27話 部屋の中には
ギィィ。
サビた音がして、目の前にある木製の扉が開く。
「セドリスさんを呼んできます!」
私はみんなにそう言って、急いでセドリスさんの元に向かった。
彼は先ほどと同じ部屋にいて、仕事をしている。
「失礼します! 扉が開いたので呼びに来ました!」
「なに⁉ 本当か!」
「はい! 急いで来て下さい!」
「今行く!」
私達は急いで地下に行くと、クルミさん達は私達の到着を待っていた。
セドリスさんは扉が開いているのを確認すると、ゆっくり……ゆっくりと今が現実であることを確かめるように進んでいく。
「おお……本当に……開けてくれたのか……」
「はい。魔法で軽く調べて問題ないことは確認してます。ただ、万が一に備えて後ろから入りますね」
「助かる」
セドリスさんはそう言って扉をゆっくりと開け、部屋の中に入っていく。
私達もいざとそれにつられるようにして入った。
「これは……」
部屋の中には小さめのイスと机、それと灯りを灯すランタンが置かれていた。
机の上には紙がこれでもかと置かれ、壁にも同様に紙が釘で打ち付けられている。
なんの部屋なんだろうか。
私は不思議に思いつつも壁に打ち付けられている紙を読む。
そこに書いてあったのは……。
「変顔リスト?」
「こっちは笑う単語集……って書いてありますけど……?」
部屋にはそのような、人を笑わせることに関した書類がこれでもかと置かれていた。
セドリスさんはそれを見て、ぽつりと呟く。
「そうか……おじい様……おじい様は……そうだったな」
「何がですか?」
「おじい様は……ワシのおじい様はな。厳格で公平で笑顔を見せることはほとんどなかった。だが、ワシが小さかったころ、おじい様の印象は違うものだったのだ。変な顔をして笑わせてくれたり、なにかおもしろい事を言って笑わせてくれたのだ。そのためにわざわざこんな部屋を作っていたなんてな……」
そう言ってセドリスさんは懐かしそうにそれらの手帳を見て微笑んでいた。
ムスッとした表情も今は優しく微笑んでいて、全く別人のように感じさせる。
それもこれも、これを開けてくれたクルミさんのおかげだ。
私達は顔を見合わせて、部屋から出ることを決める。
危険なことはないだろうし、私達がいてもいいことはない。
私達が部屋から出てすぐに、ムスッとしていたセドリスさんの声とは思えない声が聞こえてきた。
「ぶはははははははは!!! 懐かしいなこの顔! わざわざ画家に描かせたのか! くははははははは!!! こっちの単語集も懐かしい! 『クローゼットがクルーゼット!』ぶははははははは!!! 腹がよじれる!」
「……」
私達は目を見合わせて、彼の声が外に聞こえないように扉をしめる。
「セドリスさん……最初にあった印象と180度変わっちゃいそう」
クルミさんのつぶやきに、私は頷くことしかできなかった。
それから数時間、私達は最初に案内された応接間でのんびりとしていた。
のんびりしている所に、ミカヅキさんが口を開く。
「っていうか、セドリスさんとメイドさんのおじいさんへの感想が全然違ったんだね」
私はメイドさんとの会話を思い出しながらそれに答える。
「はい。メイドさんはおじいさんが努力家で、セドリスさんに本当に甘くて、笑わせようと必死だった。という事をおっしゃっていました」
「それだけのヒントで解けるクルミも流石だけどね」
ミカヅキさんの言葉に、クルミさんは嬉しそうに答える。
「いやーなんとなくできるかなーって思っていたんだけれど、まさか本当にできるなんてね。ま! これで今日はお姉さんを讃える日にしてもいいんだよ!」
そんな楽しそうに言うクルミさんに、私は提案する。
「それなら、この後ポーションでも買いに行きますか? クルミさんのお陰でかなりの金額も入りそうですし」
「え⁉ いいの⁉」
「はい。私達はほとんど何もしてないですからね」
「なに言ってるの! メイドさんに話を聞いてきてくれたじゃない! でも、それはそれとして、ポーションは買いに行こうかな!」
「はい」
とても嬉しそうなクルミさんの笑顔を見ると私も元気になる。
それに、ポーションはどうやって選ぶのか私も少し気になる。
私が頷くと、それからネムちゃんも話す。
「ポーション店ってここにはあるのです? それなりに大きい町だと思っているのですが……」
「大丈夫大丈夫! そこらへんはあたしがちゃんと事前に調べておいたから!」
「そうなのですね……」
「当然でしょ! ポーションある所にあたしアリ! だからね!」
そんな事を話していると、目元に涙を浮かべたセドリスさんが戻ってきた。
「お前達……くく、いや、すまない。感謝の印に、食事でもしていかんか?」
どうしたのか思い出したように笑うセドリスさんに、私達は戸惑いながらも頷く。
「いいんですか?」
「もちろんだ、今日は特別な品もあるからな。折角だ。食べて行くといい」
「ありがとうございます」
それから数時間後、私達は夕食をいただくことになっていた。
貴族の人が食事をするような長いテーブル、そこには真っ白なテーブルクロスが置かれている。
作った食事もメイドさん1人ではなく、私が手伝ったこともあってかなりの種類の料理が置かれていた。
食材は好きに使っていい、ということだったので、みんなが絶対に満足できるように美味しい品をこれでもかと頑張って作った。
セドリスさんも、大事な記憶を呼び起こして楽しめる。
そんな素敵な日なら、少しでも楽しい記憶を続けてほしいと思うから。
そんな料理を見て、セドリスさんは目を丸くして話す。
