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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Natural
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来訪者

「君たちは……」

「あっ、初めまして!ぼくは『テオ』!テオ………テオって呼んでください」

「お、おう……」

 ナナシガリュウのそばまで近寄った多分、ユウと同じ年頃の少年は食いぎみに自己紹介を始める。若干、何か躊躇するような素振りが気になったが、その勢いにナナシは気圧されて何も言えなかった。

 ぎこちない二人のやり取りを眺めながら、ゆっくりと歩いていたもう一人の女性が、少年のすぐ後ろで立ち止まる。

「私は『マリア』……よろしくね」

 その声は先ほど獣を追い払った時に聞こえたものと同じ、つまりこのマリアが先ほどの氷柱を放ったのだろう。

 だが、男として、それよりも気になるのは妖艶なその姿、それを強調する色っぽい立ち振舞い……鼻の下が伸びてしまいそうになるのをナナシは必死に堪えた。まぁ、マスク着けているからどんな顔をしてようと見えないんだけど。

「俺はナナシ・タイラン。さっきは助かったよ」

 ナナシはガリュウを待機状態に戻して、軽く頭を下げた。

 武装を解除し、生身の顔を見せたのも素直に本名を名乗ったのも、それが助けてもらった者の最低限の礼儀であり、彼の直感がこの二人は危険な存在ではないと判断したからだ。

「礼なんていらないわよ。だって、助けなんて必要なかったでしょ?」

「……まぁな」

 確かに不意を突かれたが、あの獣、あの程度の獣では、神凪の技術の粋を集めたナナシガリュウをどうこうすることはできなかっただろう。それはナナシ自身もわかっているが、面と向かって言われると全てを見透かされているようで気分が悪い。ナナシという男は他人のことをあれやこれや分析するのは好きだが、他人が自分のことを探る行為は蛇蝎のごとく嫌っている。

「あの“エハナ”っていうのは強くないんですけど、ずる賢いんですよ。それにグルメ……オリジンズは基本的には食事を取る必要なんてないのに、人間の肉を好んでいて、森の中に迷い込んだ人に襲いかかってくるんです」

「ふーん」

 テオの説明には素直に感心する。ここまでなんとなく降りかかる火の粉を払って来たが、それぞれに自分に襲って来た理由があるのかと思いを馳せた。

「あのラリゴーザもか……?」

「ラリゴーザ………ここではラリーゴって呼ばれています。あれは縄張り意識が強くてそこに足を踏み入れると問答無用で襲って来ます。逆に言えば、縄張りにさえ入らなければおとなしい……危険のないオリジンズですよ。だから地元の人はこの辺りには滅多に近づきません」

「そっか……じゃあ、悪いことしたな……本当、殺さずに済んで良かった……」

 ナナシの心にちょっとした後悔とほっとした気持ちが生まれた。知らなかったとは言え、他人の家に土足で入り込んだ上に、あまつさえ怪我をさせてしまったのだ。これで命まで奪っていたらと思ったら、背筋が凍る……と同時に疑問が湧いて来た。

「ん?だったら、なんで君たちはここにいるんだ?さっきの口ぶりじゃラリゴーザの縄張りだって、知らなかったってわけじゃないだろう……?」

「それは………」

 ナナシの質問にテオは口ごもった。先ほどもそうだが、まるで不必要な情報を渡さないようにしているようだ。

「占いで出たのよ」

 不意を突かれて、戸惑う少年を見かねた後ろのマリアが助け船を出した。

「占い……?」

「そう。この森に行けば、この国を救う救世主に会える……ってね」

「救世主だと……?」

 占いも気になったが、やはりそれよりも救世主という言葉にナナシは引っ掛かった。

「そのことはテオが話した方がいいわ。私もナナシ……あなたと同じ外から来た人間だから……ね?」

「マリアさん………」

 テオはマリアの方を振り向き、不安を目で訴えた。そんな彼にマリアは優しく微笑みかける。

「これはあなたがやるべきこと……あなたの使命よ………」

 口調こそ穏やかだが、その裏には決断を促すような強い意志が感じ取れる。その思いをテオは汲み取って、ナナシの方を向き直した。その目には最早不安などない。

 マリアはテオの肩に手を置き、そっと押し出す。

「今……この島……ツドン島はある人物に乗っ取られようとしてるんです」

「……いきなり……穏やかじゃないな……」

 正直、ナナシはテオの言葉をすぐに飲み込めなかった。ただでさえ何も情報のない島でそれが乗っ取られるなんて言われてもピンと来ない。混乱するナナシの心情を察して、先に進めた方がいいと思ったかは定かではないが、テオは話を続ける。

「この島はグイテール王国という国が治めていて、そのトップ、王は国名にもなっているグイテール家が代々受け継いでいるんです。ナナシさん……さっき、タイランって言いましたよね?」

「ん?あぁ……俺の名字はタイランだが……」

 神凪では名字を聞き返されるのは慣れっこだったが、まさかこんな島でもタイランの名を確認されるとはナナシは思わなかったので驚いた。

「タイラン家が赤い竜の家紋を持っているように、グイテール家は緑色の竜の家紋の家なんですよ」

「マジかよ………」

 またまた驚く……。他にもタイランと同じような家があると知っていたが、まさかこんなところで遭遇するとは……。

 ナナシとしてはそのことを根掘り葉掘り聞きたい気持ちがある。だが……。

「それは……乗っ取るとかの話と関係あるのか?」

「あっ……いや、すいません……ナナシさんがタイランの人間だと知って、つい……」

 ナナシはあえて竜の家紋の話を断ち切った。なんとなく違和感を覚えたのだ。先ほどから彼がひた隠しにするもの……。決してそれはナナシを騙そうとか、陥れようだとか、そういう悪辣な類いのものではない。だから、それをこの話を続けていると、白日の下にさらけ出してしまいそうで気が引けたのである。

