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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nocturne
91/324

エピローグ:神凪

「……んん……ここは……?」

 目覚めたナナシの視界に広がったのは、見知らぬ天井。

「よいしょっと……」

 未だ疲れが残り、重い身体をなんとか起こし、ゆっくりと周囲を見回す。

 白く清潔な部屋……その真ん中に陣取っているベッドに自分は寝ていたようだ。

「病院か……そりゃそうか……ネクロの時もそうだったな……」

 ネクロ事変が終わった後も、今と同じように病室で目を覚ましたことを思い出した。そう思うと、最初に目に入った天井も実は見知ったものだったのかもしれない。

「とりあえず……俺の置かれている状況はわかった……知りたいのは他のメンバーのことだ……」

 ナナシの視線がベッドの横に移動していく。そこには見知った顔が気持ち良さそうに寝息を立てていた。

「というわけで、いい夢見ているところ、悪いが、教えてくれるか、マイン……?」

「は、はい!?」

 突然、名前を呼ばれて慌てて起きるマイン!普段冷静な彼女の珍しい姿に不謹慎だと思いながらも、ナナシの顔には笑みが浮かんでしまう。

 マインは髪や服を整えてから、一回コホンと咳払いをして、精神を落ち着けてからナナシに話しかけた。

「おはようございます、ナナシさん。お加減の方はいかがでしょうか?」

 いつも通りの姿に戻ったマインだが、やはり先ほどの残像が残っていて、いまいち格好つかない。

「俺の方は大丈夫だ。特に……うん、問題は感じない」

 腕や腰を回して、自分の健在ぶりをアピールするナナシ。別に強がっているわけではないが、彼女に余計な心配をかけたくないのだ。

 きっと、優しい彼女は他のみんなのことで心を痛めているはずだから……。

「そうですか……良かったです」

 そのアピールが功を奏したのか、マインの表情も緩む。けれども、その目の奥にはナナシ以上の疲れと罪悪感が潜んでいた。

「どれくらい寝ていたんだ……?」

「あっ……待ってください……まだ一日しか経っていませんよ」

 ナナシの質問にマインは再び慌てて傍らに置いてあったタブレットを手に取り、日付を確認した。

「そうか………ネクロの時ほどではないか……成長したってことかな。ガリュウも大丈夫そうだし」

 ナナシは自身の右手首にくくりつけられた赤い勾玉を見つめた。

 ネクロ事変の後、ナナシは二日間眠り続け、ガリュウもしばらくの間使用不能に陥った。しかし、今回はそんなめんどくさい事態になっていないことに安堵する。彼の推測通り、それは成長の証であり、喜ばしいことなのだが、今は手放しでそれを喜べる状況ではない……。

 ナナシの顔から笑みが消え、真剣な面持ちでマインの方に向き直し、聞くのが怖くて仕方ないが、聞かなくてはいけないことを意を決して問いかける。

「で……他のみんなは……?」

 マインが目線を外し、下を向き、太ももの上でギュッと拳を握りしめた。彼女にとってもそれはとても言いたくない、でも言わなければいけないことなのだ。

 そして声を振り絞るように彼女の口から現在のネクサスの状況が語られ始める……。

「まずは……ランボさんは無事です……囚人との戦いで受けた傷はリンダさんに治療してもらっていましたし、シムゴス戦では幸いにも攻撃を受けませんでしたから……今はケニーさんと一緒に各所に今回の件を報告しています」

「そうか……それは良かった……」

 正直、ランボが無事なのはナナシもわかっていたが、こうしてマインの口から確認が取れると安心する。そしてなにより彼女にも自分にもこれから先のことを話すのには覚悟がいるのだと理解しているから、急かすような真似はしたくなかった。

「……休むより、動いていた方が気が紛れるんだろうな……あいつらしい……」

「そうですね……」

 ネクサスの中でも一番真面目で責任感の強いランボの今の心境を考えるとナナシとマインの胸が苦しくなった。

「続いて、蓮雲さんとユウさんも肉体的には無事と言っていいでしょう」

「肉体的……?」

 この二人が無傷なのもナナシはわかっていたが、肉体的という言葉が引っかかった。

 ストーンソーサラーであるユウがその言葉を使われる状況に追いやられているのはガリュウの装着者である彼にはなんとなく想像できたが、ピースプレイヤーである蓮雲に何で………。

