豹変
「一体、どういうことなんだ!説明しろ!!!」
ひどく興奮した声……。冷静そうに見える彼だが、実際は感情的で熱しやすい性格。しかし、今回の件については誰だってそうなるだろう。
信じていた弟分に騙されたのかもしれないのだから……。
「おいおい、何が……アツヒト!?蓮雲!?……ネームレス!!?」
声の正体を探るために階段を降りて来たナナシの目に映ったのは、まったく予想していなかった光景だった。
百歩譲って、途中まで一緒だったアツヒトと蓮雲がいるのはいい。でも、なんでネームレスが彼らと同行しているのかは、まったく全然理解できなかった。
「ナナシ………ナナシガリュウ!?なんで!?いつの間に使える……」
「蓮雲、気になる気持ちはわかるが、今はそれはいい……」
一方の蓮雲もナナシガリュウの姿を見て、疑問が噴出する。だが、そんな話している場合じゃないとアツヒトが制止する。
ナナシの方もアツヒトの言葉で冷静になったのか、ネームレスが知らない人物に詰め寄っている姿から目を逸らさないまま、アツヒトの隣に歩み寄った。
「アツヒト……これは……?」
「細かい話は後だ。訳あってネームレスとともにここに来たら上から話声が聞こえて……それがランボの声だってわかったから、話の腰を折るのも悪いかなって、ここで聞き耳立てることにした。まぁ、盗み聞きだ……で、そんなことしていたら突然、ネームレスが……」
アツヒトは気持ち抑えめな声で簡潔に必要最低限の情報をナナシに説明しながら、後からやって来たアイムと知らない子供と銀色のピースプレイヤーを確認する。アツヒトからしてもナナシ一行に起きた出来事は気になるが、ぐっとこらえる。
盗み聞きした話が本当なら今、目の前に自分達を嵌めた黒幕がいるのだから……。
「さっきの話は本当か!?本当だとしたら……お前は!!」
「ち、違うんすよ!?おれは!……あの……」
ネームレスに問いただされている者は、弁明しようとするが、その剣幕に圧され、慌てふためき中々言葉が出て来ない。
「……ネームレス!?……お前……」
懐かしい声で名前を呼ばれたネームレスが振り返ると、そこには深緑の機械鎧に肩を借りて階段を降りて来る旧友の姿があった。
「……何しに戻って来た……壊浜に……ここに、今のお前の居場所があると思っているのか……!?」
「く!?……そう……だな……俺は戻って来るべきではなかった……」
久しぶりの友人との再会は非常に険悪なものだった。ネームレスとしては当然歓迎してくれるなんて毛頭思ってもいない。ここにはそういう覚悟を持ってやって来た。
しかし、先ほど聞こえて来た話は彼の心にまた深い傷をつけ、新たな十字架を背負わせた。自業自得としか言えないのが始末が悪い。
「……済まない……カズヤ……お前やドンが壊浜の事を色々考えていたのに俺は……俺は憎しみに囚われ、この街を貶めるようなことを……謝って済む話じゃないのはわかっているが……俺には頭を下げることしかできない……本当に……済まなかった……!!」
ネームレスはそのきれいな金髪の頭を深々と下げ、謝罪する。その姿を見て、ナナシやランボはネームレスとカズヤの関係を察する。
カズヤのやり場のない怒りも、ネームレスの自分の行いを悔やむ気持ちもわかる。
各々の行き場を失った感情が宙を漂い、場の空気が重く淀めていく。
「なんだ!急に!?どういうことだ!?なんで頭を下げているんだ?おれにもわかるように説明しろ!」
「どこの誰だかは知らんが、気が合うな。先ほどまであんなに怒っていたのに、カズヤを見た途端しおらしくなって……そこの金髪、どういうつもりだ!?我に教えろ!!」
