表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
No Name's Nexus  作者: 大道福丸
Nocturne
67/324

海の男

 夜の海に落ちた……いや、落とされたサイゾウ。

 その青い装甲から微かに伝わる水の冷たさが、装着者であるアツヒトの柄にもなく熱していた頭脳をクールダウンさせた。

(ダメダメだな……今日の俺……相手を見た目で判断して……弁舌で主導権を握っていたのに……最終的には、あいつの何気なく発した言葉に動揺して、この様……本当に情けない……)

 沈み行く身体に比例するように心も沈む。だがしかし、失敗は成功の元というわけではないが収穫もあった。

(あいつ……“あの人”って……それにあれはブラッドビースト……ネジレが動き出したのか……)

 ずっと血眼で探していた人間の影が不意に目の前に現れた!それがアツヒトの落ち込む心に再び火を灯す!

(あいつが来る前にネジレのことを思い出したのも俺の本能が感じていたのか……?何にせよ、これはチャンスかもしれない……あいつを、あの逆恨みチンピラ野郎を捕らえられれば、手がかりが掴めるかもしれない……!)

 サイゾウは水中でぐるりと回転し、心と体勢を立て直した。相手をこの海中で迎え撃つ算段だ。

(あいつは自分のことを海賊だと言った……なら、奴も俺を追ってここに……水中で戦うつもりだろ……!乗ってやるよ!こっちも海の男だからな!)

 サイゾウはゆっくりと、普通の人なら僅かな月の光以外はほとんど何も見えない夜の海中を見渡した。ただし、サイゾウにはくっきり見えている。こういう戦闘も想定して造られたピースプレイヤーだから当然だ。

(こうやってると思い出すぜ……ナナシと出会った時の……って、さっきも同じようなこと言ったな……こうなることも予感していたのか……?すげぇな、俺!……だったら、しっかり対処しろよ、俺……!)

 頭の中でアホみたいな自問自答をするが、それはアツヒトに余裕が戻って来た証拠だ。実際……。


ゴポッ!!!


(ちっ!)

(甘いぜ……自称大海賊……!)

 ジュンゴのパンチは再び空振り……。アツヒトが言ったように、所詮はこそ泥。戦闘においては比べるのもおこがましいほど両者には圧倒的な差があった。

 ジュンゴは距離を取り、サイゾウの反撃を防ぐ。しかし、そもそもサイゾウは反撃をするつもりはなかった……というより、まだこの敵の攻略の糸口を全く掴めていない。

(……相手の攻撃が当たらなくても、こちらの攻撃でダメージを与えられなかったら、どうにもならないよな……さてさて、どうしたもんかねぇ……!)


ゴポッ!!!


「くそッ!?」

(だから……当たらないって……)

 考えごとをしながらも軽々と攻撃をかわす。海に突き落とした時は余裕があったジュンゴも徐々に焦り始める。

(なんで!?なんで!おれの攻撃が当たらない!?おれの姿は見えていないはずだ!?)

 ジュンゴは気付いていない。今、自分が思っていること、自分に起きていることを理解できていないことこそが、彼がエセ海賊だと証明していることに……。

(目眩ましの後、俺は攻撃の直前まであいつの姿を捉えられなかった……多分、あいつにはネームレスガリュウのように姿を消す能力があるんだろう……)

 アツヒトの推測はドンピシャ大正解、完全に的を射ていた。

 ジュンゴ変身体には周囲に溶け込む擬態能力があった。それを利用して、死角からの奇襲が彼の基本スタイル……というか、口だけは立派だが、根っこは臆病な彼にはそういう戦い方しか取れなかった。

(だとしたら、海に落としたのは悪手だぜ。さっきも、空気の流れで事前に攻撃を察知できた……水中ならそれがよりわかりやすい……!わざわざ自分のストロングポイントを潰すフィールドで戦おうなんて……そんなこともわからないとは、所詮、自称海賊だってことだ……!)

 アツヒトの脳内で徹底的にディスられているとは露知らず、ジュンゴは自分の思い通りにならないことにさらに苛立ちを募らせていた。

(なんで!おれの攻撃がわかる!?くそッ!ちくしょう!バカにしやがって!)

 自分の無能さを棚に上げて、被害妄想じみた考えで相手に当たる。彼の腐った内面が凝縮されたような発想……。それをぶつけられる方はたまったもんじゃない。

(くそッ!もう一度!もう一度だ!次は当ててやる!!)

 特に新しい策も思いつかず、結局バカの一つ覚えのように姿を消し、奇襲をかける!当然、結果は変わらない。


ゴポッ!


(くっ!?)

(本当、学習しねぇな……)

 ジュンゴの拳はサイゾウの目の前、人間一人分ほど先を通過する……つまり、大ハズレだ!