「――!?あのデカイ矛か!?」

 ナガタとの戦いの後、クラブの外での蓮雲との会話がフラッシュバックする。

 あの時はお互い急いでいたので、詳細を話すことができなかった謎の武器……。実はクラウチのアジトに向かう間はずっと気になっていたんだが、その後のどたばた……というにはあまりに苛烈な戦闘の連続で完全に失念していた。

「はい、あのなんとかかんとかとか言う武器はコアストーンや、特級ピースプレイヤーと似たような特性を持っているようで、精神的に消耗した蓮雲さんは今は深い眠りについています。ユウさんも同じ状況です」

 淡々と二人の状態を説明するマイン。だけど……。

「なんとかかんとか……ってノーヒントじゃないか……」

「うっ……すいません……トレーラーで一回聞いたぐらいなので忘れてしまいました……」

 肝心の武器の名前をど忘れしているマインを責めるナナシだが、彼もクラブの外でその名前を聞いているのにしっかり忘れているのだから、彼女にそう言う権利はないはずだ。

「まぁ……それだったら大丈夫だろ……今の俺と一緒でそのうち目を覚ます」

「はい、お医者さんも同じ見解です」

 自分でずらした話の流れを自分で戻すナナシ。

 理不尽だが、二人の無事を確認したからこそ余裕の表れか……もしくはこの先の話を聞くのを恐れているのか……。

 そう、問題はここからなのだ。

「アツヒトさんとシルバーウイングはどちらも怪我を負っていますが、適切な処置を受ければ、すぐに元通りになるそうです」

「そっか……」

 ナナシは心の底から安堵する。戦闘中は一見問題なさそうなアツヒトだったが、シムゴスの攻撃を食らっているのだから、実際はもっと深刻な、もしかしたら後遺症が残るような傷を負っていたのかもとナナシは心配していたのだ。

 またシルバーについては修理すれば問題ないとわかっていたが、マインが機械である彼の破損を生き物のように“怪我”と言ったのが、妙に嬉しかった。きっとこのことを知ったら照れながらもシルバー自身も心の底から喜ぶと思う。

 仲間の無事とマインの優しさに触れ、またナナシの表情はほんの少しだが緩んだ。

 そんな彼の顔をマインは眉間にシワを寄せて覗き込む。

「変だと思わないんですか……?」

 何の脈絡もない突拍子もない質問。しかし、ナナシには理解できた、彼女の言わんとすることを……。

「その程度の傷ならリンダの力ですぐに治せるんじゃないか……ってことか……?」

「はい……」

 ナナシもその考えが頭を過ったが、それは不可能だとすぐに察した。彼女の能力は人知を越えたものだが、万能、無限の力ではないことを知っているからだ。

「わかっているさ……アイムの治療で力を使い果たしたんだろう……?」

「……はい……今は蓮雲さんたちのように眠っています………」

 重苦しい空気が病室に漂う。ついに最も知りたくて、知るのが怖いことを聞かなければいけない時が来てしまったのだ。

「……で、アイムの容態は………?」

 絞り出すようにナナシが問いかける。

 正直、あのダメージでは普通に考えれば即死しか考えられない。けれど、リンダの力次第では……今はそんな淡い期待にすがることしかできなかった。

 祈るようなナナシの思いを知ってか知らずかマインは申し訳なさそうに話し出した。

「……アイムさんは……とりあえず命に別状はないそうです……でも意識は……いつ目を覚ますかわからないって……もう二度と目覚めないかもしれないって……!」

 今にも泣き出しそうなマイン……。元々の優しい心根もあるが、彼女は今回の戦いで自分が何もできなかったという無力感に苛まれていた。仲間が傷つき、死の淵に立っていても祈ることしかできない自分を責め、呪っているのだ。

