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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nocturne
92/324

エピローグ:グノス帝国

 『グノス帝国』――自然に囲まれ風光明媚な国……と言えば、聞こえがいいが、実際は建国以来、狂暴かつ強力なオリジンズによって被害を受け続けるという神凪とは対照的な歴史を辿った国である。

 それ故に国の中心に千年以上鎮座する皇帝の居住地であり、一度もオリジンズや他国の攻撃を受けたことのない『ヤルダ宮殿』は国民にとって誇りであり、拠り所であった。

 そんな由緒ある宮殿に似つかわしくない、よく言えばワイルド、悪く言えば品のない男が一人……。

「はぁ~すげぇな………目に映るもの全てが全部めちゃくちゃ高そうだ……」

 俗物極まりない発言を恥ずかしげもなくしながら、傭兵ダブル・フェイスはキョロキョロと宮殿内を物色している。

 彼を先導している人物はそんな下品な男を苦々しく感じていた。

「たかが傭兵、されど傭兵……お前が自分の職業にプライドを持っているなら、もう少しでいいから、品良く振る舞えないか……?」

 仮面を外し、素顔を晒しているネジレだったが、当然、見た目が変化したからと言って中身が変わるわけではなく、相も変わらず傲慢なまま……嫌味ったらしく傭兵に注意する。

「悪い、悪い……でも、誰だってこんな素晴らしくて美しい宮殿に来たらテンション上がっちゃうって。だから、勘弁してくれよ、ネジレ」

「ふん……まぁ、確かに傭兵ごときが易々と来れるところではないからな」

 あからさまなお世辞だったが効果は抜群だったみたいで、ネジレの機嫌があっという間に直った。

 彼もまた多くのグノス帝国臣民と同様にこの宮殿を誇りに思っているのだ。

「だが、陛下の前では慎めよ。俺としても宮殿に入れるのはともかく、お前らのような下賎な輩を謁見なんてさせたくないのだがな……」

「はいはい……雇い主様にそこまで言われたらさすがの俺もちゃんとしますよ」

 依頼主の要望を聞くのが傭兵というもの、ダブル・フェイスは言葉こそ軽いが素直にネジレに従うつもりだった。

 また同時に、人を小バカにした態度しか取れないと思っていたネジレがそれほどまでに崇拝する陛下とやらに興味と、そこはかとない恐怖が湧いてきていた。

「お前もわかっているんだろうな、コマチ?」

「あぁ……わかっているさ……」

 最後尾でついて来ているコマチにもネジレは念押しする。内心では傭兵よりもコマチの方を敬愛する陛下に会わせたくないと思っていた。

「お前のような恥知らずを許してくださる陛下の懐の深さに感謝するのだな」

「あぁ………」

 ネジレの嫌味をあっさりと受け流すコマチ……というより心ここにあらず、耳に入ってすらいない。

 陛下との謁見に、この場にいる誰よりも緊張しているのがこのコマチなのだ。

「あんまり意地悪言うなよ、ネジレ。せっかく戻ってきたんだからさ。ねぇ、ナンバー01……」

 突然、彼らの前にネジレと同じく長く尖った耳を持ち、性別を超越したような美貌を持った人物が現れ、会話に入って来た。

 内容は一見すると、コマチを擁護しているように聞こえるが、その裏には侮蔑の感情が隠れている。

「君は……確かナンバー……」

「おっと、わたしも自分で名前をつけたんだ。陛下から賜ったピースプレイヤーから拝借して、『ガブ』と名乗っている。これからはそう読んでくれ、ナンバー01」

 自分は名前で呼んで欲しいのにコマチのことは番号で呼ぶ……。ネジレに負けず劣らずの嫌な奴だ。

「ふん。ガブ、お前は今日は関係ないだろう」

「いやいや、ネジレ君の晴れ舞台を見ないわけにはいかないでしょう」

「ちっ……口から出任せを……」

 同族嫌悪なのか、ネジレもガブのことを嫌っているようで、敵意丸出しで牽制する。

