意図
「大丈夫ですから皆さん………」
アツヒトが因縁の相手……というか、理不尽な逆恨みで襲いかかって来た狂った小物を倒した頃、ナナシにカフェで待機するようにと言われたマインは、その場を下手に動かない方がいいと判断したカフェの従業員や客に絶え間なく話しかけ、勇気づけていた。
「でも、さっきから外ですごい音が……」
「大丈夫……ほら、もう音はしないでしょ?」
先ほどまで悲鳴だったり、何かがぶつかったり、壊れたりする音が延々としていたが、今はカフェに流れる心地良いBGMだけが皆の耳に入る。
「なぁ、外に出た方がいいんじゃないか……?」
「それは……」
カフェの店長と思われる男が外に出ることを提案するが、マインをはじめ皆の反応は微妙だ。
今やるべき最善の行動はこの場にいる誰にもわからない。重苦しい沈黙がカフェを支配しそうになった……その時!
リンリン………
「――!?」
来客を知らせるカフェのベルがなった!ドアを誰かが開けたのだ!恐る恐るその誰かを確認しようと皆がドアの方向に目線を向けるとそこにいたのは……。
「あ、あ、悪魔だぁ!!?」
視界に入ってきたのは、二本の角を携え、二つの眼をぎらつかせ、血のような真っ赤な身体をした得体のしれない存在……。カフェにいる人にはそれはまさしく悪魔に見えた。
唯一マインだけは違って見えた。そう彼女は知っている、あそこに立っているのは悪魔ではなく、バカで適当でナルシストでめんどくさがりのヒーローだってことに!
「ナナシさん!」
「おう!マイン!無事か!?」
「はい!ナナシさんは……?」
「見ての通りさ」
マインは激闘を終えたナナシガリュウに駆け寄り、再会を喜ぶ。ナナシの方もマインの今にも泣き出しそうな顔をしていたが、どうやら怪我などはしてないことが見てわかると胸を撫で下ろした。
そんな二人のお互いの無事を確認する姿をカフェの中の人々は遠目で警戒しながら見つめていた。
「ん?」
「ヒイッ!?」
ナナシがその疑惑の視線に気づき、そちらに顔を向けると、目があった店長風の男が悲鳴を上げた。
ナナシ自身、今の状況じゃそういう反応もいた仕方ないと受け入れたが、いつまでもそんな感じじゃ困るのでマインにお願いする。
「……とりあえず、また俺、あらぬ誤解を受けているみたいだから、それを解いてくれると嬉しいんだけど……」
「また……?」
「いや、こっちの話さ……」
悪魔はめんどくさそうに腕を組み、そっぽを向いた。
マインの必死の説得で誤解を解いたナナシはカフェに残っていた人たちを引き連れて、この地獄と化したショッピングモールを脱出することにした。と言っても、ここに存在した脅威は先ほどナナシ自身が全て排除したので、今はただの少し荒れた人気のない寂れたショッピングモールでしかないのだが……。
それでも一応、念のため、そして恐怖に怯える人たちを少しでも安心させるためナナシはガリュウを装着したまま、周囲を警戒しているような素振りを見せる。
それを少し後ろから見つめるマインは複雑な思いを抱いていた。それはそうだろう、ついさっきまで、あの悲鳴が聞こえるまでは二人で楽しい休日を過ごしていたのだから……。
両脇に並ぶたくさんのお店を頭を忙しなく動かして、楽しそうに眺めていたナナシが、今はガリュウを装着、完全武装状態で自分や見ず知らずの人を守ろうと絶え間なく視線を移動させている。そんな彼の背中を見るとやるせなかった……。
「マイン………」
「…………………」
「マイン……!」
「…………………」
「マイン!」
「――!?あっ!はい!すいません!」
ナナシがマインを呼びかけていたが、考えごとをしていたマインは何度、声をかけられても気づかなかった。痺れを切らしたナナシが少し声を荒げると、さすがにその声でマインも自分が呼ばれていることに気づいたが、同時に後ろの人たちに不安も植え付けてしまった。
「あ、あの何か………?」
「あっ、大丈夫!何も変わったことはありませんよ」
「はい、私がぼーっとしていただけですから……すいません……」
「はぁ……」
カフェの店長が恐る恐る自分たちを元気づけてくれた女神と、その知り合いの悪魔に話しかけると、二人は申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた。