 そんな彼女にナナシは……。

「なんだ、生きてんのかよ。じゃあ、大丈夫だろ。つーか、ヒヤヒヤさせんなよ」

「………えっ?」

 ナナシの口調はあまりにも明るい。しかも空元気というわけでもなく、心から安堵しているようだった。

 予想外のリアクションにマインも戸惑う……いや、むしろ怒る。

「な、何でそんな感じなんですか!?アイムさんのこと心配じゃないんですか!?」

「心配じゃないよ」

「はい!?」

 全然噛み合わない二人……。苛立つマインの気持ちもわかるが、ナナシからしたら、もう全ての問題は解決したのだ。

「だって、アイム・イラブだぜ。あのタフな格闘バカがいつまでも寝ているわけないだろう?」

「あっ………」

 ナナシは信じていた。どんな科学よりもアイムの根性を信頼していた。彼女なら不可能を可能にすると。

「生きてさえいれば、あとは自分でなんとかするさ。そもそもいつ起きるかわからないってことは、明日……いや、もしかしたら今日、目が覚めるかもしれないってことだろ?」

「そ、そうですけど……」

「そうなんだよ!だから!だから……自分を責めるな、マイン……!」

「………はい」

 マインの肩から、胸から、重荷がすっと消えていく。ナナシのポジティブな言葉が彼女を救ったのだ。

 ナナシは普段のネクサスの中では頼りなく不甲斐ない名ばかりのリーダーだ。けれど、リーダーに必要な資質が、周りの人間に夢と希望を与えることだとしたら、ナナシ・タイランは間違いなくネクサスのリーダーなのだ。


グゥ~


「あっ………」

「ナナシさん……」

「安心したら腹が減ってきたよ……」

 間抜けな音に二人の顔が綻ぶ。腹が減るということは生きていることの証。その腹の音はまるで福音のように聞こえた……って言うのはさすがに言い過ぎか。

「ご飯持ってきましょうか?」

「いや、少し動きたい。食堂にでも食いに行こう」

「わかりました」

 そうと決まれば、善は急げとナナシはベッドから降り、軽くストレッチを始めた。

「あっ」

「どうかしましたか?」

 ナナシはもう一人、あの場にいた大事……でもない人物のことを聞いていないことを思い出した。

 正式には勿論ネクサスのメンバーではないのだが、ナナシを初めみんな彼のことを“ほぼ”ネクサスだと思っている彼のことを……。

「そういえば、ネームレスの奴はどうした?」

 一時的に異形の暴走形態に変化したネームレスがどうなったかは同じガリュウの装着者である自分は知っておくべきだろうとナナシは思った。しかし、残念ながら、それは叶わないようだ。マインが首を横に振っているのだから……。

「私たちが行った時にはどこにも……」

「そうか……まぁ、いなかったってことは自分の足で立って歩けるくらい元気ってことだろう……無事なら、それでいいよ」

 そう言いながらもナナシは腐れ縁の金髪に思いを馳せてしまう。

(あんな怪物になったお前は今、何を考えて……)


グゥ~


 腹の虫がナナシをシリアスモードに移行することを許してくれない。ナナシは自分が情けなくなるが、仕方ない。だって、これが、これこそが生きている証なのだから。

「……わかったよ……腹が減ってはなんとやら……」

「戦略の基本で最優先も兵站、食料ですからね」

「だな。んじゃ、行きますか?」

「はい」

 ナナシとマインは食堂に歩き出す。不安が全て払拭されたわけではないし、それを解決する手立てもわかっていない。それでも生きていれば腹が減る。今彼らにできるのはそれを満たすことだけなのだ。

 これまでの戦いの元凶との戦いがまたいつ始まってもいいように……。



「平和だな………」

 ナナシの腹の虫に負け、話を横に置いておかれた男、ネームレスがホテルの一室から街を見下ろして、そう呟いた。ある意味この平和を守った立役者なのだが、その心は平和とはほど遠かった。

(……かすかだが、覚えている……あの害虫との戦いの記憶……俺はまた怒りに飲み込まれて……!)

 また同じ過ちを犯してしまったという後悔、まったく成長していない自分に心底失望する。

(……あの時の俺はただの破壊衝動の塊だった……もし、あの時シムゴスと戦闘になっていなかったら……もしその激情が罪もない市民に向かっていたら……)

 考えただけで背筋が凍った……。

 ネクロ事変の時から彼は市民に被害を出すことに否定的だったが、それに反する行為を、いや、そんな大事なことすら思い出せない状態に陥ってしまった。しかも元凶でもあるシムゴスが、同時に結果として理性を失った自分の蛮行を止めてくれた存在でもあったのが、また彼の心に複雑な感情を生み出していた。

