18話 私の幸せ
「お主達! 先ほどの爆発は何があったか知らぬか⁉」
私はそんな声が聞こえてきて、正直不安になる。
クルミさんが嫌う貴族だろう。
なら、私としてもあまり近付きたくはない。
豪華な鎧を着たおじさん達が近付いて来るのを見ていた私は、急いでネムちゃんの後ろに隠れる。
その考えはクルミさんもミカヅキさんも一緒だったらしく、揃ってネムちゃんの後ろにつく。
ただ、彼女の体では荷物を入れても隠れきれていなかった。
でも、おじさんは誰が先頭か理解したのか、ネムちゃんに向かって話しかける。
「どうしたのだ⁉ 何か知らぬか⁉」
「え? どうしてわたしなの……ってなんで3人ともわたしの後ろにいるのです⁉」
「ネムちゃん。頑張って」
「ネムちゃんなら問題ないよ。あたしが保証する」
「アタシは臨時だから、よろしく」
「そ、そんな……」
ネムちゃんはかなりてんぱっているけれど、彼女なら大丈夫だと思う。
「それで、なにか知らぬか⁉」
「え……っと、すいません。わたし達はずっとここにいただけで、何があったのです……?」
ネムちゃんが恐る恐るという感じで言うと、おじさんは悔しそうな顔を浮かべる。
「そうか……やはり……もうおらんかったか……悪いな。邪魔をした。時にお前達はここで何を?」
「それについてはですね」
ネムちゃんが私達がここにいた理由を丁寧に説明してくれる。
彼女の説明に納得したおじさんは頷いてさっきのことは流してくれた。
さらに、彼らは領主だったらしく、この後町を上げての戦勝会で宴をするということで、もう切り上げて戻るようにと言うことを話された。
「Fランク冒険者であるのにここに残って町を守ろうとしたことは大儀である。ではワシは戻るぞ」
おじさんはそう言って町に向かった。
私達はその姿を見て安堵する。
「ふぅ……良かった」
「流石ネムちゃん。完璧だったね」
「全くだ」
「本当になんなのです⁉ 皆さんが対応してくださると思っていてのんびりしていたら壁にされていたのです!」
「こういう事はネムちゃんじゃないとできないかと思って」
以前商人に売りつけられそうになっていた時も断れていた。
だから、彼女ならできると信じていたからそうしたのだ。
私がそう言うと、ネムちゃんは満更でもなさそうな表情を浮かべる。
「そ、そんなことないのです。皆さんならそんな必要はないと思っているのです」
「そんなことないよー!」
「わ、わ⁉」
そう言って、クルミさんがネムちゃんに抱きつく。
「な、何をするのです⁉」
「いやぁ。あたしって貴族とか正直嫌いだし? だからできるだけ会いたくないんだよね。だからネムちゃん、これから君を貴族係に任命します」
「突然過ぎると思うのですが⁉」
「さっきの対応を見たらネムちゃんが一番いいよー。ね?」
クルミさんはそう言って、私とミカヅキさんに視線を送ってきた。
私とミカヅキさんはすぐに頷く。
「私もそれがいいと思います」
「アタシもいいと思うよ?」
私達の言葉を聞いたネムちゃんは少し考えた後、頷いた。
「もう……調子がいいのです。でも、分かったのです。あんまりないと思いますけど、そういう時はわたしがやるのです!」
「うん! ありがとー!」
クルミさんはそう言ってネムちゃんを持ち上げる。
「わわ! なにをするのです⁉」
「へへ、可愛いから抱っこできるかと……あ、無理」
「へ」
クルミさんはネムちゃんを持ち上げたと思ったら、体力のなさからなそのまま仰向けになるようにして倒れる。
ドサッ。
「クルミさん⁉」
「ネムちゃん⁉」
私達が慌てて駆け寄るけれど、2人はポカンとした後弾けたように笑いだす。
「あははは、クルミさん。何をしているのです?」
「はははは、ごめんね。ちょっとテンションが上がっちゃって」
「ケガはないですか?」
「うん。大丈夫。2人ともごめんね」
そう言ってくるクルミさんに、私とミカヅキさんは言葉を返す。
「無事ならいいですけど……」
「ま、仕方ない。町が大変なことになるかもしれなかったんだからね。緊張の糸が切れるのも無理はないよ」
「なるほど」
ミカヅキさんの言葉に私は納得して、それから皆で楽しく話しながらリンドールの町に戻った。
余談だが、その日以降南の森を通る時に細かい石が落ちてくる謎の現象が確認されたとかないとか……。
******
すっかり日は暮れ、少し肌寒くなる時間。
だけれど、リンドールの町中は昼間のように明るく、いつもより活気があった。
「それ飲め飲め! 今日は領主様のおごりだぞ!」
「南の湖分くらい飲んでやるぜ!」
「そりゃいい! ぜひやってみてくれ!」
そんな事を楽し気に話しながら酒を飲む冒険者達がいたり、レーナさんとタンガンさん達のように仲間内でゆっくりと酒を楽しんでいる人達がいた。
場所はギルド、私達もそんな楽し気な空気の中、4人で食事を食べる。
食べながら話し始めるのはクルミさんだ。
「それにしても今回は何とかなって良かったね」
「はい。奇跡的に死者は出なかったそうです。怪我人も白魔法で治療したりして、命の危険性があるような人はいないって」
私がそう言って返すと、クルミさんは嬉しそうに話す。
「それもこれも君がやってくれたお陰だからね。誇っていいよ」
