ナナシガリュウ
一瞬、ほんの一呼吸の後、光が消えると、そこにいたのはタイラン家の家紋を彷彿とさせる『赤い竜』だった。
太陽の燃え盛る炎のような紅の装甲、額から勾玉を連想させる二本の角、そして木漏れ日を思わせる優しく光る黄色い二つの眼、これこそが『ガリュウ一号』!ナナシへのプレゼント、ナナシのための“特級”ピースプレイヤー!
「……いや…持ち込んでんじゃん……こんな物騒なモノ、あいつらのこと、批判できないんじゃない……?」
正直な言葉が思わず口からこぼれ出る。やっていることは、ネクロ達と変わらないと言われたら、黙ることしかできない。
『まぁ、そう言うな。誰も“適合”しなかったんだから、お前が手にするまでは全くの無害、至って普通のアクセサリーだったんだからよ』
「うおっ!?」
突然、耳元から声が聞こえた。聞き覚えのある……というよりさっきまで聞いていた声……そうケニーの声だ!どうやら、どこからか通信しているらしい。
「ケニー!無事か!?マインも大丈夫か!?」
『あぁ!二人とも無事に避難できた!』
「ふぅ……そうか、良かった……」
息と共に、口から身体中にこびりついていた不安を追い出した。二人の安全を確認し、ナナシは胸を撫で下ろす。
『それにしても…本当に使えるんだな……ムツミさんには少しだけ反応していたから、もしかしたらとは思っていたんだが………』
「さっき“適合”って……こいつ、まさか特級……」
ガシャ……
「――!?」
ナナシは突如として会話を中断する。
ガシャ……ガシャ……ガシャ……
「これは……」
彼の耳にケニーの声以外の音……スタジアムで本来聞こえるべきのスポーツ選手が地面を蹴る音でも、アイドルがダンスを踊る音でもない、鎧を着た侵略者達が行軍するような不穏な足音が聞こえて来たからだ。
『……ナナシ?』
「……そういや……しゃべってる場合じゃなかったな……!」
ステージの下から人影が五体……新たなピースプレイヤーがぞろぞろと湧いて出た。そして、ゆっくりと獲物の逃げ道を塞ぐように広がりながらナナシの方に歩いてくる。
「……状況が良く飲み込めないが、なんだか俺の本能が邪魔になりそうだと訴えているし……何より退屈で仕方ないから、暇潰しにいじめさせてもらおうか」
ネジレが仮面の下からこもった、だがとても明らかに楽しげな声でそう言うと、ナナシに向かって人差し指を突き出した。
「精々、俺を楽しませてくれよ、イレギュラー」
すると、五体の人影が一斉に駆け出した!目標はもちろん紅き竜!戦闘開始だ!
ガシャ!
一体のピースプレイヤーが先陣を切った。先手必勝と言わんばかりに紅き竜に飛びかかり、固く握った拳を突き出す。
ガンッ!
「くっ!この……野郎ッ……!!」
繰り出された拳は甲高い音と共にナナシガリュウの手のひらに収まった。つまりいとも簡単にあっさりと受け止められてしまったのだ。
「一発は一発だ……お返しさせてもらう!」
ドコッ!
「えっ……?」
逆に渾身の力を込めて殴り返すと、相手の胸に穴が開いた!いや、開いてしまった……。完全に力加減を間違えた!というよりナナシの想像を遥かに越えるパワーをガリュウというマシンが持っていたと言った方が正確か。
「マジかよ……ん?」
一瞬、人を殺してしまったと焦ったが、よく見るとガリュウの拳が開けたそれからは人間に穴が空いていたら溢れ出すはずの血や内臓ではなく、代わりにスパークしている電気と火花がバチバチと喧しい音を立てて、迸っていた。穴の中には骨や肉ではなく、びっしりと機械が詰まっていたのだ。
「こいつら……『ヘイラット』じゃない……?それを元にした自律型P.P.ドロイド、『ロボラット』か!それにこれ、よく見ると型落ちの旧式じゃないの!」
倒れゆく穴あきの敵は神凪の軍人が使う主力量産機ではなく、無人の自律型兵器、しかも古い型だとわかり、ナナシは歓喜し、安堵する。
そして、そうとわかればナナシに何の心配も躊躇もない!荒ぶり昂る竜となって思いのまま猛り狂うだけだ!
「だったら、容赦は無しだ!こいつの……ガリュウの力を存分に見せてやるよ!」
倒れる仲間のことなどお構い無しに進む二体目の敵に向かって紅き竜は地面を軽く蹴りつけるとその力を装甲が増幅し、一気に距離を詰めた。
高性能コンピューターを積んでいるはずのロボラットがあまりの速さに、まったく反応できず、まるで信じられないものを見て思考停止した人間のように呆然とする。
その混乱状態が収まるまで待ってあげる訳もなく、ナナシは再び、しかし、今度は殺る気満々で思い切り相手の顔面を殴る!
「拳骨一丁!!」
バキッ!
首と胴体を繋ぎ止めようと何らかのチューブが必死に抵抗したが、結局はちぎれ、ロボラットの首が彼方に吹っ飛んだ。胴体からは鮮血ではなく火花が吹き出す。二体目撃破!
ババババッッッ!
「うおっ!?なんだよ、今度は!?」
接近戦は不利と見て、残った三体は距離を取り、マシンガンを撃ってきた!真っ赤な装甲に弾丸の雨が降り注ぐ!
「くそッ!?……ってあんま効かねぇな」
しかし、紅き竜の装甲はびくともせず、弾丸を全て弾き飛ばしていく。防御力も上々のようだ。
ババババッッッ!