「こんなにも色んな料理があるとはな……それに、これは今話題の天ぷらか? 良くこんなものを作ることができたな」
「教えて頂いたんです」
「なるほど……それにこれはトウガラシか?」
「はい。分けてもらいました」
「こんなものまで……すごいな」
「セドリスさんが食材を提供してくださいましたから」
「今日はワシにとっての祝いの日だ。それくらいはするさ。では、いただくとしようか」
私達は目の前に大量に盛りつけられた食事を食べ始める。
黒くないパンや天ぷら、鳥の串焼き、ネムちゃんが作ってくれたスープ、パスタにサラダ。
普通の生活で考えたら絶対に食べられないような食事だ。
でも、今回はセドリスさんが特別の計らいということでたくさん使ってもいいと言われていた。
皆が食べ始め、私はドキドキした気持ちで皆の表情を見る。
美味しいと言ってもらえるようにたくさん丁寧に作ったけれど、そのたびにドキドキするのだ。
クルミさんはパンを食べながら言う。
「すっごい! こんなにも柔らかくなるんだね!」
「はい。黒い時も温めて柔らかくするコツなどをメイドさんに教えて頂きました」
ネムちゃんは天ぷらを食べながら話す。
「この天ぷら! 前に食べた時とは全然違っているのです!」
「使える油や塩も何種類からか選べたので変えてやってみました」
「すっごく美味しいのです! 繊細ながらもしっかりと返ってくる感触がたまらないのです!」
ミカヅキさんは汗を流しながら串焼きを食べている。
「この串焼きいいね。トウガラシがかかってて、とっても刺激的でたまらないよ」
「そういう品にかけても美味しいかなと思いまして」
「うん! この料理を毎回出してほしいね!」
そんな事を言って辛いものをとても楽しそうに食べていた。
セドリスさんも色々なものを食べて、とても美味しそうにしていた。
「これは……すごいね。これだけ作れるのであれば、貴族の料理人として召し抱えられてもいいのではないか?」
そう言われて、私は話をそらすつもりもあって訪ねる。
貴族に関する話題はクルミさんが嫌いだから、なるべく持っていきたくない。
それに、彼に聞けば、普通の人に聞くよりもきっと早く師匠が見つけられると思う。
「いえ、私は目的があって旅をしているんです」
「目的?」
「クレハ。という女性を探しています。私の親……ではないんですが、親同然の人で……」
私がそう言うと、セドリスさんは気を悪くしたりせずに話にのってくれる。
「なるほどな。そのクレハという女性はこの町にいるのか?」
「そのはずだと思うんですが……」
「いいだろう。探しておこう」
「いいんですか⁉」
「ああ、あの部屋を開けてくれたこともあるし、これだけ美味い食事を作ってくれたのだ。それくらいはするとも」
「ありがとうございます!」
セドリスさんはクルミさんの方を見て聞く。
「お前の望みはないのか?」
「あたしですか? うーん。余ってるポーションがあったらほしいくらいですかね」
「ポーション……確か倉庫に余りがあったはずだな。後でもっていくといい」
「本当⁉ ありがとうございます!」
そんな事を話していると、メイドさんが大皿を持って入ってくる。
大皿の上には、見たこともない果物が載っていた。
「あれは……」
「あれはワイバーンフルーツ。黄色い外側に、中は白い果肉と黒い種が入っている珍しい果物だ。あれはおじい様が好きでな。はるか南から時々取り寄せるのだ。せっかくだから食べていくといい」
「ありがとうございます!」
「ああ」
私はそのワイバーンフルーツを食べると、今まで食べたことのない味がした。
ほのかな甘さに、サクッとした触感、率直に言ってとても美味しい。
それからはメイドさんも一緒にということで食事をして、楽しい夕食を過ごした。
空はすっかり暗くなり、町もかなり静まり返っている。
「いやー楽しい依頼だったね! お金もがっぽりもらえたし!」
クルミさんはそう言って嬉しそうに10万ゴルドが入った袋を見ている。
同時にセドリスさんに貰ったポーションも持っていて、とてもうれしそう。
そんなクルミさんを見て、ネムちゃんが話を引き継ぐ。
「本当なのです! 1日で10万ゴルド! これだから冒険者の依頼はやめられないのです!」
彼女は楽しそうに話して、それにミカヅキさんが続ける。
「全くだね。やりたくないことはしなくてもいい。最高だ」
「そうですね。私も、色々と……知れてとても楽しいです」
知らないことだらけだった。
家にあった本を読んで、それで料理に関しては色々と知っていたつもりだった。
でも、この町に来て、知らない調味料、知らない調理法、知らない果物。
色々と……新しい知らない料理の知識を知ることができた。
「だから……もっと……もっと私も知りたいです」
「うん。あたしも手伝うからね! サフィニアに美味しいポーションのつまみを作ってもらうんだから!」
「はい。もちろんです」
そんな話をしながら宿に帰ると、鍛冶師の奥さんであるマレーさんが宿で待っていた。
「あれ? マレーさん?」
私が口を開くと、彼女は振り返ってミカヅキさんの方を見る。
「ミカヅキさん……いえ、今は本題にいくわね。クレハさんの行方が分かったかもしれないわ」
彼女の言葉に、私は衝撃を受けた。
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少女4人組。
楽しそうに話す彼女達はクレハという女性を探していた。
その者は少女達をじっと見つめていた。




