総力戦
「まずは僕が!!」
ふわっ……
ユウが崩れた洋館の瓦礫に手を翳すと、それは重力という概念が失われてしまったようにプカプカと浮かび上がった。それを……。
「せいッ!!!」
ブオッ!!!
シムゴスに向かって念動力で飛ばす!瓦礫は無数の流星となって、凶悪な虫けらを押し潰すために降り注いだ。
「ギシャァァッ!」
グン……
「な……!?」
しかし、瓦礫はシムゴスに当たる直前、空中で静止した。ユウが今しがたやったことを、彼以上の力でやり返したのだ。
「あいつも念動力を……!?」
「ギシャァァァァァァッ!!!」
ブオッ!!!
瓦礫は反転し、逆にネクサスのメンバーに凄まじいスピードで降り注いだ!
「来るぞ!」
ネクサスの司令塔アツヒトの声が闇夜に響く!
ドゴオォォォォォン!!!
「ヒヒン!」
「黒嵐!?ありがとう!」
その声をかき消すように瓦礫が地面に衝突し、轟音がこだまする!黒嵐はユウの服に噛みつき、退避し、少年は難を逃れた。
他のメンバーも散り散りになって間合いを測る。
「こいつはどうしたもの……」
「ギシャッ!」
「――かッ!?」
ガァン!!!
「アツヒト!?」
獣の本能か、はたまた偶然か……。シムゴスは自分を取り囲むネクサスの中で指揮を担当する厄介なアツヒトに一瞬で近づき、一撃で遥か彼方に吹っ飛ばした!
「よくも我の仲間を!!!」
バババババババババババババッ!
その光景を見た人間よりも人間らしいAIは怒りに身を任せ、空中からそのおぞましい虫を駆除しようとありったけの弾丸をばら蒔く!
「ギシャァッ?」
だが、悲しいかなAIの攻撃はまったく効いていない。しかし、鬱陶しくはあるようで、漆黒の虫は羽虫を追い払うように軽く腕を振った。
「ギシャァッ!!!」
ブオォォォォン!!!
「ぐおっ!?この風は!?」
その軽い動作から放たれる衝撃は、突風を巻き起こし、気流を乱す!シルバーウイングは体勢を崩し、さらに……。
「ギシァァァッ!」
ビィッ!
「な!?我の翼がぁッ!?」
虫けらは表情の読み取れない顔についている口から細い黒い光、レーザーを吐き出し、AIの自慢の翼を焼き切る!
鈍く輝く銀色が、爛々と真っ赤に白熱化し、夜の闇に灯りを灯す。その光はゆらゆらと地面に落ちていった……。
ドスン!
「ぐ!?この我………」
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
「――が!?」
シルバーウイングが泥にまみれた顔を上げると、その眼前には先ほどまで、かなりの距離があったはずのシムゴスが迫っていた!もちろん、AIを完全に破壊するために……。
「邪魔するぜ!」
ドゴオォォォォォン!
「ギシャ?」
シムゴスの手がAIに触れようとした瞬間、ナナシガリュウが新たに装備された全身の火器を解き放ち、妨害する!けれど、それも一瞬注意を逸らすことしかできなかった。しかし、今はそれで十分!
「どっせい!!」
ゴン!
プロトベアーが全体重を乗せたタックルでAIから虫を遠ざける!更に僅かによろめくシムゴスに三方から人影が飛びかかる!
「はあっ!」
「エイッ!」
「でいゃあっ!!!」
ガァン!!!
背部にネームレスガリュウのドリル!右からジャガンの蹴り!左からは項燕の豪風覇山刀!それぞれの渾身の攻撃が炸裂する!しかし……。
「ちいっ!?」
「硬い……!?」
「虫けらが!?生意気なんだよ!?」
漆黒の甲殻は全て難なく受け止め、その黒光りする表面に傷一つつけることもできなかった。
「ギシャァァン!」
「こいつ!?……ちいっ!?」
バギン!
