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No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nexus
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ネームレスガリュウ

 強烈な輝きが放たれたと思ったら、光の中から全て飲み込むような黒い……まるで夜の闇をその身に纏っていると錯覚するほどの全身ブラックの、漆黒の竜が現れた。

 『ガリュウ二号』、ボディの色以外、ナナシの一号と同じ姿形、二つの眼も同じく黄色。ただしどこか温かさを感じさせるナナシのガリュウと違い、ネームレスが纏う漆黒のガリュウの目は、妖しく、どこか冷たい、まるで冬の月の光のように見えた。

「……おい……装着できてんぞ……」

 ナナシが必死に動揺を抑えながら、ケニーに通信で話しかける。許されるなら、「話が全然違うじゃないか!」と怒鳴りつけてやりたかった。

『バカなッ!?神凪の郊外で特級オリジンズの死骸を発見して、それを秘密裏に回収……そいつを素材に二体のピースプレイヤー、ガリュウを造った!完成した後、いろんな奴が装着を試みた!けれども、誰も使えなかったんだぞ!なのに……突然、二人も!二人同時になんて!!』

 ケニーの方は、動揺を隠しきれない。心のどこかでガリュウが奪われたところで、使える奴がいないから大丈夫だろうと高を括っていた。その考えが甘かったということを想定しうる中で最も最悪の形で教えられることになった。

(……運命か?必然か?これじゃまるでガリュウ自身が、俺とあいつ、自分を扱える資格を持つ者を呼び寄せたみたいじゃないか……!?)

(……これは……予想以上の拾い物かもな……!)

 心乱れるナナシとケニーをよそに、ネームレスが盗品の、黒のガリュウの感触を確かめる。ネームレスにとっては喜ばしいことに、ナナシにとっては残念なことに第一印象は最高だった。

「……武器は……これだな。ガリュウマント、ガリュウブレード……」

 ナナシが行ったようにネームレスも多数の選択肢の中から、自分の力を余すことなく発揮できる得物を直感で見つけ出す。

 ネームレスの囁きとともに黒竜の体が布に覆われ、手にはトンファーに刃がくっついたような武器が装備された。一見すると、まるで腕自体が巨大な刀、刃になったように見えた。

「野郎……!」

 まだ動揺は収まっていないが、それを無理矢理押し潰し、ナナシは意識を戦闘モードに戻した。

 そんなナナシとは逆にネームレスは非常に落ち着いた声で話しかけてきた。

「……お前、ムツミ・タイランの息子らしいな。名前は?」

「……ナナシだ、ナナシ・タイランだ。確か……ネームレスでいいんだっけ?」

 答える義理も義務もないが、先に名乗ったネームレスに礼を尽くしたのかナナシは素直に自分の名前を伝えた。律儀な対応したというのにネームレスは更に不躾に語りかける。

「……俺のことはどうでもいい……どうせ、貴様と会うのは、これが最初で最後だ……」

「……そりゃ、残念……でもねぇか」

 交わされる言葉は軽い……が、場の空気は一言ごとに張り詰め、重くなっていく……。

「フッ……確かに……別に俺も貴様と仲良くなるつもりなんて一切ない」

「…………」

「……恨みもない……ただ、こいつの……“ガリュウ”の性能を確かめるのに、付き合っ……」


バンッ!!!


「――ッ!?」

 紅竜から放たれた閃光が、黒竜の額、“サードアイ”と呼ばれるクリスタル状の制御ユニットに向かって、超スピードで一直線に進んでいく!ほとんどの人間、オリジンズでさえ回避できないであろう完璧なタイミング!……のはずだったが、ネームレスの身体は反射的に動き、まさに紙一重、最小限の動きでそれを避けた!