そんな湿っぽい空気など知ったことか、とバカ戦闘狂とバカAIのバカタッグが騒ぎ立てる!けれども、今は正直ありがたい。じめじめと鬱屈した感情をぶつけ合うなんて、当人達も、それを見ているネクサスも望んではいない。
「……ネームレス、過去の事はとりあえず置いておく……大事なのは“今”だ。今、お前は何しにここに来た……?」
ダブルバカのおかげで気持ちが落ち着いたカズヤが階段を降りて、人間一人分の距離まで近づいて旧友に問う。何故自分の前に現れたのかと……。
「……そいつらと同じだ……お前がよからぬ事を考えていると聞いて……恥を忍んで止めに来た……」
ネームレスはそう言いながら、目と顎で紅き竜を指した。一瞬だけ視線が交差するがすぐに目を逸らす。
色々話したい気持ちもなくはないが、何を話していいのかわからないし、そんな間柄でもない。
敵でもないが味方でもない。赤と黒の竜の関係はネクロとの戦いを経て、なんとも形容し難い微妙な関係となっていた。
「お前もか……でも、そんな情報……そういうことか……」
カズヤはネームレスの言葉で完全に理解した。自分を……そして、ここにいる者全てを手玉に取っていた存在に……。信じたくなかったことが、紛れもない真実だということに……。
ネームレスはカズヤの心を、彼の寂しそうな眼を見て胸が締めつけられる思いだった。だからこそ自分が決着を着けなければと再び、カズヤに背を向け、弟分を睨み付ける。
「俺にその情報を教え、ここに呼び寄せたのは……シンスケだ……そうだよな……?」
「あっ、おれはその……」
シンスケと呼ばれた男はしどろもどろになりながらも必死に言葉を探す。だが、一向に出て来ない。それはそうだ……カズヤとネームレスに彼が話したことを考えれば、下手な言い訳をすることもできない。口を開けば開くほど、自らの墓穴を掘ることになるのがオチだ。
「あいつが……シンスケ……?」
「あぁ、俺も道中で名前聞いたぐらいだが……今、ネームレスが言ったようなことを俺達にも話して来た……だが……」
「その止めたいはずの……テロを起こそうとしているカズヤとも繋がっていて、しかも俺達が戦いに来たって吹き込んでた訳ね……」
ナナシとアツヒトが小声で再び情報共有……というより、この戦いの答え合わせをする。周りにいるアイムやユウ、ついでに先ほどの空気クラッシャーのバカ二人も、そのひそひそ話を聞いて、今何が起きているのかを認識できた。
そして、全員の情報共有が終わると自然と皆の目線が一点に集まる。
「あぁ!違うんですよ!?だから!おれは……そんな恐い顔しないで……?ねっ?」
歴戦の勇士達に一斉に睨まれて、平静でいられる訳がない。シンスケはただ手をバタつかせ、ひきつった笑顔を振り撒くことしかできなかった。
「お前が納得のできる説明を聞かせてくれれば、恐い顔とやらも緩むんじゃねぇか……?」
「うっ!?」
違うといいながら、まったく詳しいことを話さないシンスケに対し、彼とは初対面のナナシが高圧的に問い詰める。
ナナシという人間は決して礼儀知らずではない。然るべき人物には、然るべき礼節を尽くす。そんな彼がこんな煽るような態度を取るとすれば、それは目の前の人物を“敵”と見なした時である。
シンスケはその威圧感に圧され、一歩、二歩と後ろに下がる。彼の目には真っ赤な身体に二本の角を携えたその姿は竜ではなく悪魔に見えた。
「シンスケ……この男の言う通りだ……何か言い分があるなら言って見ろ……」
ナナシに続きネームレスが自身の弟分に圧をかける。しかし、先ほどの感情的な部分はなりを潜めて、まるで本当に兄が弟を諭すような優しさを感じさせる。
未だに信じているのだこの不器用で優しい男はシンスケを……。かつての仲間を……。
