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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nocturne
85/324

到達点

ミリ…ミリ……ミリ……


 双竜に掴まれたドクター・クラウチの肉体が音を立てながら、みるみる膨らんでいき、羽織っていた白衣が破れる!

 その異常としか言えない現象に二人の生存本能が警鐘を鳴らす。

「ナナシ!」

「ちっ!」

 双竜は老人の身体から離れ、間合いを測る。自慢することではないが、彼らは同じような光景を見たことがある。どこにでもいる普通の人間が醜い肉の塊に変わり果てていく姿を……。


グバァ!


 一気に体積が増え、ナナシたちが見上げなくてはいけないほど巨大化する。今日二回目、トータル三回目となるその怪物との遭遇にナナシは苛立ちを隠せない。

「バカが!何回繰り返すんだよ!こんな下らないこと!自分自身まで犠牲にして!」

 ナナシは老人の行為が自分の罪から、そしてこれから下されるであろう罰から逃げるためのものに思えて、許せなかった。好き勝手やっておいて最後まで責任を取らないなんて、この老人にそんな終わりは相応しくない。

 けれど、ナナシは勘違いしている……。

 さっき、クラウチが自分で言っていたように、彼はこんなところで終わるつもりなど更々ないのだ。

「……いや、待て!……違う……?…壊浜と……シンスケの時と違うぞ!?」

 その異変に先に気づいたのはネームレスだった。だだっ広い部屋の高い天井すれすれまで大きくなっていた肉が徐々に縮小……逆に小さくなっていっていることに……。

「どういうことだ……?急に小さくなって……何が起きているんだ、ネームレス……?」

「俺に聞くな……ただ……ろくなことにはならないだろうな……!」

 双竜はいつでも戦闘に移行できる覚悟をしつつ、経過を見守る。

 頭の中ではこれから起こること、その対処法を必死に記憶の中から探しているが、一向に見つからない。何が起きているのかわかっていないのだから、何をするべきなのかもわからないのだ。

 考えがまとまらない双竜を尻目に老人の変化は最終段階に……醜い肉の塊が、再び人の形になり始める。

「が……グッ………」

「これは………?」

「……人間に……戻っていく……?」

 うめき声のようなものを上げながら、ディテールを整えていく。元が小柄で痩せ細った老人だとは思えないほど、“それ”は均整の取れた彫刻のような肉体をしていた。

「……………ふぅ………成功だな………」

 変化を終え、元老人は先ほど破れた白衣の切れ端を腰に巻いた。その行動、そして言葉を発したことから、今までの怪物と違い知性と人格が残っていることがわかる。

 クラウチ自身もその結果に満足したようでニヤリと嫌な笑みを浮かべながら、遠目で様子を伺っている双竜に自慢気に話しかける。

「どうだい?ナナシ・タイラン、ネームレス……これがブラッドビーストの……科学の到達点だよ」

 声も若々しさを取り戻し、まるで別人のよう……ただ、彼が纏う妙な、気味の悪い威圧感は変わらない。

「……何が到達点だ。ただちょっと若返って、筋肉ムキムキになっただけじゃねぇか。そんなもん美容整形の範疇だろうに。今までのブラッドビーストの方がよっぽど凄かったぜ」

 ナナシの言い分は最もだ。その変化の過程や元が老人だということこそ異常だったものの完成したのはただの人間……。異形の獣人と相対し、戦った彼からしたら、物足りないと感じるのは当然のことだろう。

 しかし、心のどこかではそのただの人間に恐怖を感じている。彼が煽るような発言をしたのもそれを誤魔化すためだ。

 それを知ってか知らずかクラウチは動揺する素振りもなく、自身の研究発表会を続ける。

「わかっていないな、ナナシ・タイラン。私はお前が生まれる前から、人間を越えるための研究をしてきたのだぞ」

「その答えがブラッドビーストだろ……?」

「そうだ……人の知性を持ちながら、獣の力を振るう……それがブラッドビーストの原点!けれど、私はその研究の中で気づいた……人間の心は!人間の知性は!人間の肉体を操る時に最大の力を発揮すると!人間を越えるためには人間で無くなるのではなく、人間を極めるべきなのだと!!!」

 自らがたどり着いた真理を愚者どもに教えてやるはた迷惑な賢者。自己満足でしかない行為で、恍惚の表情を浮かべるこのジジイに、双竜は不快感を感じる。

「そして完成したのが、この姿!人間のまま、人間を越える力を持つ!これが科学と野生の融合!生物の完成形だ!!!」

 自分の理論に酔いしれ、シワが消え、肌艶の良くなった拳を高く突き上げる!

