メッセンジャー
「ふあぁ~っ………」
「おい!あくびなんてするな!勤務中、しかも運転中だぞ!」
「すんません……昨日、なんだか眠れなくって………」
車の運転席で大あくびをした若い男を、助手席の一回りほど年上の男が叱りつけた。どうやら、仕事での上司と部下、先輩と後輩の間柄らしく、叱責された若い運転手はぺこぺこ頭を下げている。
「まったく……最近の若い奴は……」
「いやいや、最近の若い奴じゃなくておれがあれなだけですよ。一例だけ見て全部一緒くたにしないでくださいよ……」
「うーむ……確かにそうだな……お前一人のことで他の真面目な人たちを巻き込むのは申し訳ないな……」
「そうですよ」
「そうですよ……じゃない!お前が弛んでいるのは間違いないだろ!反省しろ!」
「いや、だからしてますって」
上司の小言を飄々といなす部下……普通の上司からしたらその態度に苛立ちしか覚えないだろう。けれども、その男は口では怒りながらも、頼もしさを覚えたのは、彼らの職業が職業だからであろう。
「わかっているんだろうな!俺たちが今、運んでいるのは凶悪な犯罪者たちなんだぞ!」
「わかってますって」
そう、彼らの仕事は犯罪者の移送。だから助手席の男は神経を尖らせているのだ。
特に今回は彼の長い職歴の中でも経験したことがないような大物が乗っている。
「でも、凶悪犯罪者って言ってもセコい泥棒なんかも混じってますよ」
「それも十分、立派な犯罪者だろ!それにそいつ以外は世間を賑わせ、かなり話題になった奴らばかりだ……」
「確かに……だったら、とっとと届けちゃいましょう」
「おい!スピード出し過ぎるなよ!犯罪者を運ぶ人間が犯罪を犯すなんて笑い話にもならん!」
「はいはい」
対照的な二人だが、コンビを組む場合はこういう組み合わせの方がいいのだろうか、今まで一緒にやった仕事は全て滞りなく済ませている。
しかし、残念ながら今日の仕事は今までのようにはいかなかった。
「ん?」
「どうした……?」
「いや、前…………」
運転席の男が何かに気付き、窓の先、前方を指で差す。助手席の男がその指の先を見ると奇妙な人影が立っていた。
何故、奇妙かと思ったかと言うとその人影は仮面を着けていたからである。それに今、走っているのは当然、車道で歩道ではない。しかも対向車もなければ、後ろをついてくる車もいない、自分たちしか走っていないような淋しい道だった。
「……どうします……?」
「……どうしますも何も、止まる訳にも、轢く訳にもいかんだろう……避けて進め……」
「ういっす」
緊迫した空気が流れる中、助手席の男は至極まっとうな、というか当たり前の指示をし、運転席の男もそれに従う。
謎の仮面はぴくりとも動かず、車はあっさりと彼?の横を通り過ぎた。
「……なんだったんでしょうね……」
「さぁな……」
正直、二人とも肩透かしを食らった気分だった。さっきまで気を張り詰めて、神経過敏になっていた自分たちがバカみたいに思える。
「多分、酔っぱらいかなんかじゃないか……?」
「こんなところで飲んでたんですか?そんなわけ…………」
「無視するなんてひどいじゃないか?」
ガシャァァン!!!
「がッ!?」
「何!?」
突然、運転席のすぐ横から声がしたと思ったら、何が起きたか理解する暇もなく、横の窓ガラスが割られ、若い男がそこから伸びた手に首を捕まれ、そのまま外に放り投げられた!
「ぐっ!?」
「うおっ」「な、なんだ!?」
助手席の男が咄嗟に精一杯足を伸ばし、ブレーキを全力で踏む!勿論、そんなことをしたら車は急停止し、車内が大きく揺れる!後ろに乗っている犯罪者の何人かも思わず、声を上げた!
「どうした!!?何が起きた!?」
車が完全に停止すると、後ろで犯罪者たちを監視していた警備の者たち四人が一斉に飛び出し、周囲を見渡す!
そして、すぐに気付く。この場には……いや、どこにいても違和感のある仮面を被った人物がいることを……。
「お前!一体何者だ!?」
「虫のようにわらわらと……鬱陶しいな……」
「なんだ………」
カッ!
