傭兵、再び
ザンッ!ザンッ!ザンッ!!!
真夜中の演習場、黒に包まれたその場所で文字通り異彩を放つ純白のピースプレイヤー、ルシファー。その両手に持った剣でオルソンだった肉塊から無数に生えて暴れる触手を次から次へと切り裂いていた。
「凄い……」
傲慢で平気で他人を見下す性格の悪いAIが素直に感嘆の声を上げるほど、その剣技は美しく……凄まじい。
「あぁ……ネクサス総出でなんとかなったあれを一人で……一体彼は……」
ランボも同様に見とれていた。さっきまで苦戦していた相手を一方的にあしらうその姿を見ていると自分たちが弱かっただけなんじゃないかと錯覚しそうになる。実際にそれはただの錯覚、ランボもシルバーも十分な実力者だ。
なのに、これだけの差が出るということはつまり……ルシファーが、コマチが強すぎるのだ!
「ふぅ……キリがないな………」
ルシファーが再びプロトベアーの前に降り立つ。確かに圧倒はしているが、このままじゃじり貧、体力の限界などという概念があるかもわからない肉塊に、いずれは逆転されるだろう。
「触手を相手にしても無駄だ。前に戦った時は、本体を叩いた……だから今回も………」
「そうか……」
ランボが経験を元にアドバイスをするが、その作戦を実行できたのはこの倍の数の手練れがいたから……。とてもじゃないが、この人数では……とはいえ、何もしないままでは待つのは死のみ。
ランボも最後の力を振り絞り、元上司だった肉塊を睨み付ける。
「コマチ……オレがなんとか道を作る……だから、君はその隙に本体を……」
「必要ないよ」
「あぁ……そうか………えっ!?」
覚悟を決め、格好いい感じで話していたのに、コマチの意外な言葉に、突拍子もない間抜けな声を上げてしまうランボ。
視線を移動してルシファーの方を見ると、既に剣を納めていた。
「というか、もう終わったよ」
「何を言っているんだ……?君は………」
ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザシュウッ!!
「な…………」
「にいぃぃぃぃぃぃぃっ!!?」
突如として、無数の触手が同時にちぎれ飛び、オルソンだったものの本体から鮮血が吹き出す!
予想だにしない光景にランボとシルバーウイングがこれまた大声を上げる!そうして二人が驚き、考えもまとまらないうちに、他の触手も動きを止め、本体も沈黙していた。
今度こそ本当に決着、オルソンの最後だ。
「これで任務完了……助っ人の出番終了だね」
いまだに状況を飲み込めてないネクサスの二人を尻目に、コマチは仕事を終え、帰り支度を始める。
「それじゃあ、ぼくはこれで……」
「ま、待て!?」
「ん?」
踵を返すコマチを我に返ったランボが呼び止める。さすがに、はい、そうですか、で、あっさり帰すわけにはいかない。
「なんでオレたちを助けた……?なんの目的で、なんのために……?」
「申し訳ないが、話すつもりはないし、必要もないと思っている」
先ほどまでの穏やかで、優しげな口調とは打って変わり、突き放すような冷たい言い方……。ランボとしてはそれでも食い下がって問い詰めたいところだが、助けてもらった手前、それは出来ない。
だから、別の質問をすることにした。
「……ナナシには……会っていかないのか……?」
「……………それも必要ない………」
この質問の答えには迷いが感じられた。
ともに死線を越えた仲間の顔を久しぶりに見たい気持ちもあるのだろうと、ランボは簡単に考えたが、コマチの言葉の中にはもっと深い……決別の意志が含まれていた。
その意志が揺るがぬ内にと、ルシファーが飛び立とうとする。
「待て!」
「まだ何か用か……?」
さすがにこう何度も呼び止められると嫌気が差すが、それでもちゃんと待って答えてくれるコマチの人の良さが出ている。
そして、人の良さではランボという男も負けてはいない。
「ありがとう……助けてもらっておいて、礼もいえないんじゃな……」
「……そうか……」
ランボの感謝の言葉を受け取り、今度こそルシファーは夜空に飛び立ち、演習場から去って行った。それをランボとシルバーは静かに見送ったのだった。
(……ナナシ……もし、君と再会するとしたらきっと………)
コマチは闇夜を切り裂きながら、友のことを思い、彼と自分の数奇な運命を呪う。
再会はコマチの想像通り、そう遠くない未来、ナナシの望まない形で実現されることになる……。
「ほいっと!」
迫り来る無数の触手を傭兵、ダブル・フェイスは一太刀でまとめて切り落とす!