「貴様ッ!?」

「ハッ!卑怯なんて言うなよ!そりゃあ、ここはスタジアムだがよ、俺たちがやっているのはスポーツじゃない……スタートの合図なんてない!今この瞬間!“戦闘中”だろッ!!」

 悪びれもせず、ナナシが吠える!いや、悪びれるも何も父親の晴れ舞台を、夢への第一歩を台無しにされた彼は世界中の誰よりもこの状況にキレてもいい立場の一人だ。

「……そうだな……その通りだ……なら…“参った”も無しだ!!」

「――!?」

 ナナシの言葉は正しい、間違っていたのは自分……そう思ったネームレスは自分の甘さを反省し、完全な戦闘モードにスイッチ!先ほどの弾丸に勝るとも劣らない凄まじい速度でナナシガリュウに斬りかかる!


ガキン!!!


「ぐっ!?」

「よく受け止めたな」

「てめえなんかに褒められても嬉しくねぇよ……!」

「それもそうか」

 なんとか紅き竜は自分を切り裂こうとする刃をマグナムの銃身で受け止めるが、黒き竜の攻撃は一撃だけで終わるはずもなく……。

「ならば!言葉よりも暴力を!本番はこれからだ、ナナシ・タイラン!!」


ザンッ!!!


「ぐあっ!」

 一旦、下がったと思ったら、また直ぐに斬りかかる!今回は防御が間に合わず、ボディに一筋の傷痕が刻まれた。

「くそッ!」


バンッ! ザンッ!


「ぐ!?」

「遅い……遅過ぎる!」

 なんとか撃ち返すが、あっさり避けられ、光の弾丸は夜空の闇……今、相対している敵のボディーと同じ黒色の虚空の果てに飛んで行く。それとほぼ同時に傷痕が増えた。状況をまだ把握しきれていないナナシを尻目に、ネームレスはすでに次の攻撃のモーションに……そして、また一閃!


ザンッ!


「この……!?」

 紅き竜が必死に黒竜の姿を捉えようとするも、悲しいかな彼の視界に影すら入ることはない。


ザンッ!


「ちいっ!?」

 斬られることでようやく黒竜の居場所を知る情けない現状……そんな中彼ができることと言えば……。

(悔しいが目では追い付けない……だったら……肉を切らせて……)

 ネームレスに翻弄されるナナシ……。こうなったら仕方ない、選択肢は一つだと覚悟を決め、まさしく苦肉の策に出る。


ザンッ!


「――ッ!?だが!これで!骨を断てる!!」

 攻撃を受けることを前提に反撃の準備をしていたナナシガリュウ……そのおかげでネームレスガリュウを捕捉に成功。マグナムを黒竜に向けると、直ぐ様トリガーを引いた!


バン!!!


「な!?」

 だが、銃弾は間一髪、わずか髪の毛一本分の差で外れ、地面に飲み込まれた。

「勘違いするなよ、ナナシ・タイラン……今のお前のカウンター、俺はかろうじてギリギリで避けられたんじゃないぞ……あえてだ!あえて装甲を掠めるかという最小限の動きで回避したんだ!どんなに愚かな人間でも越えられない力の差があることを理解できるようにな!!」

「ッ!?ふざけ……」

「まだ俺のターンは終わってないぞ!!」


ザンッ!


「がっ……!?」

 その言葉通りの実力差を示すようにもう一撃!ナナシのプライドごと装甲を斬り裂く!

「こいつ!!!――ッ!?」

 ナナシが反撃を試みるが、もうネームレスの姿は見えない。

(くそ!……だが、大分目が慣れてきた……次は……)

 なんとか、無闇にヒートアップする心を抑え、チャンスを伺う。

「……!?そこッ!!」


チン……


「なんだと……?」

 小さな音……金属が軽く触れあったような小さく高い音がした。

 それは黒竜の刃の切っ先が、紅竜の愛銃の銃身をつついた音……攻撃ができたはずなのにあえてしなかったという舐め腐った挑発の音!

「……てめえ……バカにしてんのか……?」

「しているさ……それすらわからないほど貴様はバカなのか?」

「野郎!!」


バン!ザンッ!


