14話 緊急クエスト
「いいか。良くお聞き、明日にはゴブリンの大集団がこの町に来る。戦えないなら……逃げな」
レーナさんは真剣な目をして私達に訴えかけてきた。
「逃げろって……どういう……」
意味が分からずに私がそう言うと、彼女は私達に背を向ける。
「続きは歩きながらだ。ついてきな」
彼女はそう言って歩き出すので、私達もそれに続く。
私達が彼女を追いかけると、彼女は話を続けてくれた。
「さっき言った通りさ。最近森の様子がおかしかっただろ? 魔物が数多くいたり、普段いない生息地に魔物がいたんじゃないのか?」
「それは……そうです」
ロック鳥の時にはどうしてあんなにというレベルで魔物がいたし、トレントも本来はあの湖が生息地ではないとネムちゃんが言っていた。
たしかに、言われればおかしいことだらけだった。
「そして、その原因が西の森の奥にあるんじゃないかとギルドは疑っていて、森の奥に偵察を放っていたのさ。そしたらビンゴ。森の奥からゴブリンの軍団がこの町を目指して来ていた。それで今冒険者をできるだけ集めて、防衛線を張ろうとしているのさ」
「それでギルドに向かっているんですね」
「ああ、まぁ、別にアンタらが必要な訳じゃない。でも、何も知らずに放っておかれるのは問題だろう? それに、逃げるにしても、この町から避難する人達の護衛にはついて欲しい。報酬も出るからね」
「なるほど……」
「と、中で待っていておくれ。すぐにギルドマスターが来て説明してくれる」
そう言ってギルドに到着すると、レーナさんは1人でさっさと中に入っていく。
私達も入ると、中は冒険者で溢れていた。
男女比は半々くらいだろうか。
私達はギルド長が出てくるまで緊張して待つ。
その間も、周囲では色々と話し声が聞こえてくる。
「しっかし、なんで打って出るなんて方針になっているんだろうかね」
「相手がゴブリン将軍だかららしい。1体でも攻城戦になったら町の被害もシャレにならんし、近くの村が襲われるのも避けたいそうだ」
「だからってあたし達まで出る必要はないだろうよ」
「兵士達が防御陣を組んで正面を受け持ってくれるらしいんだ。横を突かれないように守るくらいはしてやろうや」
「まぁ……いやだとは言ってないけど」
そんな話し声を聞きながら、待っていると、ギルド奥の少し高い台座の上に1人の髪や髭が真っ白なおじさんが立った。
彼は渋い声で大声を発する。
「勇敢な冒険者諸君! よく集まってくれた! 今何が起こっているか。そしてこれから何をしなければならないか。その事を話そうと思う!」
ギルドマスターの言葉を聞きいるようにギルド内は静まり返る。
それを確認した彼は大声で続けた。
「今現在、ゴブリン将軍率いるゴブリンの大集団が西の森からこの町を目指していることが確定した! よって、これより緊急クエストを開始する! Dランク以上の冒険者は受けることを強く推奨する! そしてEランク以下も推奨する! ただし、これは強制ではない。逃げる可能性を考えている者も、できれば依頼を聞いて欲しいので残ってもらいたい」
ギルドマスターはそこまで言って周囲を見回す。
彼の目は真剣で、かなり緊急である事が分かった。
彼はそのまま大声で話す。
「依頼内容はゴブリン大集団撃退、その援護だ! 今回の件、基本的に正面はリンドール領主の兵士が受け持ってくれる! そこで、我々がやらなければならないことは兵士達の側面を守ること! Dランク以上はその任に当たってもらう! そしてEランク以下は他の森から進行してくる魔物がいないかの見張りになる! 危険は少ないとは思うが、それでも万が一ということもある! もしそれも怖いというものは今夜の内に脱出する者達の護衛をしてもらう! 報酬は防衛に参加してくれるDランク以上は1人につき5万ゴルド! Eランク以下は2万ゴルドだ! この町から出る者の護衛は1万ゴルド! 戦ってくれる者は1時間後にまたここに集まってくれ! そうでない者は東の門に集合しろ! 話は以上だ! 解散!」
ギルドマスターは忙しいのか、それだけ言うと直ぐにギルドの奥に下がってしまった。
そして、私達もそのことに関して話さなければならない。
最初に口を開いてくれたのはクルミさんだ。
「さて、とりあえず今回のことはどうしようか? っていうか、まずはミカヅキちゃんも一緒に行動する。っていうことでいい?」
「ああ、構わないよ」
「おっけー。それなら、バランスもいいね。それに、聞きたいこともあるんだ」
「聞きたいこと?」
「サフィニアの師匠のこと」
「ああ、そのことか。知っていると言っても、ここから東の町でそんな女性を見た気がする。という程度だ。なんだか体調が悪そうで、吐きそうとか、もうダメかもしれない。そんな事を言っていたような気がする」
「それって……」
私はその言葉を聞いて、今すぐにでも隣町に行きたい気持ちになる。
でも……すぐにこの町の事を思い出す。
私達のことを気遣ってくれたレーナさんや、屋敷を掃除したツバキさん。
他にも、美味しい串焼きの店主さんや、宿のおかみさんもいる。
私がこの町にいたのは長くはないけれど、それでも顔はすぐに思い出せるくらいには、ここを大事に思っていた。
