共鳴
「怒らないって言ったじゃん!」
「怒ってない!」
完全に怒っている。ネームレスにとって最も触れられたくないコンプレックスを土足で踏みにじられたようなものだ、当然のことだろう。
勿論ナナシにはそんなつもりは毛頭ない。
「言っとくが、別にお前のことをバカにしているわけじゃないぞ。っていうか、そこで怒りを覚えるところが、お前が完全適合を使えない理由だ」
「何……?」
ナナシの弁明、説明をネームレスは理解できなかった。ただその真面目なトーンから、彼の言っていることは本当なのだということだけはわかった。だから、どうしようもなくもどかしい。
「どういうことだ………?」
「言葉で言っても意味はないよ。完全適合は心の力だから、心の底から理解しないとな。悩んで悩んで、自分で答えを見つけないと」
「……そういうものか……いや、そういうものだな……」
今度はなんとなくわかった。
そもそもネームレスは今までの人生のほとんどで誰かから教えを受けたことなどなく、自分自身で考え、答えを見つけてきた。自分で勝ち取る大切さを彼は重々知っている。そのことをもっと誇りに思えばいいのだが……。
怒りが収まるなんてレベルを越えて、落ち込み始めたネームレスの姿にナナシも申し訳ない気持ちになる。
「あぁ……うん……あれだ」
「なんだ急に?」
「とりあえず、ただのガリュウって言うんじゃなくて、自分の名前をつけて、“ネームレスガリュウ”って言うようにしろよ。あと、必殺技に名前もつけろ」
「はぁ!?」
また意味がわからなくなった。ナナシとしては真面目なアドバイスだが、ネームレスにはからかわれているようにしか感じない。だから、再び怒りが沸いてきてしまう。
「何でそんな恥ずかしいことを俺がしなければいけないのだ!?ナルシストのお前と一緒にするな!!」
「あぁん!?」
ネームレスの言葉は半分は当たっていたが、半分は間違っていた。ナナシは確かにナルシストなところもあるが、それだけで愛機に自分の名前をくっつけたり、必殺技を叫んでいるわけではない。
それこそ科学的な論理の元に行っているのである。
「いいかネームレス!!無知なお前に教えてやる!特級ピースプレイヤーは装着者の好みの色や、形に変えたり、愛称をつけたりすると適合率が上がるってデータがあるんだよ!俺がわざわざ“ナナシガリュウ”なんて言ってるのも、自己と同一化して適合率を上げるためなの!」
「――な!?本当か……?それ?」
「本当」
ショックだった。ネームレスはただのおふざけの一種だと、下らないお遊びだと思っていたことが、きちんとした意味を持っていたことが……。
「じゃあ、必殺技を叫ぶのも……」
「そう。ストーンソーサラーのやり方の応用。呪文だったり、動作だったりを決めて、技を放つと威力や精度が上がるってのも研究で証明されてる。所謂ルーティンってやつ」
「そ、そんな……」
「伊達や酔狂でやってるんじゃないんだよ」
ネームレスは完全に打ちのめされる。自分の無知に嫌気がさしたのはもちろんだが、それ以上にナナシは知っていたという事実……まさに、彼の言っていたことが正しいと突き付けられているようだった。
(これが……“育ち”の違い……俺と奴の差だと言うのか………)
彼の中にこびりついたコンプレックスが再び疼き出す。
(……確かに俺はまともに学校なんて行ったことはないが……戦いにおいてはどんな奴よりも実戦を積んで、理論だなんだと屁理屈つける奴らには負ける気はしなかった……しかし、今は……こいつには……)
彼のプライドが崩れる……いや、ずいぶん前から、きっとネクロ事変の後から、崩れていたんだろう。
そして、それが、それこそが彼が完全適合できない一番の理由なのだ。
だが、悲しいかなそれに気付く余裕も、時間も今のネームレスにはない……。
「ネームレス!来るぞ!」
「……えっ?」
「うおりゃあぁぁぁぁ!!!」
ドゴオォォォォォン!!!
「くっ!?」
再生を終えたマッチョサイエンティスト、クラウチが双竜を踏み潰そうと、空から降ってきた!
ナナシの言葉で我に返ったネームレスは回避に成功!床に何個目かのクレーターが出現する!
「ペチャクチャペチャクチャと下らないことを!今は戦闘中だろ!!」
「ぐっ!?」
戦士の心得をよりによって科学者に教えられる。この短時間でコンプレックスいたぶられ続け、ネームレスの心はボロボロだった。
「この!お前に何がわかる!!」
ネームレスはブレードを召喚し、クラウチに斬りかかる!ただ衝動に身を任せた攻撃……そんなものが通じるほど甘くはない。
キン……
「ふん」
「な!?」
二本……たったの指二本で刃を挟まれ止められる。もちろん受け止めただけでクラウチが満足するわけはない。
「まずは一匹!!!」
ブォン!!!
太く、鋼のように硬いクラウチの脚を思い切り振り抜く!空気を切り裂き、黒き竜に迫る!
「しまっ……」
ガギン!!!
