追走
「……っと、こいつだ!」
「……これはまた……デカいトレーラーだな………」
ナナシが連れて行かれた先は駐車場。その中でも一際大きく目立つトレーラーに案内された。ケニーはそれが自分の物であることを誇示するように車体をべたべたとむやみやたらに触りまくる。
「デカさだけじゃないぞ。中身もかなりイカしてる!……って、自慢気に話してる場合じゃないな。ナナシ、早く後ろに乗れ」
ケニーはそう言うと、手早く運転席に乗り込んだ。ナナシは彼の指示に素直に従い、トレーラーの荷台に足を踏み入れた。
「ナナシさん!」
後ろに乗り込むと、避難していたマインがいつもよりも高い声を上げた……と言ってもさっき出会ったばかりのナナシにはいまいち判断つかないが。
「……マイン……よかった……」
マインの顔を見て、ナナシも安堵する。ケニーから大丈夫だと言われていても実際に顔合わせるまでは頭の端にこびりついた不安が拭いきれなかったが、ようやくそれから解放されることができたのだ。
とりあえず気がかりを一つ解消したナナシは次に気になっていたトレーラーの内部を見回した。
「……すごい機械だな……まるでヒーローものの秘密基地みたいだ……」
ナナシの言うとおり、トレーラーの内部には、様々な機械が取り付けられていた。男心を、少年心をくすぐる内装……もちろん、立派な男の子のナナシも大好物だ!内心ワクワクが止まらない。
「何でも、最新型らしいですよ。実際、移動基地みたいな運用を想定しているようです」
マインの言葉を聞きながら……聞いていないかもしれないが、ナナシはキラキラと輝く目を忙しなく動かし、さらに周りを観察する。
「……ん?」
目線をところ狭しと移動させていたら奥の方に人影を発見した。そう、実はもう一人、少女が乗っていたのだ。
ウェーブのかかった髪、小柄……いや、マインの背が高いからそう見えるが、実際は、女性として平均的な背丈といったところであろう。
「……君は……?」
「あぁ、あたしは……」
「出るぞ!!!コケるなよ!!!」
自己紹介をしようとした少女の言葉は、運転席のケニーの野太い声によって掻き消された。
ブロロロオォォ!!!
「うおっ!?」
「きゃっ!?」
「おおっ!?」
三人揃って仲良くよろめく。なんとか体勢を立て直して……。
「動かすなら、もっと早く言え!」
「前もって、言っといてください!」
「この野郎め!」
三人揃って仲良く文句を言った。
「悪い、悪い。でも、急がねぇと。椅子があんだろ、それに座ってろ。」
確かにケニーの言うとおりだが、だとしても三人を座らせてから、発進すればよかったのでは?と、そう思いながらも、おとなしくナナシ達はそれぞれ思い思いの席に着いた。
「……えーと、何の話を……あぁ!君は一体……?」
気を取り直し、改めてナナシは謎の少女に質問した。
「あたしは、『リンダ・メディク』!よろしく頼むぜ!ナナシ・タイラン!」
「そうか……『リンダ・メディク』……メディク!?」
一瞬、少女の言葉が理解が出来ずに思考停止した。そして、すぐにとんでもない事実に気付く。
「ケニー!あんたの娘か!?っていうか、結婚してたのか!?」
驚きを隠そうとも、抑えようともせず、ナナシは立て続けに質問する!