「……と…………」
バタッ……
仮面の人物の全身が光に包まれたと思ったら、監視役四人がほぼ同時に気を失い、バタバタと地面に突っ伏した。
「な、な、何が……!?」
助手席に座っていた男が遅れて外に飛び出し、目の前に広がる惨状に愕然とする。
謎の仮面野郎を確認してから、この状況に陥るまでおよそ一分ほど……とてもじゃないが自分の身に起きていることが現実だとは思えなかった。
「無様だな……まぁ……人間なんてその程度の存在でしかないということ……」
仮面はゆっくりと獲物をいたぶるように、ゆっくりと助手席の男に近づいていく。
「な、な、何が……!?」
「語彙力がないな……いい大人が、恥ずかしくないのか……?」
先ほどから混乱と恐怖のあまり、同じようなことしか口にしないバカな人間に辟易しながら、仮面の人物は相も変わらず人を小バカにしたような口調でこの惨劇が起きた理由を伝える。
「何が目的か……?何のためにこんなことをするのか……?お前が聞きたいのはそれだろ……?いいか?バカな人間にもわかりやすく教えてやる。俺の目的は二つ……まず一つ目は……この車に乗っている犯罪者どもだ!!」
「ヒイッ!?」
仮面は突如、声を張り上げた!目の前の男は思わず悲鳴を上げるが、彼を怖がらせるためでは勿論ない。移送されている犯罪者たちに説明したのだ。助けに来てやったぞ……と。
「二つ目はある者たちに招待状を届けて欲しいんだ……君たちに……」
「お、私に………?」
打って変わって、今度は優しい口調で怯える男に“お願い”をする。しかし、その実態はただの脅迫以外の何物でもない。
「わ、わかりました!必ず届けます!だから……」
男は自分の命を守るために必死の形相でへりくだる。だが、どうにも、その態度が仮面の人物の気に障ったようだ。
「みっともない……なんて、みっともないんだ!……気が変わった。俺の存在を伝えるために、さっきの奴らも殺してないし、投げ捨てた奴も運が良ければ生きてるだろう……むしろ……一人ぐらい殺しといた方が奴らもやる気が出るだろう……」
「な、な、なんで!?」
急転直下、助かると思っていたのに、男からしたら目の前で命綱を切られた気分だった。男の顔からあっという間に血の気が引いていき、みるみる青ざめる。
「な、な、な、な、な!?」
「本当に……語彙力がないな………」
ネジレが男を手にかけようと……。
「ちょっと待ってくれない……ネジレ君?」
「ん?」
まさに間一髪、男の命を取り止めたのは、仮面……ネジレの名を呼ぶ、これまた謎の人物だった。
仮面こそ被ってないが、新たな乱入者の顔は笑顔がへばりついたような、どこか薄気味悪さを感じるものだった。
「貴様……俺の名を……何者だ……?」
突如、自分の名を呼ばれたネジレは完全についさっき、ほんの一瞬前まで殺そうとしていた目の前の男のことなど忘れ、笑顔がへばりついた男に興味が移り、その感情をいまいち感じ取れない顔を仮面越しに睨み付ける。
「僕はケイ……ケイ・ヘンダーソン。神凪諜報部の人間だ」
笑顔の男、ケイは嘘偽りなくバカ正直に自己紹介をした。自身の素性を聞いてネジレがどう反応するのかを見たかったからである。
だが、ネジレは特段、リアクションらしいリアクションをしなかった。
「ふん、諜報部か………よく俺がここに来るとわかったな……」
「へへーん!神凪の諜報部は凄いんだぞ!……って言いたいところだけど、たまたま偶然なんだよ……そもそも君が来るなんて思ってもみなかった……」
ケイはこれ見よがしに両手のひらを上に上げて、お手上げだというジェスチャーをした。その仕草は人を小バカにしているように見えて、同族嫌悪か、仮面の下のネジレの顔が僅かだが歪んだ。
「たまたま……?俺が来ることもわからなかった……?どういうことかお聞かせ願えるとありがたいのだが……?」
別に対抗している訳でもなかろうが、ネジレはありったけの嫌味を込めて、慇懃無礼にケイに言葉をぶつける。
