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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nocturne
80/324

助っ人

「はぁ……はぁ……はぁ………」

「もう終わりだ……降参しろ」

 本来、騒々しい音楽が鳴り響いているクラブで、乱れた息づかいとめんどくさそうな男の声が寂しくこだまする。

 ナナシガリュウとブラッドビースト、ナガタの戦いは一方的なものになっていた。

 渾身の策を破られたナガタはがむしゃらに攻撃を仕掛けるが、簡単にあしらわれ、逆にロッドでめった打ちにされた。

 ナナシ自身、他のネクサスメンバーと違い、ナガタになんの因縁も思い入れもないので、ここまでくると可哀想になって、再び降参を促したのだった。

「わかってるんだろ?お前に勝ち目はない。だが、お前のその能力は優秀だ。罪を償い、鍛えれば人の役に……お前自身の役に立つはずだ。だから、投降してその力とともに人生やり直せ」

 ただ上から言うだけじゃ効果がないと判断したのか、ナナシ自身、ナガタと戦っていて素直にそう感じたのかはわからないが、彼の能力を褒めた。確かに粘着性の糸を吐く能力なんて汎用性が高そうで様々な場面で役に立つであろう。

 けれど、こんなにボコボコにされた後ではいまいち説得力はないし、なによりナガタという人間は人の言葉を簡単に信用する人物ではなかった。

「そうやって……耳障りのいい事言って……騙す奴をたくさん見てきた……おれもそういう奴の一人だ……!」

 ナガタは自身が詐欺師であることから、極度の人間不信に陥っていた。ましてや命を狙った相手に救いの手を差し伸べる人間など、この世に存在するなんて思えない。

 ナナシの言葉は悲しいかな逆効果でしかなかったのである。

「……仕方ない……力ずくで元いた場所に帰ってもらおうか……」

 ナナシも、もう説得は無理だと判断し、ナガタを制圧するためにロッドを構えながら、ゆっくりと近づいていく。

「ぐぅ……」

 啖呵を切ったもののナガタに特に策などなく、このままでは徹底的に棒で殴られてから、刑務所に送り返され、刑期もさらに加算……。

 彼の未来は真っ暗な闇に閉ざされていた。

(…どうすれば………!?……そうだ!まだあれがあった!!!)

 闇の中に光が射す。ただしそれは決して救いの光ではなく、更なる闇への誘い……。

 そんなことも知らずに、ナガタはあるものを取り出す。

「こいつだ!こいつを使えば!」

「――!?おい!お前!それはなんだ!?」

 ガリュウのマスクの下のナナシの顔がそれを見た瞬間、一変する。なんだとは言っているが、彼はそれを知っている。

 ほんの少し前、今ナガタが手にしているものと同じものを壊浜で見たのだ!真っ赤な不気味な薬剤の入った注射器を!

 紅竜がナガタに向かって、一気に加速する!しかし、ほんの一瞬遅かった。

「やめろ!」

「やめないね!!!」


ズブッ………


 ナガタは腕に注射器を突き刺し、中に入っていた液体を注入する。

「こ、これで…………ぐえっ!?……な、な、なんだ……身体が………うぎゅッ……があぁぁっ!?」

 突然、ナガタは苦しみ出したと思ったら、身体がみるみる膨張していった。

 ナナシはそれをただ見つめるだけ、驚きはしない。以前にもその光景を見たことがあるから……。

「ど、どうじてぇ!?こんにゃことにぃ!?」

「てめえが自分で言ってただろ……耳障りのいいこと言って人を騙す奴がこの世には溢れているって……!」

「――!?そ、そんにゃあぁぁぁっ!?」

「素直に俺の言葉を信じていればいいものを!」

 紅竜が咆哮した!行き場のない感情をただ激情のまま吐き出したのだ。

「そうでゃ!おれは………いトゥもそうだぁぁぁっ!!!」

 ナガタは二択を間違えた。信じるべきものを信じず、信じてはいけないものを信じた。彼の人生はいつもそうだった……。結果、彼は刑務所に入ることになり、そして、ついには自分の心と身体さえただ暴れるだけの怪物に変えられてしまったのだ。