その頼もしいはずの姿をアイムとユウは眺めているが、ルシファーを羨望と感嘆の眼差しで見つめていたランボたちとは違い、その目に宿るのは疑問と嫌悪だ。
「何をしに来たんだ、傭兵……?」
「だから、助けに来たんだって、お嬢ちゃん」
飄々と答える傭兵の的を射てない言葉にアイムは苛立つ。彼女が聞きたいのは、何故、なんの縁もゆかりもない自分たちをこの男が助けるのかだ。
「わたしには、あんたに助けてもらう理由が一つも思い当たらないんだが……?」
「あぁ……あれだよ、あれ。俺があんたをライフルで撃っちまっただろう?その罪滅ぼしさ。あん時は悪かったな」
あまりに軽い謝罪、というか本当に悪いことをしたとは思っていないのがありありと伝わる。
そして、真実を話していないことも……。
「別にそのことはいい……あれは実戦……今思えば、対応できなかったわたしが情けないだけだ。それにわたしはそうされても仕方ないことを……あんたを非難できる資格なんてあの時のわたしにはなかった……」
「そうか!そう言ってもらえるとこっちも助かるよ!罪悪感、半端なかったもん!」
アイムなりにあの時のことは消化しているようで、傭兵を責めるつもりはない模様……だとしても、傭兵のまったく心の込もってない言葉には苛立つ。
こんな義理や人情に後ろ足で砂をかけそうな男が自分に利益がないことを嬉々としてやるわけない。つまり、きっとこの戦いに介入することが利益になるのだ。では、彼にとって利益とは……。
アイムはそのこともナナシやマインに聞いていた。
「罪悪感?違うだろ?聞いた話じゃ、あんたは金のことでしか動かないんだろ?」
「うっ!?………そんなことは……ある」
「やっぱり……」
あっさりと金目当ての行動だと白状する傭兵……。なんだかばつが悪そうだが、傭兵なんだから、金銭のために戦うのは当然のことだ。何らおかしいことではない。
問題なのは、この油断ならない男に金を払ってまで自分たちを助けようとしている存在……依頼主のことだ。そもそもこの戦いが行われていることを把握している時点でかなりきな臭い。
「で、誰に頼まれたんだ?」
「それは言えねぇな。俺はプロだからな。お宅もその気持ちはわかるはずだ」
「うっ!?……そう言われると……弱いな……」
依頼主のことを聞いてみるが、もちろん言うはずもない。アイムも答えるわけないとわかりながら、一応聞いただけだが、プロの矜持を出されるとなんだか無粋なことをしてしまったと恥ずかしくなる。
「まぁ……多分、そのうちわかると思うぜ」
「どういうことだ………?」
「だから、いずれわかるって……今の俺の言葉の意味も……ここから生きて帰れたらな」
「……確かに……まずはそれか……」
最終的にうまくはぐらかされてしまったが、傭兵の言う通り全ては命あっての物種……。ここで、あんな怪物に殺されては、あの激闘も、その末に手にした勝利も無駄になる!
「んじゃ……お金のため、命のため、怪物退治といきますか!!」
ザシュウッ!!!
ダブル・フェイスの手に持つアーティファクト、“不忠”が妖しい光を纏いながら、向かって来る触手を一網打尽に!さらに傭兵はライフルを本体に向け、引き金を引く!
バンッ!!!
勢いよく飛び出した弾丸はいくつかの触手を貫きながら、リングを押し潰すほど巨大化したイザベラだったものに接近した!
そして、着弾!
ズブッ………
「ありゃ!?」
弾丸は本体に命中したが、その分厚い肉に衝撃を吸収され、そのまま飲み込まれてしまった。傭兵にとっても予想外だったらしく呆気に取られる。
そのほんの一瞬の間に触手は再生し、今まで以上の数で反撃を開始する!
