暴走
(なんで、こんなことに……?)
目の前でシムゴスに貫かれ、おびただしい量の血を流すジャガンを虚ろな目でネームレスはただ見つめる……。
(俺が確証もないのに背中を狙おうなんて言ったからか……?)
自分の発言を責める……。
あんなことを言っていなければ、こんなことにはなっていなかったと……。
(俺があの時、ちゃんとクラウチを殺さなかったからか……?)
自分の行動を責める……。
躊躇なく、容赦なく、あの狂人の命を絶っていれば、こんなことにはなっていなかったはずだ……。
(俺がネジレに唆されて、ハザマ大統領の誘拐なんてしたからか……?)
自分の愚かさを責める……。
いつだって彼は自分の激情を制御できず、振り回され、過ちを犯す……。今もそうだ……。
(俺は……俺は……俺は…………)
ネームレスの心が深い闇に堕ちていく……。
深く、深く、漆黒の闇の底に……。
(俺は!俺が許せない!!!)
自己否定の精神がネームレスの身も心も塗りつぶし、それに応えるように彼が纏う漆黒の鎧は歪に形を変えていった。
「ガリュュュュウゥゥゥゥゥ!!!」
怒りと悲しみの入り交じった黒き竜の咆哮が山に轟く!空気が震え、大地を揺るがし、その声を耳にした全ての生命の根源的な恐怖を呼び起こすような恐ろしい叫びだった。
それはこの事態を引き起こした元凶とも言える害虫も例外ではなかった。
「ギシャァッ………」
シムゴスの雰囲気が明らかに変わった。自身に匹敵する存在が誕生したことを知性ではなく、野生が理解したのだ。
低い唸り声を上げながらじっと黒竜を睨み付ける。
「あのバカ!取り込まれやがった!!」
同じ骸から作られたガリュウを纏うナナシは変わり果てたネームレスの姿を見て、悔しそうにそう叫んだ。完全適合まで至った彼は黒き暴竜の状態に何か思うところがあるらしい。
(なんか嫌な予感がしたんだ!あいつがクラウチと戦っている時に完全適合のやり方を教えろって言った時から!焦りや罪悪感を持ちながら発動したら、ろくなことにならない気が……!あの時……ちゃんと言語化できていたら……こんなことには……!)
後悔先に立たず。こうなってしまっては、これから何が起きるのかを、オーディエンスとして見守っていくしかないのだ。
(ネームレス………あの状態から元に戻れるのか……?それとも………)
『ナナシさん!』
「――!?マインか!?」
後悔と戸惑いの間にいたナナシをマインの声が現実へと連れ戻す。
それは事態が動き出す兆候……。それを知ってか知らずか、黒き暴竜と黒き害虫の戦いの火蓋も切って落とされる。
「ガリュ………ガアァァァァァッ!!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
咆哮とともに黒き暴竜の口から、ナナシガリュウの必殺技、太陽の弾丸に似た光の奔流が放たれる!しかし、その威力は似ても似つかない!ライバルの必殺技を遥かに超える破壊力をそれは持っていた!
地面を溶かし、周囲の水分を蒸発させる超高温の熱線がシムゴスに迫る!
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
ビシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
鏡のように黒き害虫も口から光を放つ!先ほどシルバーウイングの翼を焼き切った何倍ものエネルギーがネームレスガリュウに向かっていった!そして……。
ドゴオォォォォォン!!!
ちょうど両者の中間地点で衝突!まさに天地鳴動!轟音が空気どころか、山全体を震わし、熱風が洋館やプロトベアーの破片を彼方へと吹き飛ばす!大きなクレーターができ、その上を分厚い煙の幕が包み込む……。
それを切り裂く者が二匹……。
「ガリュウッ!!!」
「ギシャァッ!!!」
ブシュウゥゥゥゥゥ!!!
「ガッ!?」
「ギャ!?」
お互い通りすぎ様に爪で切りかかる!そして、お互いに深い傷が刻まれる!
ネクサスの総力を持ってしても、傷一つつけられなかった害虫の黒光りする甲殻をいとも簡単にえぐり取る暴竜!しかし、その暴竜の鱗も害虫によって難なく切り裂かれる!攻撃力、防御力ともに同等……。
それはネームレスがもはや理性ある人間ではなく、目の前の本能で動く善悪を超越した獣と同じ存在になってしまったことの証明であった。
「ギシャァッ!」
ふわっ……
シムゴスは自分を脅かす存在になってしまった者を排除するために自身の周囲にあった瓦礫や岩を念動力で浮かし……。
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
その全てを暴竜に向かって飛ばす!
全方位から目にも止まらぬスピードで襲いかかる瓦礫。本来のネームレスガリュウなら、回避を選択するが、避け切れずにダメージを負うところだが、暴竜と化した彼は……。
「ガリュウゥゥゥゥゥ!!!」
バリバリバリバリバリバリバリッ!!!
