25話 笑酒亭
「大丈夫なのです⁉」
倒れた人の近くにはネムちゃんがいて、助け起こして回復魔法を使う。
「『回復魔法:癒しの光』」
倒れた少女は苦しそうな顔から少し安らかな顔になるけれど、目を覚ますことはない。
私も思わず手を止めて駆け寄ろうとするけれど、女将さんに手で制された。
彼女はそのままキッチンから飛び出し、ネムちゃんの所にいく。
「ネムちゃんだったね⁉ この子の容体は⁉」
「お医者様の所に行く必要はないと思うのです。ただ、少しは安静にしておかないと……」
「そうかい……分かった。アタシが裏に運ぶから、少し待っといてくれ」
「分かったのです。でも、会計は……」
「それもアタシがやるよ。アンタ達にそこまではさせられないからね」
女将さんはそう言って、会計の女の子を抱えて裏に引っ込む。
私が倒れてしまった人を心配し、言葉が漏れる。
「大丈夫でしょうか……」
「大丈夫でしょ。ネムちゃんが大丈夫って言ったんだからさ」
「ミカヅキさん」
「それよりも、アタシ達がしないといけないことがあるでしょう?」
ミカヅキさんは手を洗い、服を接客用の物に着替えて客席の方に向かう。
「サフィニア。こっちのキッチンの方は任せていいかい?」
「え……ミカヅキさんは?」
「アタシが接客をやるよ。お客さんは次々入ってくるし」
私が入り口に視線を向けると、次々と人が入ってくる。
確かに、今日は特別な日でその人達も楽しみにして食事に来てくれているはず。
なら、できれば……美味しいと、来てよかったと言ってほしい。
ミカヅキさんは更に続ける。
「それに、正直……それだけ切っても今日本当に使うの? って思うくらいあるからね」
ミカヅキさんは私が切った野菜の山を見上げていて、ちょっと口元が引きつっていた。
彼女はそのままネムちゃんの所に行って声をかける。
「ネムちゃん。アタシが接客をやるから、君が会計をやって。中で見ていたけど、会計もさっきから手伝ってやってたよね」
「いいのです? キッチンの中も忙しいって」
「サフィニアがかなりやってくれているからね。一応余裕はあると思う。もし本当に足りなくなったらまた戻るよ」
「わかったのです。なんとかやってみるのです!」
そんなことを話している所に、女将さんが戻ってきたので、説明する。
「本当にできるのかい?」
「ネムちゃんなら大丈夫だと思います」
「そうかい……いや、でも、ネムちゃん! ちょっといいかい⁉」
「はいなのです⁉」
ネムちゃんは女将さんに呼ばれ、何回か質問をされていた。
「ちょっと確認だけさせとくれ。金額関連は大切だからね」
「もちろんなのです!」
「じゃあ特別メニュー2個、エールを4杯、黒パン2つでいくらだい?」
「特別メニューが1つ500ゴルド、エール1つが100ゴルド、黒パンが1つ150ゴルドなので、1700ゴルドなのです」
「早いね……それから……」
女将さんが何回か問題を出すけれど、ネムちゃんは全部の値段を正確にしかも即答で答えた。
「すごいねアンタ! これなら任せても何も問題ないよ!」
「どうもなのです! わたしも力になるのですよ!」
「じゃあ頼んだよ! こっちは任せておくれ!」
「はいなのです!」
それからは会計の人がいなくなったけれど、なんとか回していけていた。
ミカヅキさんもやっぱり接客が上手で、酒に酔ったおじいさんの面倒も華麗に流している。
「おいおい嬢ちゃん可愛いじゃねぇか」
「はっは、そういうのは素面の時に言ってほしいものだね?」
「そんな状態で言ったら嫁に蹴られちまうよ!」
「はっはっは、なら入り口の人は大丈夫なのかい?」
「え? げ! ばあさんなんでここに⁉」
そんなことを話しながらも物を運び、注文を受けて戻ってくる。
クルミさんの方を見ると、彼女は彼女でお酒を飲みたそうに接客を続けていた。
「いいなーあたしも飲みたいー」
「飲みたいの? なら私達と一緒に飲む?」
「え? ほんとー? いいの?」
「いいよいいよー。一緒に飲む人は多い方が楽しいし」
「やったーならちょっとだけ……」