 それはガブも同様のようでネジレの十八番を奪うような嫌味で返答した。二人はにらみ合い、更なる醜い争いを繰り広げようとした、その時。

「あぁ~なんかぎすぎすしてるところ悪いけど、ここで嫌味合戦して、その結果、君たちの尊敬してやまない皇帝陛下を待たせてることになってもいいのかい?」

 見るに耐えないやり取りに痺れを切らした傭兵が先に進もうと促した。とてもじゃないが、こんな下らないことに、これ以上は付き合ってられない。

「ふん、お前の意見を聞くのは癪だが……確かにこんな不毛なやり取りで陛下を待たせるのは忍びない……ついて来たければ、ついて来るがいい」

「了解~」

 目線を外し、再び歩き出したネジレにガブがついて行く。そこからは何の会話も無しに……。

(言い合いも嫌だが、沈黙はもっと嫌だな……いっそのこと、殺し合いで決着をつければいいのに……つーか、仲悪いのに付き合わなきゃいけないなんて、これだから組織とか嫌なんだよ!)

 重苦しい空気の中、傭兵は自分の言ったことを後悔した……というより彼らのことが理解できないから不愉快なのだろう。

 誰よりも自由と自分を愛する彼にとっては忠誠心とか、嫉妬心みたいなものとは無縁であり、我慢するなんてこの世で最も嫌いな言葉なのだ。

 そんな自分さえ幸せでいればいいとか思っている彼の不満は解消されることなく、しばらく嫌な空気を纏いながら、大の大人四人が目線を合わせずに歴史ある宮殿をひたすら歩き続けた。



「着いたぞ、気を引き締めろ」

 ようやく謁見の間の大きな扉の前に到着し、ネジレが最後の釘を刺す。先ほどまでのムカつくにやけ面は鳴りを潜め、緊張を隠しきれていない。

 それはガブもコマチも、そしてあの緊張とは無縁そうなダブル・フェイスも同様だった。扉の奥から妙なプレッシャーが各々の恐怖心を刺激していた。

「ふぅ……では……行くぞ!」


ガゴッ…………


 実際の重量よりも重く感じる扉をネジレが開く。謁見の間は天井にいくつものガラス窓があり、そこから差す太陽光が歴史ある内装を照らし、荘厳で幻想的な空間を作っていた。

 その一番奥、横に従者を従え、部屋全体を見渡すように一段高い場所に大きな椅子、所謂、玉座に妖艶な女性が座っていた。

 彼女こそ、このグノス帝国の皇帝である。

「『ラエン』皇帝陛下、お久しぶりです。ただ今ネジレ戻りました」

「うむ、ご苦労………」

 ネジレが跪くと、ガブとコマチもそれに習った。最後に慌てて傭兵が周りの真似をした。けれど、その不恰好さが皇帝の目に止まってしまった。

「その者か………役に立つ男とは……?」

 傭兵のことを質問するラエン皇帝……。なんてことのない問いかけだが、一言一言に重みがあり、部屋の空気がみるみる張り詰めていった。

「はい……性格はともかく腕は確かです」

(性格はともかくってなんだよ!?………って突っ込みたいところだけど……)

 さすがの傭兵も皇帝という地位と、ラエン自身の持つ威圧感に、いつもの傍若無人ぶりを自重した。本音をぐっと飲み込み、改めて頭を下げる。

「ご紹介に預かったダブル・フェイスです……以後、お見知りおきを……」

 ただ意外だったのはその行為自体ではなく、その立ち振る舞いがさっきまでの不恰好が嘘のように気品に溢れていたことである。

 その様になった姿にネジレは安堵を越えて驚きを感じてしまう。皇帝も彼の態度に満足したようで、笑みを浮かべて頷く。

「最低限の礼節も弁えているみたいだな……期待しているぞ、ダブル・フェイス」

「はっ、その思いに応えられるように粉骨砕身、精一杯励ませていただきます」

(ちっ………)

 ネジレは心の中で舌打ちした。予想よりも傭兵が皇帝陛下に気に入られたことが気に入らないのか、最後の最後で調子を取り戻し、いつもの軽い口調で心にもないことを口にした傭兵に不快感を覚えたのか、はたまたその両方か……。

