災厄
「んん……ふぅ……終わったな……」
「あぁ、そうだな……」
双竜が勝利を確かめ合う。ようやく面倒ごとが終わったという感じで身体を伸ばすナナシに対し、ネームレスは拳をギュッと握り、“それ”を静かに見つめた。彼にとっては弟分の仇であり、間接的だが故郷をめちゃくちゃにした元凶、“それ”をついに打ち倒したのだ、感慨深いものがあった。
「完璧だったな、“コンビネーションD.D.”」
「んん?なんだ、それは?」
「いや、さっきの合体技だよ。お互いの必殺技を連続で放つ……ネクロの時もやっただろう?」
「はぁッ!?何勝手に名付けているんだ?その言い分だと俺の技でもあるだろう!?一人で決めるんじゃない!」
「じゃあ、お前はどんな名前がいいんだ……?」
「えっ、ええと……“双竜烈光乱舞撃”……とか、どうだろうか?」
「やだ」
「何故だ!?」
「ダサいからだよ!」
「どこがだ!少なくともお前のよりはマシだろ!なんなんだ!D.D.って!?」
「ダブル・ドラゴンだろうが!わかれよ!そんぐらい!」
「わかってたまるか!お前のセンスなど!」
「こっちの台詞だよ!」
肩の荷が降り、リラックス?する両者だったが、残念ながらまだ戦いは終わっていなかった。
いや、クラウチには勝利した……したのだが。
「こ、このぉ!?」
「ん!?」
「……しぶといな……!」
突如として、部屋に鳴り響く声。声のした方向を向くと、明かりが点いた。クラウチが吹っ飛んだ先、壁の向こうにはもう一つ部屋があったようで、双竜が戦った空間と違い色々な研究器具が置かれていた。
そこにドクター・クラウチが必死に立ち上がろうとしているができずに、床に這いつくばっていた。
「ま、まだだ!まだ、終わっていない!」
威勢のいい言葉と裏腹に身体は言う事を聞かない……それどころか。
「くっ……何故だ!?何故!再生しない!?」
双竜を苦しめた再生能力は一向に発揮される様子はない……というか、筋骨隆々で彫刻のようだった身体が縮んでいるように見える。
「ふん、科学の到達点だとか、完成形だとか大層なことを言っていたが……どうやら、一時的なドーピングに過ぎなかったみたいだな」
「な、なんだと!?」
ネームレスの発言に激昂するクラウチ。
彼にとってプライドを、自分の人生を踏みにじるその発言は看過することはできなかった。けれども、今の自分を客観的に見ることができたら認めざるを得ないだろう。
長年の研究は失敗に終わったのだと……。
「クラウチさんよ………あんた爺さんに戻ってるぜ……もうマッチョサイエンティストなんかじゃない」
「――な!?………そ、そんな……!?」
慌てて自分の手の甲を見る。先ほどまでの肌艶がどこにいったのか、無数の細かいシワが刻まれた老人の手に戻っていた。今度はその手で顔に触れてみると、その感触はカサカサと乾燥しており、張りなんてものは存在しない……。
以前の、いや、無理やり身体を強化した反動か、ナナシたちと出会った時よりも老け込んでいる。
「バ、バカな……」
声もしわがれて、非常に聞き取りづらくなっていた。
因果応報、自業自得なのだが、さすがにナナシもネームレスも立つこともままならなくなってしまった老人には哀れみを感じてしまう。
「わかったか?あんたは間違ったんだよ……やり方から、何から、全てな……」
「今のお前にとどめを刺す気も起きん……おとなしく刑務所に入って、その僅かな余生をお前の下らない研究の犠牲になった者たちに懺悔しながら過ごすんだな」
「ぐぅ!?き、貴様ら……」
再度、二人は哀れな老人に投降を呼びかけた。
双竜の根っこの部分の優しさが出た選択だが、結論からいえば彼らはその選択を生涯後悔することになる。心を鬼にしてこの弱りきった老人の息の根を今すぐ止めるべきだった。首を掴んでちょっと力を入れるだけで、この後の惨劇を防ぐことができたのだから……。
「くくく………」
突然、クラウチが笑い出した。あまりに自分が惨めで笑うしかなかったのだ。
クラウチという人間がただそうやって自嘲するだけの人間だったら良かったのだが、生憎この老人は怒りや妬みを自己の中で消化することなく、外にぶちまけて生きてきた。これまでも、これからも……。
「いいだろう……認めよう……私の研究は失敗だ……」
「なら……」
「だが!お前たちのことは認めない!そんながらくたが私の研究より優れているなど、絶対に!!!」
「何を今さら……!」
この期に及んで、現実を受け入れない老人に双竜は辟易する。彼らにはただ負け惜しみを言っているようにしか見えないのだ。実際、そうなのだが、その負け惜しみはこの国、神凪を巻き込む呪詛の言葉だ。
「だから、こいつを解放してやる!私も恐ろしくて、手を出せなかった神が作りし、生きた災厄を!!」
「……何!?」
「一体、何を言っているんだ!?お前は!?」
老人は喚き散らしながら、部屋にあるカプセルのようなものに近づいていく!双竜もその危険性を本能的に感じたが、一歩遅かった。
「こいつがお前たちを倒せば、私の研究が劣っていることにはならないはずだ!所詮ブラッドビーストもピースプレイヤーもどちらも総じて失敗だぁッ!!!」
ガン!