店長を初め、他の人たちが落ち着きを取り戻すのを見計らって、ようやくナナシは本題に入る。
「……で、君と離れたあとのことなんだけど……」
「どたばたしていてまだ何も聞けていませんでしたね……何があったんですか……?」
「まぁ……ただのイカレた奴らが暴れてただけなんだけど………」
「けど……?」
「そいつらみんなブラッドビーストだった……」
「ブラッ!!?んぐっ!」
ナナシの予想だにしない言葉にマインは思わず大声を上げてしまいそうになるが、かろうじて両手で口を抑え、言葉を飲み込む。
一瞬後ろを確認して、自分の動揺がばれていないかを確認してからひそひそと小さな声で再びナナシとの話に戻る。
「な、なんでブラッドビーストが……!?神凪ではほとんど見ないでしょう……!?」
「そりゃあ……まぁ……あいつが絡んでるんだろうな……」
「ネジレ……とかいうあの仮面の……」
「多分な……」
マインもすぐにネジレの存在にたどり着く。彼女もネクサスの一員として、あのいけ好かない仮面の人物を追い続けていたのだから当然だろう。
けれど、ナナシがマインに聞きたいのはもっと先の話だ。
「……それで、今回の件にネジレが裏で糸を引いているとして何が目的だと思う……?」
ナナシはブラッドビースト集団と戦っている間もずっとそのことを考えていたが、集中できるはずもなく、結局、明確な答えを出せずにここまで来てしまった。そして、その答えをマインに求めたのだ。
「ネジレの狙い………人が苦しんだり、怖がったりするのを見るのが楽しい……ただの愉快犯という可能性は……?」
マインは自分なりにネジレのことを考えてみたが、カフェで怯える人たちに気丈に声をかけ続けるような優しい彼女には、傲慢で呼吸するように人を不愉快にするネジレが何故こんなことをするのかまったく理解できなかった。そもそも彼女はネクロ事変の始まりの地、キリサキスタジアムで彼?を遠目で見たぐらいで、圧倒的に彼?の情報が不足している。そんな状態で彼?の意図を推測しろと言うのも無理な話である。
それを察したのか、マインの推察を否定しつつ、自身の感じたネジレの印象を伝える。
「……君の言う通り、奴にはそういう愉快犯的な……サディスティックな部分もあると思う……でも、オノゴロで少し話しただけだけど……なんというか……明確な目的があって、そのために行動しているように感じた……」
ナナシはあの古代の空中要塞で僅かな時間に交わしたやり取りを思い浮かべた。
楽しそうに人を、場をかき乱すような態度が気に食わなかったが、ただ自分の快楽のために動いているようにも思えない。
ナナシのネジレへの感想を聞いてマインは顎に手を当て、再考する。
(この行動に何か意図がある……ネジレという人間の性質……心は、私には到底分かり得ない。ただ論理的、客観的に見て今回のショッピングモールを襲った意図があるのだとしたら……ネクロ事変と照らし合わせて……きっと、それは……)
改めて一連の事件を思い返していたマインの脳裏に一つの考えが浮かぶ。
「誘導……じゃないでしょうか……?」
「誘導……?」
マインの答えにまだ理解が追いついていないナナシが彼女が言ったことをそのまま繰り返す。
マインの方は自分の出した答えにそれなりの自信があるのか力強く頷いた。
「はい、ネクロ事変の時も大統領選挙の討論会の前にあちこちで問題を起こして、本命であるスタジアムを手薄にしました……だから、今回も……」
「ショッピングモールは囮……俺たちや神凪を食い付かせる餌……本命は別にあると?」
「はい……私にはそうとしか……当たって欲しくはないんですけど……」
マインの意見は過去の事例を踏まえて、筋も通っているもので、ナナシも納得したが、だとしたらネジレの本当の狙いという新しい疑問が生まれる。
いや、きっとすぐにその疑問も晴れるだろう。その推察が正しければ、ネジレは……。
「ってことは……残念だけど、もう手遅れだ……すでにネジレの野郎は本当の目的のために行動しているだろうからな……!」
ナナシの言葉通り、今、この瞬間ネジレはある目的のため、ある場所であるものを待ち受けていた。