(なんでなんだよ!?くそ!)

 再三、攻撃を回避され、ジュンゴの苛立ちがピークを迎える!けれど、その熱に身を任せて追撃するようなことはしない。冷静だからではなく、ひとえに臆病だからだ。

(また、身を隠……!?)

(残念、今度は逃がさないぜ……)

「ヒイッ!?」

 ジュンゴはまた姿を消そうとするが、アツヒトの方もいつまでも防戦一方でいるつもりはない。ついに反撃の狼煙を上げる!

(打撃がダメなら……斬撃だ!)

 サイゾウは刀を手に取り、ありったけの力で振り抜く!


グニャリ……


(――ッ!?これも無理か……!)

(この……!?びびらせやがって!)

 ジュンゴの乳白色の皮膚は地上でパンチ同様、刀からの衝撃を全て吸収し、刃は虚しくその上を滑り、いなされる。そんなことができること自体、ジュンゴ自身も把握していなかった。

 本気で人生の終わりを感じたジュンゴだったが死の恐怖から解放され、またまた姿を消した。

(まさか、斬撃も効かないとは……もしかしたら、完全適合したナナシガリュウや力自慢の項燕の膂力なら、そのまま断ち切れたかもな……でも、俺とサイゾウじゃな……)

 無い物ねだりをしていても仕方ない。アツヒトは頭をフル回転させ、次の策をひねり出す。

(攻撃が効かねぇなら、何にも怖くねぇ!)

 一方のジュンゴは自分の優位性に気付いて調子に乗る。小物らしい思考で自信を取り戻し、再度攻撃を仕掛ける!

「うぉらッ!!!」


ゴポッ!


(またかよ!?)

 だが、肝心のどうやって攻撃を当てるかは、全く思いついていないので、当然空振り……。

 片やアツヒトは次の策をすでに考え終わっている!


ガシッ!


「――!?こいつ!?」

 攻撃を避けられ、無様に伸びたジュンゴの左腕をサイゾウの左手が掴んだ!

(打撃は効かない……斬撃も無駄……なら、関節技!サブミッションだろ!)

 アツヒトの出した答えは関節技!相手を締め上げ、無力化するつもりだ!

 しかし、結果から言えば、それは大きなミス……先ほどのアツヒトの言葉を借りれば悪手であった。


グニョリ……


(――!?……なんだと!?)

 サイゾウの左腕に、逆に掴んでいるはずのジュンゴの左腕が普通の人間では考えられない柔らかさで絡みついた!そのまま凄まじいパワーでサイゾウの後ろに回り、脚、そして首にも絡みつく!

(ぐぅ!?)

 がっちりとジュンゴの四肢で全身を固められたサイゾウ……ジュンゴはぎりぎりと力を強め締め上げていく!

(くそッ!?しくじった!?)

「ハハハッ!そうか!こうやればいいのか!これがこの力の正しい使い方か!」

 ジュンゴは興奮を抑え切れない!ここにきてようやく自身に与えられた力の使い方を理解できたのだから!あくまで今、この状況になったのはサイゾウの、アツヒトのミス……敵失であるのだが、彼はまるで何から何まで自分の手柄だと言わんばかりに喜んだ。

(……ッ!?……このッ!)


グニャリ…グニャリ…グニャリ……


「ふひひっ!痛くないよぉ~だ!!」

 サイゾウは唯一自由な右手で首に絡まるジュンゴの右腕を何度も殴るが、当然、効かない。

 そうこうしているうちにサイゾウの青いボディにひびが入り始める。

(くっ!?このままじゃ…サイゾウがもたない……!?)

 ミシミシと嫌な音が身体のあちこちから聞こえる。タイムリミットは残り少ない!

「ハハハッ!勝った!おれがアツヒト・サンゼンに!防人に勝ったんだ!」

 ジュンゴは早くも勝ったつもりでいるらしい。それが彼の限界なのだろう……。

 仮定の話だが、もしここで油断しなければ、この後のサイゾウの行動に怯まなければ、結果は変わっていたかもしれない。

(殴ってダメならァ!!)


ザシュザシュッ!


「ギャアッ!!?」

(よしッ!)

 サイゾウは自身の首を締めるジュンゴの腕に右の手甲の針をゼロ距離発射!

 今まで全ての攻撃を防いでいたジュンゴの皮膚を貫き、初のダメージにたまらず拘束を緩めてしまう。

 その瞬間を待ってましたと、サイゾウはスルリといとも簡単に脱出!その場から離れる。

(そういうとこだぜ……ジュンゴ!俺だったら……ネクサスの奴らなら、その程度のダメージで拘束を解かない!あのまま、あの状態をあとほんの少しでも維持できていたらお前の勝ちだったのによ!)

