【コミカライズ】偽聖女と断罪されて国外追放になり、隣国で静かに暮らしていたら、元婚約者の王子から結婚式の招待状が届きました
「偽聖女フィオナ――お前との婚約を破棄する。王族を謀った罪により、お前は国外追放とする!」
王子オスカーの冷たい声が、王城の壮麗なホールに響き渡る。
教会から王城に呼び出されていたフィオナは、突然婚約破棄を告げられ、呆然とした表情で立ち尽くす。
「お、お待ちください、王子。婚約破棄は承ります……ですが、国外追放は……わたしがいなくなればこの地に瘴気が吹き込み、疫病が蔓延するでしょう。どうか、お考え直し下さい……」
フィオナは声を震わせ必死に訴える。
「まだそのようなことを言うか。お前が偽聖女であることは既に明白。何故なら真の聖女は、このレイチェルなのだから――!」
オスカー王子は、後ろに控えるように立つ美しい令嬢の肩を抱き、貴族たちの前で堂々と宣言した。
「真の聖女であるレイチェル・ジーンがこの国を守る。お前は何も心配することはない。わかったのなら、即刻この地から消えろ!」
「そんな……」
フィオナに向けられる貴族たちの視線はどれも冷たく、誰もフィオナの言葉を聞こうともしない。
瘴気だ呪いだの大仰に騒ぎ立てて、地位を守ろうとする教会の手先だとしか見られていないことにはフィオナも薄々気づいていた。疎まれていることにも。
それでも己の使命を信じていままで努力してきたのに。
――結局、フィオナはそのまま国外追放されることになる。わずかな全財産と少しだけの荷物を持ち、悲しみに暮れながら国を出た。
◆◆◆
――半年後。
「まあ……大変……」
フィオナは皇国の教会前の森で、王国の使者から受け取った手紙を読み、困惑の溜め息を零す。
――フィオナは王国を出た後、運よく隣国である皇国の教会で暮らし始めることができた。
自分が去った後の王国の様子はずっと気になっていたが、情報が入ってこないためどうしようもなかった。きっと真の聖女であるレイチェルが万事そつなくこなしているのだろうと思っていた。
フィオナは王国での日々を忘れることにして、優しい人たちと静かに暮らそうとしていた。
半年間静かに暮らし、心の傷も癒えてきたときに、森にベリーを摘みに行こうとしたところで、王国からの使者団に出くわした。
――手紙の中身は、オスカー王子の結婚式の招待状。
フィオナはとても困った。断ろうとしか思わなかったが、手紙にはフィオナが参列しなければ使者は死罪となると書かれていて思い留まった。
(意味がわかりません……)
彼らが死罪となるのがわかっていて、見捨てることはできない。
しかしあの地に戻ることには抵抗があった。
逡巡したその時、黒髪の青年が教会に訪れる。
「――静かな教会に、随分物々しい来客だな。いったいどうしたんだい?」
「エド様――」
――エドは、フィオナが国外追放され途方に暮れていたところを助けてくれた青年だ。教会で生活することができたのも、彼の手助けがあったからだ。
国を出てから彼には助けてもらいっぱなしだった。たまに教会にやってきて何かと気遣ってくれ、今日も一緒にベリーを摘みに行く約束をしていた。
エドは物々しい使者たちを見てもまったく怖気づくことなく、フィオナの方へやってくる。
――彼に相談するべきか。
いや、そんなことをしたら、大切な恩人に迷惑をかけてしまうことになる。フィオナは教会長だけに出かけることを言い、他の誰にも黙っていこうと決意した――その時、エドがフィオナの持っていた手紙をひらりと手に取る。
「い――いけません……!」
フィオナは手を伸ばして手紙を取り返そうとしたが、背の高い彼の手に届かない。
「――うん、よくわかった。私がフィオナを護衛して王国に行き、エスコートすることにしよう」
エドは微笑んで言った。
その瞳はとても穏やかで、フィオナを優しく見つめていた。
◆◆◆
「随分たくさんの護衛ですね」
使者団に加えて、エドの用意した護衛と共に王国に向かう馬車の中で、フィオナは向かい側に座るエドに言う。
「この旅はフィオナの安全が最優先だからね」
エドが優しく微笑みながら答える。
馬車の中で、フィオナはエドの顔を観察しながら、彼の正体について考えていた。彼の立ち振る舞いや話し方から、彼がただの村人ではないことは明らかだった。
すぐにこれだけの護衛兵を用意して、出発することができるなんて、かなりの有力貴族なのかもしれない。
(どうしてエド様は、わたしにここまでしてくださるのかしら)
聞かなければならないことなのに、勇気が出なかった。
一歩踏み込んでしまえば、この穏やかな関係は続けられないかもしれない。
数日かけて馬車で王国に入り、また数日かけて王都に入ったフィオナは、その様子に驚いた。
かつては色とりどりの花が咲き誇り、人々の笑顔が絶えなかった街の姿は、いまは陰鬱な雲が立ち込めるような空気に包まれていた。
街の通りにも活気がなく、結婚式直前とは思えないほど静かである。
(真の聖女様の御力が弱まっているのかしら……)
不安になりながら王城に到着する。
王城の雄大な姿はかつてのままであるものの、その中には何とも言えない冷たさが漂っていた。
◆◆◆
王城内に用意された部屋でその日は休み、翌日結婚式に参列するためエドの用意してくれたドレスに着替える準備をする。
(こんなものまで用意をしてくれるなんて。エド様には何から何までお世話になりっぱなしだわ)
しかも結婚式は数日間続き、着替えのドレスまで用意されている。
着替えるための部屋に案内され、フィオナは目を見張った。
