合流
「皆さ~ん!!!落ち着いて!大丈夫ですから!係の者の指示に従ってくださ~い!!!」
ナナシがスタジアムの外に出ると、そんな声があちこちから聞こえてきた。スタジアムに勤めている者や先ほどの警備員が必死に観客達を誘導し、少しでも早く彼らに安らぎを与えようと頑張っている。
「……意外と……というか、ちょっと驚く位に落ち着いてるな……」
懸命に使命を果たす職員達に応えるように観客達も素直に指示に従い、その結果ナナシの予想よりもずっとスムーズに避難行動ができているようだった。そんな光景を目にし、彼は神凪国民の肝の座り方に驚きと感心を覚えた。
(実際は怖いだろうし、知り合いとはぐれて、不安で人目も憚らず泣き叫びたい人もいるだろうに……)
表に出してないだけで、ここにいるみんな……いや、彼らだけではない、ここにはいない家や集会場で討論会の中継を見ようとモニターの前にいた人々、この国に住むほぼ全ての人間があの得体のしれない連中の恐ろしいショーを見せられて心の奥底に複雑な感情が抱いている。それでも彼らは懸命に自分達に今できることを冷静にやっていた。
ナナシは再度、彼らに感心……を越えて、尊敬の念を抱いた。それと同時に……。
(俺の先祖は、赤の竜を継いで来た者達はこの国の人達の笑顔を守るために、血を流して来た。俺はそんな風に生きられるほど立派な人間じゃない……じゃないが、故郷を踏みにじられて、何にも感じないほど腐っちゃいねぇぞ……!!)
ナナシの心の奥から激情が噴き出し、身体中を駆け巡る。それは皮膚を伝って、手首の勾玉に……。
勾玉はナナシの想いに呼応するように光を放ち、熱を発した。誰にも気づかれないほどの儚いものだが……。
「おーい!こっちだ!ナナシ!」
時間的に見れば、ついさっき、しかしナナシの体感的にはずいぶん昔にかけられたような台詞が神凪国民に思いを馳せていた彼の耳に届いた。
声のした方向を向くとケニーはこれまた待ち合わせの時と同じように大きな手をブンブンと振っていた。ケニーの元気そうな顔を見て安心したのか、デジャヴのような光景に気が抜けたのか、はたまた戦闘終わりで単純に疲れているからなのかナナシは気だるそうに彼に向かって歩き出す。
「おう……ケニー、そっちは大丈夫だったか?」
「あぁ、こっちは大丈夫……お前の方は……ボロボロだな……」
「……恥ずかしながら……ほれ」
ナナシは激闘の後を見せつけるように腕を広げた。
「まぁ、お前のことは別にいい」
「あぁん……?」
本当なら「よくねぇだろ!!!」と、思い切り大声で耳元で叫んでやりたかったが、そうする元気は今の彼には残ってない。ケニーに言われた通り、ナナシは肉体的にも精神的にもボロボロなのだ。
「ちょっとガリュウ、見せてみろ」
お疲れモードのナナシなどお構いなしにケニーはガリュウを見せるように要求する。
「ちっ!これでいいか?」
ナナシは舌打ちをしながらも素直に彼の指示に従う。右手首に紐で結ばれていた赤い勾玉を手に持ち、目の前の空間にディスプレイを投影した。
「……ふむふむ……損傷率12%……エネルギー残量は……87%…うん!これなら平気だな。目的地に着くまでには修復も充填も終わるはずだ!ピースプレイヤーは素材であるオリジンズと同じく、大気からエネルギーを取り込み、生きていた頃のように自己修復し、パワーを充填できるからな!ただし、あくまでそれが可能なのは待機状態でいる場合……装着状態、つまり戦闘中はダメージが回復することも、エネルギーが増えることも基本的にはない!」
ケニーはまくし立てるようにピースプレイヤーの説明をする。士官学校に通い、その後は新型ピースプレイヤーのテストの手伝いをしていたナナシにとってはそんなことは言われるまでもなく常識なのだが、そう突っ込む暇もなかった。
「いざとなったら、外部からエネルギーぶちこんで、無理やり修復を促進させなきゃと思っていたんだが……うん!これなら必要ないっぽいな」
満足そうに、首をうんうんと縦に振るケニーに、さすがにナナシも我慢の限界を迎えた。
「ご丁寧な説明どうも。だけど外側は大丈夫でも中身の俺は、この様だぞ……」
嫌味たらしい言葉を添えながら、今一度腕を広げ激闘の跡を見せつける。しかし……。
「あぁ、それぐらいなら平気!平気!いいからオレについてこい」
「はぁ!?」
先ほどと変わらず軽い、軽すぎる回答に、ナナシは理解が追い付かなかった。目の前の男には血が流れているのかとか、自分が人を見る目がなかったのではないかとか心配になる。今は他に心配しなきゃいけないことだらけなのに……。
一方、戸惑い、その場に立ち尽くす彼を尻目にケニーはどんどんとどこかに向かって一目散に進んで行く。
「……なにしてんだ?早く来い!“松葉港”、行くんだろ!」
一瞬振り返りケニーが立ち止まっているナナシを急かす。ナナシとしても今は彼に従う他ないので渋々後について行く。
「……ったく……」
ケニーの態度には納得いってない。ただナナシにはそれ以上に気になること……いや、不安があった。
(……目的地に着くまでって、簡単に言うけどよ……奴らが何もしてこないなんてことは……ないだろうな……)
ナナシの嫌な予感は悲しいことに、この後すぐに現実のものになってしまう。