夕暮れ
いつの間にか日は傾き、スクラップの山をオレンジ色に染め上げていた。
「うげぇ!?気持ち悪いな……!まったく……!」
文句をいいながら、オレンジの空に溶けてしまいそうな赤い装甲を持ったナナシガリュウがスクラップの山から見つけ出した箱のようなものに自ら切り落とした触手の残骸を指で摘まんで拾い、詰めていた。
「これ……本当に回収しなきゃダメなのか……?」
ナナシの隣でジャガンを装着したアイムが同じように触手を拾っているが、納得いっていないのか、ナナシに疑問を呈する。
「いや、だって人間こんなにしちまうものほっとけないだろ……?」
ナナシは触手の切れ端を指でつまみ上げ、それを怪訝な顔で見つめる。
「あいつ……シンスケだっけか?注射みたいなの打つ時に“ブラッドビースト”になるなんて言ってたけど……あれはブラッドビーストじゃない……」
「あぁ……あれは獣とすら呼べないものだった」
「実際にあの薬剤は人間をブラッドビーストにするためのもので、今回は何らかの理由でこんなことになったのか……それともシンスケが騙されていて、まったく別のものだったのか……調べない訳にはいかんだろ……?」
「……そういうもんか」
「そういうもんさ」
ナナシは周囲を見渡しながら今やっていることの意義をアイムに伝える。アイムも一応の納得をして、触手の回収を再開した。
「だが、皮肉だよな……この壊浜をこんな風にしたのは、鏡星がドクター・クラウチとかいうマッドサイエンティストに唆されて、ブラッドビーストで戦争仕掛けて来たのが一因だっていうのに……よりによって壊浜出身者がそのブラッドビーストにすがるなんて……」
プロトベアー、ランボが両手にこんもりと触手を詰めた箱を持って近づいて来た。
彼の言うように色々な意味で今回の任務は皮肉にまみれたものだった。今日起こった戦いの全てがすれ違いから始まったもの……ボタンの掛け違いだ。ほんの少し、何かが違ったらと思わずにはいられない。
特にあの男はそうだろう……。
「ダメだ!ありゃ!もしかしたら……って思ったけど、とてもじゃないがあの塊かき分けて、注射器回収なんてできやしない!」
「あぁ、やってられん」
「超優秀な我でも無理だな」
続いてサイゾウ、項燕、そして、空を飛んでいたシルバーウイングが思い思いの文句を口にしつつ、ナナシ達の下へ集結した。
彼らはシンスケが持っていた注射器の残骸を回収できないか探っていたが、やはり無理だったようで若干苛立っている。
「そうか………んじゃ!もうトレーラーに戻るか。サンプルもこんだけありゃ、十分だろ?カズヤやユウのことも気になるし」
この場所でネクサスのやるべきことは全て終わったと判断したナナシが珍しくリーダー風を吹かせて、撤収の決断を下す。
「待て!あいつはいいのか……?」
それに待ったをかけたのが蓮雲。親指で背後のスクラップの山に立つ黒い人影……いや、影がかかっているのではなく元々黒い竜の機械鎧を着込んだ男を指差す。
「……ほっといてやろう……俺は今のあいつをどうこうする気にはなれん……お前もだろ、蓮雲……?」
「ふん、確かにあんな腑抜けには用はないな」
本来ならばネクサスはネームレスを捕らえるべきだし、今の彼相手なら簡単にそれができる。けれども、ナナシはそれを良しとしなかった。最終的には頭で考えたことよりも、自らの感情に従う……彼の短所であり、ある意味長所でもある。
蓮雲もそれを了承した。口は悪いが、彼も今回のネームレスには同情の念を禁じ得ない。
「よし、決まりだな!帰ろう……俺達には帰る場所があるんだから……!」
紅き竜を先頭に色とりどりの鎧を纏った戦士達が戦場を後にする。
この場に残ったのは一人……大切なものを失った男がただ一人……。
「……シンスケ………俺は帰る場所すらなくしてしまったんだな………」
太陽が完全に姿を隠し、自らの漆黒の身体が夜の闇に溶けて消えるまで、ネームレスはスクラップ場に……故郷に一人立ち尽くし続けた……。