 こんな後悔と自問自答を彼は起きてから、かれこれ小一時間ほど延々と繰り返している。


コンコン………


「レイラか………」

「ご機嫌……は良くはないようだな……」

 ドアをノックする音が鳴り響き、ネームレスがそちらを向くとすでに来客……正確にはこのホテル自体、彼女の持ち物で彼はお情けで居候させてもらっているので、そう言うのはおかしい気もするが、何はともあれレイラは部屋の中に入っていた。

「ノックの意味がわかっているのか……?返事くらい待てないのか……?」

 考え事を中断させられ若干苛立ちながらネームレスは皮肉混じりに応対する。正論を吐かれるレイラだが、まったく意に介していない。

「いや、まさか起きているとは思わなかったんだよ。いきなり意識朦朧の状態で朝帰りしたと思ったら、そのままぶっ倒れて……まったく世話が焼ける居候だ」

「ぐっ!?………迷惑をかけた……」

「別に構わんよ」

 元々テロリストである自分を匿ってもらっているという負い目がある上に、若くして大財閥のトップに立ったレイラの弁舌の鋭さを考えたらネームレスが口で彼女に勝てるはずがないのだ。

 ネームレスはふてくされたように再び窓の外へ視界を戻した。

「お前は考え事をする時はいつもそうやって外を眺めているな……自分を責めている時は特に………」

「………………」

 図星を突かれて、ネームレスは黙ってしまう。彼女は彼を匿ってから何度もこの光景を見ていた。それだけずっと彼は過去を悔い、自分を否定し続けていたということである。

 それでも彼は彼なりに足掻き、前に進もうとした……今回もそうだ。

「レイラ……また頼み事をしてもいいか……?」

「なんだい?何でも言ってくれたまえ」

 窓ガラスに反射したレイラの顔を見ながら、新たな依頼をする。

 彼女には助けられてばかりで、何もリターンを与えていないことを気にしてか、口調も表情も申し訳なさそうだ。

 一方のレイラはバカで不器用な男に尽くすのも、いい経験の一つだと特になんとも思っていない。

「探して欲しい人がいる……」

「ネジレか……?ネジレなら今も動向を探っているぞ……?」

「違う……別の人だ……」

 首を横に振り、レイラの言葉を否定するネームレス。彼の頭には若き日に会ったある男の勇姿が思い浮かんでいた。

「そいつがお前の悩みを解決してくれるのか……?」

「それはわからない……だが、俺はもっと強くならなければならない……精神的にも、肉体的にもな。だから、強い奴に会いに行く。強さとは何かを知っているかもしれない人に……」

 ネームレスの目に僅かだが光が戻って来る。目標を決めたら周りが見えなくなるほど熱中するというのは彼の短所でもあり、長所だった。

 少なくとも今の彼には何でもいいから再び歩み出すためのきっかけと道しるべが必要だ。

「わかった……じゃあ、その人物について教えてくれるか?」

「あぁ……その人は………」


グゥ~……


 真面目な空気が漂い始めた部屋に、間抜けな音が鳴り響く。冷静沈着、強力無比、一流の戦士であるネームレスと言えど腹の虫には勝てないのだ。

「フッ……話は食事を取りながらにしよう。今すぐ用意させる」

「……済まない……」

 窓ガラスに反射したネームレスの顔はいつもより赤みがかっていた。

 思わず吹き出しそうになったレイラだが、さすがに失礼だと思い、必死に笑いをこらえながら食事の準備のために部屋から出て行こうとする。

「…あっ、待ってくれ!」

「……なんだ……?」

「……いや……何でもない……」

「……そうか………」

 出て行くレイラを呼び止め、何かを聞こうとするが、直前でネームレスは思いとどまった。

 結局、そのままレイラは部屋を後にした。ドアの閉まる音を確認してから、ネームレスは空を見上げた。

「……情けないな……怖くて聞けないなんて……アイム・イラブ……どうか無事でいてくれよ……」

 ネームレスは心の底からアイムの生存を祈った。

 ある意味ではネームレスとアイムはネクロ事変からの仲間でナナシよりも付き合いが長い。そんな彼女のことを心配するのは当然のことだ。しかし、その祈りの中には自分の罪悪感を減らしたいという自分本位な願望も隠れていることに彼自身気付いてしまった。

 それがまた堪らなく情けなかった……。


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