「では、話を戻して………今のグイテールの当主は『セルジ』という人なんですけど、少し前から病に伏してまして……その機に乗じて、王の補佐であった『ヤクブ』が簒奪を目論んでいるんです」

「よくある話と言えば、よくある話だな……」

「えぇ……当事者からしたらたまったもんじゃないですけど……」

 テオはギュッと拳を強く握りしめる……。その言葉、その態度は一国民のものとは思えなかったが、ナナシはまたあえて見ないふりをした。

「今、セルジ国王は幽閉されています。だからぼくは国王を助け出すための仲間を探しているんです……!国の人間はヤクブの息がかかっている可能性があるので信用できません……だから、外から来た人を……!しかも強くなくてはいけません。ヤクブは国宝でもあるコアストーンも奪って、持っているはずですから……」

「そうか………」

 ナナシもようやくこの島、このグイテール王国が置かれている状況を把握した。そしてこの後、テオが自分に何を求めるのかも……。

 問題はこの国の現状をわかった上での身の振り方、どう行動するか……。

(テオはああ言ってるが、他の国のことだし、俺が勝手に手を出していいものか……しかも俺、今は大統領の息子だしな……特別な意味を持ってしまわないか……?正直、めんどくさいし……はてさてどうしたもんかね……)

 ナナシは腕を組んで、斜め上の虚空を見つめながら考え込んだ。そんな彼を尻目にテオはナナシの予想通りの行動を取る。

「ナナシさん!さっきの天に昇っていった光の柱……ナナシさんがやったんですよね?」

「あぁ……太陽の弾丸ね……」

「やっぱり!あれだけの力があれば……お願いです!ナナシさん!ぼくに力を貸してください!」

 テオの必死の説得。それに対し……。

「うん、いいよ」

「そうですか………って!ええ!?本当に言ってるんですか?」

 あまりに軽い返答にテオは喜ぶべきところなのに戸惑いが勝ってしまい、つい聞き返してしまう。

「あぁ、今の俺は情けないことにどうしたらいいのかわからない状態だから、とりあえず君たちについて行くよ。君たち悪い奴じゃなさそうだし」

「そうですか……ついて行く……今はそれでいいです!ありがとうございます!」

「いえいえ、こちらこそお礼を言いたいくらいだよ」

 ナナシは手を貸すとは明言しなかった。テオもそこに引っ掛かったが、あえて流した。ここでナナシの機嫌を損ねても仕方ないと思ったからだ。そもそも国の命運を握ることを簡単に決めるような奴は信用できない。

 実際、ナナシも心の中ではいまだに迷っていた。

(さすがに片方の意見だけ聞いて決めるってわけにもな……そんなことはないと思うが、今言ったことが、真実かもわからないし……申し訳ないが様子を見させてもらうよ……それに……)

 正直、真剣なテオにこんな気持ちでついて行くのは悪い気がしたが、それでも彼について行こうと決めたのには理由がある。

(俺がこの島に来た理由を聞いてこなかった……わかっていたんだ!俺が、神凪の人間がここに来るのを!それができるのはトクマさんを知っているから……!タイラン家のことも、ラリゴーザの名前のことも多分、あの人に聞いたんだろ。いきなり大当たりだ!俺って本当にラッキーボーイだ!)

 ナナシは今までの会話でテオがトクマと接触していることを確信した!だから、彼について行くことがナナシ本来の任務を達成することにもなると思ったのだ。

 ナナシのテンションがぐんぐんと上がって行く!

「よし!そうと決まれば、善は急げだ!………ってどうするの?」

 テンションが急降下する……。いくらやる気があってもナナシはここでは来訪者、お客様なのだ、何をやるにしても主導権はテオにある。

「とりあえず、近くの村に行きましょう。そこで詳しい話は……ここからなら日が暮れるまでに着きますよ。ついて来てください」

 テオはそう言うと森の中を迷いなく進んで行く。ナナシとマリアがその後を追う……おしゃべりしながら。

「あんたもテオに頼まれたのか?」

「えぇ、そうよ」

 他愛もない会話……に思えるが、実際はナナシは警戒心を持って探りを入れている。

(外から来たって言ってたけど……そんな簡単に来れる場所じゃないだろ……それにさっきの氷柱……)

 先ほどのマリアの発言がナナシの心に疑心を生んだ。さらにナナシの窮地を助けた攻撃にも違和感があった。

「さっきの氷……あんた氷を使うのか……?」

「えぇ、私は氷のストーンソーサラー……と言っても護身程度のことしかできないけどね……」

 マリアは指輪に取り付けられた青いコアストーンを見せた。しかし、ナナシはそれを見ても納得しない。

「ふーん……ストーンソーサラーね……」

「そう、ストーンソーサラーよ……」

 ナナシは彼女の秘密に気づいている。だが、テオにやったようにまたあえて気づかないふりをした。これも助けられた恩に対しての彼なりの誠意なのであろう。

 一方のマリアも彼が自身の秘密に気づいていることに気づいている。しかし、彼女にとってそれはどうでもいいことなのだ。あくまでそのことを秘密にしているのはちょっと都合がいいくらいのことでしかないのだから……。

 それ故、二人は暗黙の了解でそれ以上そのことに触れることはなかった。

「ナナシさん!マリアさん!置いて行っちゃいますよ!」

 いつの間にかテオがずいぶん先まで進んでいた。ナナシとマリアは一瞬お互いの顔を見合わせ、少年に駆け寄った。


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