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アイムジェニファー!  作者: 沖田 ねてる
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第五話④ 過去は変えられないが、未来は変えられるぜッ!


「これがジェニーについてた嘘。だから僕はあれ以降、水を見る度にママのことを思い出しちゃって、泳げなくなったんだ。かつてクラスで一番だったのに、今じゃカナヅチさ」


 僕が一通り話し終えた時、ブランコの金具がギィと鳴った。まるで今の僕の沈んでいる気持ちを代弁するかのような、鈍い音。心が軋んだ時の音って、もしかしたらこんなものなのかな、なんて思っちゃった。


「…………」


 話し終えたけど、サラは何も言わなかった。まあ、当然だよね。いきなりこんな話を聞かされてさ、何か言える方がびっくりするよね。僕はママを殺した。つまらない嫉妬心なんか出さずに、言われた通りに大人しくしてれば、あんなことにはならなかったんだ。

 だから僕はあれ以降、ママの言ってたことをちゃんと守ってきた。お肌の手入れをしっかりして、おめかしをして。気づいたら女の子みたいになっちゃってたけど、それでもママの言ってたことを破る気にはなれなかった。だって破った結果が、あれなんだからさ。


「……ノア」

「なんだい?」


 やがて、サラが僕を呼びながら立ち上がった。何だろう、人殺しって、引っぱたかれたりするのかな? それともこれでさようならってことになるのかな? まあ、どうだろうと仕方ないよね。僕はママを殺した。それを誤魔化して、嘘までついて生きてきた、最低な人間なんだ。

 休載してまで僕らの面倒を見てくれたパパに甘えて、ママに甘えて……何も知らないジェニーにすら、甘えてて。結局僕は、誰かにすがってるだけのダメダメな奴だった。こんな僕なんか、どうせ……。


「貴方の家に行くわよ。今すぐに、ジェニーちゃんに謝りに行くわ」

「ッ!?」


 するとサラは僕の手を掴んで、グイっと引っ張った。その行為とその言葉に、僕は息を呑まざるを得ない。サラ、君は今、何て言ったんだい?


「どう、して?」

「どうして? そんなのジェニーちゃんに謝って、みんなで仲直りする為によ。当たり前じゃない」


 さも当然だと言わんばかりのサラの様子に、僕は全くついていけない。


「君は、僕の話を、聞いていたのかい? 僕はジェニーに、許されないことを……」

「許す許さないを決めるのはジェニーちゃんよ」


 遂には立ち上がらされてしまった僕に対して、サラは真っすぐに見つめてきた。その瞳には、強い力が宿っている。


「起きてしまった過去は、もう変えられないわ。だから、今貴方にできることをしましょう。ここでうじうじしてたって、何にもならない。まずはジェニーちゃんに騙しててごめんなさい、言えなくてごめんなさいって謝らなくちゃ。それが貴方の課題よ。許す許さないはジェニーちゃんの課題なの。貴方がどうにかできるところじゃないわ。どうにもできないところがあるからできることもやらない、なんて理屈は通させないわ」


 バッサリと切って捨てたサラ。彼女の言うことは、許されないから謝らないなんてことは許さない、というもの。それはとても正しくて、耳が痛いものだった。


「貴方は貴方にできることをしなさい。だってノア、本当はまたジェニーちゃんと仲良くしたいんでしょ?」

「ッ!」


 続けて放たれたサラの一言に、僕はドキリと心臓が鳴る。


「昔のことを謝って、解ってもらって。そしてまたジェニーちゃんと笑っていたいんでしょ? 違うの?」

「それは、そう、だけど……僕は、最低な人間で」


 彼女に歯切れ悪くしか返せない僕。ジェニーと仲直りして、また笑いあいたいかだって? それはもちろん、そうできたら一番良いに決まってる。あの天真爛漫な彼女の笑顔を見て、いたずらする彼女を叱って。そしてまた、一緒になって遊びたいって、心の底からそう思うよ。


「なら、それで良いじゃない。ノアはジェニーちゃんと仲直りしたい。その目的があるなら、今できることはジェニーちゃんに謝ること。昔うんぬんは関係ないわ。厳しいことを言うかもしれないけど、今のノアはこれ以上ジェニーちゃんのことで自分が傷つきたくないから、どうしようもない昔を引っ張り出してうじうじしているとしか思えないわ」

「なァッ!? そ、そんな訳ないじゃないかッ!」


 声を上げずにはいられない。ひた隠しにしてた僕の核心を容赦なく突き刺してくるサラ。思わず言い返しはしたけど、僕の額からはとめどなく汗が流れ落ちてきている。彼女の言葉に対して図星だと、心のどこかで解っていたから。