 そんな忠臣の心のざらつきなど露知らずラエン皇帝の視線は次の者に移る。

「そして……久しぶりだな、ナンバー……いや、今はコマチと名乗っているのだったな」

「はい……恥ずかしながら戻って参りました……」

 優しく穏やかな言葉……表面上は。その裏には怒りと侮蔑の感情が隠されている。

 繊細なコマチは当然、その裏の感情を察し、恐怖心を必死に抑え込んで答える。部屋の空気がさらに重く息苦しいものに変わっていく……。

「皇帝たるもの、寛容さを持ち合わせていないといけない……わかるな、コマチ」

「はい………」

「だから、わらわはお前を許そう」

「ありがとうございます……」

「だが、一度だけだ……ルールを破った者には厳罰を与える……それも皇帝の役目だからな………」

「……承知しました……」

「頼んだぞ」

 温かい言葉とは裏腹に皇帝の目は冷たく、コマチを見下し、威圧している。心の奥底ではコマチを許しても信じてもいないのだろう。むしろ、彼女が人を信用していたことなど生まれてから一度もないのかもしれない。

 その光景にネジレは曲がっていた機嫌を直す。彼としてもコマチの存在と行動は許せるものでは到底なかった。傲岸不遜な彼だが、唯一ラエン皇帝に対しては絶対かつ純粋な忠誠心を持っている。

 そして、ついにお待ちかねの彼の番、皇帝がネジレに声をかける。

「ネジレ」

「はい」

「任務を遂行しただけでなく、よくぞこれだけの手練れを連れて帰った……褒めて遣わすぞ……」

「もったいないお言葉……」

 ネジレが皇帝の言葉を噛み締める……。この一言のために彼は身を粉にして働き、多くの命を犠牲にしてきたのだった。

「お前の忠誠心に言葉だけと言うのは皇帝として度量が疑われるな……あれを……」

「はっ」

 献身的な忠臣に更なる褒美を与えようと、ラエン皇帝は横にいた従者に何かを指示する。

(さてさて……一国の主が与える褒美ってのは……ん?)

 がめつい傭兵が目を輝かせるが、すぐに光を失う……それは彼の望むものではなかったからだ。

 従者はワインとグラスを取り出し、グラスを皇帝に渡し、そこにワインを注いでいく。そして、その真っ赤なワインに……。

「お前にはわらわの……皇帝の高貴なる血をくれてやろう」

 皇帝は自らの指の腹を歯で噛みきり、そこから流れる血を一滴ワインに垂らした。

「さぁ……これを………」

「あぁ……そんな……そんな私ごときが皇帝陛下の血を……」

 ネジレは歓喜に震えながら、一歩一歩ラエン皇帝に近づき、階段を上り、ワイングラスを受け取った。

 その姿をガブは悔しそうに、コマチは憐れむように、ダブル・フェイスは気味悪そうに眺めていた。

「本当に………」

「あぁ、お前はそれだけのことをしたのだ……ネジレよ……」

「今が……我が人生最良の瞬間です……では……」

 ネジレが一気にラエン皇帝の血液入りのワインを飲み干す。もっと味わうつもりが、ついつい我慢できなかった。

「ふぅ…………」

 身体の中に皇帝陛下の血が染み渡ることを想像して、ネジレは恍惚の表情を浮かべる。

 傭兵は皇帝に見えないように横を向き、うげぇ~と舌を出した。

「これからも頼りにしているぞ、ネジレ」

「はっ!必ずや、ご期待に応えて見せます!」

 そのやり取りは言葉こそ堅苦しかったが、会話を交わす二人の雰囲気は王と忠臣というより、母と子のようだった。

 とにもかくにもこれで一連の儀式が終わる……はずだった。


ガゴン!


「皇帝陛下!!!」

「『ジェニング』殿!お待ち下さい!?」

 突如として、扉が開き、二人の老人が入ってきた。正確には一人の老人、ジェニングを片方が必死に止めている。

(コマチ……あいつ誰だ?)