「あぁん?鬱陶しいな……」
目の前の光景を見れば無駄だとわかるはずだが、銃弾の雨は一向に止みそうにない。むしろ、自棄を起こしたように激しくなっていく。さすがにヤバいと思ったのか、それともこそばゆさぐらいは感じるのか、紅き竜はぴょんぴょんと飛び跳ねながら前後左右に回避運動を始めた。
「防御は上々……でも、これじゃあ埒が明かない……この状況に対応するための何か武器はっと……?」
突破口を開くためナナシが武器を求めると、それに応じるようにガリュウの仮面の裏のディスプレイに大量の武器の名前が一覧となって映し出される。
「多っ!?今までそれなりにいろんなピースプレイヤー使ってきたが一番多いんじゃねぇか……?」
『ははッ!それが、そいつのいいところだからな!なんてったってオレが開発に携わったマシン!凄いだろ!』
若干……いや、かなり空気が読めていない陽気ではしゃいだ声で通信が入る。こういうのも親バカというのだろうか。
『汎用性の高さがガリュウの売りだ!装着者の技術、個性を全て受け止めてくれる!』
「……なるほど。まさしく“我流”でやれるってわけね……!」
ガリュウのマシンコンセプトを理解したナナシは、ディスプレイに目を向け、多くの選択肢の中から自分を一番生かせる武器を本能で選ぶ。
「こういうのは直感……フィーリングで……よし!こいつだ!ガリュウマグナム!」
ガリュウの両手に二丁の銃が召喚される!鈍い銀色に輝く無骨なデザイン。見た目の迫力はバッチリだ!それがただの見かけ倒しかどうかは……この後の戦いでわかるだろう。
「よっしゃ!改めて……行くぜ!!」
天に昇る竜のようにガリュウが大きく跳躍する!ジャンプの頂点で、三体の内、真ん中のロボラットに二丁の拳銃を向け、立て続けに引き金を引く!
「ハート……撃ち抜かせてもらうぜ」
バンッ!バンッ!
キザったらしくケツがむず痒くなるようなセリフと共に放たれた光の弾丸は、宣言通りに二発とも胴体に命中!そして貫通!分厚い胸板をいとも簡単に貫通する威力……この銃は見かけ倒しじゃない!そして紅竜はそのまま風穴の開いたそれに向かって急降下、飛び蹴りで追い討ちをかける。
「おまけ!」
バキッィッ!
すでにただのゴミくずに成り下がったそれを思い切り踏み着け、反動を利用し、後方に飛ぶ。そして、両手を広げ、視界の両端に映る残りの二体に狙いをつける!
「めんどくせぇからな……まとめてこれで……ラスト!」
バンッ!バンッ!
これまた命中、見事に頭部を貫き、向こうの景色がしっかり見えるきれいな穴を開けてやった。四体目、そして五体目も撃破!
これにて、ロボラット軍団は全滅。ナナシガリュウ、最高の初陣である。この結果に満足したのか、口元を覆うシルバーのマスクの下で自然と笑みがこぼれた。
「……ご機嫌だな……気に入ったぜ、ガリュウ!」
「……あの赤いピースプレイヤーを装着した黒髪の男は、もしかしてあなたの……?」
その光景を静かに見ていた金髪の男が、捕らえ直したムツミに静かに問いかける。
「そうだ……私の息子だ。あいつの黒髪を白髪にして、顔のシワを増やすと……ほら、私にそっくりだろ?」
「………」
どこか自慢気に語るムツミに、金髪は不快感……というより嫉妬心を覚えた。無自覚な親バカが無自覚に彼の心の奥底に眠る決して塞がることのない膿んだ傷口のようなコンプレックスを不意に刺激してしまったのだ。
「ネジレ!ここを頼む……!!」
そう言うと、ムツミをネジレの方向へ押し出し、ナナシの元に歩き始めた。
「……ん?お前は……お名前はなんて言うの?」
ナナシが気付き、金髪に声をかける。口調は軽々しいが警戒は解いてない。いつでも引き金を引けるように人差し指に意識を集中している。
金髪の男の方も笑顔などなくただゆっくりと、しかし神経は研ぎ澄ませ、いつでも赤き竜の動きに対処できるようにしながら、こちらへやってくる。
「……名前などない……どうしても呼びたいなら『ネームレス』とでも呼べ」
金髪はネームレスと不躾に名乗ると同時に紅き竜から少し距離を取って、立ち止まった。その妙に堂々とした態度がナナシを苛立たせる。しかも、何か様になっているのがまたムカつく……なので嫌がらせをすることにした。
「さっきはなんか焦っちまったが…考えて見りゃよ……こんなことする奴らの命の心配なんてする必要ねぇよな……?」
あからさまな挑発兼脅迫……ただ言っていることは別に間違っていない。相手はテロリストに違いないのだから、気遣いなどしてやる義務も必要も無用。
けれどもナナシのプレッシャーを受けてもネームレスの方は全く動じていない。罵られることも戦うことも彼は全て覚悟の上でここに立っている。
「……そうだ、必要ない。お前ごとき、旧式の機械人形には勝てても俺やネクロには勝てない」
「なに……?」
逆に挑発で返してやる。悲しいかなナナシの方は簡単に熱くなった。そんな想像を遥かに超えて単純なナナシに呆れながらネームレスはゆっくりと黒い勾玉を目の前に掲げる。
「――!?……お前……まさか……!?」
「……確か……ガリュウ……!」
先ほどと同じように勾玉が輝き、今度はネームレスの身体を光が包み込む!