「いや……おれは……おれは……………ふぅ~、もう無理っぽいですね、これ」
「!?」
突然、シンスケの泳いでいた目に焦点が定まり、震えていた唇は、にっと口角を上げた。その急激な変化にその場にいた人間は一様に戸惑う……と同時に確定した。
この戦いの黒幕が……。
「やはり、シンスケ……お前が!?」
「そうですよ。カズヤの兄貴とネームレスの兄貴……あと、ネクサスの皆さんにそれぞれ情報を提供して、潰し合わせようとしたのは……おれです。お二人の弟分、この“シンスケ”です!!」
笑みを浮かべながら、自身の罪を独白するその姿は狂気すら感じる。特に昔から彼の事を知っていたネームレスとカズヤにとっては色んな意味でショックだったようで、文字通り絶句している。
そんな二人を見かねたかどうかは定かではないが、代わりにアツヒトが口を開く。
「で、その使い走りからフィクサーにクラスチェンジした君の目的はなんなんだい?」
こちらもかなり刺のある言い方……。自分が手を汚さないやり方に嫌悪感を覚えているのだろう。アツヒトだけではなく、他のネクサスのメンバーもその意識は共有しているようで、今にも飛びかかりそうな雰囲気を醸し出している。
「そんなもん決まっているでしょう。ドンの後継者となってこの壊浜を支配するんですよ。そのためにはカズヤの兄貴が邪魔だった……だから、あんたたちに潰してもらおうと思ってねぇ!!」
今回の戦いの真実をハイテンションで語るシンスケ……。
ネクサスのメンバーはその姿……あまりにも小物臭いとしかいいようのない姿を見て呆れ返る。
「うわっ……予想通り過ぎる……」
「ここまで来ると、逆に清々しいな……」
「そんなことのために……」
「自分で倒そうという気概はないのか……」
「情けないぞ!強くなって兄貴分を超える……そういう気持ちがない奴に誰もついて来るはずがなかろう!!」
「ふん!なんとでも言え!」
各々が様々な感情を乗せて黒幕を非難する。唯一共通しているのは、シンスケという人間を心の底からバカに、軽蔑しているということだ。彼のやり方はネクサスの美学には反している。
シンスケの方もそれは承知の上。自分自身もセコい手段だと認識している。ましてやそのセコい策にまんまと引っ掛かった奴らに何を言われようとどうってことない……ただ、あいつは別だ。
「シンスケ……本当にドンの後継者になろうなんて思って……」
「あぁん!?」
ネームレスの発言でシンスケの顔に浮かんでいた笑みが消え去り、怒りの感情が滲んでいく。
「いつも……いつも……いつもいつもいつもいつもそうだッ!あんたは……あんた達は!おれを守るって言いながらずっとおれのことをバカにして!おれなんかじゃドンの後を継ぐなんて無理だって言いたいのか!!!」
「ち、違う!俺はそんなつもりじゃ……」
「うるさい!黙れ!!!」
長年、胸の奥に封じ込めていたコンプレックスがマグマのように噴き出す!ネームレスとカズヤがよかれと思ってやっていたことが彼の心を蝕んでいたのだ。そのことにようやく……この期に及んで二人は気づいた。
だが、時すでに遅し……シンスケは引き返せないところまで来てしまった。
「そうさ!どいつもこいつもおれのことをバカにして……けど、“あの人”は違った……“あの人”はおれを認めてくれた!そしておれに知恵と力を与えてくれたんだ!!」
「――!?シンスケ、あの人とは誰だ!?その、あの人というのがお前に入れ知恵したのか!?」
興奮が最高潮に達し、つい口走ってしまった“あの人”。ネームレスがそれについて問い詰めるが、シンスケの耳には届かない……いや、最早誰の言葉も彼には届かないのだろう……。
そして、これからも……ずっと……永遠に!