「……ッ!このバカたれが……!!」
「ナナシ!?」
クラウチの蹴りをナナシが割って入って斧で受け止めた……いや、受け止めきれてない!
「オォラァッ!!!」
ドゴオォォォォォン!!!
「がはぁ!?」
「ぐぅ!?」
双竜まとめて壁に凄まじい勢いで叩きつけられる!これでもナナシが威力を多少は殺したというのが、恐ろしい。
「ふん、仕留め損ねたか……だが、ほんの少しだけ寿命が延びただけだ……!」
クラウチはゆっくりと双竜に向かって歩き出す。勝利を確信し、自分の力に酔っているのが見て取れる。
「この……くそジジイが……!」
「ナナシ………くっ!?」
なんとか態勢を整え、迎撃の準備に取りかかるナナシ。
片やネームレスは自分のミスをナナシにカバーされた情けなさに打ちひしがれる。
「ナナシ・タイラン……俺は………」
「あぁん?礼も謝罪もいらない。気色悪い」
そう、今必要なのはそんなものではない、クラウチに勝つ方法だ!ただ、自信を失ったネームレスには何も思いつかない。
対してナナシは何かを掴んだようだ。
「……ネームレス……自分を信じろ……」
「な、何を急に……?俺を励ましているつもりか!?」
「そんなんじゃねぇよ……」
言葉通り、ナナシにネームレスを励ますつもりなど更々ない。この状況を打破するのに必要だから言っているのだ。
「言いたくないが……お前は完全適合なんて使わなくても十分強いじゃねぇか……」
「!?」
「お前が普段通りの力を出せば、誰にも負けないはずだぜ……!あの時、あの船の上での戦いの時だってそうさ……」
「ナナシ……」
照れくさそうに話すナナシの態度が、その言葉が心からのものだと証明している。
ある意味ネームレス本人以上に彼の力を理解し、評価しているのがナナシ・タイランなのである。
「だとしても、あいつには……」
「そこが間違っているんだよ。冷静になれよ。あいつがネクロより強いと思うのか?」
「――!?確かに……ネクロと…シュテンと比べたら……」
「なっ、そうだろ?身体能力は上がっても所詮は科学者なんだよ。修羅場をいくつも乗り越えてきたネクロの足元にも及ばない。そして俺たちはその圧倒的に強いネクロに勝ってんだぜ……!」
ナナシの言葉でオノゴロでの決戦がフラッシュバックすると、砕け散っていたプライドが再び形を取り戻していくような気がした。
「再生能力だって、お前の弟分の触手の方が凄かった」
「あぁ……そうだな……」
シンスケの顔も思い出す。この戦いはそもそも彼の弔いのためのものだ。
そう思うと、沸々と怒りの炎も再燃していく……。
「だから………」
「あぁ……お前の言いたいことはわかった……!」
ネームレスの目に光が戻り、身体中に力がみなぎる。
「あいつは、俺の……俺たちの敵じゃない!」
「その通り!」
再び双竜の黄色の眼がクラウチに照準を合わせる!自信に満ち溢れる竜の間は空気が歪んでいた。熱と冷気が衝突しているのだ。
「俺たちの敵じゃない……だと?笑わせるな!!!」
言葉の通り笑みを浮かべながら、猛スピードで突進してくるドクター・クラウチ!
自信というなら彼も負けていない!ましてや、ここまでの戦いは優勢に進めているのだから。
「ナナシ!」
「おう!ガリュウロッド!」
紅き竜が武器を呼び出し、前に出る!しかし、そんなことお構い無しにクラウチが拳を振るう!
「うおりゃあ!!!」
ブゥン!
「ほいっと!」
「――ッ!?」
拳は空を切る……。紅き竜はロッドを使い、棒高跳びの要領で、空中に跳んで攻撃を回避したのだ!さらに……。
「ガリュウウィップ!ウラァ!」
グン!
「何!?」
鞭を呼び出し、クラウチの拳に巻き付け、力の限り引っ張る!腕が開き、懐ががら空きになったところに黒き竜が入ってくる!
「はあっ!!」
ゴギャ!!!
「ガハッ!?」
グローブを纏った黒竜の拳が科学者の脇腹に炸裂する!骨が砕けるが、すぐに再生を始める。しかし、痛みは感じているようで、先ほどの笑みは消えていた。
「こ、この!がらくたがぁ!!!」
鬼の形相で反撃を試みるドクター!逆の拳をネームレスに振り下ろすが……。
「遅い!ガリュウランス!!」
ズブッ!!!
「ぐああっ!?」
あっさりと回避された上、腕が槍に上から貫かれ床に釘付けにされる!さらに!さらに!
「ナナシガリュウ!」
「わかってらぁ!ガリュウハンマー!」
ゴォン!!!
「が!?」
戦鎚で思い切りクラウチの側頭部を殴りつけると、クラウチの視界に火花が散った!なんとか態勢を立て直そうと頭をブンブンと振り、視力を取り戻す……取り戻したはいいが、クラウチの目に入ってきたのは双竜の足の裏だった!
「「 ウリャアッ!!!」」
ガァン!