「言葉の通りだよ。別のこと……そこの車に乗せられている中の一人のことを調べていたら、今日、移送されて、しかも同時に移送される人たちに僕の友達……の友達と浅からぬ関係があるってわかってね。気になって来てみたら………」
「この様って訳か……」
「そういうことだね………」
今やネジレに存在を完全に忘れられた男には両者の話はちんぷんかんぷんだったが、当の二人はそのやり取りで全て納得した様子だった。
「で、その諜報部様は、予想外のこの状況……どういった行動を取るおつもりで……?」
ネジレがわざとらしく問いかける。返ってくる答えなどわかり切っているというのに……。
「そりゃあねぇ……できれば、君にご同行願いたいんだけど……?」
ケイも負けじとすでに返事がわかっている質問をわざわざする。お互いきっかけを待っているのだ。戦いのゴングが鳴るのを……。
「それは無理な話だ……」
「それはとっても残念………」
両者の間の空気が張り詰めていく。いつ爆発してもおかしくない状況だったが、その“いつ”がいつまでも来ない。
けれど、ついにその“いつ”がもたらされる。ある意外な人物によって……。
「いいから、とっとと始めろよ!!!戦いに意味やタイミングなんていらねぇだろ!!!」
雷のように鳴り響く大声!その主は車の中で捕らわれている犯罪者の一人だ!
「無粋だな……品性の欠片もない……しかし、言っていることは……」
「もっともだ!行くぞ!瞬狐!!」
停滞していた空気を破り、ケイが自身のピースプレイヤーの名を呼びながらネジレに向かって突進する!
ケイの首にかけられたタグが一瞬光り、彼の身体を包んだと思ったら、次の瞬間には夜の闇のような漆黒の装甲に覆われていた!
「ほう……ネームレスを思い出すな……」
「そいつ……僕が貰うはずだったピースプレイヤーを奪った奴」
「そうか……それは可哀想に!!」
目の前に迫った瞬狐にネジレは貫手を放つ!そのスピード、威力は生身の人間のそれじゃない!
瞬狐はそれを紙一重で避け、ナイフを下から上へ振り上げる!だが、お返しと言わんばかりにネジレは最小限の動きで回避する。
「ふん、速いな」
「君こそ」
「お前に言われるまでもない」
「自信満々だね……じゃあ、これはどうだい!」
ガン!ガン!
瞬狐はナイフを持っている手とは逆の手に拳銃を出現させ、生身であるネジレに躊躇なく打ち込む!けれど、それはケイが冷酷な人間だからという訳ではない。
ネジレは軽々と後ろに跳びながら、そのことを理解する。
バリバリッ!!!
「殺傷用ではなく、捕獲用の拳銃か……」
ネジレに避けられ地面に当たった弾丸は一瞬だけ夜の闇を消し飛ばし、轟音を発した。それは相手を殺すためではなく、痺れさせて捕まえるためのものだという証左だ。
「俺も舐められたものだな……!」
人として、諜報部の者としてケイのその選択は正しいものだが、戦士には、ましてやプライドの高いネジレにとっては侮辱以外の何でもない。
「舐めちゃいないよ……ただ、さっきも言ったけど、一緒に来て欲しいからそうしているだけで……できれば無傷でね」
誤解を解く……という訳ではないが、ケイが弁明した……ように見せて、実際はネジレをさらに挑発しているのだ。
「……俺もさっき言ったはずだぞ……それは無理な話だってなぁ!!」
そして、そのケイの挑発にまんまと引っかかるネジレ!回避を終えると、こちらも躊躇なく攻撃に移る。その根底には全ての人間を見下した傲慢な精神がある。
ネジレにとって人間が自分を煽ることなど考えられないし、その弱く、愚かな人間に遅れを取ることなどもっとあり得ない!目の前の敵を警戒することが耐え難い“恥”なのだ!だが、彼?は気付いていなかった。
愚かな人間だけではなく、誇り高い獣が自分を狙っていることを……。
「僕もついさっき言ったはずだよ……“できれば”って……そう言ったよね!ポチえもん!!」
「その脚!いただくぞ!仮面の御仁!」
「な!?オリジンズだと!?」
ケイの言葉を合図で突然、全速力でケイに突進しているネジレを横から、全身に灰色の毛を生やした人間とほぼ同じサイズの四足歩行のオリジンズが強襲した!