「くそ!?盾を一撃で!?」
一番口が悪かったから……というわけではないだろうが、生意気なことを言った項燕に狙いをつけ、反撃する!
盾で防ごうとしたが、直前で考えを改め、盾を手放す。その判断の正しさを証明するかのように、盾はビスケットの如く、簡単に砕け散る!
「下がれ!巻き込んじまうぞ!」
ナナシガリュウが吠えた!
少し離れた場所で新たに装備された巨大な銃にガリュウマグナムを合体し、仲間を傷つけた凶暴な虫に狙いを定める!昂る感情をその銃に込め、仲間たちが射線を開けたのを確認……そして、解き放つ!
「サンシャイン・ブラスターァッ!!」
「ギシャ…………」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!
いつもより太い光の奔流が地面をえぐりながら、シムゴスを遠方へ押し流す!
「やって……ないよな……」
必殺技を放ち終え、銃をおろすナナシ。けれども、臨戦態勢は解いていない。あれだけの強力な一撃を放っておきながら、手応えを全くといっていいほど感じなかったのだ。
「何が、新装備だ!全然、役に立たないじゃないか!」
こちらもまったく役に立たなかった装備に当たり散らすネームレス。本当は彼もわかっている。装備が弱いのではなく、あの虫けらが規格外に強過ぎるのだと……。
「落ち着け、ネームレス。文句なら後でも言えるだろう……?」
「ランボ・ウカタ……そうだな……済まない……」
荒れるネームレスをランボが宥めた。アツヒトがやられたとなると、このチームを指揮するのは自ずと彼になる……と言っても、打開策など何一つ思いついていないのだが………。
「とりあえず、シルバーとユウは退避した。サイゾウ……アツヒトは……」
「あいつなら大丈夫だろ。ちょっとやそっとで死ぬような奴じゃない」
「ナナシ……そうだな……!」
それはただの願い、アツヒトの無事を信じたかった。そう信じ込むことしか、今の彼らにはできなかった。
「それで……これからどうする……?出し惜しみなんてしてないのに、全ての攻撃が通用しなかった……戦力もこの短時間、一回の攻防で凡そ三分の一が失われたわけだが………」
ランボが現在の状況を言語化すると、より自分たちが絶望的な立場にいることを実感してしまう。彼らの未来はまさにこの夜のように闇に包まれている。
「……策と呼べるほどのものではないが……一つだけ俺に考えがある……」
重い沈黙を破ったのは、落ち着きを取り戻したネームレスだった。
「なんだ?言ってみろよ?」
ナナシが急かす。実際、いつシムゴスが戻って来るのか……。時間はあまり残っていない。
「奴の背中……羽を広げたその下は甲殻に包まれていなかった……あそこなら俺たちの攻撃も、もしかしたら……」
「通じるかも……か……」
「あぁ………」
確かに策と呼べるようなものではなかった。けれど、今の彼らにはそんな希望的観測にすがる道しか残っていない。
「じゃあ、それで……」
「やるしかないな……」
半ば自棄で、覚悟を決める。それに新しい策を練る時間もどうやらないようだ。
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
できれば二度と聞きたくなかった鳴き声が山にこだまする!
シムゴスは高速で羽ばたき、こちらへ飛んで来た!非常に残念ながら、ナナシの予想通りぴんぴんしている!
「ランボ!」
「おう!ぶちかましてやろうじゃないか!ありったけな!!」
「ネクサス・ダブル……」
「ファイアッ!!!」
ナナシガリュウとプロトベアーが全身の銃口を一匹の虫に向け、一斉に発射した!
ドゴオォォォォォン!!!
弾丸の雨霰を受け、周囲におびただしい土煙が舞い上がる!
「ギシャァァァァッ!!!」
ブオォォォォン!!!