 ある程度の距離を取ると、サイゾウは振り返り、いまだに腕を痛がっているジュンゴを睨み付ける!

 そしてこの瞬間、戦いの勝敗は決したのである!

(悪いが俺は同じミスを二度もするような間抜けじゃない……そして、ようやくお前にダメージを与える方法を……打撃や斬撃ではなく、ある一点に集中した攻撃…“突き”なら効くことがわかった……!ジュンゴ、お前が最低限の知能があるなら、降参か逃亡を選べ!それ以外の選択を取るなら……)

 残念ながら、アツヒトの願いはジュンゴには届かなかった。

「ちっ!ふざけやがって!……だが、どうすれば奴を倒せるかはわかった……!あとはそれを実行するのみ!!!」

 自分の力に酔いしれているジュンゴはもうすでに失ってしまった幻の勝利を得るためにサイゾウに突進していく!

「バカがッ……!」

 サイゾウはそんな愚かな敵の姿に虚しさを覚えながら構えを取る。

「はっ!!!」

 ジュンゴは口から最初に放った目眩ましの黒い球体を吐き出す!

(この期に及んで……)


ボォン!!パァン!!


 サイゾウは呆れながら、先ほどと同様に針で迎撃する。当然、今回も破裂してサイゾウの視界を覆う。

 そしてその隙に……隙ができていると思い込んでるジュンゴはサイゾウの背後に回り込む。

「捕らえた!」

 そのままサイゾウの全身に絡みつき、再度、必殺の体勢に……。

「良かったなァ!アツヒト!!!海の男が海で死ねるんだ!本望だろう!?こんな幸せなことはないだろう!?」

 ジュンゴ、彼の人生において最高の瞬間である。そして同時に最後の瞬間でもあった。

(ん?………あれ?こいつ腕が………)

 ジュンゴがサイゾウの違和感に気付く。腕がなくなっていたのだ。けれど、ほんの少し遅かった。


ザブシュッ………


(――!?赤い……水………?)

 ジュンゴの目の前に真っ赤な何かが立ち上って来た。それはジュンゴ自身の血だった。彼の首に後ろから刀が突き刺さり、血が海に流れ出したのだ。

(変わり身の術……ってか)

 刀を突き刺したのはもちろんアツヒト。彼は攻撃のためにサイゾウの腕の装甲だけを装着して、残りを囮に使ったのだ。

 ジュンゴの視界に赤い色が広がり濃くなると、逆に意識は薄まっていった。そのまま、ジュンゴはサイゾウの脱け殻からも手を離し、虚ろな目で力無く沈んでいく。

 アツヒトは自然と首から抜けた刀を握り締めながら、それを静かに見送った。

(海賊を名乗ったんだ……海で死ねるならば、本望だろう……?)



ザバァァァァァン!!!


「よっと」

 サイゾウを装着し直したアツヒトはそのまま水上を目指し、激しい水しぶきを上げながら元いた道に戻った。

「……大変だったわりに収穫は特になしか……」

 戦いには勝利したものの、結局、当初予定していたジュンゴを捕まえて、ネジレのことを問いただすという目的は失敗してしまった。

「……中途半端に力なんて持つから……俺が手加減できるくらいに弱かったら、生きていられただろうに……」

 だが、それも仕方ないこと。アツヒトにとってはブラッドビーストと初めての戦闘、しかも厄介な能力持ち……。下手に手を抜くこともできなかった。

「そもそも、あいつがあんなブラッドビーストにならなければ……ただのこそ泥が大それた真似なんてできないはず……もしかしたらまっとうな道に戻れたかもしれないのに……」

 飄々としているアツヒトの心の中に熱いもの……沸々と怒りが込み上げて来る。

 ジュンゴもある意味では被害者なのだ。力さえ与えられなければ、悪の道へ誘惑されなければ、きっと違う未来もあったはずなのだ。

「ネジレ……どこまで人の命を弄べば、気が済むんだ!!」

 どこにぶつければいいのかわからない熱情をアツヒトは夜の海に吐き出した!しかし、そんなことをしたところで何も返って来ない。

「ふぅ……とりあえず、このことをネクサスのみんなに伝えないと……」

 それでも、声に出したことでスッキリしたのか、気を取り直して仲間の下へ歩き出す……が。

「あっ!」

 すぐに立ち止まる。とても大事なことを忘れていたことに気づいたのだ!

「土産!あんなのでも我が町の大切な名物だからな、回収しないと……」

 戦闘前に投げ捨てた仲間へのお土産を拾いに、青い忍者は来た道を小走りで戻って行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