 今度は銃撃と斬撃の音が同時に聞こえた。しかし……。

「ぐあっ!?」

 命中したのは斬撃の方だけ。痛がる紅き竜を遠目で黒き竜が眺めている。今しがた斬りつけたというのに、いつの間にか両者に距離ができていた。

「……うん、このガリュウ……こいつはかなりいい……まだまだ、いけそうだな。ウォーミングアップも終わったことだし、ギアを上げてみるか……!」

「な、なんだと……」

 絶望的な宣告……もうすでにこの時点で全く紅き竜はその動きに対応できていないというのに黒き竜にはなんと更に“上”があったのだ。

「……では、行くぞ!ナナシ・タイラン!」


シュッ……


「消えた!?」

 ナナシガリュウの眼前からネームレスガリュウの姿が一瞬でどこかに消えてしまった。戸惑うナナシ……いや、混乱する暇すら、敵は与えてくれない!


ザンッ!


「ぐおっ!?」

 突然、再び目の前に現れた黒竜による一撃!それに対し、紅竜はなりふり構わず腕を振り、必死の反撃!

「鬱陶しいんだよ!」


ザンッ!


「ぐっ!?」

 それも回避され、もう一撃!


ザンッ!


 さらに切り返し、もう一撃。


ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!


 さらに、もう一撃。続けて、もう一撃。ついでに、もう一撃。おまけにもう一撃。


ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!


 ナナシガリュウの周りを目にも止まらぬ超スピードで動きながら、ネームレスガリュウは一方的に絶え間なく攻撃する。ナナシはやはり全く対応できていない。

「この……野郎……!」

 ナナシは決して弱くはない。士官学校にいた時も、成績は“中の上”といったところだった。あくまで、名門タイラン家の人間として、英雄ムツミの息子として、周り、そして何より自分自身がハードルを上げてしまっているから、“落ちこぼれ”なのだ。

 そんな実力者と、一流のピースプレイヤー使いと言っても過言ではないナナシが手も足も出ない。ネームレスの力は本物、かつ圧倒的だった。

(……くそッ!こんなに差があるのか!?一号と二号……同一の存在を二つに分けて造られた同型のガリュウ……性能だって同じはず……!だとしたらこの差は、装着者の差……俺とあいつの差だっていうのか!?)

 悔しさで、銃を握る手に不必要なほど力が入る。

(速いとかのレベル超えて、瞬間移動……一瞬で消えて、認識の外側から攻撃される!……苛つくぜ……!けど……それよりも、何よりも気に食わねぇのは……!)

「てめえ!わざと急所外してんだろ!!」


バンッ!!!


 ネームレスに銃口を向けるも、難なく避けられ、弾丸は明後日の方向に飛んで行く。

 そしてその逆から声が聞こえた。ネームレスの見下したような言葉が……。

「お前ごとき、俺が本気を出す価値なんてない」


バゴッ! ドオォォーーン!!!


