誤算
「ハアッ!!!」
ザシュッ!!!
「ぐっ!?この………」
逃げ惑う元上司オルソンをシルバーウイングと合体したプロトベアーが追いかけ、そのまま翼で切りつける!
「まだまだ!」
バババババババババババババババッ!
「ちいっ!?」
さらに、振り返りながらマシンガンを乱射した!たまらずオルソンは後退する。
先ほどから何度も同じような攻撃が繰り返され、肉体はもちろん精神的にもオルソンは激しく消耗していた。まさか重武装、重装甲のプロトベアーにスピードで圧倒されるとは、幾重にも重ねたシミュレーションでも一度も想定しなかったイレギュラー中のイレギュラーであった。
「く……あいつと会ってからだ……!おれの人生がおかしくなったのは……!ようやく復讐できると思ったのに!それなのにまたあいつに……!!」
追い詰められたオルソンが口にしたのは逆恨み……ただの逆恨みだった。この期に及んでといった感じだが、これがオルソンという男である。
何でも他人のせいにして、反省せず、事前に入念な準備はするが、それが崩されると、対応できずに恨み言を言うだけしかできない……見ているだけで腹が立つ最低野郎!彼に思うところがある奴なら尚更だろう。
「そんな考えしかできないから!!」
ドゴォォォォォォン!!!
「その程度ぉ!」
プロトベアーがキャノン砲を発射!オルソンは難なく回避するが、ランボもそれは想定済みだ!
「デイヤァッ!!」
ゴンッ!!!
「ぐほっ!?」
あくまで先ほどの砲撃は誘導、まさに翼を得たプロトベアーは高速でオルソンが避けた先に回り込み、その太い腕で殴りつける!
地面をバウンドして吹っ飛ぶオルソン。惨めにも突っ伏す獣人に空を飛ぶ深緑の武器庫はその全ての力を解放する!
「消し飛べ!オルソン!オレの怒りと共に!!」
ドゴッドゴォォォォォォン!!!
暗闇を切り裂き、無数の弾丸がオルソンに降り注ぐ!
その凄まじい威力を物語るように辺り一面、そして天高く白煙と土埃が舞い上がる!
「ゲホッゲホッ!?くそッ!?ふざけやがって!!!」
その煙と埃のカーテンの奥でオルソンは咳き込んだ。なんとか直撃は回避したが……それだけ。事態が好転したわけでもなく、ただほんの少し延命しただけである。
(このままじゃ、なぶり殺しにされるだけだ!けど、打開策なんて何も思いつかん!……くそッ!今のおれにできるのは相手のミスを祈るぐらいなのか……)
まさに手も足も出ない状態。さすがの責任転嫁のプロフェッショナル、オルソンも自虐的になっていた。
だがしかし、なんとそんな彼の最低の祈りが天に通じることになる。というよりランボは現在進行形でミスを犯していた。
ブオッ!!!
「ぐぅっ!?なんだ!?」
突然強い風が吹き、煙と埃をかき消す!プロトベアーが突っ切ったためだということはすぐにわかった。なぜなら、オルソンの目の前に銀色の翼を携えた深緑の重戦士が悠々と浮かんでいるからだ。
「チェックメイトだ……オルソン……」
謙虚で慎重なランボらしくない勝利宣言。さすがの彼でも因縁の相手には平静ではいられなかったのだ。
不必要に興奮し、オルソンを見下ろすランボの胸の中にあるのは使命感ではなく、復讐を果たせる喜び……それが彼の心を曇らせた。
「くっ!?まだやられるわけには!!」
オルソンは恥も外聞もなく、プロトベアーに背を向け逃走する。ランボは特に驚きもしない。オルソンはそういう男だと知っているし、先ほどから何度も見ているからだ。
そして、その背中を追いかけ恐怖心を煽り、いたぶるようにダメージを与え続けてきた。今回もそうするだけだ!
「逃がすか!!」
これまで通り、銀の翼を羽ばたかせ、オルソンを追おうとする!しかし……。
「……?どうしたシルバーウイング……!?」
一向に進まない。止まったまま、遠ざかって行くオルソンの背中を見つめるだけ……。
不審に思ったランボが背中にくっついたAIに声をかける。
「済まない……情けないが……もう限界……エネルギー切れだ……」
「な、何!?……ッ!?うおっ!?」
ドスン!!!