 傭兵が小声でコマチに予期せぬ来訪者の正体を聞く。グノス帝国臣民ではない彼には馴染みがないが、彼らのことはこの国の人間ならば、皇帝と同じかそれ以上に知っている。

(ジェニング大臣と『アドラー』副大臣……この国の政治を司るツートップだよ)

(へぇ………お偉いさんか……)

 傭兵が身構える。大臣が王様に怒鳴り込みに来るなんてよっぽどのことだろうから……もしかしたら自分の命運を左右するかもと心がざわつく。

(さてさて、修羅場か?どうなるのかね?退屈で気色悪い儀式の余韻を吹き飛ばしてくれよ)

 いや、訂正、単純にワクワクしていただけだった。あくまで彼にとってグノスは仕事の依頼主の一つでしかない。潰れれば別のところを探せばいいだけ、その程度の存在なのだ。

 一方、この国に、ラエンに尽くすために生まれたネジレとガブは気が気じゃない。いつでもジェニングに手を下せるように気を張っている。

 そして様々な思惑が交差する中、皇帝と大臣の問答が始まった。

「どうした?ジェニング……そんな怖い顔をして?」

 他の者たちと違いラエン皇帝はこうなることを予想できていたようで、驚いた様子も警戒した様子もない。ただ淡々と話を進める。

「嘆願です!どうか、皇帝陛下!神凪への侵攻をお止めください!!」

 部屋中に響き渡るジェニングの声……。しかし、一番聞いて欲しい人には届かない……。

「何を言っているのだ?神凪を手に入れることはグノス帝国建国以来の夢だろう?」

 彼女の言っていることは正しい。歴史上何度か、グノスは神凪を手に入れるために攻め込んだことがあるのだ。

 ただし、時代は流れ、そんな夢を今も持っている国民はほとんどいないし、そもそも、もうそんな必要性もない。

「それは過去の話です!かつてはオリジンズ災害の大きかったグノスは、災害の起きにくい神凪の土地を欲しました……けれど、今はあなたとあなたの子供たちがいます!あなた達の力があればどんなオリジンズが来ても問題ないはず……!実際、あなたが皇帝についてから大きな災害は起きてないでしょう!?」

 ジェニングの言葉にアドラーとコマチが心の中で頷いた。ラエン皇帝がやろうとしていることはこの国に何の利益ももたらさない……いや、むしろ、害しかない。

 けれど、ジェニングの至極まっとうな提言はラエン皇帝には歪んだ形で伝わってしまう。

「ふっ……ならば、それだけの力を持ったわらわ達なら神凪を落とすのも造作もないことだろう?」

「なっ!?」

「前皇帝は裏から手を回し、鏡星をけしかけるなんて姑息な手段を取った挙げ句、ハザマやムツミ・タイランなどグノスにとって厄介な人物を台頭させることになった……やはり、誇り高きグノス帝国の戦いは正面から圧倒的力で歯向かう者全てを叩き潰す!……これに限る」

 部屋の中でラエン皇帝とネジレ、ガブだけが微笑んでいた。他の者は絶句する。それはそうだろう、だって……。

(会話成り立ってねぇじゃん。あのジジイが聞いたのは戦う理由で、勝てる理由じゃないっての。マジいかれてんな、あの皇帝……)

 傭兵も心の中では笑っていた、あまりの皇帝の意味不明さに。しかし、それを表情に出しては不敬にあたると思い、必死に感情を押し殺す。

 悲しいかな、これまでずっと傭兵よりも長い間、我慢を強いられてきたジェニングにはそれができなかった。

「ふざけるなぁ!!!その前皇帝に拾われておきながら、皇帝を殺し、帝位を奪った簒奪者がぁ!!!王家の血どころか、グノスの血すら入っていないお前が皇帝を名乗るなど、片腹痛いわ!!!」

 長年、溜めに溜めた鬱憤がマグマのように噴き出す!ジェニングはラエンを皇帝だとは認めていない………が、それでもこの国に利益をもたらすならと、この国の安寧が続くならとずっと耐えてきた。自分が忠誠を誓ったのはこの国だからと。

 だがしかし、今回の一件はグノス帝国自体の存亡に関わること、言わずにはいられなかった。例え、命を失うことになっても……。

「こいつ!?」

「貴様ぁ!?」

 臨戦態勢だったネジレとガブが牙を向く!一国の大臣を手にかけるなど、大罪にも程があるが、彼らは迷いはない。ジェニングとは逆に彼らの忠誠心はラエン皇帝個人にだけ向けられている。それを侮辱する奴は万死に値するのだ。