でも、師匠の事も……私を育ててくれたかけがえのない人だ。
クルミさんは私に表情を見て聞いてくる。
「サフィニア。逃げる?」
「え……でも……私は……そこそこ戦えて……」
どうしようか迷う。
迷ってこうだと言えないでいると、クルミさんが更に話を続けてくる。
「サフィニア。だけど、君の目的は何? 師匠に会う事でしょう? なら、最悪ここがなくなっても……いいとは言わないけれど、君が戦う必要もないと思うよ?」
「それは……」
クルミさんはそう言ってくるけれど、ネムちゃんは違う事を言ってくる。
「わたしは参加したいのです」
「ネムちゃん?」
「サフィニアさんは強いけど、目立ちたくないという事も知っているのです。目的が師匠に会いたいという事も知っているのです。でも、ここにいる人達を見捨てていく事はできないとわたしは思うのです」
そして、ミカヅキさんが話す。
「アタシはどっちでもいいよ」
彼女の言葉が分からずに私は聞く。
「町の人達と仲良くなっていたと思うのですが……」
「彼女達も必要なら逃げるだろう。アタシはアタシの人生の面倒しか見ないからね。そこまで気にしないよ」
「では、逃げるという選択肢に賛成なんですか?」
「いや、どっちでもいい」
「どっちでも?」
「アタシの冒険者ランクはEランク。つまり君達とほぼ変わらない。そして、遠くの方で見張りということであれば、正直言って危険はほぼないよ。伏兵がいて襲われたり、知らない魔物が出てこない限りは問題ない。それに、この町ならゴブリンくらいなら勝てる。だからどっちでもいいかな」
「なるほど」
今の所逃げる1票、戦う1票、棄権1票と言ったところ。
師匠は1年も会っておらず、すごく会いたいし、すぐ隣町にいるという。
ここで戦っていたらどこかに行ってしまうかもしれない。
それに、体調が悪いなら、私が何かできるか分からないが行くべきかもしれない。
でも、ここにいる人達にもしもの事があったら……。
ただの新人だというのに心配して、忠告をくれたレーナさんの事が思い浮ぶ。
なら、私が選ぶのは……。
「戦いたいです」
「いいの?」
クルミさんが心配そうに聞いてくる。
私は3人の顔を見て言う。
「はい。どれだけ力になれるかは分かりませんが、できることなら力になりたいです」
「そっか……サフィニアはすごいね」
「クルミさんは私の事を考えて提案してくれたのに、すいません」
「大丈夫。それに、基本的に安全であるだろうからね。君の師匠もきっと……無事だろう」
「はい。師匠はとっても強いですから」
「だね、まずはこっちの問題を片付けて、師匠を探しに行こう!」
「はい!」
そうして私達は待ち、ギルドによって振り分けされた。
今回敵が来るのは西の森、その正面を担当するのはこの町や周囲からかき集めた兵士達。
そして、DランクやCランクの冒険者達が配置されたのは、北西や南西だ。
これは兵士を守るようにするため。
そして、私達が担当するのは南の森になる。
こっちにはほとんど来ない、来たとしても少数だろう。
ということで本当に前線に行くことはないようだった。
一応、もし何かあった時のためにDランクのパーティが1つと、他にもEやFランクのパーティも一緒だ。
ちなみに、反対側、北側の方はもしかしたら襲撃の可能性も少しあるということで、レーナさん達のCランクパーティやEランクの中でもそこそこ戦える人達が配置されているらしい。
それからはその日のギルドで食事が振舞われた。
皆と食べる食事は美味しく、翌日には戦闘という事で料理も大量だ。
私は少し気持ちが重たかったけれど、食事自体は美味しかったので、それを少し持ち帰る許可をもらう。
ギルドでは雄々しい冒険者が咆えていたり、どれだけゴブリンを倒せるかという事をしきりに言い合っていた。
案外、ゴブリンが来ることを悲観している人は少ないのかもしれない。
私以外の3人もそんな人達の言葉に耳を傾けながら、ゆっくりと話していた。
だけど、私は先に寝ることにする。
「今日は疲れたので先に寝させてもらいますね」
「はいなのです。明日は一緒に頑張りましょうなのです!」
「うん」
「あんまり張り切り過ぎないようにね。トレントの時はダメだったけど、アタシだって戦えるんだから」
「はい」
「……」
ネムちゃんとミカヅキさんはそう言ってくれて、クルミさんはじっと私を見ていた。
私は自分ができることをする為に、皆より一足先に眠りにつく。
部屋は3人部屋で自分のベッドに入り、眠りについた。
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ムクリ。
「……」
私は静かに起きる。
窓の隙間からは月明かりが入ってきていて、その光を頼りに周囲を見ると、クルミさんが1人で、ネムちゃんがミカヅキさんと一緒のベッドで寝ていた。
私は3人を起こさないように、そっとベッドから起き上がって部屋から出る。
「……」
外に出ると、月は高く昇っていた。
時刻は深夜2時くらいだろうか。
私はそのまま誰にも悟られることなく町を出た。