「ぐふっ!?」
双竜の飛び蹴りを食らい、鼻血を吹き出す科学者……もはや先ほどまでの余裕などない!
「貴様らぁぁぁぁぁッ!!!」
威勢よく突進するクラウチ。だが、彼の攻撃が双竜に当たることは二度となかった。
逆に双竜の攻撃は全て的確に、確実に自称究極の存在を追い詰めていく。
二人の連携は回数を重ねるごとに精度を増す……いや、もはやそれは連携というレベルを越えていた。本人たちもその異常さ、両者を包む不思議な感覚に気付き始めていた。
(これは……あいつの……ナナシの考えていることがわかる……)
ネームレスはその感覚に戸惑いを覚えたが、悪い気はしない。むしろ心地良さを感じていた。
(この感覚………どこかで………)
一方のナナシはそれに既視感があった。どこかで……あのスクラップ場で……。
(ユウの……ストーンソーサラーの攻撃を感知した時と似ている……そうか、二体のガリュウは元々一匹の特級オリジンズ……二体が共鳴して、俺とネームレスの感情や考えをお互いに伝え合っているのか……)
ナナシの推察通り、それは同じ特級オリジンズから作られたピースプレイヤーだからできる裏技のようなものだった。ただし、装着者同士の相性も良くなければ成立はしない。
その点ナナシとネームレスはバッチリだった……本人たちは不本意だろうが。
(つーか、ネクロと戦った時も多分、無意識でやってたな、これ……)
(つまり、今の俺達ならネクロより弱いマッチョサイエンティストごとき目じゃないってことだ!)
今のナナシとネームレスは二匹の竜ではなく、一つの意志の下に動く双頭の竜……。
そんな彼らに勝つ手立てなど戦闘においては素人のドクター・クラウチにはなかった。
「「オラァ!!!」」
ゴギャ!!!
「ぐはっ!!?」
「痛いか?痛いよな?痛くなるようにやったからなぁ!!」
双竜の拳が科学者の鳩尾に突き刺さる!ナナシの言葉通り耐え難い痛みを感じながら、よろよろと腹を抑え、後ずさるクラウチ……。
いつの間にか身体中に傷がついている。当然、こんな惨めな状況はクラウチの予想していたものとはまったく違う。
(こ、こんなことがあってたまるか!今の私は科学と野生を融合させた究極の存在!あんな玩具なんかに……!!)
ブラッドビースト研究者として常日頃から感じていたピースプレイヤーへのコンプレックスが噴き出す!けれど、この状況がどちらか上かを端的に表している。
(あんな!あんな!あんな………あっ)
その目に映る双竜の姿にクラウチは気付いてしまった。できれば一生気付きたくなかったことに……。
(ま、まさか!あいつらが科学と野生の融合の完成形なのか!?あいつらこそが本当の……!?)
絶望が彼の心を支配していく。目の前にいる彼らが自分が長年追い求めていたものだなんて……。
「認めない!認めないぞぉッ!!!」
部屋中に悲痛な叫び声がこだまする。それには双竜も哀れみを感じた。
「何を認めないかは知らんが、あんたはやり方を間違えた……その類い稀なる探究心は尊敬に値するのに……残念だ……!」
ナナシガリュウの手にマグナムが出現する……引導を渡すつもりだ。
「そして、過ちは償わなくてはならない……お前に必要なのは懺悔の心だ!」
どこか自分に言い聞かせるような言葉を発しながら、ネームレスガリュウはブレードを召喚した。こちらも気持ちは同じようだ。
両者が構えを取る。必殺技の!
「終わりだ!ドクター・クラウチ!太陽の弾丸!」
ドシュウゥゥゥゥゥゥゥ!!!
毎度お馴染みの必殺技名を叫びながら、引き金を引くと、いつも通り凄まじい光の奔流が銃口から放たれる!ナナシの理論を証明するような威力と精度だ!
「ふぅ……試しにやってみるか……」
一方のネームレスはいつもとは違う。少し恥ずかしいが、ナナシの言葉には説得力があったので従ってみることにしたのだ。
身体をひねり、準備は完了!あとは名前を叫ぶだけ……自身の必殺技の名前を!
「………『月光螺旋撃』……!」
ブォン!!!
ネームレスガリュウはブレードを構えながら、高速できりもみ回転し、全身を漆黒のドリルにして突っ込んでいく!これがネームレスガリュウの必殺技、『月光螺旋撃』だ!
ギャリギャリギャリギャリギャリ!!!
「ぐおぉぉぉぉぉっ!?」
黒き竜の刃がクラウチの肉体をえぐり、削り、貫く!
ジュウゥゥゥゥゥゥッ!!!
「ぐああぁっ!!?」
紅き竜が放った光がクラウチの肉体を焼き尽くし、溶かしていく!
「認めない!私は決してこんな結果!認めないぞぉッ!!!」
ドゴオォォォォォン!!!
最後まで自分の敗北を認めずに、ドクター・クラウチは壁を突き破り、暗闇に消えて行った。
ナナシとネームレス、双竜タッグの完全勝利である。