「がはっ……!?」

 振り返ると同時に斬撃ではなく、腹に蹴りを入れられ、ナナシガリュウは壁に吹き飛ばされた。紅き竜が衝突すると壁にクレーターができ、その反動で前のめりに地面に倒れる。

「……くそッ……!まだだ……!まだッ!」

 急所を外されているとはいえ、散々痛めつけられたダメージは大きい。それでもなんとか立ち上がり、前に進むナナシ。

「しぶといな……苛つくほどに……!」

 その姿を見て、面倒臭そうにネームレスは剣を構えた。もう終わらせよう……そう思ったその時。


「ネームレス!!もういい!!」


 知らぬ間にシュテンを脱いでいたネクロがスタジアム中に轟く大声で叫んだ。

「なっ……!?」

 その声で冷静になったのはネームレスではなくナナシの方だった。周りを見渡すと、ハザマ親衛隊のリーダー、カツミが傷だらけの姿で倒れていた。

「まさか……!?親父は!?」

 さらにキョロキョロと忙しなく視界を動かすと、父ムツミも、ハザマ大統領も、ついでに仮面の人物ネジレとかいう奴もいつの間にか影も形もなくいなくなっていた。

「ここで、やることは終わった……行くぞ、ネームレス」

「………了解」

 言葉とは裏腹に何も了承していなさそうなネームレスは不満げに踵を返し、しぶしぶネクロの下に歩いて行く。

「待ちやがれ!」

 ナナシが叫んだ!しかし、体は満身創痍……この状況をどうにかできるはずもない。だが、それでも叫ばずにはいられなかった。

 その必死の声を聞き、心を打たれた……というわけではなかろうがネクロはナナシに顔を向けた。

「……松葉港だ」

「――!?ネクロ!?」

 ネクロの発言を聞き、ネームレスが驚愕する。何故そんなことをと怒りを込めた目で訴える。けれども、ネクロの方は全くそれを気に留めていない。

「……なんだと?」

 ナナシはというと、何が起こっているのか理解できていなかった。どこかで聞いたことのあるような地名らしきものを急に言われたところで頭に血が昇っている今の彼には処理しきれない。

 それを察したのか、そんなことする必要などない、むしろしてはいけないというのにネクロは懇切丁寧に自らの発言を補足する。

「だから、松葉港だ。俺達はこれから松葉港に向かう。お前の父親も、大統領もそこにいる」

「ネクロ!!!」

 ネームレスの非難を無視し、ネクロはナナシをじっと見つめ続ける。何でこんなことをしているのか、目の前のボンボンに何を求めているのか、もしかしたらネクロ自身も何もわかっていないのかもしれない。

「……お前……まさか……」

 一方のナナシはネクロの顔を、真っ直ぐに自分を見つめる目を見て彼自身も理解していない何かを感じ取った。そして、決意を込めて、再び叫んだ!

「わかったよ……俺が……ナナシガリュウが!どこまででも追いかけて、お前の野望を止めてやる……!必ず助け出してやるからな!!」

「そうか……精々頑張るんだな……行くぞネームレス!!」

「くっ……」

 そう言うとネクロは一瞬だけ笑みを浮かべ、再びシュテンを装着し、スタジアムを後にした。

 ネクロの発言に納得いってない様子のネームレスガリュウも不服そうに後に続いた。

 ナナシはそれを何も出来ずにただ見送ることしかできなかった。

「ちっ……散々だな……」


ガサッ!


「――ッ!?……誰だ!?」

 突然の物音!ナナシはすかさず音の鳴った方向に銃口を向けた!

「待って!!!私です!今日の討論会の司会をしていた!!!」

 しかし、その先にいたのは司会の男。相も変わらず下品に輝く衣装の彼は紅き竜に自分は敵じゃない、無害だと大きく手を上げて一生懸命アピールする。どうやら逃げ遅れていたようだ。

 ナナシは気だるそうに銃を下ろし、警戒を解いた。

「……もう大丈夫……だと思う。あんたも早く避難しろ」

「ありがとうございます!では……お言葉に甘えて、失礼させて……」

 そう言って、司会の男はその場から足早に立ち去ろうとしたが……。

「あっ!ちょっと待て!」

「いっ!?」

 ナナシの呼び掛けに、司会の男がビクッと驚き、恐る恐る振り返った。

「……なん……でしょうか?」

「おたく、名前は?」

「へっ!?」

「いや、だから名前だよ、名前。なんて名前だっけ?」

「……ヤスシ……ですけど……」

「あぁ~、そういやそんな名前だったけな……あっ、もういいよ。ありがとう、気をつけてな」

「……?では……改めて……失礼します」

 軽く一回頭を下げ、司会の男ことヤスシは再びスタジアムの外へ走り出した。

「ふぅ……」

 ナナシは天を仰ぎ、目を瞑り、肺の中から古い空気を吐き出す。ガリュウを解除しながら……。

「スッキリしたぜ……これで集中できる……奴らを叩き潰すことにな……!!」

 再び開かれた目には闘志の炎が燃え盛っていた。


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