狙いはネジレの脚!その鋭い牙が彼?の皮膚を突き破ろうとした。その時!
カッ!!! ガギン!!!
「――ッ!?」
ネジレの身体を光が包んだかと思ったら、一瞬でその姿は遥か後方まで移動していた!
獣の大きく開いた口は結果、ターゲットの脚を食いちぎるのではなく、ただ大量の空気を取り込んだだけだった。
「ポチえもん!?」
「ちっ!オレとしたことが……しくじった!」
悔しがる獣の隣へ漆黒の機械鎧が歩み寄り、並び立つ。両者が見据えるのは、必殺の一撃を回避した仮面の人物。だが、さすがのネジレも今の攻撃、そしてその攻撃の主には驚きを隠せない。
「まさか……オリジンズが……しかも、人語を操る特級オリジンズとは……話には聞いていたが、こんなところで遭遇するとは……」
ネジレもその存在については認知していたが、実際に目の当たりにすると現実のものとは思えなかった。
「ふん!貴様らが思ってるよりずっと貴様らの言葉を理解し、話せる我らの同胞は多いぞ!ただ、誇り高い我らがわざわざ下等生物とコミュニケーションを取ろうとは思ってないだけだ!」
流暢に話す獣にまだ違和感を感じているネジレだったが、それ以上に彼?の話の内容に違和感を感じた。
「……なら、なんでその下等生物の言いなりになっているんだ……?お前らのプライドはその下等生物に尻尾を振ることで満たされるのか……?」
ネジレの嫌味まみれの言葉にポチえもんの顔が若干歪む。彼?のプライドが自身がそう見られていることが許せないのだ。
「勘違いするな……あくまでオレとこいつの関係は対等だ!契約に則って協力しているに過ぎない!」
「契約……?」
「そうだ!こいつらは愚かだが、こいつらの作る飯は旨い!だから、それを与えてくれるなら、オレが知恵を貸してやる……そういう契約だ!気高き我らは契約は必ず守る!!」
「それって……餌付けされてるだけじゃ……」
ネジレの率直な感想はまさしくその通りだったが、獣は動じない。彼?からしたらネジレもまた他愛のない下等生物なのだから……。
「ふん。まっ、理解できないだろうな……貴様のような“まがい物”……いや、“半端者”か……?」
「――ッ!?お前ッ!?」
ネジレの仮面に隠された顔が怒りに歪んだ。ネジレにとって獣が発した言葉は耐え難いものだったのだ。
「いいだろう……そっちがその気なら俺も全力で相手をしてやろう……」
「面白い……」
最早本来の目的を忘れ、両者全力で眼前の敵をこの世から排除しようと全身に力を込める。
そして、それを解放しようとした瞬間!
「ちょっと待って!僕のこと忘れてない!?」
完全に敵にも相棒にも存在を忘れられていたケイが割って入った。それでも獣は彼の方を見ずに、薄気味悪い仮面をじっと睨み付けたままだ。
「なんだ……?別に俺は二対一でも構わんぞ……」
ネジレの方も一度もケイの方に目線を向けずに言い放つ。彼?の今一番の願望は一刻も早く眼前の胸糞悪い害獣を駆除したいということだけなのだ。けれども、ケイからしたらそれは困る。
「いや、もうその囚人たちは連れて行っていいから!」
「は……?」
「ケイ!?」
先ほどまで文字通り眼中になかった諜報部の男に一気に仮面と獣の視線が集中した!それほどまでに意外で、予想外の一言だった。
「どういうつもりだケイ!!?場合によっては容赦せんぞ!!」
仮面に向けられていた獣の鋭い眼光がケイに突き刺さる!しかし、彼としてもただの思いつきで発した言葉ではない。
「いやいや、君たちが全力で戦ったら、そこで倒れている人や怯えている人はどうなるのよ?ただじゃ済まないでしょう?」
ケイは顎で自分以上に存在を忘れられていた助手席の男を指す。男の方もブンブンと力一杯、首を縦に振り肯定の意を示す。
「っていうか、最初に言ったよね?一撃で仕留められなかったら、怪我人救助を優先するって……」
「うっ!?」