 確かに理論的にはわかるような、わからないようなという感じだが、まだ彼の研究を認めるわけにはいかない。それはクラウチ自身もわかっている。

「………と、言ったものの……科学者として、研究者として理論を実証するには“結果”が足りない……“結果”が出なければ、それはただの戯れ言だ………だから!」

 空気が変わる!双竜は知っている、これは戦いの火蓋が切って落とされる前の雰囲気だ!

「お前たち二人を倒して、我が説を立証させてもらうぞ!!」

 クラウチの身体が一回り大きくなる!全身の筋肉が隆起したのだ!そして、それが彼の戦闘態勢だというのは誰の目から見ても明らかだろう。

「ネームレス!」

「わかってる!」

 双竜はわざわざ先手を取らせるつもりはないと、先ほど老人を取り押さえた時と同じように息を合わせて飛び出す!

「ガリュウバズーカ!」

「ガリュウショットガン」


バァン!!!


 突進しながら、銃火器を召喚し、躊躇することなく引き金を引く!見た目は人間でも、彼らの今まで培った経験と本能が、中身は別物だということを教えてくれている。

「ふん……そんな玩具など………」


ドゴオォォォォォン!!!


「私の究極の肉体に傷一つつけることもできないわ」

 その言葉通り、銃弾の嵐をまともに受けてもぴんぴんとしている。だが、双竜のターンはまだ終わったわけではない!

「ガリュウサイズ!!」

 クラウチの背後に大鎌を振りかぶった黒竜が出現する。彼の十八番のステルスアタックだ!竜はそのまま刃を自称究極人間の首に向かって振り下ろす!

「獲った!」


ガギン!


「――な!?」

「その程度か……ネームレスよ」

 鎌はクラウチの首にヒットするが、彼の首を切り落とすどころか、逆に鎌の刃が砕け散る!クラウチの皮膚はそれほど硬いのだ。

 痒みすら感じないクラウチは当然、すぐに反撃に転じる。

「がっかりさせるなよ……!」

 クラウチが大鎌の柄を掴み……。

「その程度じゃ!私の研究の素晴らしさの証明にならんだろうが!!!」


ブウン! ドオォォォン!!!


「ガハッ!?」

 そのまま力任せに投げ捨てる!鎌を離す暇もなかったネームレスガリュウは壁に叩きつけられ、大きなクレーターを作ってしまう。

「素晴らしさ!?そんなもん、てめえの研究にはねぇんだよ!!」

 一匹駆除したから一休み……というわけにはいかないようで、紅き竜が続けて強襲する!

 こちらは戦鎚を振りかぶり、自称天才科学者のご自慢の頭にまるで釘を打ち込むように振り下ろす!

「無駄なことを……」


ガシッ!


「ちっ……」

 ナナシガリュウの全力、全体重を乗せた一撃をクラウチはいとも簡単に受け止めた!

 しかし、ナナシの方も先ほどのネームレスとの攻防を見ていたので、すぐに戦鎚から手を離し、次なる攻撃に移る!

「ガリュウグローブ!!」

 紅き竜の拳が巨大化する!全身で見ればクラウチの方が大きいが、拳のサイズはこれで上回った!問題は威力だが、それも折り紙つき。手の甲からエネルギーを噴射し、拳はぐんぐんと加速していく!

 クラウチは戦鎚を投げ捨て、こちらも拳を握る……正面から迎え打つ気だ!

「オラァッ!!」

「ふぅん!!」


ゴォン!!!


 拳同士が凄まじい勢いでぶつかると、なんとも言えない鈍い音が部屋中に響き渡り……。


バギッ!!!


「ぐっ!?」

「ぬっ………」

 両者の拳が砕ける!相打ちだ!二人の視界でキラキラとグローブの破片と真っ赤な血が輝く!