そう言って冒険者らしき女性パーティに誘われている。
「サフィニアさん。今ちょっと余裕あるのです?」
「ネムちゃん?」
「ちょっとクルミさんに『跳びます?』って聞いてきてほしいのです」
ネムちゃんが突然そんなことを言ってくる。
私はなんでクルミさんにそんなことを言うのかわからずに聞き返す。
「え? なんでそんなことを?」
「ちょっとだけお願いするのです」
「いいけど……」
ネムちゃんがそこまで言うのであれば、やった方がいいのかもしれない。
でもまぁ、クルミさんが本当に跳びたいのなら抱っこしてやっても別にいいとは思うけど……。
私はフロアに出ても問題ないことを女将さんに確認してから、クルミさんに話しかける。
「クルミさん」
「さ、サフィニア? これは……」
「跳びます?」
「!?」
クルミさんはビクリと跳び上がって、席から立ち上がった。
「あ、あはは、やだなぁ。跳ばないよ……。と、言う訳なんだ。今は仕事中だからまた今度ね」
クルミさんは席の女の子達にそう言うと、そそくさと仕事に戻っていく。
私はテーブルのお客さんに一礼して、クルミさんの後を追いかけた。
今の速度……もしかして実は跳びたかったとかだろうか?
「本当に跳ばなくてもいいんですか?」
「大丈夫! 大丈夫だから! ちゃんと最後までやるから!」
「わかりました」
そこまで言うのであればやめておこうと思う。
第一、今は仕事中だからちゃんとやっていかないと。
私はキッチンに戻り、仕事を続ける。
それからは何とか仕事も回せて、多くのお客さんに満足して帰ってもらえたと思う。
こういう仕事もいいかもしれない。
そんなことを考えながら仕事を終える。
そうすると、女将さんが皆を集めて労ってくれる。
「みんな、今日は本当によくやってくれた。せっかくだから、皆にも今日の特別メニューをごちそうするよ!」
「やったー! ポーションに合うんじゃないかって思ってたんだよね!」
「わたしも疲れてお腹がペコペコなのです」
「アタシは起きてから何も食べてなかったよ……」
「あ、私もでした」
皆が思い思いのことを口にしている。
女将さんは笑って皆に言う。
「それじゃあ皆は席についておきな! それと、サフィニア。ちょっとおいで」
「はい? なんでしょう」
女将さんはキッチンの方に向かうので、私は彼女についていく。
すると、キッチンの中で彼女は振り返り、私に聞いてくる。
「アンタ、天ぷらの調理を覚えたいんだろう?」
「え……なんでそれを……」
確かに覚えたい、その調理法はとってもすごくて、お客さんの顔を見ていればすごい美味しい料理ということが分かる。
だけど、勝手にレシピを盗んでいいか、そう言われるとダメだと思う。
女将さんはそんな私の心情を理解してか、笑って話す。
「あっはっは、あんだけ熱心にアタシの手元を見ていたら誰だって気付くさ! ま、教えてもいいけど、条件がある」
「なんでしょうか?」
どんな条件でもできるだけ飲みたい。
でも、師匠も探さないといけないことを考えると……あんまり難しいのは選べない。
「このレシピを他の人には教えないでおくれ」
「それ……だけでいいんですか?」
「ああ、アンタは仕事ぶりは真面目で、やってくれと言ったことをいやな顔一つせずにこなしてくれた。だから信頼するのさ」
「……はい。ありがとうございます」
「それにね。今日は記念日……そう言っただろう?」
「はい。聞きました」
「今日はこの食堂ができて20年になる記念日なのさ。だから……できれば最高に……この酒場が楽しい……多くの人を笑顔にできる場所になる。そのつもりで作ったから笑酒亭なのさ」
いつもの大声ではなく、女将さんはしんみりと話す。
「笑って……お酒が飲める場所……」
「そういうことさ。さ! 待っている子達がいるんだからね! 教えながら作るよ!」
「はい! よろしくお願いします!」
それから私はてんぷらの作り方を習った。
よくこんな作り方を習ったなと思うと同時に、作る時には油を使ったり、たまごを使ったりするので、高級品を使う必要があることを知った。
