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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nocturne
90/324

終奏

「急げ!時間がないぞ!!」

 部屋中に怒鳴り声が響き渡り、それに呼応するかのように多くの人が、忙しなく動き回る。その様子はまるで戦場のよう……いや、そう呼ぶのは実際の戦場で、今現在シムゴスと死闘を繰り広げているネクサスに対してあまりに失礼だろう。

「ムツミ・タイラン大統領、到着しました!」

「「「!?」」」

 その一声で部屋中の視線が一点に集中する。視線の集まったドアが開き、不思議な威圧感を纏った年配の男性が部屋に入って来た。

「挨拶はいい。準備は……?」

 作業の手を止め、敬礼する者たちに仕事に戻るように促す。今は一刻も争う事態なのだから。

「大統領!こちらです!」

 責任者と思われる男が銃のグリップやトリガーがついたような機械の前にムツミを案内する。

「……撃てるのか……?」

 短い言葉で簡潔に質問するムツミ。内心、焦りは感じているが、大統領であり、英雄とも呼ばれてきた自分がそれを表に出せば、皆が不安になると必死に感情を押し殺している。

「……撃てます……!一発だけならなんとか……」

 自信無さげに責任者の男が答えた。断言してみたものの急遽間に合わせだけの突貫工事に太鼓判は押せない。

 それはムツミにもわかっている。責任者の男の肩にポンと手を置き、彼の目を真っ直ぐ見つめながら、穏やかな口調で語りかける。

「ここまで来たら、あとは信じるだけだ、仲間を、そして自分を……」

「大統領………」

 ムツミの手は大きく、温かく、言葉とともに男の芯の部分に熱を伝える。それは周囲で聞き耳立てていた者たちも同じで、その目に力が宿っていく。

 リーダーに必要な資質が、周りの人間に夢と希望を与えることだとしたら、ムツミ・タイランという男は誰よりも優れたリーダーと言っていいだろう。

「大統領!ネクサスからそろそろだと!」

「そうか……」

 女性の作業員から、報告が入る。神凪の命運を決める時が近いと……。

 ムツミは一息つくと、首にぶら下げられた息子とお揃いの赤い勾玉をギュッと握りしめた。

「それじゃあ、行こうか……『ジリュウ』!」


カッ………


 ムツミの身体が光に包まれ、全身に赤い鎧が装着された。

 その姿はナナシガリュウに非常に似ているが、各部は大型化している……正確には当時の技術では小型化できなかっただけなんだが。けれど、それがむしろ後継機で洗練されたガリュウよりもマッシブで、見ようによっては強そうに見える。

「おぉ………これが……伝説の……」

「英雄の降臨だ!!」

 教科書にも載っている生ける伝説を目の当たりにし、その部屋にいるムツミ以外の人間のテンションは最高潮に達する!

 この紅き竜と共に戦えると思うとさっきまでの不安は吹き飛び、勇気が湧いてくる。

「騒いでる暇なんてないぞ!」

「は、はい!」

 はしゃぐみんなをムツミが一喝する!締めるところは締めるのが、優秀なリーダーの条件だ。

「騒ぐのは全て終わった後、勝利を私たちみんなで掴み取った後だ。そん時は写真でもサインでも何でもしてやるよ」

「は、はい!」

 そして、ユーモアを忘れず、リラックスできる空気を作り上げるのも優秀なリーダーの条件。

 余計な肩の力が抜けた作業員がてきぱきと所定の位置につく。

「対閃光防御シャッター、下ろします!」

 外が見えていた窓に分厚いシャッターが降り、部屋の電気も消えていく。リラックスしたはずの空気に再びピリッと緊張感が走る。

「エネルギー充填開始します!」


ゴオォォォォォォォ………


 部屋中に低い音が響き、壁や床が小刻みに揺れる。そんな中ジリュウはゆっくりと前へ……そして銃型の機械を握った。

「ふぅ……大統領の政務の忙しさを言い訳に、訓練をサボるべきじゃなかったな……撃てたとしても、俺が外したら元も子もないからな……」

 凄まじいプレッシャーに思わず本音がこぼれ落ちる。

 英雄などと呼ばれていてもみんなと同じ心があり、迷いもする普通の人間なのだ。幸い小声であったことと、みんながみんな作業に集中していたため聞かれることはなかったようだ……責任者の男以外には。

「もし……もし外したらその時は……?」

 責任者も小声でムツミに尋ねた。頭ではそんな縁起の悪いこと聞くべきではないとわかっているのに、聞かずにはいられなかった。ムツミは不安そうな彼の方を向かずに前を向いたまま答える。

「俺が外したら、その時は帝とイザナギが出てくるだけだ。元々、軍でもどうにもできないオリジンズを処理するための存在だしな……あんな毒虫には負けないさ」

「そ、そうですよね………」

 ムツミの言葉に責任者の男は胸を撫で下ろす。しかし、逆にムツミの心には更なる重圧がのしかかる。

「……あんな場所でイザナギなんか使ったら間違いなく民間人に犠牲が出るだろうな……」

 また思わず声に出してしまったが、今度は誰にも聞かれなかった。けれど、言葉にしたことで自分の背負っているものを再認識して、手が震え始める……。

「エネルギー充填……98…99……100!いつでもいけます!」

 重責に苦しむムツミの心など、露知らず、事態は着実に、そして急速に進んでいく。

「ターゲット!空中に打ち上げられました!!」

 ムツミの前のモニターに光の奔流に押し上げられるシムゴスが映し出される!未だに手の震えは止まらない……。

 そんな彼の心に浮かんだのはかつての仲間でも、作戦通りにシムゴスを打ち上げた息子でもなく、彼の前に長年大統領の座に座り続けた神凪の巨星の顔だった。

(ハザマさん……あなたはずっとこんなプレッシャーに耐えていたのか……)

