんじゃないかなぁ……」
「なら、ちょっと待ってて下さいね」
「え? 何するの?」
「静かにお願いします」
「……」
私は洞窟から出て、周囲の音に耳を澄ます。
「……」
「……」
「いた」
「え?」
私は耳を澄まし、魔物の音を聞きつける。
「こっちです」
「あたしには何も聞えないけど」
「ついて来てください。まぁ、どんな魔物かは分からないですけど」
「強いのは嫌だなぁ」
私達は音の方へ進むと、そこには小さな茶色のウサギのような魔物がいた。
「あれは……」
「あれはラピッドラビットだね。多分、これ以上近付いたらすぐに逃げられるよ」
「味はどうなんですか?」
私にとって重要なのはそっちだ。
美味しければそれで問題ない。
「味? 美味しいって聞いたけど……」
「では私がやりますね」
「え? 近付いたらダメだって」
「大丈夫です」
私は近くに転がっていた石を拾い、狙いを定めて振りかぶる。
「しっ!」
ボッ――パン!
鋭い音が周囲の音を切り裂き、ラピッドラビットの頭を吹き飛ばした。
「あ、案外もろいんですね」
「サフィニア様……。それ、人にやったらダメだからね?」
「? 人に石なんて投げませんよ?」
なんでクルミさんはそんな当たり前の事を聞いてくるのだろうか?
「……うん。その気持ちをずっと持っててくれるとお姉さんは嬉しいかな」
「師匠と雪合戦はとても楽しかったので、クルミさんとはそっちでやりたいです」
「さ! 急いでラピッドラビットを食べに行こうか! さぁ! 行こう!」
「それもそうですね。ただ、他にもいるみたいなんで、数を集めてからでもいいですか?」
「……サフィニアは1人でもやっていけるような気がしてきたよ。もしかしてあたし要らない?」
そんな事を話しながら狩りを続けていると、気が付けば空はだいぶ暗くなっていていた。
これ以上はできないということで、頭のなくなったラピッドラビットを10体ほど洞窟に持って帰る。
私はそこである失敗に気が付く。
「あ……どうしよう。火を起こす道具がないです……」
いつもは家のかまどを使っていたのだけれど、旅に出るということで浮かれて忘れてしまっていた。
私がそう言うと、クルミは嬉しそうに話し出す。
「やっとあたしの出番だね! いやーお姉さん本当にただの役立たずになるかと思っていたよ」
「? クルミさんは道案内とか洞窟を見つけてくださっているじゃないですか」
「サフィニア……君は素直すぎるね。まぁ、でも今はいいんだ。あたしに任せて!」
そう言って、クルミは目を閉じてなにか詠唱を始めた。
「『土魔法:土の創造』!」
彼女がそう言うと、地面が少しモコモコしたかと思うと、私の家にあったキッチンが出来上がった。
「何これ!? すごい!?」
「ふっふっふ。たまにはあたしだってやるのよ。それに『火魔法:燃える大地』!」
「おお!」
クルミが使った魔法は、地面が燃える魔法のようで、鍋の下に火がつけられていた。
「すごい! クルミさんって本当に魔法使いだったんだ!」
「ふっふっふ。実は本当に魔法使いなんだ。……もしかしてコスプレって思われてた?」
「それじゃあ調理して行きますね!」
「ねぇ? そこちょっと大事だよ?」
私は10羽のラピッドラビットを調理して、クルミさんの前に半分差し出した。
「え……あたしはこんなに食べられないから1羽でいいよ」
「でも、キッチンも作ってくれたし……火も……」
「ううん。あたしは本当に1羽でいいの。流石に入らないから。遠慮しないで。サフィニアが……しっかり食べるってことは知っているから」
「……ありがとうございます」
「いいのいいの。明日はあたしを抱っこして進んでくれてもいいんだよ?」
「いいですよ?」
「もう……というか、冷める前に食べよう?」
「はい!」
私はそれから9羽のラピッドラビットを食べきった。
満腹にはまだ足りないけれど、音が鳴る様な事はなくなった。
でも、それ以上になにかが満たされるように美味しかった。
そして、久しぶりに食べたので眠たくなり、クルミさんとあまり話さずに寝てしまう。
******
「ふぁ……あれ? ここは……あ! クルミさん!? ごめんなさい。私……」
洞窟の外は少し明るくなっていていた。
クルミは私が声をかけると、むくりと起き上がる。
「ん? サフィニア、おはよう。とりあえず準備できる?」
「すぐにやります!」
私は急いで準備を終わらせた後に、1人でずっと寝てしまった事を彼女に謝る。
「ごめんなさい。私……1人で寝てしまって……」
クルミはそんな私の言葉に、まとめ終えた荷物を持ちながら笑って返す。
「気にしない気にしない。たくさんは使えないけど、魔道具で安全は確保してたから」
「そんな……魔道具なんて貴重な物を……」
「別にすごく高い物でもない……あ」
クルミさんはそう言ったかと思ったら、師匠がいたずらをした時のような表情をして言う。
「そうなんだよねー。実は結構高いモノでさー。あーしかも昨日夜まで歩き回って疲れたからなー。あー、誰か抱っこして運んでくれないかなー。優しい人いないかなー」
クルミさんは荷物を重そうにして、そんな事を言っていた。
私は彼女がそこまで疲れていたのかとショックを受ける。
考えれば、私は家でずっとのんびりしていたけれど、クルミさんは1か月近く私がいた家の方に向かって歩いていたのだ。
なのに、私の家で1日も休むことなく歩き続けてくれている。
私が……彼女に……できることをしないと。
「そっか……クルミさん……そんな大変な状態だったんだ……」
「ちょ、そんなほん「町の方角を確認してきます!」
「え? 確認?」
「来てください! すぐに行きますから! っていうか、クルミさんもポーションほしいから早く町には行きたいですよね⁉」
「え、ま、まぁ……森はそんなすることもないし……」
「じゃあこっちです!」
「わわ!」
私は彼女を洞窟の外に連れ出して、町の方向を確認する。
「それで町ってどっちですか?」
「え? あっちだと思うけど……」
「よし、確認してきます!」
「ど、どうやって?」
「こうやって!」
私は屈伸をして、少し崖から離れる。
それから助走をつけて、崖を上をめがけて走った。
「何やってるの!?」
クルミさんの驚く声を背に、私は速度を上げてそのまま崖の上にでるタイミングで空に跳んだ。
「どっちかな……あ……あれ……かな?」
昔本で見た挿絵の町……と思われるような石で囲まれた場所を発見する。
後はそのまま待って私は地面に降りた。
「見つけました!」
「え? 何を?」
「たぶん町! こっちです!」
「え? え? ええ!?」
私はクルミの荷物ごと彼女を抱え、彼女に満面の笑みを浮かべる。
クルミの表情は涙目だけれど、口元は笑っているというよくわからない表情だった。