 しかし、幸か不幸か彼らが手を下すことはなかった……。


ザシュ………


「がはっ………!?」

「グノスの大臣たるものが……口は災いの元……と言うだろう……?ジェニングよ……」

「ジェニング殿ぉぉぉぉぉ!!?」

 一瞬……本当に一瞬でラエン皇帝は玉座からジェニングの背後に移動し、手刀で胸を貫いた。

 即死であろうジェニングは力なく床に倒れ、長年の友を目の前で失ったアドラーはその場でへたり込んだ。

「ふん、バカな奴め……おとなしくしていれば、いい思いをできたものを……」

 汚いものを触ってしまったと宣伝するように、手を振り、ジェニングの血液を払うと、今度はアドラーの方を向いた。

「これからはお前がグノスの政治のトップだ、アドラー大臣」

「わ、私がですか……?」

「あぁ、受けてくれるな……?」

「………はい……ありがたく……」

 はからずも出世することになったがまったく嬉しくない。むしろ、この皇帝の治める国で地位を持つというのは罰ゲームに近いのではないかとアドラーは思った……思ったが、当然、口には出さない。そんなことをしたら目の前の友人のようになるのはわかりきっていた。ただでさえこの暴君は自分をジェニングを止められなかったという理不尽な罪で糾弾するかもしれないのだから……。

「最初の仕事はこの死体の片付けだ。最後にやらかしたが、長年大臣として勤め上げた男だ、丁重に扱え」

「はい……」

「それに、ちょうどいいからその男を神凪への侵攻の理由付けにするからな」

「神凪への……?」

「質問を許した覚えはないぞ……」

「――ッ!?………申し訳ありません……すぐにご指示通りに……」

 友人の死体を殺した相手から友人の遺体を片付けるように命じられる屈辱、それを友人が最も恐れていた行為に利用しようとすることへの義憤……その全てをアドラーは飲み込んだ……。今は耐えるしかないと自分に言い聞かせて……。

「色々とトラブルもあったが、此にて謁見は終わり……わらわは部屋に戻るぞ」

「はい!」

 玉座の横にいた従者が冷や汗をかきながら、慌ててラエンの下へ走り出した。彼らもアドラー大臣と同様恐怖心でこの暴君に付き従っているだけなのだ。

 そして、そのままラエン皇帝は謁見の間から出て行ってしまった。

「では、わたしも………」

 続いてガブが歩き出す。途中、ジェニングの横を通りすぎたが、ガブは彼をまったく気に止めなかった。

 ガブにとって自分とラエン皇帝以外は何の価値もない。ましてやすでに死んでいる者など、ただの道端に落ちているゴミでしかないのだ。

「やっぱ、組織とかクソだな。マジで長年尽くして、最後にこれってあり得ねぇ~。つーか、皇帝陛下めちゃくちゃ強いな。俺でも何をやったかわからなかったぞ」

 ラエン皇帝とガブを見送ったダブル・フェイスが大きな独り言を呟いた。堅苦しくて、重苦しい雰囲気におしゃべりな彼の我慢も限界だったようだ。内容もとてもじゃないが皇帝陛下の前で言えるようなものではない。

「そうだ、傭兵、お前がどれだけ強かろうとラエン皇帝陛下には敵わない。だから、変な気は起こすなよ」

 ネジレが誇らしげな顔をしながら、優しく傭兵に釘を刺す。多分、普段の彼だったら、もっと高圧的な態度を取るところだが、大好きな皇帝陛下に褒められたり、皇帝の血液入りワインを飲めたりしてご機嫌なのだろう。

「それでは、我らも戻ろう……コマチもな」

「あぁ……」

 ネジレに促され、ここに来た時と同じように彼と傭兵の後を黙ってついていくコマチ……しかし、その胸の内には熱い決意の炎が燃えていた。

(もうグノスと神凪の衝突は止めることはできない……もうぼくにできることなんてないのかもしれない……だから、ぼくは自分のやりたいようにやる……自分のことを好きだって言えるように……君に教わったようにね、ナナシ……!)

 それぞれの思いを胸にネジレたちも謁見の間から去って行った。

 残ったのはこの国の将来を最後まで憂いていた老人の死体と、今も憂い続けている老人の二人だけだった。


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