1話 サフィニア
「今日も師匠は帰っていない……と」
私は朝目が覚め、隣のベッドに師匠がいないことを確認した。
いつものようにお腹を出しながら酒タルを抱え、いびきをかきながら気持ちよさそうに寝る。
そんな彼女がいないことを、とても寂しく思う。
「ううん。起きないと」
私は起き上がり、外に出て瓶からすくった水で顔を洗う。
鏡を見ながら自身の長い薄いピンク色の髪を頭の上でまとめ、ポニーテールのようにする。
師匠からはきれいな顔立ちだとは言われるけれど、それがどうなのかは分からない。
私はサフィニア。
師匠が言うには14才になる女だそうだ。
でも、私は自分と他の人の違いがよくわからない。
なぜなら私は生まれてから、師匠以外の人と会ったことがないから。
「師匠以外の人って……どんな人なんだろう」
家の外に出ると、そこは木々に囲まれたレンガつくりの家だ。
ここから人里まで歩くと1か月はかかるそうで、旅人が来ることもない。
必要な物は自作する。
そのための本や道具もちゃんと揃っていた。
料理のための包丁もあるし、木を切るための斧もある。
水は毎日汲みに行き、瓶に溜めておく。
家の近くに出る魔物を狩り、それを料理して食べる。
開いた時間に家にある旅人の本や伝記を読み、時折体を動かして体を鍛える。
そんな生活が私の日常の全てだった。
「本当は……師匠を探しに行ってみたい。外の世界……この家から……この山から出て師匠を探しに行きたい。本で読んだだけじゃない。実際に行ってみて……知りたい。でも……」
私は行けない。
もし、私が行った後に師匠が帰ってきたら?
私と過ごすために毎回戻って来ている師匠が、私がいなくてがっかりしてしまったら?
旅に出た後に、師匠と入れ違いになってしまったら?
行った先で……師匠に嫌われていたら?
そんな考えが浮かび、どうしても行くという選択肢は無くなってしまう。
私は頭を振り、考えを消す。
「まずは水やりをしよう。考えているだけじゃお腹は膨れません。師匠の事は……また……」
意識を切り替えた私は、着替えを済ませてするのは日課になっているハーブの水やり。
ハーブ達は料理の際に使うととても美味しくなり、色々なバリエーションになる。
本にも色々な使い方が書いてあり、とても参考になった。
それから私はハーブの世話の日課を終え、家の正面に向かう。
次はご飯の調達が必要だからだ。
日課の狩りに向かおうと家の前を見ると、ぐったりとうつぶせに倒れて動かない少女がいた。
「え……大丈夫ですか⁉」
私は一瞬意識が止まりかけるも、あわてて彼女に駆け寄る。
師匠が酒を飲み過ぎて倒れた時に経験しているからなんとかなった。
彼女を助け起こして体を確認する。
服装は……魔法使いのような格好をしているが、山を歩くには少し心もとない。
暗い茶髪の髪を三つ編みにしていて、体つきは普通だけれど、なぜかその手には杖の代わりにポーションの瓶が握られていた。
「もしかして……私に助けを求めて……?」
ここは山奥で、私の家は師匠の魔法で守られている。
でも、ここから少しでも出ると魔物と遭遇してもおかしくない。
魔物自体は大して強くないけれど、数はやたら多く味は不味い。
申し訳ない気持ちになりそうになった所で、彼女が声を出す。
「うぅ……」
「大丈夫⁉ 立てる⁉」
「ポーションを……買ってきて……」
「買いに行くのは無理だけど家にあるからとってきます!」
私は彼女を助ける為に、家にあったポーションを持って急いで出てくる。
そして彼女を助け起こし、彼女の口に入れる。
「い、いきますよ? あんまり美味しくないから気を付けてくださいね⁉」
「いいから……早く……」
「わ、わかりました!」
言いたくはないがポーションという物は不味い。
本当に吐きたくなるくらいに不味い。
でも、その不味さはあっても、命と交換できるものではないから仕方なく飲むのだ。
私は彼女がむせたりしないように、彼女の口に少しずつポーションを注いでいく。
「だ、大丈夫かな……」
私がゆっくりとポーションを飲ませ続けていると、半分くらい入った所で彼女の目がクワッと開いた。
「むむむ!」
「きゃ! 大丈夫ですか⁉」
「ほっとほうらい!」
「え? なんて⁉」
彼女がなんて言いたいのか分からない。
けれど、彼女は私の手からポーションを奪い取り、真上にあげて勢いよく飲み始めた。
「そんなに飲んだら吐きますよ⁉」
「ゴクゴク」
しかし、私の心配をよそに彼女はポーションを全て飲み切ってしまった。
「すごい……私だったら半分も飲めないのに……」
「ぷふぁぁー!!! いやー美味しかった。あ、ありがとうね。君、こんな場所に女の子? えっと……お名前は……?」
そう聞いてくる彼女との出会いが、私の人生を大きく変えることになった。
ただ待っているだけの退屈な生活が、面白く、楽しい素敵な生活に。