どこかまだ勾玉っぽさを僅かに残している二本の角から雷を発生させ、周囲に展開、全ての瓦礫を粉々に打ち砕いた!
さらにそれだけでは飽き足らず逆に、目にも止まらぬ、音を追い抜く速度で雷がシムゴスへと襲いかかる!
「ギシャァァァァ!!!」
けれども、その超スピードの攻撃すらシムゴスは避けてしまう!しかも、その雷の雨を掻い潜りながら、発生源である暴竜に接近していく。
「ギシャァァァァァァァァァァッ!」
「ガリュウゥゥゥゥゥッ!」
ガンガンッ!!!
振り下ろされたシムゴスの腕を暴竜が腕で防ぎ、逆の腕でカウンター!しかし、同じように害虫に防がれてしまう。
両者、両腕が使えなくなった一瞬、ほんの一瞬の隙を暴竜は見逃さない!このあたりの目敏さは人間だった頃と、ネームレスと変わっていない。
「ガリュウゥゥゥゥゥッ!!!」
ザブシュ!
「ギシャァァァァァァァァァァッ!?」
暴竜の尻尾がシムゴスの身体を貫く!図らずもこの暴走状態になる原因となったシムゴスがアイムを尻尾で貫いたのをやり返した形である。いや、もしかしたら理性を失いながらも仲間を傷つけた恨みはこの暴竜の奥底に深く残っており、わざわざ同じような攻撃をすることで、アイムが感じた痛みを味合わせようとしたのかもしれない。
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
痛みで絶叫するシムゴス。だが、彼の野生がそうさせるのか、痛みを嘆くために大きく開いた口が瞬時に相手に痛みを与える凶器に変わる。
「ギシャァッ!!!」
ガブッ!!!
「ガリュ……」
害虫は暴竜の肩口に噛みつき、鋭い牙を漆黒の肉体に食い込ませる!けれど、暴竜は怯まずそっちがその気ならとシムゴス以上に大きく口を開け……。
「ガリュウゥゥゥッ!!」
ガブルッ!!!
「!?」
お返しとばかりにこちらも害虫の肩口に噛みついた!甲殻がバリバリと砕ける不快な音が夜の闇に響く。
そして、お互い示し合わせたかのように……。
「ガリュッ!!!」
「ギシャッ!!!」
ブチン!!!バキン!!!
噛みちぎる!暴竜は黒い、害虫は緑色の液体を引きちぎられた肩口から吹き出し、よろめく。
お互いに直ぐ様体勢を立て直して追撃を試みるが、今回は同時というわけにはいかなかった。ほんの一瞬だが、漆黒の害虫の方が僅かに早かったのだ!
「ギシャァァッ!!!」
ザシュ!!!
「ガリュ!?」
シムゴスは自らを貫く尻尾を右手の爪で切り裂き、さらに逆の手、左の爪で……。
ザシュ!!!
「ガッ!?」
暴竜の右腕を切り落とす!たまらず、今まで攻撃一辺倒だった暴竜もよろよろと後ずさっていく。
隻腕となった暴竜をまるで勝ち誇ったように見ながら、シムゴスは自身に突き刺さっていた尻尾を引き抜き、口に残っていた肉片を地面に吐き捨てた。
「ガリュ………」
一方の暴竜は右腕と尻尾を失い、満身創痍……絶望してうなだれているように見えた……そう、見えただけ。
「ガリュウゥゥゥゥゥッ!!!」
黒き暴竜は突如として、叫び出した!断末魔の叫びではない、勝利のための咆哮だ!
確かに傍目には傷だらけで敗色濃厚に見えるだろうが、忘れてはいけない……こんなに異形の姿に変わり果てても、感情や心なんてものが感じられなくても、これは“ガリュウ”なのである。
グシュグシュ……
咆哮とともに噛みちぎられた暴竜の肩口がみるみる再生していく。さらに……。
ビチッ!ビチッ!
腕と尻尾の切断部分から黒い血液が伸びていき、切り落とされた部位と繋がり、本体に引き寄せる。そして……。
グシャリ……
「ガリュウゥゥゥゥゥ!」
きれいにくっつく。まるで、時間が巻き戻ったように。切断された事実を書き換えたように、暴竜は元の姿に戻ってしまった。
ネームレスが求めた完全適合、フルリペアが彼の望まぬ形で発動されたのだった。
「ギシャァ………」
どこか不愉快そうに暴竜を見つめる害虫……。
「ガリュ………」
どこか楽しそうに害虫を見つめる暴竜……。
両者にらみ合い、間合いを測る……なんてまどろっこしいことはこの二匹の獣の間には存在しない!
「ガリュゥゥゥゥゥッ!!!」
何の前触れも、作戦もなく、本能に従い暴竜が飛びかかる!
こうして第二ラウンドが始まった!しかし、すぐに終わりのゴングが鳴り響くことになった……。
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
「ガッ………」
カッ、ドゴオォォォォォォォォォン!!!