 たじろぐナナシ、一方のクラウチに焦りや戸惑いはない。なんてたって今の彼は究極の存在なのだから。

「今のは中々良かったぞ。だが!」

「……何!?」

 クラウチの拳がみるみる再生していく!この時、初めてナナシは自分が敵にしてきたことの恐ろしさを実感する。

(攻撃を与えても、傷をつけても、すぐに回復されてしまうっていうのは予想以上に絶望的だな……今まで俺を相手にしていた奴らには悪いことをした……!)

「これが私の研究の成果だぁッ!!!」


ドゴオォン!!!


「ちっ!?」

 再生したばかりの拳を振り下ろす!ナナシは回避するが、床には大きな穴が開く。けれど、クラウチの攻撃はそれだけではなかった。


ガシッ!


「ぐっ!?この!?」

「捕まえたぞ……ナナシ・タイラン!」

 ブラッドビーストを凌駕するほどの反射速度でパンチを放った逆の手で、紅き竜の頭部を鷲掴みにする!そして………。

「見えているぞ!ネームレス!!」


ガァン!!!


「ぐはっ!?」

「がっ!?」

 まるでナナシガリュウを自分の武器のように振り回し、奇襲をかけるネームレスガリュウにぶつけ、迎撃する。

 黒き竜はその漆黒の装甲をこぼれ落ちる鱗のように撒き散らしながら吹っ飛び、床に仰向けに倒れる!

「……ぐぅ……ここまで……」


ガシン!!!


「とは!?」

「はあッ!!!」

 ネームレスは起き上がろうとするが、その眼前には巨大な手のひらが迫っていた!彼もまたナナシのようにクラウチに捕まってしまった!

 その巨大な手のひらに掴んだ二人をクラウチは……。

「ふん!」


ガァン!


「ぐっ!?」

床に叩きつけ………。


ギャリギャリギャリギャリ!!!


「があっ!?ぐっ……!?」

 そのままの状態で走り出した!双竜は床をえぐり、背中の装甲を削られる!クラウチの腕を掴み、足をじたばたと動かして脱出を計るが、その超パワーの前では何の意味もなかった。

「崇めろ!称えろ!頭を垂れて膝まずけぇ!これが!」

 そして、クラウチは双竜を持ち上げ……。

「究極の存在になった私の力だ!!!」


ガァン!!!


「ぐっ!?」

「あっ!?」

 壁に思い切り押し付ける!衝撃でまた壁には二つのクレーターが出現した!さらにクラウチは両手に力を込めていく。

「このまま、この小憎らしい竜のマスクごとお前らの頭蓋を握り潰し、床に脳ミソをぶちまけてやろう!!」

「ふざけ……」

「るなぁ!!!」


ガンガンガンガンガンガンガンガン!


 双竜は自分たちの頭を掴んでいる太い腕にパンチや手刀を浴びせるが、クラウチは全く微動だにしない!

「無駄無駄ぁ!言ったはずだろ!今の私は科学の到達点!完成形!お前たちの纏うがらくたではどうすることもできないんだよ!!」


ミリミリミリ……


「「ぐわあっ!?」」

 さらに力を込めると双竜の頭にひびが入り始める。このままでは、このいけ好かない老科学者の言う通り、脳ミソが外に飛び出すことになる……そんなのはごめんだ!

「到達点とか………完成形とか………大げさなんだよ!!」


バリバリバリバリバリ!!!


「ぐっ!?何!?」

 ナナシガリュウの二本の角から激しい音を立てて電撃が発せられる!

 『なんか出たサンダー(仮)』である!雷はクラウチの腕を痺れさせ、焦がす!

「……少し……驚いたが………だからどうした!!」

「ぐぅ!?」

 けれども、手を離してしまうほどの威力ではなく、無惨にも紅き竜は光を発しながらさらに壁にめり込んでいく。

 そんな紅き竜を横目で見つつ、黒き竜はこの状況で新たな挑戦を始める。

「どういう原理か………わからんが……あいつにできて!俺たちにできないはずはないだろう!ガリュウ!!」


……………………………


「くそッ!?なぜだ!?なぜ出ない!?」

 ネームレスもナナシを見習って電撃を出そうと試みるが、うんともすんとも言わない。

「ふん、黒の方は電撃は出せないようだな……」

「この!?」

 クラウチに鼻で笑われ、ネームレスに怒りの炎が灯る!