 改めて大統領という職務の重大さと、それを孤独に長年、背負い続けたハザマの凄さを理解する。

(あなたは清廉潔白な人間ではなかった……だが、決断するのがトップの仕事だとしたらあなたほど大統領に向いている人はいなかったかもしれないな……俺には無理だ……)

 この土壇場で、土壇場だからこそ自分の未熟さがわかってしまう……。

 だが、長所と短所は表裏一体、ムツミは完璧でも超人でもないからこそ、英雄になり、そして大統領になれたのだ!

(俺はあんたのようにはなれない……当然だ!俺は俺にしかなれない!あんたのように一人でできないないなら俺はみんなに力を借りる!国民を導くのではなく、国民と共に進んでいく!!)

 震えが止まり、真っ赤なジリュウの装甲が熱を帯びていく!

(だから、あんたも力を貸してくれ!あんたが最後に残したこの遺産を!あんたが愛した神凪を守るために使わせてくれ!)

 トリガーに指をかけ、モニターを、そこに映るシムゴスを睨み付けた!

 下から害虫を突き上げていた光が消え去り、空中でシムゴスが停止する!

 そこに照準を定め……ムツミは迷いなく引き金を引く!

「オノゴロ、主砲発射ァ!!!」


バッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!


 海上に浮かぶ巨大な古代遺産から膨大なエネルギーが太い光の柱となって撃ち出された!



「ギシャ……?」

 ナナシガリュウに打ち上げられた時と同様、ほんの一瞬シムゴスは反応が遅れた。それもこれも暴走状態のネームレスガリュウに受けたダメージのせい。それさえなければ、即座に反応して回避、いや、きっとオノゴロがエネルギーを充填している時点で気付き、撃たせることすらさせなかっただろう。

 しかし、現実は無情にも、その害虫の短く儚い命をまっとうすることを許さなかった……。


バッシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!


「ギ………」

 古代遺産の主砲から放たれた光が、天が生み出した究極生命体を飲み込んでいく!

 一足先に夜明けが来たように周囲が明るく照らされる。その中にいるシムゴスの視界は真っ白に塗り潰された。


ジュウ……


 あらゆる攻撃を防いで来たシムゴスの甲殻がどろどろと溶けていき、血液が沸騰する!さらに身体の末端から徐々に炭になって消えていく。

 理性も知性も感じられない黒き虫は自分に何が起きているのかわかっていたのだろうか……。

 光と共に生きた災害とも呼ばれたその害虫は、この世界から跡形もなく姿を消した……。



「ターゲット消失確認!シムゴス……消滅しました!!」

「おぉ!!」

「やったァ!やったぞ!俺たち!!」

 オノゴロの中で作業員たちが歓声を上げる!ある者は大きな口を開き笑い、またある者は大粒の涙を流した。

 国の存亡という重すぎるプレッシャーから解き放たれたのだ、そうなるのも必然だろう。

 勿論それはこの国の大統領も同じだ。

「ふぅ……なるようになったな……」

 ジリュウを脱いだムツミの顔はとても晴れやかで満足げだった。大統領としての職務を果たし、重責をはね除けたことで、この年でも成長を感じられたからであろう。

 シャッターが上がっていくと、窓の外では今度こそ本当の夜明けが訪れていた。ムツミはそれを静かに見つめる。そして、そんな光に照らされていくムツミ大統領の姿を部屋中の人間が見つめていた……。

 英雄の武勇伝に新たなページが刻まれた瞬間に立ち会えたことが、彼らの一生の自慢となった。



「なるようになったな……」

 夜明けの太陽に照らされながら、父親と同じようにガリュウを脱ぎ、同じ言葉を呟いたナナシだが、その顔は父とは真逆で寂しげで曇っていた……。

(悪いな……シムゴス……お前はただ生きたかっただけなのに……あんなイカれた科学者にこんな場所に連れてこられて……)

 これだけの被害を受けながら、ナナシはシムゴスを憎みきれずにいた。

 あの恐ろしい虫はただ短い余生を謳歌したかっただけ、生物として当たり前の行動をしていただけなのだから……。

(善意も悪意もない……まさに災害そのものだったな……そんな化け物相手に戦って、生きていられただけで儲けもん……ましてや市民には被害が出なかったんだから、神凪としては上出来って言ってもいい………)

 ナナシの思っている通り、彼らが行ったことは結果からみたら最善であり、最高のものだった。しかし……。

(だとしても……アイムが死んだらネクサスとしては最悪だ……最小限の犠牲で済んだとか、死んで悲劇の英雄として祭り上げられるなんてあり得ねぇから……)

 それでももっと仲間のために何かできたのではないかと、後悔の念が渦巻く……。

(だが……今の俺には何もできない……もう空っぽだからな………)

 太陽が昇るのと反比例するように、ナナシの意識が闇に沈んでいく。一晩で戦った数こそネクロ事変の時の方がずっと多いが、今回はリンダの回復を一切受けていない。

 精神的にも肉体的にもすでに限界だったのだ。

(少し……眠ろう……もし……叶うならば今日のことが……)

 ナナシはそっと目を閉じる……。アイムの無事と、今日という日が夢であることを願いながら……。


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