「ギシャアぁぁぁっ!」

「人を騙した人間が、騙されて化け物に……確かに自業自得だが、ここまでされる謂れはない……ましてやお前が手を下す資格なんてないはずだぜ、ネジレ……!」

 望まぬ変貌を遂げた詐欺師に憐れみの視線を向けながら、この事態を引き起こした首謀者の名前を呟く。ずっとあの仮面が何を考えているのか、どうやったら止められるのかと思案し続けていたが、結局今日まで何もできなかった。

 そして、また新たな犠牲者が……そのもどかしさが怒りへと変わり、ガリュウに伝わっていく。

「……ナガタ……悪いが、もうお前に差し伸べる手は俺にはない……ガリュウマグナム!」

 ナナシガリュウの手に拳銃が握られた!

 それは相手を降参させる戦いではなく、相手の命を奪う戦いにシフトした証!

 ナナシのやりきれない思いが紅の装甲に、銃のグリップに伝わる!

「こいつで終わってくれよ!太陽の弾丸!!」


ドシュウゥゥゥゥゥゥゥ!!!


 引き金を引くと同時に銃口から凄まじい熱と光の奔流が醜い肉塊と化したナガタに向かっていく!

 ナガタだったものは身体中からおぞましい数の触手を生やし、それを器用に布のように編み込み、重ね合わせて防御した!

 触手は光に触れた瞬間消し炭へと変わり、光は肉の壁を次々とこじ開けナガタ本体へ……。

 しかし、ほんのわずかに足りなかった。

「ちっ!?届かないか……!」

 ナナシガリュウの必殺技は数多の触手と何重もの肉の壁を破ることに力を使い果たし、本体を貫くには至らなかった。

「そりゃあ、壊浜の時は六人と一AIが力合わせてやっとだったからな!俺一人じゃこんなもんだろう!チキショーが!」

 毎度恒例の当たって欲しくない予想が当たり、苛立ちを隠せない。いや、隠さずに苛立ちまくるナナシ……。

 怒りと後悔と虚しさに苛まれる彼にナガタだったものが反撃を開始する!

「うおっと!?」

 襲いかかる触手を軽々と避けるナナシだが、その心は重苦しさで押し潰されそうだった。この状況を打破する見立てがまったくないのだ。

「はてさて………どうするかな……!」



「アイムさん!?」

「わたしは大丈夫だ!ユウ……今のところはな……」

 ナナシが触手相手に右往左往としている頃、アイムとユウも同じように触手に襲われていた。

「堕ちるとこまで、堕ちたと思っていたが……まさか、さらに下があるとはな……こんな醜悪な肉の塊になることがあんたの望みだったのか!?イザベラ!!」

 アイムの呼び掛けにイザベラは応えない……永遠に返事をすることはないだろう。

 彼女は目を覚まし、自分の敗北を知ると自暴自棄になってナガタ同様、注射器を取り出し、自らに打ち込んだ。結果ももちろんナガタと同じ……。

 かつてリングの上で高らかにベルトを掲げたチャンピオンは、今リングを覆い尽くす理性無き醜悪な肉の塊に成り果ててしまった。

「この!鬱陶しいんだよ!」

「くそ!?ウジャウジャと湧いて来て、気色悪い!」

 ユウは念動力で瓦礫を操り、触手にぶつけるが、焼け石に水……。破壊しても次から次へ新たな触手が生まれ勢いを止めることもできない!

 アイムの方はというと激闘を終え、怪我を負った状態……攻撃を避けるので精一杯だった。

「くっ!どうする、アイム……このままじゃいずれ……」



「ファイア!!!」


ドゴォォォォォォン!!!


 向かって来る触手をプロトベアーが全身の火器を使い迎撃するが……。


シュッ!シュッ!シュッ!!!