軽快に空中を飛び回っていたのが嘘のようにプロトベアーは無様に落下する。重さと衝撃で地面に足がめり込み、優勢に戦いを運ぶことができた要因、いや、立役者と言った方がいいか、シルバーウイングが背中から剥がれ落ちる。
「シルバー!?大丈夫か!?何があった!?」
突然の仲間の不調に慌てるランボ。そう、本来の彼は仲間思いの配慮のできる男だ。けれども、今日の彼は因縁の相手を前に視界が狭まっていた。
それがこの大失態を引き起こしたのだ。
「安心しろ……というのはあれだが……さっきも言ったが、ただのエネルギー切れだ……」
「何故!?何で、もっと早く知らせない!?もっと早くわかっていたはずだろ!?」
AIは自身の状態を報告し、軍人はそれを叱責した。確かにランボの言う通りAIはもっと早くこうなることは把握していた。
けれども、この人間よりも人間らしいAIはあえて言わなかった。
なぜならこの戦いはランボの因縁の戦いだから……。
「済まない………」
「くっ!?」
普段は傲慢で人間を見下す癖に、同時に自らの失態には言い訳や弁明をしない高潔さを持ち合わせているのも彼の人間っぽいところだ。ただただ申し訳なさそうにうつむく。
それを見て、軍人は何も言えなくなってしまった。それにそんなことをしている暇はない。
「どうやら………天はおれを見放さなかったみたいだなぁ……」
「……オルソン……!」
先ほどまで一心不乱に逃げ惑っていたオルソンが、いつの間にかこちらに向かって歩いて来ていた。
ゆっくりと……自分がやられたことの意趣返し、相手の精神を蝕むように、あえてゆっくりと……。
「翼がなきゃ、わたしのスピードにはついてこられないランボ君はこれからどうするんでしょうか……?そして、そんな哀れな君に私は何をするのでしょうか……?」
ジリジリと値踏みをするかのように立ち尽くすプロトベアーを眺めた。頭の中ではどういじめてやろうか、どう苦しめてやろうかとか、悪辣な考えが次から次へと湧いてくる。
「まぁ……一番楽しそうなのは……これだなぁ!!!」
ゆっくりと歩いていたオルソンが一転、急加速してプロトベアーに突っ込んでくる!いや、違う!オルソンの狙いは……。
「くっ!?シルバーか!?」
彼の狙いはプロトベアーの後ろで動かなくなっているシルバーウイング!狙いに気付いたランボは身を呈して仲間のAIをかばう!
ギャリッ!!!
「ぐぅっ……!?」
「お前だったらそうするよなぁ……仲間思いのランボ君!!」
オルソンはランボがそういう自分には全く理解できない愚かな行動を取るとわかった上で、シルバーウイングを狙ったのだ!
獣人は自慢の爪でプロトベアーの装甲を深くえぐると、すぐさまこちらに向かってくる以上のスピードで遠くへと離れて行く。この期に及んで、この臆病さは褒めるべきかもしれない。
「シルバー!今のうちに離れろ!」
「あぁ……そうするしかないようだな……」
しかし、徹底したヒット&アウェイのおかげでシルバーを退避させる時間ができた。ふらふらと千鳥足でAIは戦場から遠ざかって行く。
「ふん!逃がしたところで!お前がおれの攻撃を避けられるはずもない!!」
オルソンはUターンして再びこちらに向かってくる!彼の言う通り、シルバーを守る必要がなくなったとしても状況が好転したわけではない。
「ギシャアッ!!!」
ガリッ!!!
「この……!?」
獣人の爪に削られたプロトベアーの装甲の破片が月光を反射しながら舞い散る。そして、またオルソンは遥か遠くへ……。
「くそッ!」
ドゴォォォォォォン!!!
「当たらねぇよ!!!」
ガリッ!