意味不明なことを口走りながら、クラウチは機械のボタンを弱った拳で殴りつける。
ブシュー!
「……なんだ!?」
カプセルが白い煙を吹き出しながら、開いていく。そこにあったのは……。
「あれは………」
「蛹か……霜がついている……冷凍されていたのか……?」
カプセルの中には虫の蛹のようなものが冷凍保存されていた。それは、外気に触れたことによって、急速に解凍されていく。
「さぁ!目覚めろ!国崩しの悪魔よ!!」
ビキッ!
クラウチの言葉に反応するように、蛹にひびが入っていく。そして……。
バキッ!!!
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
羽化する!殻から出てきたそれは人間大の大きさで、その身体は漆黒の甲殻で包まれ、表面と今まで入っていた蛹の残骸の間には粘液が糸を引いていた。
「凄い!凄い!凄いぞ!これは!!」
興奮するクラウチ!
「ネームレス………」
「あぁ……あれは……俺たちが……いや、人間がどうにかできる代物ではない……!」
対照的に背筋が凍る双竜。一目でそれと自分たちの絶望的な差を理解した。
生物として本能が必死に逃げろと訴えているが、恐怖で身動きが取れなかった。
「ハハハッ!恐ろしくて声も出ないか!?それはそうだろ!この特級オリジンズ『シムゴス』を前には誰しもが……」
「ギシャァッ!」
ブシュウン!!!
「な!?……クラウチ……」
なぜか自分の手柄のように自慢気に語るクラウチの言葉が気に障ったのか、シムゴスと呼ばれたそれは鬱陶しいものを追い払うように手を振った。
すると、その、ただ手を振っただけの衝撃で床が!壁が!ドクター・クラウチの上半身が抉れ、消し飛んだ!
長年に渡り神凪を苦しめた仇敵のあまりにも呆気ない最期だった。
「ナナシ!!」
「あぁ!三十六計逃げるに如かずだ!!」
そのあんまりな光景を目にし、双竜も動き出す!共鳴などしなくても、両者の意見は一致した!逃走一択!彼らの心には戦うなんて選択肢はまったくなかった。
「ガリュウバズーカ!」
黒き竜が彼のポリシーに反する大砲を担ぐ!隣では紅き竜が力を溜める。もう一度必殺技を放つつもりだ!しかし、狙いはシムゴスではない!その上の天井だ!
「頼むぞ!」
「太陽の弾丸!!!」
ドゴオォォォォォン!!!
「急げ!急げ!」
「情けないとは思わん!」
天井が崩れ落ち、瓦礫がシムゴスに降り注ぐ!それに背を向け、一目散に逃走を開始する双竜!来た道を猛スピードで逆走していく!
「ガリュウ!」
「グローブ!!」
階段を全力で駆け上がりながら、爆弾を仕掛ける。そして、あっという間に昇りきり、書斎を……。
「起爆!」
ドゴオォォォォォン!!!
爆破する!部屋が崩れ、隠し扉を塞ぐ!それでも安心できずに双竜は外に飛び出す!