「ちいっ!?」

 煙の奥から新たな触手が飛び出し、傷だらけの深緑の装甲を強襲する!スピード自体は大したことなく、避けることは難しいことではない。万全ならば……。

「ランボ!言いたくないが、我と貴様の今の状態を考慮すると、あと数分が限界だぞ!」

 シルバーウイングもエネルギーを振り絞って、空中を飛び回り、回避運動を続けるがそれは長くは続かないと仲間に警告した。言われなくてもランボだってわかっている。

「理解しているさ……めちゃくちゃヤバい状況だってことぐらい……けど、それよりも……オルソンが!」

 二度あることは三度ある、いや、壊浜のシンスケを含めれば四度目だし、ランボはナガタやイザベラのことなど知る由もないが。

 オルソンも彼らと同じく目覚めると隠し持っていた注射器を自らに射し、あの得体のしれない薬を身体に取り込んだ。そして、先人たちと同じく、理性も知性もない化け物に変貌したのだ。

 オルソンという男は間違いなく、ろくでもない人間だったが、戦いを終え、恨みや復讐心を手放したランボにとってはその末路は同情に値するものだった。

「……やり直すことだってできたはずなのに……決して遅くないはずだったのに……」

 元上司を救えなかったことを心から悔やむランボ……。そんな元部下の想いを理解できる頭はもはやオルソンには残っていなかった。それどころか、本能の為せる技なのか、ランボの心の揺らぎが生んだ隙を、その肉塊は的確についてくる!

「ランボ!!!避けろぉ!!!」

「――!?……しまった!!?」

 シルバーの必死の叫びが夜の闇に虚しくこだまする。いつの間にか触手はプロトベアーの回避が間に合わない距離まで接近していた。

 あとは、ほんの少しだけ進み、深緑の装甲を貫き紅に染めるだけ……。ランボも死を覚悟して目を瞑る……。

(これまでか…………)


…………………………


(……ん?)

 けれども、一向に痛みも衝撃もやって来ない。死ぬ経験などしたこともないし、他人から聞いたこともないが、こういうものなのだろうかと一瞬思ってしまうが、やはり何かがおかしい。

 ランボは意を決してその目を開けてみた。

「ふぅ……間一髪だったね……」

「君は……」

 彼の目に映ったのは、自分の命を刈り取る予定だった触手を逆に二本の剣で刈り取った背中の左側に翼を生やした白と金のピースプレイヤーの姿だった。

 ランボはそのピースプレイヤーを知っていた。正確には知っている奴を知っている。そいつから話を聞いていた。

「……ルシファー……君はコマチだな……?」

「あぁ、そうだよ」

 簡潔にランボの問に答えるコマチ。だが、今大切なのは彼?が誰なのかではない、何しにここに来たのかだ。

 ネクロ事変でナナシに協力した人物が何故……。

「なんで君はこんなところに……?」

 更なるランボの質問にコマチは再び簡潔に答える。

「助っ人だよ。君たちを助けに来たんだ」



「お前は………」

 ジャガンのマスクの下のアイムの顔が思わず強張った。

 彼女の前にもある人物が颯爽と現れていた。しかし、彼女とその人物にはちょっとした因縁があり、とてもじゃないが、手放しで喜べなかった。

 その人物はネームレスガリュウを彷彿とさせる漆黒のピースプレイヤーに上等そうなマントを羽織り、背中には身の丈ほどの長大な刀を背中に、同じく長大なライフルを手に装備していた。

 かつて、そのライフルでアイムは狙撃されたのである。

「あんたは……ダブル・フェイス……!」

「よぉ!助っ人に来てやったぜ!お嬢ちゃん!!」



 こうなると当然、ナナシの下にも助っ人が来るところだが……いや、実際に来たのだが、その人物はあまりにも意外で、あまりにも助けに来る理由も必要性もわからなかった。

 だって、この戦いの首謀者であり、ナナシたちに囚人をけしかけた人物なのだから。

「何しに来やがった……!ネジレ……!!」

「助っ人だよ、ナナシ・タイラン……お前を助けてやる」


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