出発
「なーんで、受けちまったかなぁ……」
ホテルでの話し合いから三日後、ツドン島の出発の日にナナシは、とある倉庫の中で激しく後悔していた。
「あれだけカッコつけて啖呵を切ったのに、今さらそんなこと言うなんて……情けなさ過ぎますよ」
見送りに来たマインが叱責する。ナナシだって自分の言っていることのみっともなさはわかっている……わかっていても、言わずにはいられないのだ。
「だってよ………まさか、あんな……」
「ナナシ、最終確認だ来てくれ」
「ちっ………」
泣き言を影法師に中断された。彼に促されるまま、後をついて行くナナシ。相も変わらず装着したままの黒いピースプレイヤーの背中を恨みを込めて睨み付ける。
「よし……じゃあ、これで最後だからちゃんと聞けよ。聞いてなかったで困るのは君だからな」
「はい………」
影法師はあるものの前で立ち止まり、ナナシの方を振り返ると、ツドン島上陸作戦の確認を始める。
その妙にテンションの高い口調が、ナナシに子供の頃、イベント事で張り切って、偉そうに指示する嫌いな体育教師を思い出させて、さらに苛立たせた。
「では、まず君にはこの戦闘機に乗ってもらう」
「あぁ………」
影法師は親指で、自身の後ろにある流線形で灰色のカッコいい戦闘機を指差す。なんか自慢げなのがまたムカつく……。
「そうだな………灰色だから………君の仲間のシルバーウイング君に習って、グレイウイングとでも名付けようか?」
「名前とか、どうでもいいから……」
本当にどうでもいい。あんまカッコ良くないし。
「操縦が不安……?大丈夫!全部、自動!フルオートでやってくれる。君は座っているだけでOKだ!」
「テレビショッピングかよ。つーか、なんかホテルの時とキャラ違くね?」
もしかしたらこの影法師の中身は紅茶を淹れてくれた人とは別人なのではと疑う。マインもナナシの後ろでうんうんと頷いて同意の意思を示す。
けれど、自分を訝しんでいる二人の姿など絶好調の影法師の眼中には入らないようで、まったく意に介さず話を続ける。
「だが、こいつが一番すごいのはスピードだ!ツドン島周辺の空を飛んでいる凶暴なオリジンズもこいつには追い付くことなんてできない!!」
フンと鼻息荒くまくし立てる。本当に別人な気がしてきた。
ナナシのテンションは彼とは逆に下がりっぱなしだが、正直、ここまでの話は何ら問題ないように思える。
そう、彼がこの任務を受けたことを心から後悔したのは、この後の話を聞いたから……。
「そして、超高速飛行でツドン島を通りすぎる瞬間!タイミング見計らって、コックピットからダイブ!これでツドン島に無事到着ってわけだ!」
「無事到着……じゃねぇだろ!?おかしいだろ!?そんな猛スピードで飛ぶ飛行機から飛び降りろって!正気の沙汰じゃないよ!?」
ナナシの溜まっていた鬱憤が爆発する!普通の人でも……普通の人はこんなことしないが……問答無用で拒絶する内容だが、ナナシの場合はネクロ事変の折、オノゴロ突入の際の苦い経験がさらに頑なにさせていた。
「安心しろ!神凪のパラシュートは優秀だ!地面まで優しくエスコートしてくれる!」
「そのエスコート中に、凶暴なオリジンズとやらに襲われたらどうするんだ……?」
「……………頑張って、迎撃してください………」
「つまりほぼノープラン……俺任せってことじゃねぇか!人の命がかかってんだぞ!?もっと頭使えよ!!」
怒りのボルテージがぐんぐん上がっていく!それも致し方ないと思えるほど影法師の説明は確かにひどい……。
そんな適当極まりない影法師を責めるナナシの頭にふとある疑念が過った。
「……もしかして……トクマさんってツドン島に着く前にダイブに失敗しただけなんじゃ……」
「…………………」
「黙るなよ!」