「うおっ!?こいつ……思ったよりやる!」
触手を刀で切り落としながら、傭兵は自身の見解を改める。彼はてっきり楽で割のいい仕事だと思っていたようだ。
「何をしている!?あんだけ格好つけたのにその様か!?助けに来たんなら、きっちり助けろよ!……あんまりわたしに情けないことを言わせるな!!」
「お、おう」
アイムがそんな傭兵を叱咤する!助けに来てもらっておいてこんなことを言うのはもちろん気が引けるし、戦士としての彼女のプライドに反することだが、背に腹は変えられない。
どれだけ不本意でも今、この状況を打開するには傭兵に頼ることしかないのだ。自分が……自分たちが救われるためには……。
「頼む……わたしのことはいい……せめて、ユウの命を………!そして、できればイザベラにこれ以上罪を重ねさせないでくれ……」
「アイムさん………」
アイムは自己保身ではなく、自分を勝利に導いてくれた小さな名セコンドと、自分が救えなかった元チャンピオンのことを思い、誇りを捨てて発言したのだ。
「ふぅん……お嬢ちゃんにそうまで言われて、応えられなきゃ男が!傭兵が廃るな!いいぜ……ほんの少し、本気を出してやるよ!」
アイムのプライドを捨てた言葉が、ダブル・フェイスの傭兵魂に火をつけた!彼の想いが漆黒の装甲に伝わっていく!それを力に変え、傭兵はイザベラだったものに突進していく!……かに、思えたが。
「行くぜ!……って、思ったけど、あれに直接触るのは気色悪くて嫌だな……」
「「はあっ!!?」」
気合が入ったのはほんの一瞬、傭兵はその醜い肉の塊に自分の愛機が汚されるのを想像して、一気に気持ちが冷めていく。
あまりの変わり身の早さにアイムとユウも声を揃えて呆れる。
「なんだそれは!?気色悪いだと!?傭兵が廃るって言葉はなんだったんだ!?」
「そうですよ!ここで尻込みするなんて……空気読んでください!!」
二人がかりで責め立てられる傭兵だが、涼しい顔をしている。彼女達は勘違いしているようだが、彼は別に戦うこと自体を放棄したわけではないのだ。
「二人とも落ち着けよ!別にあいつを倒せないって言ってるわけじゃない!倒し方を変えようって話だ!!」
「倒し方だと……?」
「あぁ、さっきも言ったが、あんたには悪いことしたからな。特別サービスだぜ!ダブル・フェイス………解除!」
「「はあっ!?」」
再びアイムとユウの声が重なる!目の前で傭兵が漆黒の機械鎧を脱いだのだ。
彼女たちからしたら傭兵の言動は不一致……言ってることとやっていることの整合性がまったく取れていなかった。敵の目の前で武装を解除するなど相手を倒すどころか、自殺行為に他ならない。
「何をしたいんだ!?あんたは!?どういう思考回路をしていたら、そうなるんだ!?」
「あ~、騒ぎすぎだって、大丈夫だから、問題ないから」
戸惑いを隠せないアイムとは対照的に、仮面がなくなり露になった傭兵の顔は至って冷静、むしろ、すでに勝利を確信したような笑みを浮かべている。
「あんた、いい加減に……」
「アイムさん!そんな話してる場合じゃない!来るよ!!」
さらに問い詰めようとするアイムだったが、ユウの言葉で中断される!視界いっぱいに触手がところ狭しと蠢き、こちらに向かって来ている!
「傭兵!もういいから!逃げろ!」
生身の姿でも仁王立ちで動こうともしない傭兵にアイムが逃げるようにと大声を上げる!
けれど、傭兵はその悲痛な声を無視し、一歩も動かない……動く必要なんてないから。
ズン…………
「な!?」
「だから言ったろ………大丈夫だってよ……」
触手は傭兵のまさに目の前で突然、動きを止め、そのまま落下、地面にめり込んだ!