「結婚?誠に残念だがしてないんだなあ~。オレ達は親子だが血は繋がってない。リンダは養子だよ」
「そういうことだ」
薄暗い中、ナナシは眉間にシワを寄せてリンダの顔を凝視する。
「……うん……確かに……全然似て…ないな」
筋肉質でゴツいケニーとは、似ても似つかない可憐な印象を受ける顔立ち。あえて言うなら元気そうなところが似てなくもないか……。
「……あんま……じろじろ見るなよ…」
「悪い、つい……」
照れているのか、少女は小さな声で抗議する。確かに失礼なことだと思い、ナナシは素直に謝罪した。とりあえずの身元確認が終わると、リンダがコホンと咳払いをし、こうなったいきさつを語り出した。
「ちっちゃい頃は、母親がいた……親子二人暮らしだ。でも、ある日、その母親が邪魔になったあたしを捨てようとして、オリジンズのいる山に連れて行かれたんだ。でも、結果は母親の方がオリジンズに襲われて、あっさり死んじまって……まぁ、あたしも死にかけたんだけどな」
「それを、オリジンズの調査で山に入っていた『モリモト』さんが発見したんだ。その後は、なんやかんやあって、俺が養子にしたって訳よ」
親子二人で、明るく、なんの悲壮感もなく、淡々と結構ハードな過去を告げる。
ナナシはどうしたらいいのかわからず、どう声をかけたらいいのかわからず、固まっていた。マインの方は失礼なことだと理解していても、憐れみの視線を向けてしまっている。
「……あ、あの、でも、教えてくれればよかったじゃないですか、リンダさんのこと……」
マインが重くなってしまった空気を変えようと、ケニーに問いかける。どうやら彼女もこの親子のことは今日まで知らされていなかったようだ。
「あぁ……それには理由が……って、見た方が早いな。というか早くしねぇと。リンダ!」
「おう!」
父の言葉に、威勢よく娘が答えると立ち上がり、ナナシに近づいてきた。
「な、なんだよ……!?」
「安心しな。悪いようにはしないから」
そう言うと、少女はナナシに手を翳す。すると、その手のひらから優しく温かい光が放たれ、ナナシを照らす。
「……ん!?光!?」
「じっとしてろって!」
「いや、でも!なにして……ん……傷が……」
みるみるうちに、光に照らされたナナシの傷が癒えていく。いや、傷だけではない、疲れもどんどん薄れていった。
「……体力も……お前『エヴォリスト』なのか!?」
「そういうこと!」
「オリジンズによって深い傷を負い、死の淵から蘇ることで、人知を超えた能力を得る……それが『エヴォリスト』。リンダもその一人、治癒能力を持ったエヴォリストなのさ!」
「……なるほど……治癒能力なんて個人、組織に関わらず、みんな欲しがる……場合によっては、手段なんて選ばずに手に入れようとする……」
マインはケニーがリンダのことを黙っていたことに納得した。不義理ではなく、いた仕方ない理由があったのだと。ナナシの方もトレーラーに乗る前の会話を含めて、合点がいったという様子で、「そういうことか」と表情で語っていた。
「悪いとは思っていたんだが、知っている人数が多ければ多いほどリスクが……」
コンコン
「おしゃべりもいいけど、見ろよ……夜の海がキレイだぜ」
ナナシ達との会話の最中、不意にガラス窓を、トレーラーに並んで走る髪を後ろで結んだ日焼けした男にノックされ、フランクに話しかけられた。
「あぁ、どうも……いつの間にか、海沿いの道に………って何ィ!?」
そうだ!おかしい!車と並走できる人間などいるはずがない!ケニーがどうなっているのか確かめようと、目を見開き男を凝視した。
「……えっ……?サーフボード……!?」
視線を下に動かし男の足下を見てみると、彼は走っているのではなく、サーフボードのような何かに乗り、道路の上を移動していた。
「……一体……お前は……あっ!?」
再び視線を上に戻し、男の顔を見るとケニーの記憶が一瞬で溢れ出し、その人物をよく知っていることに気付いた。
「『アツヒト・サンゼン』!!?」
「――ッ!?俺を……知っているのか……?」
今度は逆に“アツヒト”の方がケニーに驚かされた。まさかここで自分の名前を呼ばれるとは思いもしなかったのだ。
「……いや、まぁ、いいや……俺のことを知ってようがいまいが……やることは変わんねぇんだからよ……!」
だが、アツヒトはすぐに気を取り直し、ここに来た目的を実行に移すことにした。この変わり身の速さが彼がプロフェッショナルだということを証明している。
「やること……?一体、なにを……!?」
「そりゃあ、もちろん……お前達の邪魔するんだよ!!」
アツヒトはスピードを一気に上げ、トレーラーの追い抜き前方に。そして、直ぐ様振り向いたと思ったら、サーフボードを蹴って、高く……それは高くジャンプした!
「暴れるぞ!『サイゾウ』!」
彼の言葉に反応してネックレスが輝き、一瞬で古に語られる忍者のような青いピースプレイヤーに姿を変える。
細身ではあるが、それは洗練されているからであって弱々しさは感じさせない。むしろ、相対しているだけで、刃物を突き立てられている気分になる。
そして、さらに……。
「シュリーフィン!!」
主の言葉に反応してボードも飛び上がった!それも手裏剣のような形に変形しながらだ!それがサイゾウの手元に来ると、そのまま………。
「でぇりゃあッ!!!」
ナナシ達の乗っているトレーラーに向かって投げつけてきた!