「ちっ!?」
「ざまぁねぇな!ランボ!!!」
苦し紛れに放った砲撃も難なくかわされ、逆に反撃を受ける!プロトベアーに傷が刻まれる度にオルソンのテンションは上がっていく!
「決めたぞ!てめえを動けなくしてから目の前であの銀色を切り刻んでやる!そうだ!それがいい!!」
「――!?貴様……!?」
「凄んでも恐くねぇんだよ!!」
ガリッ!ガリッ!ガリッ!ギャリッ!!!
オルソンの悪趣味な宣言にランボは怒りをあらわにする!……それだけしかできなかった。
一方的に痛めつけられ、反撃の手立てもない。ランボの頭の中にはどうしてこうなってしまったのかという疑問だけがこびり付いている。
(……何でだ……何でこんなことに……さっきまであんなに優勢だったのに!)
そう、勝利は確かに目前まで迫っていた。なのに、無情にもそれは手のひらからこぼれ、今は反対に敗北の足音が近づいてくる。
それもこれもシルバーウイングがエネルギー切れを起こしたから……それがランボには納得いかなかった。
(……壊浜では、ジャガンとの戦いの後にナナシガリュウと合体して、飛び回っても大丈夫だったのに……何故……!?)
事実、シルバーウイングの戦闘時間で言えば多少のインターバルがあったとは言え、壊浜と今回はさして変わらないはずだった。だが、今回はエネルギー切れになった。その違いは……。
(前回と今回の違い………ガリュウとプロトベアーの違い……そうか!?そういうことか!!)
ランボはついに気付く自分の犯したミスの正体に!そして自分の醜悪さに……。
(重さと火力だ……!ガリュウより重いプロトベアーを飛ばすのにはエネルギーが多くかかる。しかも、高火力の攻撃の反動を打ち消し、空中で姿勢を保つためにさらにエネルギーが………)
ランボの推察は完全に当たっていた。なぜなら答えは彼が普段通り、冷静に考えればこの戦いの前に気付いていただろう簡単なものだったからである。
でも、彼は気付けなかった。ランボの心は復讐に囚われていたから……。
(……オルソンを憎むあまりそんな単純なことを見落としていたのか……それに……だとしてもとっとと決着をつけていれば問題なかったはず……でも、オレは相手をなぶるように時間をかけて………ネクロに加担していた頃と何も変わってないじゃないか!オレは!!)
不必要に相手を痛めつけるような真似をしなければこの問題は露呈しなかった。全てはランボの復讐心、ネクロ事変の頃から成長していない自らの怒りに飲み込まれ、まともな判断ができなくなる彼の悪癖のせいである。
ランボにとってはつらい事実だが、今の彼にはそれ以上に心を傷つけたことがあった。生意気で傲慢で人間よりも人間らしいAIの献身である。
(……シルバーはオレの思いを汲んで、黙って力を貸してくれた……あの生意気でおしゃべりなAIがオレのことを思って……きっとこうなることも気付いていたのにあえて口を出さなかったんだ……!限界まで頑張って、その結果自身の命に危機が迫るとしても……オレの!オレなんかの意志を尊重してくれたんだ!!)
ランボは情けなさと申し訳なさで涙が出そうだった。それほど彼にはAIが自分のことを思ってくれたことが嬉しくって、辛かった。
そして、その感情が彼の心からついにこびりついていた復讐心を消し飛ばす!
(シルバー……オレは勝つ……復讐のためではなく、こんなオレに力を貸してくれたお前と、オレ自身が未来に踏み出すために!そして、この国の、神凪の平和のために!命をかけてオルソンに勝つ!!)
怒りや復讐から解放されたランボは覚悟を決める!考え事をしている間にも攻撃を受け続け、さらに傷だらけになったプロトベアーも限界が近い。リスクを冒さなければ勝利はないと判断したのだ!
「ハハハッ!手も足も出ないってのはこういうことを言うんだなぁ!!!」
そんなランボの覚悟も露知らず、オルソンは攻撃のためにテンションもスピードも上げて向かってくる!