部屋の中央には白いウェディングドレスがあった。まるで白い花のようであり、月の光のように輝いていた。
「なんて綺麗……これを着る花嫁は、きっと幸せになれるでしょうね……」
あまりの美しさに見とれてしまう。
――それにしても、どうしてこの国宝級のウェディングドレスがある部屋に自分が通されているのか。
真の聖女であるレイチェルの計らいだろうか。
不思議に思っていた時、部屋に男性の声が響く。
「気に入ってもらえて何よりだ、我が花嫁」
不穏な響きを含む声に戸惑いながら、フィオナは声のした方を見る。
「オスカー様……?」
そこにいたのはかつての婚約者であり、結婚式の主役であるオスカー王子だった。
オスカー王子はゆっくりとフィオナの方に近づきながら、まっすぐに目を見て告げる。
「僕の結婚相手は、お前だ」
「え……? な、何をおっしゃっているのです。真の聖女であるレイチェル様は――」
「死んだ」
感情の抜け落ちた瞳で言う。
かつての、生気に溢れた面影はすでにない。
「瘴気に耐え切れずに死んだ」
「そ、そんな……」
あまりのことにフィオナは声を震わせる。
「……聖女にとって、瘴気は死ぬようなものではありません。体調が悪いときは少し疲れるくらいで――」
「だが死んだ。あいつは出来損ないの聖女もどきだったようだ。僕もあいつに騙されていたんだ」
吐き捨てるように言う。冷たい瞳にはかつてレイチェルに向けられていた愛情の欠片も残っていなかった。
「そして、次代の聖女も現れない……このままでは国が滅びてしまう……」
そしてフィオナに向けられたのは、憎悪と執着の眼差しだった。
「僕の花嫁に相応しい聖女は、どうやらフィオナ、お前だけのようだ」
「こ……来ないでください」
「この僕が結婚してやると言っているんだから、何も言わずに従えばいい」
かつては確かに憧れを抱いていた。しかしいまその想いは完全に消え去っている。いまのオスカー王子には恐怖しか感じない。
そしていま、フィオナの心にいるのは――
(エド様――……!)
刹那、部屋の扉が破られんばかりの勢いで開く。
無理やり開け放たれた扉から、エドが引き連れてきた護衛と共に入ってくる。
「ぶ、無礼者! ここをどこだと、僕を誰だと思っている! 護衛風情が……即刻追い出せ!」
「私はエドリック・フォン・ヴィッテルス」
堂々とした名乗りに、オスカー王子の身体が強張る。
ヴィッテルスは皇国の名前であり、その名を冠する彼は皇国の皇族ということになる。
「皇国の皇太子が……?」
オスカー王子が信じられなさそうに呟く。
「彼女は既に皇国民であり、私の愛する大切な人だ」
エドはフィオナを守るように背に庇い、オスカー王子を見つめる。
フィオナはエドの後姿を見上げながら、混乱していた。
突然の告白にも、エドの正体にも。
オスカー王子は苦悶の表情を浮かべ、フィオナに向かって頭を下げた。
「た――頼む、フィオナ! このままでは国が瘴気で滅びる……どうか僕を、王国を助けてくれ……!」
その姿はあまりに哀れで弱々しいものだった。あの王子と同一人物とは思えないほどに。
――王国が滅びるのは、フィオナにとっても望むところではない。
だが、もうフィオナの心は決まっている。
フィオナは自分を勇気づけるため小さく頷き、顔を上げた。
「オスカー様、顔を上げてください。わたしは国に戻ることはできませんが……王国がピンチなら、皇国に取り込まれてしまえば解決ではないでしょうか?」
「……は?」
オスカー王子が呆然とフィオナを見つめる。
「王国が皇国の一部となれば、皇国の聖女様の御力でこの地も守られるはずです!」
「なるほど、それは確かに妙案だ」
エドがどこか楽しそうに言う。
わなわなと震えるオスカー王子を一瞥し。
「だがそのような重大事、この場で決められることでもないだろう。貴国の決断を国で待つことにしよう。さあ、フィオナ――帰ろう」
「はい」
フィオナは差し伸べられたエドの手を取った。
最初に出会ったときと同じように。
◆◆◆
馬車で皇国に戻る途中、エドがゆっくりと話し始める。
「――皇国の聖女である私の母は、ずっと前から少しずつ力が衰えてきていた。そんな時だ、君が皇国に来てくれたのは」
フィオナは驚きながらも、静かに話を聞く。
「君の雰囲気から聖女かもしれないと思い、すまないが調べさせてもらっていた。聖女も、フィオナが来てくれてから、瘴気の影響が軽減されて随分楽になったと言っているよ」
「そうだったんですね……お役に立てて何よりです」
フィオナは微笑む。
聖女だと気づいていたから、あんなに親切にしてくれたのか。
「――フィオナ、私は君に聖女になるように強要するつもりはない。ずっと、そっとしておくつもりだった」
真剣な眼差しがフィオナを見つめる。
「だが私は、君を愛してしまった」
「エド様……」
言葉に、フィオナの身体が熱くなる。
「フィオナ……どうか、次代の聖女に――そして、もし君さえよければ、私の妻になってもらえないだろうか」
切なげな求めに、フィオナは目に涙を浮かべながら答えた。
「エド様、わたしは……エド様に助けられて、穏やかな日々を過ごせて、ずっと幸せでした……わたしでよろしければ、この力を使わせてください。そして、あなたの傍にいさせてください」
フィオナはエドの手を取り、微笑んだ。
それは新しい人生への扉が開かれた瞬間だった。
――その後、王国はやむを得ず皇国の庇護下に入ることになった。
フィオナの力は軽やかな風に乗り、遥か遠くの地まで及び、加護をもたらしたという。