「うぉっ!?」
その土煙を一羽ばたきで全て吹き飛ばす!案の定、その身体にはダメージを負っておらず、憎たらしく黒光りしている。
だが、ナナシたちもそれは想定内、今のはあくまで陽動……本命を射程距離に送り届けるための目眩ましだ!
「はあっ!!」
「とおっ!!!」
ガギン!
「ギシャァァッ!」
黒竜と項燕の攻撃を両腕で受け止めるシムゴス。だが、これも防がれる前提の陽動攻撃。これにより両腕での反撃はなくなった!あとは作戦通り……。
「もらったァ!!!」
シムゴスの真後ろ!黄色の鎧が勢いよく現れる!そして、渾身の力を込めたジャガンの手刀が虫の甲殻の下に隠れる弱点を貫い……。
ザブシュ………
「あっ…………」
貫いた……。シムゴスの身体をではなく、ジャガンを、アイムを、シムゴスが隠していた尻尾で貫いたのだ……。
「アイムぅぅぅ!!?」
「ギシャァン……」
ランボの絶叫が夜空に鳴り響く。
誰の目から見ても明らかな致命傷。尻尾に貫かれた身体は力を失い、真っ赤な血が地面に無数のシミを作っていく……。
そんな酷い姿をシムゴスは仲間たちに見せびらかすように高く掲げた。
「そ、そんな……俺の……俺のせいなのか……」
この作戦の立案者であるネームレスがよろよろと後ずさった……。目の前の光景を拒絶するように視界がぼやけ始める……。
「貴様ァ!!!」
逆に蓮雲はこれまでで一番の感情を、怒りを爆発させる!それに応えるように彼の手の中の豪風覇山刀は熱を帯び、刃の周辺には嵐が巻き起こる!
「全部だ!全部くれてやる!豪風覇山刀よ!おれのありったけを!全部持っていけぇ!!!」
ザンッ!!!
「ギ、ギシャァァァァァァッ!!?」
まさしく蓮雲の全身全霊の一太刀がシムゴスの尻尾を切り落とした!初めてこの恐ろしい虫にダメージを与えた!
だが、そこに喜びはなかった……。
「ぐっ……!?」
ドサッ………
身体に大きな穴の開いたアイム、宣言通り全ての力を使い果たした蓮雲がほぼ同時に地面に倒れた。
尻尾を切られたシムゴスの怒りの矛先は容赦なく、地面に横たわる彼らに向けられる。
「ギシャァァァァァ!!!」
「させるかよ!!」
ガギン!!!
「がはっ!!?」
シムゴスの腕が蓮雲たちに振り下ろされようとしたその時、紅き竜が間に入り、身を挺して瀕死の仲間を守る!虫の一撃で紅竜の追加装甲はもとより、その下の本来の装甲、さらにその下のナナシの肉体まで砕かれた!
だが、彼にはとっておきの技がある。
「ぐ……フル……リペアッ!!」
「ギシャ……?」
ナナシの意志を糧に彼の肉体、ガリュウの装甲が瞬時に再生する!さすがのシムゴスも呆気に取られたのか、一瞬動きを止める。
その隙を見逃さない一人の男と一匹のオリジンズがいた!
バッ!
「ナナシ!アイムたちは回収した!お前も一旦下がれ!」
「ヒヒン!」
「サイゾウ!?それに黒嵐!!」
アツヒトはあの場面で驚くべきことにシムゴスの攻撃に合わせ、後ろに跳躍し、直撃を免れていた!しかし、それでも威力を殺し切れず、腕や肋骨は折れ、今まで気を失っていた。だが、この土壇場で彼は駆けつける!本当に頼りになる男だ!
そして、もう一人、いやもう一匹、黒嵐は主人のピンチを感じ取り、恐怖を押し殺し助けにやって来たのだ!