シムゴスがその漆黒のボディーに秘められていた膨大なエネルギーを一気に解放する!一瞬の閃光の後、害虫を中心に爆炎のドームが広がる!遥か彼方まで空気の揺れが伝わり、山は抉れ、地形が変わる天地鳴動の一撃!
まさに生きた災害の面目躍如と言うべき威力であった。
「ギシャ………」
さすがのシムゴスもこの攻撃の発動には疲れたようで、肩で息をしている。逆に言えば、これだけの破壊力の技もちょっと疲れるぐらいの体力消耗で放てるという恐るべきポテンシャルの高さを証明していた。
「ギシャ………」
一息ついたシムゴスが首を振り、キョロキョロと更地になった周囲を見渡す。彼の本能が不本意ながら、まだあの暴竜が生きていることを訴えている。
「ギシャッ!」
表情など感じ取れないシムゴスの顔がニヤリと邪悪な笑みを浮かべたように見えた。
彼の視界に自分を痛めつけた憎き暴竜……その元となった人間が映った。
「…………」
幸か不幸か、シムゴスの強烈な一撃で暴走状態のガリュウからネームレスは解放され、ただの大柄な金髪の男に戻って、意識を失い倒れていた。
「ギシャァ………」
この戦場で無防備に眠るネームレスに、シムゴスが自身の勝利を噛みしめるように一歩一歩、ゆっくりと近づいていく……。
ザッ……ザッ……ザッ………
まさに死神の足音……ネームレスの命の終わりが刻一刻と迫る……。そんな彼のピンチを救う者はいないのか………。
「俺のこと!忘れてんじゃないよ!!」
いや、いた!仲間ではない、もはや好敵手とも違う……腐れ縁……ネームレスと腐れ縁で繋がった紅き竜、ナナシガリュウが彼を救うためにシムゴスに最後の決戦を挑む!
「ギシャ……」
害虫の注意が金髪から紅竜に移る。わざわざ大きな声で存在をアピールした甲斐があった。
「サンシャイン・ブラスター!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
マグナムを合体させた巨大銃から、光の奔流が放たれる!必殺技の名を冠するに相応しい破壊力!けれども、この神様が嫌がらせのために生んだとしか思えない害虫にはただ眩しいだけ、攻撃とすら認識されていない。
「ギシャァァァァッ!」
ビシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!
シムゴスも口から眩い光を吐き出す!その光は紅き竜の光を飲み込み、かき消し、真っ直ぐ進んでいく!ナナシガリュウもその餌食になるはずだった……。
「ギシャ……?」
光が夜の闇の彼方に消えていく姿をシムゴスは見つめていた。そして、ナナシガリュウの姿も影も形もなく、消えていることに気付く。黒に包まれた夜の中でも、目立って仕方ない自己主張の激しい真っ赤な鎧がどこかへ行ってしまったのだ。
シムゴスは戸惑い、動きが僅か、ほんの僅かな時間だが止まる。もし暴走状態のネームレスガリュウと戦って疲弊していなかったら、きっとその一瞬の隙は生まれなかっただろう。だが、結果としてほんの一瞬の綻びがこの戦いの明暗を分けた。
「ここだァ!」
「ギ!?」
ナナシガリュウは凄まじい勢いのスライディングでシムゴスに突っ込んでくる!反応の遅れた害虫は為す術なく、それを見続けることしかできない。
紅き竜はシムゴスの懐に潜り込み、下から腹部に銃口を突きつける!
「正真正銘、これが俺の……ナナシガリュウの最後の一撃だ………だから!しっかりと堪能してくれよ!!」
ナナシの胸の中に渦巻く全ての感情を銃に込め、力強く引き金を引く。
「サンシャイン・ブラスター……!!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!
「ギシ………」
まるで間欠泉か、マグマのように地面から光の激流が天に向かって立ち上ぼり、シムゴスを上へ上へと押し上げていく!
「ギシャ……」
しかし、そのほぼ零距離で放った凄まじい光の奔流ですら、シムゴスの黒光りする甲殻には傷をつけることはできない。あくまで、上空に打ち上げるだけ……。
どんなに必死に足掻こうとも、どれだけ強く願おうとも究極の戦闘生命体相手にはその程度のことしか人間にはできないのだ。
「ギシャァァァァァァァァァァッ!」
光は消え去り、希望も消え去った……。ナナシガリュウの最後にして最高の一撃もシムゴスを絶命させるには至らず、倒れる紅竜の遥か上空で、漆黒の害虫はその身体を大きく広げ、勝ち誇り、咆哮を上げる!
ナナシはその姿を下からただ見上げるしかできなかった。しかし、その表情はどこか晴れやかだった。
「やれるだけのことはやった……俺もみんなも……あとは本当になるようになってくれってただ祈るだけだな……頼んだぜ、親父」