ポチえもんは思わず口ごもる。事実として、そういうやり取りをした。だとしたらこういう不本意な状況に陥ったのは、攻撃に失敗した自分の責任ということになる。
「……わかった……契約……約束だからな……」
ポチえもんは下を向き、いじけるようにケイの意見を了承する。それとは逆にケイは自慢気に両手を腰に当てて、ネジレの方を向いた。
「そういうわけだから、後はどうぞお好きなように……」
ネジレは落胆していた。
こんな奴らにちょっとマジになっていた自分に、そして、当初の目的を怒りのあまり忘れていた短絡的な自分に……。
「興が冷めた……こちらも了解だ……そいつらのことは生きようが死のうがどうでもいい……」
ネジレはおもむろに胸元に手を入れる。ケイは一瞬警戒したが、そこから取り出したのは何の変哲もない手紙だった。
「これをナナシ・タイラン……ネクサスの奴らに渡してくれ」
「おっと。うーん……」
その手紙を投げつけ、ケイが受け取った。ケイは手に持った手紙の裏表を確認したが、特に何の仕掛けもないみたいだった。
「これは……?」
「招待状さ……一週間後、ここに書いてある場所に、それぞれ指定されたメンバーが来い。そこで待ち構えている因縁の相手と戦ってもらう……まぁ、一足早く手荒い歓迎を受けている奴もいるがな……」
獣と睨み合っていた時の激情は鳴りを潜め、淡々とした口調で自分の一方的な要求をネジレは説明した。
ただネジレは知る由もないが、今言ったその手荒い歓迎を行った者は返り討ちに会い、すでに海の底に沈んでいる。
「招待状っていうか……それじゃあ果たし状じゃない……賞品とかないとやる気出ないね……特にナナシは……」
「フッ……あるよ、賞品」
冗談混じりに文句のようなものを口に出すケイだったが、ネジレもそれは予想通りといった具合に賞品を本当に用意していることを告げる。
「もしもネクサスが勝ったらドクター・クラウチの居場所を教えよう」
「何……?」
ネジレに負けず劣らずの飄々とした態度をとっていたケイの表情が一変した。
諜報部が長年追っていた情報の手がかりが突如として目の前に現れたのだから当然だ。
瞬狐の仮面でその顔はネジレからは見えないが、その雰囲気で察したのか、彼?は満足そうな笑みを浮かべる。まぁ、こちらも仮面で見えないが……。
「クラウチのことを知りたかったら、精々頑張ることだな……」
捨て台詞を吐きながら、ネジレは車に乗り込み犯罪者を乗せたまま走り出す。すぐにケイたちから車のテールライトは見えなくなった。
「あいつ……免許証とか持ってんのか……?」
大統領の誘拐を企てたテロリストに何を言っているのかといった感じだが、ポチえもんは素朴な疑問を口にしつつ、みるみる縮んでいき、タイラン家の座布団の上であくびをしていたぬいぐるみのような姿に変わった。
そんな変わり果てた姿になった獣に相棒であるケイが別の疑問を問いかける。
「なんで、今日は戦闘に参加したの……?あくまで契約は知恵を貸すってことだけで、戦うことは入ってないはずだけど……」
「ふん、ただの気まぐれだ……」
獣の態度は何かをごまかそうとしているのが明白だった。しかし、ケイにはそれに心当たりがある。先ほどポチえもんが発した言葉、ネジレが激昂した単語……。
「半端者って………」
「ケイ」
ケイの言葉を獣の声が遮る。彼?は相棒の顔を見上げながら、首を横に振った。
「どんなものにも役割がある……奴の……ネジレの深淵に触れるのは貴様の役目じゃない」
「じゃあ、その役目っていうのは……」
「ネクサスだろうな……」
「そうか……なら、早くこの招待状を届けないとね」
ケイがナナシとまだ直接は会ったことのない彼の仲間の顔を思い浮かべた。
そして、彼らの下へ向かおうとしたが……。
「その前にここにいる奴らをどうにかしろ」
「確かに」
ケイは瞬狐を脱ぎ、腰を抜かした助手席の男に駆け寄った。