でも、油や卵が買える所だったりでこの料理が作れればいい。
そうしたら、きっと……皆は喜んでくれる。
それだけで私は満足だ。
私は女将さんに丁寧に調理方法を教えてもらい、それを早速皆に出すことになった。
「できました! ぜひとも食べてください!」
私はいつもの3人の前に出し、一緒の席に座る。
他の人の席には女将さんが運んでくれて、一緒に食べていた。
「お~! これはおいしそうだねえ!」
「クルミさん……もう飲んでるんですか?」
「いやぁ~待っている間に我慢できなくってさ!」
「もう……でも、とっても美味しいので、食べてみてください!」
「うん!」
クルミさんはそう言って天ぷらを食べ始める。
ネムちゃんやミカヅキさんもそれに続く。
「ありがとうございますなのです。いただくのです」
「ありがとうねサフィニアちゃん」
「どうぞどうぞ」
皆がそれぞれフォークを突き刺し、それを口に運ぶ。
「……」
私は緊張した面持ちで皆の様子を待つ。
味見で問題ないと言う所まで女将さんに見てもらったけれど、実際になんと言われるかは別だ。
まず、最初に飲んでいたクルミさんが叫ぶ。
「美味しいよサフィニア! すごい! こんなにサクサクしていて、野菜も甘くてすっごいよこれ! ポーションが止まんない!」
「ありがとうございます。そう言っていただけてうれしいです」
そして、ネムちゃんも言ってくる。
「サフィニアさん。これはとっても美味しいのですよ。今まで食べたことのないような味で、でもそれは優しくて……すごいのです。ああ、この美味しさはワールドマップに書きたいのになんと書いていいのかわからないのです!」
「ありがとうネムちゃん」
ミカヅキさんも口元だけを変えて話す。
「うん。とっても懐かしい味だ。でも、その懐かしさよりも美味しいかもしれない」
「知っているんですか? この料理」
「うん? ああ、そうだよ。アタシは東の方の生まれだからね」
「なるほど……」
私は彼女にずずいっと近付き、これから根掘り葉掘り聞きたい欲にかられる。
決して逃がさない、そんな思いでミカヅキさんに迫った。
「なら、他にも私の知らない調理法を知っている……ということですか?」
「え……ちょ、ちょっと……サフィニア? そんな迫って来ないで? 何をする気?」
「私の知らない調理法があるなら……教えてほしいな……って」
「ま、待って、今はこれを食べたいんだけど。とっても美味しいからね! それに、この料理はこの熱々の間じゃないとダメなんだよね!」
「……分かりました。美味しく食べていただくのが一番ですもんね」
「ほ……うん。そうしよう」
本当は聞きたかったけれど、私達は同じパーティ。
今すぐに聞かずとも聞くチャンスはいくらでも来るだろう。
だから、今は目の前の熱々のてんぷらを食べることに集中する。
「うん。美味しい」
それから私達は満足行くまで食べて、お店の人から感謝されながら依頼を終えることができた。
私達は足取り軽く宿に戻り、ベッドに寝る。
そして、私達はベッドに入って今日のことを話す。
「今日の酒場はとってもすごかったのです」
「ええ、私も本当に勉強になりました。天ぷらの食材がすぐに用意できる訳ではないですけど、できる時はお出ししますね」
「ありがとうございますなのです! あの味を絶対に文字に起こしてワールドマップに書いてやるのです!」
「はい」
そんなことを話していると、クルミさんがそういえば……というように口を開く。
「ねぇ……ベッドに入ってから思ったんだけどさ」
「なんでしょうか?」
「情報って……誰か集めた?」
「あ……」
「あ……」
「あ……」
クルミさん以外の3人は一言だけ発してそれ以上何も言えない。
クルミさんは、楽しそうに話す。
「それなら、今度はあたしの番だね」
「クルミさん?」
「今日ネムちゃんとギルドに行った時に目星をつけておいたのだよ。最高にいい依頼をね!」
そう話すクルミさんの声は、昨日のネムちゃんの声を思い出させた。