「そうなの? じゃあ謝りに行きましょう。自分が傷つきたくないんじゃなくて、ジェニーちゃんと仲直りしたいって目的があるなら。後はもう謝るだけよ。違う?」

「違、わない、けど……」


 サラの言っていることは、間違いなく正論だ。ジェニーと仲直りしたいなら、謝りに行くしかない。それ以外に、手段なんてあり得ない。一人で昔のことがあったから、なんてボヤいていても、何も変わりはしないんだから。

 だけど、解ってても、僕には、そんなこと……。


「……大丈夫よ、ノア。貴方ならできるわ」


 するとサラは、僕のことを抱きしめてくれた。彼女の温かい体温が伝わってきて、思わす息を吐いてしまう。


「貴方ならできる。一歩踏み出す勇気を持って。それだけで、世界は変わるわ。何も難しいことなんてない。世界って、思ったより単純なのよ? だから、大丈夫よ。ゴンちゃん程は頼りにならないかもしれないけど、それでも、私がついてるから」

「サラ……」


 続けられたサラの言葉に、僕はいつの間にか、瞳から雫をこぼしていた。厳しいことを言っていた彼女だけど、それは僕ならできるって信じてくれていたからだった。


「どうして、君は、僕に、こんな……?」

「貴方が好きだから」


 そしてはっきりと、彼女はそう言った。僕が好きだから、と。


「覚えてる、ノア? 今年の初めに学級委員長に立候補した私を、貴方が後押ししてくれたの」


 言われて思い出したのは、今年の初めに彼女が学級委員長に立候補した時のこと。今後の進路の為に役に立つと多数の立候補が出ていた中で、僕は彼女を推した。それはよく覚えている。


「確かに、僕は君を推薦したけど。それが一体……?」

「あの時貴方は言ってくれた。『見えないところで頑張ってくれてる彼女が良い』って。私がこっそりやってた掃除や先生のお手伝い、全部見ててくれたんだよね」


 そう言えば、そんなことを言った気がする。サラは学級委員長に立候補する前から、立派だった。誰に褒められる訳でもないのに、みんなが汚した教室を率先して掃除したり、先生のお手伝いをしたり。誰もができるけど面倒くさがるようなことを、彼女はずっとやっていたのだ。僕はそれに気が付いただけだった。


「そう、だけど。別に君のしてたことなんて、他のみんなだって……」

「うん。他にも気づいてくれてた子はいたわ。その子達の力もあって、学級委員長になれたんだから。でもね、最初に声を上げてくれたのはノア。心の中ですごいなあって言うだけじゃなくて、私の頑張りを認めて、それをみんなに広めてくれたのはノアだけなのよ。その時に、私は感じたわ。貴方は人の良いところを見つけて、それをちゃんと認めてくれる人なんだって。それだけよ」


 だから。とサラは続ける。


「次は、私が貴方を手伝う番。謝りに行けないのなら、一緒に行くわ。例えジェニーちゃんが許してくれなくたって、頑張ったノアのことを私はちゃんと知っている。貴方は誰かを認められる人。なら自分のことだって、失敗だって認めて、受け入れられるわ。ただちょっと、勇気が足りないだけ」


 いつの間にかサラは、掴んでいた僕の手を両手で握っていた。優しく、でも力強い、そんな手で。


「貴方は今からだって幸せになれる。私と歩き出しましょう、ノア」


 サラのその手に、その顔に、僕は撃ち抜かれた。彼女の瞳が、僕を捉えて離さない。そして僕に、離れる気はなかった。


「サラ……ッ!」

「きゃッ! の、ノア?」


 僕は彼女を抱きしめた。強く、でも大切に。彼女が握ってくれた手と、同じくらいの気持ちを込めて。


「……そうだね。ここで落ち込んでる奴が、男な訳ないじゃないか。君もいてくれるっていうのにさ」


 僕はサラから身体を離すと、彼女を真っすぐに見た。心は、決まった。彼女が導いてくれたから。だから。


「一緒に来てくれ、サラ。僕はもう、悩まない」

「ええッ! 行きましょう、ノアッ!」

「っと、パパから電話だ」


 二人して決意を固めたと思ったその時に、僕のスマホが震えた。パパだった。さっき出たばっかりだというのに、なんだろうね。

 しかし電話に出たパパの一言で、僕は戦慄することになる。


「大変だノアッ! ジェニーが居なくなったッ!!!」

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