「私だけじゃできなかったですよ。クルミさんの魔法あってこそです」
「うふふ、うれしいことを言ってくれるね。そんな君には今回の宴で好きなだけ食べる許可を与えよう」
「これ支払ってくれるのって領主様じゃないんですか?」
そんな会話をしていると、ネムちゃんとミカヅキさんも入ってくる。
「わたしもちょっと気になっていまして、これだけ大規模に宴を開催しても良かったのです? 正直、かなり金額がかかっていそうで、ドキドキでご飯が食べられないのです」
「ゴブリンジェネラルの素材とか売るから多少は何とかなるって聞いたよ? でも、アタシが食べさせてあげようか?」
「それは遠慮しておくのです」
「つれないなぁ。アタシの回りの子達だったら目をハートにして口を開くのに、一回試してみたらいいんじゃない?」
「いいのです」
ネムちゃんとミカヅキさんはそんな事を言って仲良くご飯を食べている。
そんなミカヅキさんに、私は聞いてみた。
「ミカヅキさん」
「なんだい?」
「これからどうするんですか?」
「そうだねぇ。せっかくだから君達さえ良ければ一緒に隣町にいこうかな。師匠を探したいんだろう? 手伝うよ」
「いいんですか?」
「もちろん、君達には……助けられたし、なにより楽しそうだからね」
「楽しそう?」
「そうだよ。ネムちゃんもこうやってスプーンを差し出せば……」
ミカヅキさんはそう言って自分のスープを木のスプーンですくい、ネムちゃんの口元に持っていく。
「ほら。すぐに食べる」
「いや、食べないのですよ。なに勝手に捏造しているのです」
ネムちゃんは半眼になってミカヅキさんを見返していた。
そして、その代わりと言ってはなんだけれど、そのスープをクルミさんが食いつく。
「うん! このスープ美味しい」
「ね?」
ミカヅキさんはそんなクルミさんを見て、私に同意を求めた。
私が食べてないので何も言えずにいると、ネムちゃんが代わりに答えてくれる。
「ね? じゃないのです。わたしは……クルミさん⁉ わたしのスープを勢いよく飲むのは止めてほしいのです⁉」
冷静だったネムちゃんは、自分のスープを勢いよく飲んでいるクルミさんを見て止めていた。
「えーだって飲んでなかったし、熱さも丁度いいかなって」
「だからって勝手に……」
「ならほら。ネムちゃんも飲んでみてよ。とっても美味しいよ」
クルミさんはスプーンでスープをすくい、ネムちゃんに差し出している。
ネムちゃんはそれをためらいもなく飲んで驚く。
「そこまで言うなら……! 美味しいのです! これどうやって作っているのです? レシピが気になるのです」
「でしょー? 今度作ってよ」
「分かったのです。スープのレシピは沢山あった方がいいのは確かなのです」
「はい。次ー」
「はいなのです」
ネムちゃんは考えごとをしながら、クルミさんに差し出されるスプーンをくわえてうんうんと唸っていた。
そんな様子を見て、ミカヅキさんはまたしても同意を求めてくる。
「ね?」
「そうみたいですね」
そんな事を話したり、楽しい時間が進んでいく。
私は時折会話に参加したり、話している皆を見ながらご飯を食べていて、あることに気付いた。
今食べている食事が、1人で森に行った時と同じものだったのだ。
それを食べると温かさもあるけれど、それ以上に何かがあると思う。
なにか……の理由を考えて、一つ、思い当たることがあった。
「そっか……私は……この時間が……こうしてみんなと一緒にいる時間が好きなんだ」
師匠がいなくなって1年。
その間、ずっと1人で食事を続けていた。
そんな私をクルミさんが連れ出してくれて、ネムちゃんやミカヅキさんと出会い、一緒に食事をするのが当たり前になっていた。
一緒に食べる食事は美味しい。
それも、自分が一生懸命作ってくれた食事を皆が美味しいと言いながら楽しそうに食べてくれる。
私は……それの皆と一緒の空間を過ごすために食事をしていたんだ。
「だからあの時……」
クルミさんに言われた、私はこうした食事の場では最後まで残っている。
それの答えが分かった。
私は……やっぱりこの空間を楽しみたいんだ。
もっと……皆と一緒にいたい。
そして、楽しい時間を共有したいんだ。
私が考え事をしていると、クルミさんが私の肩に手を回してくる。
「サフィニアー? どうしてそんなに思いつめた顔しているのかにゃー?」
「クルミさん⁉ なんかポーションの臭いがするんですが」
「うん。こんな時だから飲んじゃあれかなーって思っていたけど、怪我人は全員回復したらしいから。少しくらいいいかなーってね! さ、一緒に飲も!」
「遠慮しておきます」
「ほんとにー? サフィニアの顔、笑ってるよ? 飲みたいんじゃないの?」
「え……私の顔……笑ってます?」
「うん。笑ってる。とってもいい笑顔だよ」
「そう……ですか……」
私は自分の顔に手を当てるけれど、でも、笑っているのなら。
それはそれでいいことなのではないだろうか。
そんな楽しい食事は夜も更け、そろそろ解散という空気になる。
もっといたかったけれど、ネムちゃんが眠たさでダウンしてしまったので、宿に戻ろうという話になった。
そこに、レーナさんが現れて私に聞いてくる。
「サフィニア。少しいいかい?」