この一人と一匹のおかげで戦闘不能に陥ったアイムと蓮雲は戦場から離脱することに成功……しなかった。
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
「この!?しつこい!」
“逃がすか!”と言わんばかりに一心不乱に追いすがるシムゴス!自分の獲物を横取りされるなんて、理解できる知性はなくても、その身に刻み込まれた野生が許さない!
漆黒の腕が伸び、分厚い装甲も軽々と切り裂くことのできる指がサイゾウにかかろうとした。
ガシッ!
「ギシャ!?」
「プロトベアー!?」
サイゾウを助けるためプロトベアーがシムゴスに決死のタックル!自慢のパワーで仲間からこの恐ろしき害虫を引き離す!
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
バキャン!!!
突然、現れたお邪魔虫に怒りの鉄拳を振るうシムゴス!深緑の装甲が砕け散り、プロトベアーに大きな穴が開く!
「ギシャ?」
理性も知性もない虫でもその違和感はわかった。
先ほど尻尾で同じように穴を開けてやった黄色とは明らかに感触が違う……。それにあの生暖かい真っ赤な液体も流れてこない……。
そんな時、ふと顔を上げると見たこともない奴が遠くからこちらを見つめているのに気付いた。しかし、それが自分が今貫いたものの中身だと理解できる頭はこの害虫にはなかった。
「プロトベアー……」
ボロボロになりながらも、力の限り仲間を守ろうとする自分の愛機の背中を見送っていると心が震え、涙がこぼれてしまいそうになる。
このあと自分がする無情な仕打ちを考えると尚更に……。
「お前と出会え、共に戦えたことはオレの……ランボ・ウカタの一生の誇りだ……!お前こそ真のPeacePrayerだ……!ありがとう……そして……すまない……!」
カッ………ドゴオォォォォォン!!!
自爆……プロトベアーはその大きな体躯に閉じ込められた全エネルギーを解放して大爆発を起こした。
巨大な炎の柱がそそり立ち、周囲を照らす。そして、パラパラと緑色の欠片が降り注ぐ。当然、ランボは長年辛苦を共にした愛機にこんな最期を迎えさせたくなかった。
こんなほんの一瞬の時間稼ぎのための犠牲に……。
「……ピースプレイヤー一体で道連れにできるなら、一国が滅ぼされるなんてことにはならないよな……」
ブオォォォォン!
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
咆哮とともに灯りが消え、暗闇が戻って来る。プロトベアーの文字通り命をかけた一撃もシムゴスにとっては、痒みすら感じさせることはできなかった。
無駄死にとも思える愛機の最期にランボは拳を強く握り締めるが、それだけ……それだけだった。今の彼には戦う力はないのだから……。
「何しているランボ!早く逃げろ!!」
「あ、あぁ……そうだな……」
ナナシの切羽詰まった声がランボの耳に届く。もはや足手纏いにしかならない自分に退避するように促しているのだと、ランボは最初はそう思った。
しかし、それは大きな勘違い。彼が逃げろと言ったのはシムゴスからではなかったのだ。
「違う!シムゴスもそうだが……ネームレスからだ!ネームレスから逃げろ!!」
「な……にッ!!?」
言っている意味が最初はわからなかった。だが、目線をそっとずらし、さっきまで黒き竜が立ち尽くしていた場所に移すと、すぐに理解できた、させられた。
そこにいたのはシムゴスと同様のおぞましい空気を身に纏い、見る者の恐怖を駆り立てる異形の存在だった……。
「な、何が!?」
「いいから逃げろ!そいつはもうネームレスじゃない!シムゴスと同じ……ただの化け物だ!!」
巨大化した手、人間ではあり得ない方向に曲がった脚、いつの間にか生えていた尻尾、長く伸びた首……そして、鋭い牙が並び、大きく開かれた口!
その姿はまさしく竜そのもの!ネームレスは人間をやめたのだ!
「ガリュウゥゥゥゥゥッ!!!」
ネームレスガリュウ、暴走。