「見せてやる!おれの力!“あの人”がくれた人間を超えた力を!!!」
そう言うと、シンスケは注射器のようなものを取り出し、自身の首元に近づけた。
「シンスケ!?何をする気だ!?やめるんだ!!?」
「いいや!やめないね!!!おれは人間を超える!!!『ブラッドビースト』になるんだ!!!」
ブスッ……
シンスケはネームレスの制止を無視し、首に注射を……真っ赤な薬剤を自身に注入した。
「シンスケ……?お前……?」
「ハハハッ!!!やってやったぞ!!!おれは!!!…………なんだ……?何も起きないぞ……?」
みんなが見守る中、シンスケには特に変化が生じなかった。
「……どうやらお前、パチもん掴まされたみたいだな。さっきの、ただの栄養剤かなんかなんじゃねぇの?」
「そんな……」
ナナシの言葉に絶望するシンスケ、逆に胸を撫で下ろすネームレス……。
けれども、心に平穏が訪れたのは一瞬だけだった。
「……なん……!?があっ!?痛い!?いや!熱い!!!身体があっ!?あトゥいぃぃぃぃぃ!!!」
「シンスケ!?」
シンスケが突然苦しみ出したと思ったら、その決して大きくない身体が膨張し始めた!普通は、常識的には、あり得ない状態に、誰もが何をしていいかわからず立ち尽くすしかなかった。特に今日一日で色んな情報を知り、傷ついたネームレスは完全にキャパシティを超えていた。
「ぐうぉっい!?くあはぅ!………………があっ!!!」
「――!?」
「ネームレス!?」
ズブッ……
「がはっ!?」
「――!?カズヤ……?カズヤぁッ!!」
突如として、シンスケだったものから伸びた肉の触手。その触手がネームレスを貫こうとした時、カズヤが彼を突き飛ばし、代わりに傷を負った!
「カズヤ!?お前!?なんで俺なんかを!?」
「ぐっ……わかんねぇよ……勝手に身体が……動いて……気づいたら……この様さ……」
反射的な行動だった。
頭ではこの街を捨てた裏切り者だと思っていても、心の中ではカズヤにとってネームレスは今もかけがえのない友人なのである。今、そのことにカズヤ自身が気付かされた。
「また……俺は助けられて……俺なんかのために……」
ネームレスの脳裏に炎と瓦礫の中に消えたネクロの姿がフラッシュバックし、カズヤと重なった。
「カズヤさん!!」
「ユウ……大丈夫……ちょっと…かすった……だけだ……」
「かすっただけって……こんなに血が出ているのに!?」
カズヤを慕うユウが駆け寄る。心配そうな顔で自分を見つめるこの優しい少年を元気付けようと強がるが、とてもじゃないがそんな言葉でごまかせる怪我ではない!
「グワァオオオオオオオオッ!!!」
そうしている間にもシンスケだったものの膨張は止まらず、ついに天井にその醜い肉が触れた!
「ちっ!?このまま、ここにいるのはまずい!ナナシ!みんな!とにかく、ここから出るんだ!!」
アツヒトは自身のピースプレイヤーサイゾウを装着しながら、指示を出す!しかし、その言葉は未だショック状態のネームレスやユウの耳には届いてない。
「カズヤさ……ん!?」
ユウの身体が突然、宙に浮かび上がる。真っ赤な竜、ナナシガリュウが少年の小さな身体を持ち上げたのだ!
「ネームレス!そいつはお前に任せる!」
「任せる……って……?」
「呆けてんじゃねぇよ!ここから出るんだよ!そいつ、友達なんだろ!?だったら、お前が運んでやれ!!」
「――!?……そうだ……そうだな!行くぞ!ガリュウ!!」
ナナシの言葉で目を覚ましたネームレスが漆黒のガリュウを装着し、カズヤを……友を抱き抱える。
そのまま二匹の竜は崩れゆく建物から脱出した!
「ぐるぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
ガシャッ!ガシャッ!ガシャャャャン!!
その場から振り返ることもせずに逃げ出す双竜とその仲間達。一方、シンスケだったものは建物を壊しながら、さらに巨大化を続けていた。