「ふぅ……シャバの空気はうまいぜ……」
「下らないことを………と言いたいところだが、俺も同意見だ……今はただ外に出られたことが嬉しくて仕方ない……」
「お化けより怖いのが出たな……」
「まったくだ……」
洋館の外に出て、とりあえず一息つく。数々の修羅場をくぐり抜けてきた二人が、生きてあの場から離れられただけのことに最大級の喜びを感じる。
「……これで一安心……ってわけにはいかないよな……」
「あの程度でやられてくれるなら、世話ない……まぁ、できることならこの予想は外れて欲しいけどな……」
そう、彼らがやったのは一時的な時間稼ぎでしかない。まだ何も解決していないし、その手立ても見つかっていない。
「まずは……と……黒嵐、どこ行った」
「あそこだ」
待機するように命じた黒嵐を探すが、近くには見当たらない。けれど、直ぐ様ネームレスが遠方にその影を発見する。
「なんで、あんな遠くに……?」
「オリジンズの本能が、あの怪物の存在を察知したんだろう」
「なるほど……」
二人は小走りで黒嵐の下へと駆け寄った。
ネームレスの推測は半分は当たっている。シムゴスが目覚めた瞬間、ナナシたちと同じように黒嵐の生存本能が逃げることを促した。しかし、彼らを置いていくわけにはいかないと気合と根性で踏みとどまったのである。
そして、踏みとどまれたのにはもう一つ理由が……。
「ナナシ!ネームレスも!なんか爆発してたみたいだけど大丈夫か?」
「サイゾウ!?アツヒトか!?つーか、みんないるのか!?」
黒嵐の後ろには、アツヒトを始め、各地で戦っていたネクサスのメンバーが勢揃いしていた。
「もう少し先にトレーラーが待機している。リンダに回復してもらってこい……その感じじゃ、まだ終わってないんだろ……?」
「察しが良くて助かるよ、ランボ……」
ランボがまだ見ぬ脅威と戦うために、双竜に回復を促す。正直、できることならあれとは戦いたくないナナシの足取りは重い。
「けど、俺の方はいい……フルリペアもあるしな……ネームレス、お前一人で行け……」
「何を言っているんだ?回復?」
「あっ……そう言えばお前、リンダと会ったことないんだったな……?」
「リンダ?前にも言っていたな?誰だ、それは?」
「リンダってのは……」
「いいから早く行って来い!ナナシも!ガリュウ用の新装備が持ってきているから!!」
「「……はい………」」
話が脱線しそうになったところをランボが一喝する。ナナシはもちろんネームレスも顔馴染みに囲まれて、極限状態から解放されて思わず饒舌になってしまったのだろうが……怒られて、またテンションは底まで急下降する。
「わかった……でも、その前に……細かい話は後で、重要な部分だけかいつまんで……ドクター・クラウチは死んだ。でも最後に特級オリジンズの“シムゴス”ってやつを解放した」
「シムゴスだと……!?」
シムゴスの名前にランボが反応する。プロトベアーを装着しているので、顔は見えないが、雰囲気で戸惑いを感じていることがわかる。
「知っているのか?」
「あぁ……まぁな……話は通信で聞けるだろ……お前たちはまずはトレーラーへ……」
「それもそうだな……ネームレス」
「あぁ………」
後ろ髪引かれる思いで双竜は指示に従い、トレーラーへ駆け出した。
一方のランボはその場で立ち尽くし放心する。
(シムゴス………本当にシムゴスだとしたら……オレたちでは……)
恐怖と絶望が心を支配していく。きっとシムゴスのことを知っている者なら、皆が皆、その名前を聞いたらこうなるだろう。
「ランボさん!」
「あっ!ユウか………」
「ユウか……じゃないですよ!そのシムなんたらのことを教えてくださいよ」
「そう……だな」
ユウに声をかけられランボは自分を取り戻す。シムゴスを知らないユウは好奇心を抑えきれないようでそわそわしていた。いや、ユウだけではなく周りのみんなも。そうでなくてもこれから戦うかもしれない相手のことだ、話さなくてはならない……。
できれば口に出すのもおぞましいので話したくもないが……。
「……シムゴスっていうのは本来なら、国際的最優先駆除対象、所謂、十字軍案件に選ばれてもいいぐらいの超危険オリジンズだ」
「……全然、言っている意味がわからん!!」
黙って聞いていた蓮雲が何故かちょっと偉そうに腕なんて組みながら、自分のバカさをアピールする。しかし、そんな彼とは逆に他のみんなの顔はどんどん青ざめていく。
ランボの言葉でシムゴスのヤバさを理解したのである。
「なんなんだ!その国際とか十字軍とか……おれにもわかるように説明しろ!!」
シリアスなメンバーを尻目に蓮雲の厚顔無恥さは加速していく!このままでは話が進まないのでアツヒトが助け船を出す。
「国際最優先駆除対象ってのは、そのオリジンズが現れたら、各国協力して処理しましょうね、ってことだ……ヤバいくらい強いからな……」
「な……そんなにか……?」