「何でもいいから出ろ!というか出せ!ガリュウ!!!」


ビュウ!!!


「ぐあっ!?」

「なんか出た!?」

 ネームレスガリュウの額、サードアイと呼ばれる部位から、真っ直ぐと光が伸び、クラウチの顔面に直撃する!『なんか出たビーム(仮)』の誕生である!

 原理としてはサンダーと一緒なのだろうが、距離を取って戦いたいナナシが、周囲への牽制としてサンダーが発現したのに対し、両手にブレードを持ち、近接戦闘を得意とするネームレスは手を使わずに遠距離にも攻撃できるように、エネルギーを収束し、射程距離の長いビームが発現したのであろう。

 さすがに顔面への攻撃にはクラウチも怯み、たまらずナナシとネームレス、二人とも放してしまう。

「ぐぅ……!?小癪な!?」

 再生はすでに始まっているが、どうやら先ほどより時間がかかっているらしく、双竜は距離を取り、態勢を整えることができた。

「あの……マッチョサイエンティストが……!!」

 ナナシの怒りを抑えきれない!まさか、科学者の老いぼれにここまでいいようにやられるとは思っていなかった。

 片やネームレスは静かにナナシ命名マッチョサイエンティストを観察している。初めての、なんか出たビーム(仮)で疲れているのもあるが、もっと別のことを考えている……。

 それはネクロ事変の後から彼の頭から離れていないこと……。

「ナナシ・タイラン………」

「ん?なんだ……?」

 ナナシは呼びかけに応じ、ネームレスの方を向く。仮面で表情は見えないが、真剣な顔をしていると雰囲気で察した。

「恥を忍んで言う……教えろ……」

「はぁ?何をだ?……っていうか人に教えを乞う態度じゃないだろう……?」

 この切迫した状況で何の脈絡もないことを言うネームレスにナナシは苛立った。だが、ネームレスはそれでも怯まない……。

 好敵手とも呼べる存在に教えを乞うなど、彼からしてもよっぽど追い詰められて、かつ覚悟を決めてないとしないことなのだから。

「……完全適合だ……あれはどうやるんだ……?」

 ネームレスが屈辱に耐えても聞きたかったこと、それは完全適合の方法……。つまり、自分を打ち負かした相手に、自分をどうやって倒したかを聞いているのだ。

 彼としてもできればそんな惨めなことは避けたかった。

「あぁ………完全適合ね………」

 ナナシは困ったように腕を組み、天を仰いだ。

 彼からしても、それは感覚的でいまだに言語化できていなかった。そして、その感覚で考えるとネームレスは……。

「俺もよくわかってねぇが……多分……多分だけど、今のお前には使えないと思うぞ」

「な!?」

「っていうか……使えるようになっても、お前は使わないと思うぜ。お前の性格的にな」

「何を………」

 ネームレスは言葉を失う。長い間悩み続け、勇気を出して聞いてみたのに、あっさりとそれは無理だと否定された。しかも、使えてもいないのに、こんなにも望んでいるのに、自分は使うことはないと断言された……まったく理解できない!したくない!

「ど、どういうことだ!?なぜ俺には使えないんだ!?」

「いや、ちょっと待てよ!」

 食ってかかるネームレスにナナシは困惑した。

 彼だってネームレスの真剣さや覚悟はわかっている。答えられるなら答えたいのだ。でも、彼自身、先ほども述べたが、感覚で行っている部分が強いので、できないのだ。

「何でもいい!この際何でもいいから!お前はなぜ俺には完全適合が使えないと思ったんだ!?俺とお前じゃ何が違う!?教えてくれ!?」

「それは………」

 気圧されるナナシ……。彼の中では一応の回答はある。

 けれども、それは言葉にすることが憚られることだった。

「………俺が何を言っても怒らない?」

「…………怒らない」

 子供のようなやり取りを大の大人がこの極限状態でする。いや、極限だからこそか。なんにせよナナシも覚悟を決めて口を開く。怒られないことを祈りながら……。

「俺とお前じゃ………」

「俺とお前じゃ……?」

「俺とお前じゃ……“育ち”が違う」

「………あぁ……!?」

 二人の間に不穏な空気が流れ始める……。


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