まるで何か見えないものに上から抑えつけられたような触手……なんとか傭兵を貫いてやろうと力を込めるが、もぞもぞと揺れるだけで一向に前には進めない。
「な、何をした……?」
「さぁ?サービスとは言ったが、タネや仕掛けまで教える義理はねぇな」
今まで見たこともない光景に驚愕し、素直に教えを乞うしかできないアイム。その質問に対して傭兵は答える気はないようだ。
彼は知っている自分の情報が知られることのリスクを……だから、彼はこの力を振るうことに躊躇していたのだ。それでも彼は隠していた手札を切った。きっとアイムたちには見たところで理解できないだろうから……。
しかし、彼のその判断は大きな間違いだった。彼自身、情報を得ていないことが仇になった。ユウという少年の情報を……。
「ストーンソーサラー………」
「――!?」
「何!?それは本当か!?何故わかった!?」
「あのベルトのバックルに埋め込まれた二つの石……あれコアストーンですよ……」
ユウが傭兵のマントの下のバックルを指差す。彼の言う通り、そこには二つの石が嵌め込まれていた。
「あちゃー、まさかお前も……?ミスったな……知ってたら使わなかったのに………さすがにサービス過多だぜ、これは……」
傭兵はやってしまったと頭を掻き、天を仰いだ。飄々と適当に生きているように見える、というか実際、そうやって生きている彼でも反省せざるを得ない痛恨のミスだった。
「まぁ……ばれちまったら仕方ない……これ以上、長引くとまた余計なもの見せちまいそうだし……一気に行くか!!」
「えっ!?」
「飛んだ!?」
気を取り直した傭兵が跳躍……いや、跳躍どころの騒ぎではない!先ほど、イザベラが飛び回っていた地点まで、生身の人間が飛んだのだ!
傭兵はイザベラだったものの真上まで来るとその手に持った長刀を振りかざす!
「どっせいぃぃぃっ!!」
そして、その刀を振り下ろすと先ほどの触手と同様に上からイザベラが押し潰されていく!
「あれは………?」
「多分……重力です……あの人、重力を操っているんです!さっきのジャンプは自分の周りを無重力に!触手やあの怪物には逆に通常の何倍もの重力をかけているんです!!」
これまで得た少ない情報からユウは傭兵の能力の正体を推察する。どうやらそれは大正解のようだ。
「まったく……思わぬ伏兵……子供だと思って油断しすぎたな。楽な仕事だと思ったのに……割に合わねぇ。こうなりゃ、八つ当たりで、ストレス発散するとしますか!!」
苦笑いをするしかない傭兵。自分の認識の甘さを恥じるが、最終的にその感情の向かう先は目の前のなんの因縁もない怪物……それが彼の生き方だった。
「他人のせいにできるものは他人のせいにする!できないものも無理やり他人のせいにする!それが俺の流儀だ!!」
いい年した男が、とんでもなくみっともない小物臭い信念を高らかに宣言した!
しかし、その言葉の情けなさとは裏腹に彼の実力は紛れもなく一級品!イザベラだったものはリングを壊し、地面にひびを入れながら地面にめり込んでいく!
ブシュ!ブシュ!ブシュゥゥゥ!!!
肉の塊になったイザベラの体中から血が吹き出した!地面と上からの重力でプレスされ、行き場のなくなった血液が肉を突き破り、外に逃げ出しているのだ。
ドクン……ドクン……ドクン………
気色悪く脈打っていた鼓動がみるみる弱くなっていく……。
ドクン…………ドクン……………
もはや風前の灯火………それを哀れに思ったわけではないが、介錯の一太刀が傭兵から放たれる!
「とどめぇぇッ!!」
ザシュウゥゥッ!!!
妖刀から放たれた衝撃波が、ひしゃげて形が変わってしまったイザベラだったものをさらに二つに分ける!鼓動も完全に停止し、触手も微動だにしない。絶命したのだ。
汚れたチャンピオン、イザベラの虚しすぎる最期である。
「ふぅ………とりあえず、ミッションコンプリートでいいかな」
ふわっと音もなく着地し、身の丈ほどもある刀を肩に担ぎ、こちらへゆっくりと歩いて来る傭兵の姿を固唾を飲んで見つめるアイムとユウ……。
あまりにも規格外の、にわかには信じられない力を目の前で見せられることで、無理やり理解させられた。上には上がいるということを……。
そして、そのコードネームの由来も……。
「ピースプレイヤーと……」
「ストーンソーサラーの二つの顔………」
「故に、“ダブル・フェイス”……ってか」
傭兵は無邪気に笑う。
なぜなら彼は誰よりも自由に生きているから……。
彼の自由を妨げる者も咎める人間もいないから……。
だって、彼はそんな奴らを簡単にねじ伏せられるぐらい圧倒的に強いから……。
「この程度の仕事で、報酬を貰えるなんて……人生って、素晴らしいな」
だから、彼は笑うのだ。