「そんなにだ。で、そのオリジンズを討伐するために各国から選りすぐられたメンバーで結成するのが十字軍……国同士の戦争なんかで協力し合う連合軍や同盟軍なんかと区別するためにそう呼ばれている」
「め、めちゃくちゃヤバいじゃないか!?」
「だから、さっきからそう言ってるでしょうに……」
ようやく事態を把握した蓮雲が夜の闇に吠える!普段なら強者との戦いと心踊らせる彼ではあるが、さすがに国を複数相手にするような奴とは刃を交わしたいと思うほど愚かではない。ランボやアツヒトの話が本当だとしたら、個人でどうにかできる問題ではないじゃないと、背筋が凍った。
「でも、さっき……本来なら……って言ったよな?ってことはそのシムゴスは十字軍を結成する必要ないってことじゃないのか?」
蓮雲に続いてアイムが質問する。確かに彼女の言う通り、シムゴス討伐のために十字軍が結成されたことは一度もない。
けれども、それはある特別な事情があってのことだった。
「あぁ……君の言う通りだ……」
「じゃあ……」
「違うんだ、アイム……シムゴスが国際駆除対象に選ばれてないのは、圧倒的な力を持つと同時に、圧倒的に寿命が短いからだ」
「寿命が……?」
「そうだ……今まで確認された個体は三日から五日で、もれなく死んでいる。専門家の見解でも長くても一週間が限度だろうと………」
「つまり十字軍なんて作っている間に死んじゃうから、除外されてると……」
「そういうことだ」
意外な答えに驚きを隠せないアイム。しかし、ほんの少しだが希望が見えてきたように思える。
「三日ぐらいなら持つんじゃないか?暴れるとは限らないし……」
今までの情報をまとめると、そういう考えになってもおかしくはないだろう。けれども、現実とは非常なものだ。
「その三日で小さな国が滅びた」
「えっ!?嘘だろ!?」
「残念ながら、嘘じゃない……」
本当に残念そうにランボは首を横に振った。
「それに暴れないで、おとなしくしてくれるってのも、今まで確認された例では一度もなかった」
「そんな……」
僅かな希望も消えてしまい、言葉を失うユウ……小さな身体が微かに震えている。
「専門家の間でも色々な見解があるが、今、一番有力なのはシムゴスは突然変異で生まれるって説だ」
「突然変異だと……?」
黙ってしまった人間たちに代わり、シルバーウイングが相槌を打つ。AIであるからか、恐怖心というものは他のメンバーより薄いようだ。
「あぁ、何らかのオリジンズが、何らかの特殊な環境において、何らかの影響を受けると誕生する……偶然が生み出す悪魔……」
「そうか……イレギュラーで生まれた存在だから、頭もイカれちゃったのか……」
「あぁ……シムゴスに善も悪もない……ただ目につくものを破壊するだけ……!だからあいつはこう呼ばれている“生きた災害”と………!」
「災害か………」
…………………………
ついにAIも説明していたランボも黙ってしまい、重苦しい雰囲気が場を包み込む。この空気を打ち壊すのはもちろんあの二人だ!
「辛気臭いな!やると決めたらやるしかない!なるようになるし、なるようにしかならねぇよ!」
「とりあえず、奴を市民のいるところに近づかせるわけにはいかない……そして、それができるのは俺たちだけだ」
「ナナシ!ネームレス!」
トレーラーで新装備を受け取った二匹の竜が帰って来た!
紅き竜は追加装甲と武器を全身に装備し、手には身の丈ほどある銃を持っている。
対して黒き竜は背部や脚部に高機動を可能にするスラスターを取り付け、腕にはドリルがついていた。
「ケニーとマインが各所に連絡して、対抗策を練ってる……俺たちはそれが思いつくまで、奴をここで足止めする」
みんなを鼓舞しようとするナナシだが、話している内容は現時点では何も打つ手がないということを宣言しているだけだ。けれど、今は、その空元気が頼もしい。
「ふん、言われなくても、噂のリンダに世話になった分は働くさ」
ネームレスも彼なりにみんなを元気づけようと、らしくないセリフを挟みながら、静かに闘志を燃やす。
「ギシャァァァァァァァァァァッ!!!」
バゴォォォォォォォォォォォン!!!
「――!?……来たか………」
突然、不愉快な叫び声とともに洋館が吹き飛ぶ!羽化したての半覚醒の状態から、ウォーミングアップを終え、万全の態勢になったシムゴスがネクサスの前に姿を現した。
「こ、これが………」
「正直、今すぐ逃げ出したいな……」
「ヤバいとか、強いなんて言葉が陳腐に思える……無茶苦茶だ……!?」
「それでも……やるしかないだろう!!」
「ひひん!!!」
「えぇ!みんなと一緒なら!!」
「このシルバーウイングの優秀さを証明してやる!」
恐怖を感じながらも、皆、覚悟を決める!個性的でバラバラの心は神凪の平和な未来と笑顔のために今、一つになったのだ!
「よし!ナナシガリュウ・ブラスター!」
「ネームレスガリュウ・クラッシャー!」
「そしてネクサス!行くぞ!!!」
「「「おう!!!」」」
勝機のない総力戦が今、始まる………。