「ウォリャァァッ!!!」
自慢の爪が下から半円を描きながら迫る!途中に存在するプロトベアーはまた新しい傷をつけられると……思われた。
「プロトベアー……解除!!」
「何!?」
傷だらけの深緑の装甲が一瞬で消え、生身のランボが現れる!オルソンも強化され彼の人生史上一番見えるようになった目を疑う!だが、加速した爪を止めることはできない!……止める気もないだろうが。
ザシュッ!!!
「ぐはっ!?」
ランボの巨体が鮮血を撒き散らしながら、夜空を舞う!オルソンは足を止め、下から壊れた人形のように回転する元部下を見つめていた。
「恐怖で気が狂ったか!?ランボ!」
攻撃が当たる直前に武装を解除するという異常行動……オルソンの言葉通りおかしくなったとしか思えない。
しかし、ランボは至って冷静に勝利の道筋を考え、そして実行していた。
「……悪いな……オレは狂っちゃいないし、お前に勝つことも諦めてはいない……なぁ……プロトベアー!!!」
「なんだと!?」
空中でプロトベアーを再度装着!咄嗟のことでオルソンも対応できない!
けれど、プロトベアーの視線は上、つまり全ての銃口は空に向けられている!
「バカめ!その体勢じゃ!」
オルソンのスピードをもってすれば姿勢を正す前に射程外に逃げられる。だが、彼は勘違いしていた。
彼にとどめを刺す弾丸はすでに狙いをつけ終えている!
「これがオレの覚悟!真のPeacePrayerになるための覚悟の一撃だ!!」
ドオォォォン!!
「……へっ?」
プロトベアーはキャノン砲を放つ!夜空に向かって……夜の闇に線を引き、虚空の彼方へ光の弾は吸い込まれるが、それによって発生した反動がプロトベアーの身体を加速をつけて落下させる!
落下地点はもちろん元上司のところだ!
「な、な、くるなぁぁぁぁぁぁッ!!?」
ぐしゃぁぁぁ!!!
「がはっ!?」
全身が弾丸……というより隕石になったプロトベアーと地面に挟まれ、オルソンの身体中の骨は砕け、意識は深い闇の底へ沈んだ。
その凄まじい威力は攻撃を放ったランボ自身が一番よく知っている。
「ふぅ………」
オルソンを下敷きにしていたプロトベアーが起き上がり、惨めに気絶している獣人を見下ろす。
「痛いだろう……オレもナナシにやられた時はひどかったもんな……」
この攻撃はネクロ事変の時にランボがナナシに倒された時のものをヒントに行ったものだった。ランボはあの時から成長していないと思っていたようだが、少なくとも攻撃のバリエーションについては間違いなく増えているということだろう。
「やったな、ランボ。まったく無茶をする……傷は大丈夫か?」
勝負がついたことを確認したシルバーウイングが歩み寄ってきた。柄にもなくランボのことを心配しているようだ。
「あぁ……どうやらオレのことも天は見放さなかったみたいだ……」
「ん?」
なんのことかわからないAIに、ランボは顎を動かし、視線を誘導する。その先にはオルソンの爪が……先が削れて丸くなった獣人の爪があった。
自称、超優秀なAIは察する。ランボが思いのほか元気な理由を。
「これは………そういうことか……」
「そういうことだ。こいつもオレと同じミスをしていたんだ。遊び過ぎて自分の武器が消耗していることに気付かなかった……プロトベアーの装甲を引っ掻き続けたら、当然、こうなるさ。そして、この爪なら、生身でもなんとか耐えられる」
もし、もう少しオルソンの爪が長かったら、磨耗していなかったらランボの内臓まで届いて、彼の方が臓物と血を撒き散らしたランボを見下ろしていただろう。
オルソンはランボのミスでチャンスを掴み、同じミスを犯してそれを手放してしまったのだ。
ランボの顔が緩み、笑みがこぼれる。この演習場には何度も来たが、こんな顔をするのは初めてであった。それは彼の中にあったわだかまりが解消された証拠であろう。
「オルソン……あなたは尊敬できる人物じゃなかったが、あなたから学ぶことは多かった……反面教師ならぬ反面上司って奴だな……」
かくしてランボ、因縁の戦いの終止符は打たれたのだった。そのはずだった……。