もしナナシの考えが正しかったら、とんだ茶番である。しかし、本当のところは行って見ないとわからない。それを影法師も理解しているからタチが悪い。
「全ての答えはツドン島にある!おれに言えるのはそれだけだ!」
「……そうなんだよな……」
ナナシ自身本気で後悔しているし、色々文句を言っているが、ツドン島には行くつもりだった。その理由も影法師は理解しているから本当に本当にタチが悪い。
「マサキほどの男が頭を下げてまで、頼んだことを無下にはできないよな……?」
「うっ!?」
ナナシ的には世話になったマサキへの恩返しのつもりでこの任務を受けたのだ。心の奥では彼の親友のトクマを必ず連れ帰るという強い決意の炎が静かに燃えていた。そして、もう一つ……。
「あれだけの啖呵切ったのに、ここでやめるとかカッコ悪すぎるよなぁ……?」
「この……!?」
影法師に言われなくてもわかっている……というか、さっきマインに同じこと言われたばかりだ。
けれど、影法師の煽りにも似た激励……きっと多分絶対激励によって、ナナシの覚悟も決まった!………半ば自棄だが。
「あぁ!もうわかったよ!行けばいいんだろ!行けば!」
「あぁ!その通りだ!」
「準備はできているんだろうな!」
「勿論!いつでも行けるぞ!」
「よし!」
ナナシが右手を、正確には右手首にくくりつけられた赤い勾玉を力強く突き出す!
「こうなりゃ、自棄だ!ナナシガリュウ!!」
ナナシの声に呼応し、勾玉が輝く!そして光とともに赤い竜を模した機械鎧がナナシの全身に装着されていった!パイロットスーツの代わりにガリュウを着て、戦闘機に乗り込むのだ。
「マイン!」
「はい」
「前も言ったが、ネクサスを頼むぞ……まぁ、君なら心配ないだろうけど……」
「むしろナナシさんがいない方が余計な手間かからなくて、楽なぐらいですよ」
「それは言いすぎ」
「ですね。すぐに……無事に戻って来てください」
「おうよ」
マインと冗談を言い合うと、戦闘機……影法師命名グレイウイングに後ろ髪を引かれながらもナナシガリュウは乗り込んだ。
「よし………座り心地は悪くないな……よっと」
ウィーン………
ナナシがシートに座り、ボタンを押すとキャノピーが閉まり、すぐさま戦闘機は動き出した。
『さっきも言ったが、操縦はフルオートだ。君は景色でも楽しんでいればいい』
「わかってるよ………」
影法師の通信にふてぶてしく返事をする。二人が会話している間もグレイウイングは動き続け、外に出て滑走路の目の前まで来ていた。
「ふぅ……さすがに緊張してきたな……」
コックピットの中でついつい貧乏ゆすりをしてしまう。なんてったって初めての経験……できれば二回目はあって欲しくないが……。
そうこうしているうちに、グレイウイングはついに滑走路にたどり着いた。
『テイクオフのカウントダウンを始めるぞ!………十……九………』
「もう発進かよ?情緒もへったくれもありゃしないな」
ナナシの愚痴を無視して、グレイウイングは徐々に加速していき、それに比例してナナシガリュウの紅の装甲に重力がかかる。
『五……四………』
「まさしく、ここまで来たら、なるようになるって、信じるしかないな……よし!」
ガン!
左手のひらに右拳を打ち込み、気合を入れる!今の相棒グレイウイングもその意志を汲み取ったように、さらにさらにスピードを上げて行く!そして……。
『三………二………一………テイクオフ!』
「ナナシガリュウ!グレイウイング!行くぜ!」
ブオッ!
「うおっ!?」
中の人のカッコつけ損ねた間抜けな声をエンジンの轟音でかき消して、巨大な灰色の機械鳥は澄み渡るような青い空へと羽ばたく。
「ナナシさん……どうかご無事で……」
「頼んだぞ……ナナシ・タイラン………」
見送りのマインと影法師の目からその灰色の翼はすぐに見えなくなった。




